ガンダムビルドファイターズ-Sailing to the Sunshine-   作:陽@曜花推し

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第9話:堕天使降臨(リメイク版)

『感じます……精霊結界の損壊により、魔力構造が変化していくのが……』

 

暗闇に包まれた自室。スマートフォンの画面から溢れる怪しげな紫色の光が、新堂陽哉の顔を仄かに照らしていた。

 

『世界の趨勢が天界議決により決していくのが……。果の約束の地に降臨した堕天使ヨハネの魔眼が、その全てを見通すのです! 全てのリトルデーモンに授ける――堕天の力を!』

 

カサ、と小気味良い音を立ててポテトチップスを口に放り込み、深夜の背徳感を煽るコーラをゴクリと飲み干す。

 

「あ、今日の生配信はこれで終わりか」

 

画面の向こうで配信終了の画面に切り替わるのを見届けながら、陽哉は満足げに息を吐いた。

 

(……いやー、アニメで見たヨハネの生配信、一度リアルタイムで最初から見てみようかなって思って追いかけてみたけど、これちょっとハマるかもしれない。中二病全開の痛々しさが、前世のオタク魂に地味にぶ刺さるわ)

 

時計の針はすでに深夜の古い時間を指している。翌週に控えるガンプラ選手権・静岡予選トーナメントに向けて、ファイターとしてのコンディションを整えるのもファイター自身の務めだ。

 

「さてさて……歯を磨いて、そろそろ寝るか。お休み、世界」

 

パチンと部屋の明かりを消し、陽哉は心地よい疲労感と共に深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

「うぁ…………え?」

 

視界を遮る柔らかな光の向こう。目が覚めた瞬間、陽哉の目に飛び込んできたのは、至近距離に迫る見慣れた少女の顔だった。赤みがかった長い髪。驚きと困惑に染まった綺麗な瞳。

 

「お、おはよう……陽くん」

 

「あ、あの……これ、どういう状況?」

 

寝惚け眼のまま問いかける。それもそのはず、目の前の桜内梨子は、ベッドの上の陽哉に覆いかぶさるようにして、その胸元に両手を突いていた。鼻腔をくすぐる、花のような柑橘系のような、妙に甘くて心臓に悪い「女の子のいい匂い」が部屋に充満している。

 

(ま、待て待て待て、朝からなんだこの超直球のラブコメイベントは! ご馳走様です、じゃなくて、俺の理性保てって!)

 

「え、えと……陽くんが、ノックしてもなかなか起きてくれないから……!」

 

梨子はみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げ、慌てて陽哉の身体から離れた。その仕草があまりにも初々しくて、陽哉は余計にドギマギしてしまう。

 

「で、なんでわざわざ俺の部屋まで?」

 

「も、もう! そんなことよりも急がないと、本当に遅刻しちゃうわよ!」

 

「え?」

 

梨子が指さした壁掛け時計の針を見て、陽哉の眠気は文字通り一瞬で消し飛んだ。

 

「あかん……! あと二十分で校門が閉まる時間じゃねぇか! そろそろ準備せんと本格的に遅刻してしまう!」

 

「だから急いでって言ったのよ!」

 

「分かった、すぐ着替える! 梨子はリビングで待っててくれ!」

 

大慌てで制服に袖を通す。朝の至福のハプニングの余韻に浸る余裕など、内浦の急坂を駆け上がるタイムリミットの前には塵同然だった。

 

 

 

 

「はぁ……やっぱり、そんな簡単には上がらないか」

 

昼休みのスクールアイドル部室。ホワイトボードの前に立つ千歌の表情はどんよりと曇っている。画面に表示されているのは、ラブライブ!の公式ランキング。順位は依然として底辺のままだ。

 

「まあ、上がるわけがないだろ。現時点で目立った活動をしていないんだからな。公式ページにアップした動画と言えば、こないだ撮った花丸とルビィの自己紹介動画が一本だけ。それ以降、何も新しい動画を上げていないんだ。認知度が上がらないのは当然の結果さ」

 

陽哉はパックの牛乳を飲みながら、冷徹に現実を突きつけた。

 

「でもね、その自己紹介動画、すっごくたくさんコメントがついてるんだよ!」

 

曜がスマートフォンの画面を提示した。そこにはネットの荒波が生み出した無数の文字が躍っていた。

 

『花丸ちゃん可愛い』

 

『花丸ちゃんマジ天使』

 

『いやいやルビィちゃんも小動物感が半端なくてたまらん!』

 

『どっちも(自主規制)したいわ』

 

『花丸ちゃん最高!』

 

画面を覗き込んでいた陽哉の視線が、四番目の不届きな文字列のところでピタリと止まる。

 

(うん、一番目、二番目、三番目、五番目の意見には激しく同意だ。だが、四番目のてめーだけは、絶対にダメだ……!!)

 

「……この、どっちも(ピー)したいって書いた不埒な輩……この世の果てまで追い詰めて、確実に消し去ってやる。まずはスクールアイドル運営のサーバーにハッキングを仕掛けてこいつのIPアドレスを特定……そこから住所、氏名、勤務先を洗い出し……仕留めるなら一撃、いや、じわじわとガンプラバトルのダメージレベルA並みに……こいつは俺が直々に潰すんだ、今日、ここで……!」

 

陽哉の背後から、ドス黒い怒りのスーパーモードのオーラが立ち昇る。

 

「は、陽兄ちゃん……お顔がすっごく怖いよぅ……(汗)」

 

「ストップ! はー君、ちょっと落ち着こうか! 殺気がダダ漏れだよ!」

 

曜がすかさず陽哉の肩をガシッと掴んで前後に揺さぶる。ハッと我に返った陽哉は、目の前で涙目になっているルビィの姿に猛烈な罪悪感を覚えた。

 

「おっと、すまんすまん、ルビィ。怖がらせるつもりはなかったんだ。ほら、お詫びにこれやるから、機嫌直してくれ」

 

ポケットから取り出した、お馴染のみかんキャンディを差し出す。ルビィは一瞬で表情をパァッと輝かせ、「わぁ、ありがとう陽兄ちゃん!」と嬉そうに受け取った。

 

ちなみに、この世界の国木田家には、テレビもあればエアコンも最新のものが揃っている。当然、花丸も普通にスマートフォンを所持して使いこなしていた。陽哉の祖父が極めて新しいもの好きで、家電や最新の車にやたらと詳しかったため、幼馴染である花丸の祖父にその魅力を熱弁しているうちに、あちらの祖父も感化されて最新家電を次々と導入したのだ。お寺だからといって最新のテクノロジーを使ってはいけないルールなどない。

 

(まぁ、そんな花でも、初めてガンプラバトルの立体ホログラムを見た時は『未来ずら~!』って目を丸くして大騒ぎしてたけどな)

 

「とにかくだ、千歌。今はランキングの数字に一喜一憂したって仕方がない。焦って奇をてらった動画を上げるより、まずは基礎練習を地道に積み重ねるのみだ」

 

「年々スクールアイドルは増えてますし、地道に実力をつけないと埋もれちゃいますもんね」

 

ルビィの真面目な補足に、陽哉は深く頷く。

 

 

 

放課後、グラウンド脇での練習の合間のことだった。

 

「陽くん、やっぱりランキングを上げるためには、もっと目立たなきゃダメなのかな?」

 

ストレッチをしながら、梨子が真剣な眼差しで尋ねてきた。

 

「まあ、そうだなどっちかと言えばな。ラブライブの予選や本戦には投票形式があるからな。どれだけ多くのファンに自分たちを見つけてもらって、一票を入れてもらえるかの勝負だ。目立てば目立った分だけ注目を集められるし、必然的に票も集まりやすくなるのは事実さ」

 

梨子は納得したように小さく頷く。そんな彼女たちの姿を見て、陽哉の脳裏にかつて東京で見た偉大な先達たちの姿が思い浮かんだ。

 

「そういや……μ'sも、昔これと全く同じようなことで頭を抱えてたっけな」

「「えっ、μ'sも!?」」

 

千歌とルビィが、案の定凄まじい勢いで食いついてきた。そのキラキラした目を前に、陽哉は苦笑しながら言葉を続ける。

 

「ハロウィンの時期にな、秋葉原の大規模なイベントに、あのA-RISEと一緒に参加することになったんだよ。だけど、当時はアライズの方が圧倒的に知名度も実力も上でさ。同じステージでインパクトを残すにはどうすればいいかって、彼女たちなりに死ぬほど悩んでたって聞いたなぁ」

 

「へぇ……! 具体的に、どんなことを試したの?」

 

身を乗り出す千歌に、陽哉は心の中で(……必殺のピンクポンポン衣装に身を包んだり、メンバーのキャラクターをシャッフルして矢澤パイセンが『かしこい可愛いエリーチカ!』ってやってたな。今思い出しても腹筋が崩壊しそうになるわ……)と盛大にツッコミを入れつつ、表面上はクールに答えた。

 

「まぁ……部活系の奇抜なアイドル路線を模索してみたり、お互いのキャラをシャッフルして個性を爆発させようとしたり、な。ぶっちゃけ、Aqoursバージョンでのキャラシャッフルも、マネージャーとしてはちょっと見てみたい気もするが……まぁ、話が逸れたな。μ'sはμ's、AqoursはAqoursのやり方で、自分たちだけの輝きを見つければいいさ」

 

その後、グループ名を奇抜なものに変えるべきかという議論になり、かつて却下された「スリーマーメイド」が蒸し返されて「ファイブマーメイド」になりかけるなど、相変わらずの脱線を見せるメンバーたち。

 

だが、その賑やかな声の裏で、陽哉の凄腕ガンプラファイターとしての鋭い五感が、校舎の陰からの「微かな人の気配」を敏感に捉えた。

 

ふと横を見ると、同じように勘の鋭い花丸もまた、その気配に気づいたように耳を澄ませている。陽哉は花丸と一瞬だけ無言のアイコンタクトを交わすると、そっと練習の輪を抜け出し、静かに校舎の中へと足を向けた。

 

「……ここだな」

 

辿り着いたのは、廊下の棚。間違いなく、この中から他人の呼吸の気配が漏れ聞こえてくる。陽哉が頷くと、花丸がそっと手を伸ばし、勢いよく棚の扉を開け放った。そこに丸まって身を潜めていたのは、昨夜画面越しに見たばかりの少女――津島善子だった。

 

「――ひゃっ!?」

 

「やっと学校に来たずらか、善子ちゃん」

 

まさかの形で発見され、驚きに目を剥いた善子は、大慌てで棚から這い出てくると、早口で言い訳を並べ立て始めた。

 

「き、来たっていうか! たまたま近くを通りかかったから、ちょっと寄ってみたっていうか……!」

 

内浦の山の上にある学校の廊下の棚を「たまたま通りかかる」など、どんな時空の歪みだ。

 

「何寝ぼけたこと言ってんだ、お前……」

 

「な、何なのよあんたは! 人のプライバシーを勝手に暴いて!」

 

善子が防衛本能全開で陽哉を睨みつける。その鋭い視線を受け止めながら、陽哉はひとつ溜め息をついた。

 

「俺か? 入学式の時に一応、挨拶って形で顔を合わせてるはずなんだがな。――久しぶりだな、津島善子さんよぉ」

 

陽哉の言葉に、善子はハッとしたように表情を強張らせ、目の前の男子が自分より一つ上の「先輩」であることを思い出したらしい。

 

「あ……。私は、よは……いえ、津島善子です、先輩……」

 

急にしおらしく、優等生モードに切り替わる善子。

 

「まぁ、花から不登校の理由は大体聞いてるよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、善子は「余計なことを言いやがって!」とばかりに花丸をキッと睨みつけた。しかし、すぐにまた不安そうに視線を泳がせ、陽哉の制服の裾を恐る恐る引っ張ってくる。

 

「……ね、ねぇ。とりあえず、クラスのみんなは私のこと、何て言ってる……?」

 

「誰もそんなこと気にしてないよ、善子ちゃん?」

 

花丸の言葉に、善子はすがるように顔を上げた。

 

「本当……?」

 

「うん。みんな、どうして来ないんだろうとか、悪いことしちゃったかなって心配してて」

 

(……うん、浦の星の子はみんなええ子やな)と、陽哉は内心で微笑む。

 

「よし! まだいける! まだやり直せるわ! 今から普通の生徒でいければ……。ズラ丸、先輩、お願いがあるの……」

 

切実な表情で近づいてくる善子。

 

(う……間近で見ると、意外と可愛いじゃねぇか……)

 

少しドギマギする陽哉に、善子はとんでもない頼み事を口にした。

 

「もし私が……その、堕天使を出しそうになったら、全力で止めてほしいの!」

 

「……俺もか?」

 

「先輩……お願い、登校中だけでいいから!」

 

顔をさらに近づけてすがる善子。すると、隣の花丸がナイスなアシスト(?)を入れてきた。

 

「マルは図書委員の仕事があるから、早く学校に行かないといけないずら。だから登校中は陽兄ちゃんにやってもらえると、すっごく助かるずら」

 

「わかった。なら善子が来るまで、毎朝坂の下で待ってるよ」

 

「ありがとう! ズラ丸、先輩!」

 

こうして、奇妙な「堕天使暴走監視網」が結成されたのだった。ひとまず放課後の練習もあるため、その場は一度お開きとなった。

 

 

 

そして翌朝。俺は内浦の坂の下、バス停のすぐ近くで愛車CBR250RRのシートに腰掛け、一人の少女の降臨を「監視」していた。

 

万が一、登校中に堕天使の属性が暴走しそうになったら、即座にスマホの着信音を鳴らして現実へ引き戻す。それも昨日の放課後、三人で大真面目に決めた作戦だった。

 

プシュー、と音を立てて路線バスの扉が開き、お目当ての少女――津島善子がステップを降りてくる。陽哉はあえて声をかけず、少し距離を置いて後ろから徒歩でついていくことにした。

 

(……まぁ、こうして制服を着て、普通に歩いている分には、文句なしに可愛い女子高生なんだけどな)

 

善子はごくりと唾を飲み込み、意を決して前を歩く同級生に声をかける。

「お、おはよう……っ!」

 

「え? あ……お、おはよう……」

 

久しぶりに登校してきたクラスメイトにいきなり挨拶され、同級生はびっくりした様子だったが、なんとか挨拶を返してくれた。ひとまず朝の登校フェーズは問題なしだ。

 

(よし、ここからは花さんの出番だぞ。しっかり頼んだぜ、花)

 

しかし――そんな陽哉の祈りも虚しく、昼休みのスクールアイドル部室には、早くも絶望の底に叩き落とされた堕天使の姿があった。

 

「うぅ……っ、なんで……! なんであのとき、誰も私を止めてくれなかったのよぉぉーっ!」

 

長机の下に潜り込み、膝を抱えてガタガタと震えている善子。

 

「おい、一体全体何があったんだよ」

 

「えとね……。クラスの子に『趣味は何?』って聞かれて、善子ちゃんが『占いです』って言って、クラスのみんなが『占って!』って溶け込むチャンスをくれたんだけど……」

 

ルビィが申し訳なさそうに説明する。そこから先の展開はこうだ。カバンから取り出したのは――怪しげな蝋燭、漆黒のローブ、そして魔法陣が書かれた黒い布。極めつけは、教室のど真ん中で放った「堕天の時が来たのです!」という決め台詞。

 

「マルも、まさか善子ちゃんがあんな物を持ってきてるなんて思わなかったズラ……」

 

花丸が遠い目をしながら溜め息をつく。本当にその通りだ。

 

「いいか善子。堕天使を止めてほしかったら、まずそんな危険物を最初から学校に持ち込むな。あと、どんな理由があろうと教室の中で蝋燭に火を付けちゃいけません! 防災の観点からもアウトだろ!」

 

「う、うるさいわね! 火は付けてないわよ、付ける直前だったわよ!」

 

「善子ちゃん、中学の頃から自分が本物の堕天使だと思い込んでて……まだその頃の癖が、どうしても抜けきらないというか……」

 

ルビィの切ないフォローに、陽哉は中二病の破壊力を噛み締める。

 

「わ、わかってるわよ……! 自分が本物の堕天使なんかじゃないことくらい、私だって頭ではちゃんと、わかってるわよ……!」

 

善子は机の下でさらに小さくなり、消え入りそうな声で本音を漏らした。

 

「じゃあ、なんでわざわざあんな大荷物を持ってきちゃったのよ?」

 

梨子の至極真っ当なツッコミ。

 

「だって……あれが無かったら、私、普通の私じゃ、みんなの前にいられないっていうか……」

 

(なるほどな……。他人の目を恐れる自分を守るための、いわば『精神のフルアーマー』なんだな)

 

陽哉のビルダーとしての審美眼が、彼女の言葉の裏にある切実さを察知していた。

 

「これです、これ。善子ちゃん、ネットの動画配信とかで、こういう占いの活動をやってるんです」

 

ルビィが部室のノートパソコンを操作し、一本の動画を画面に映し出した。それは昨夜、陽哉が深夜に堪能していた、あのヨハネの生配信のアーカイブだった。その画面を、千歌が食い入るように見つめ、みるみるうちにその瞳に危険な輝きを灯らせていく。

 

「これ……! これだよ、みんな!!」

 

千歌は長机の下にダイブする勢いで突っ込み、善子の両手をガシッと力強く握りしめた。

 

「津島善子ちゃん! 私たちと一緒に、スクールアイドルやりませんか!?」

 

「――は? い、嫌よ! なんで私がそんな、キラキラしたリア充の極みみたいな部活を……!」

 

嫌悪感を露わにして拒絶する善子。だが、ここでマネージャーとしての陽哉が、スッと彼女の死角から甘い言葉を囁いた。

 

「おい善子。スクールアイドルをやれば、自分の衣装やコンセプトをプロデュースして、堂々と『堕天使ヨハネ』としての世界観を表現しても誰にも笑われない。それどころか、周囲の目は『あいつはブレない世界観を持った凄いスクールアイドルだ』って評価に変わる。変な目で見られるどころか、これ以上ないほど輝いている普通の女子高生――お前の言う『リア充』のトップ層に一気に躍り出られるチャンスだぞ?」

 

「リ、リア充のトップ層……! 悪くない響きね……。くっくっく、いいでしょう。そこまで言うなら、仮入部という形で、この私の漆黒の魔力を少しだけ貸してあげてもよくってよ!」

 

「やったぁぁーっ! ヨハネちゃん加入ーっ!」

 

千歌が大喜びで抱きつく。陽哉の巧みな心理誘導にまんまと乗せられ、善子はこうしてスクールアイドル部へと片足を突っ込むことになったのだった。

 

 

 

放課後の全体練習が終わった後、陽哉は愛車を走らせ、お馴染みの模型店――『ホビーショップ三丸(さんまる)』へと足を運んでいた。目的は明確だ。次週に迫るガンプラ選手権・静岡予選トーナメントに向け、先の激戦を戦い抜いた愛機デスティニーガンダムシグムントの駆動系をチェックし、最新のモーションデータを実戦形式で擦り合わせるための調整テストだ。

 

自動ドアをくぐり、ガンプラバトルのシミュレーター筐体が並ぶスペースへ進んだ陽哉は、そこに立つ人物の姿を見て思わず足を止めた。

 

「……善子。お前、なんでここにいるんだ?」

 

そこには、浦の星の制服を着たまま、愛おしそうにひとつのガンプラを抱きしめている善子の姿があった。

 

「えっ!? セ、先輩……!? な、なんでここに……! あ、いや、その……たまにここに来てるの……あ、来てるんです……!」

 

相手が先輩だと意識して、慌てて敬語に直す善子。

 

「敬語なんか使わなくていいよ。一個しか違わないんだから、普通にタメ口で話してくれ」

 

「あ……うん、分かった」

 

少し照れくさそうに髪を弄る善子に、陽哉はわざと意地悪な笑みを浮かべて覗き込んだ。

 

「それにしても、たまに来てるってことは……何だ? ここで売ってるガンプラを身代わり人形にして、深夜に藁人形ばりの黒魔術の生贄の儀式でも執り行ってんのか? 十字架に張り付けて火あぶりにしたり……おお、恐ろしい堕天使様だな」

 

「違うわよ、失礼ね! なんで私がお店の売り物でそんな物騒なことしなきゃいけないのよ!」

 

善子が顔を真っ赤にして全力で突っ込んでくる。

 

「じゃあ、何しにここに来てるんだよ?」

 

善子はふん、と不敵に鼻を鳴らすと、背中に隠していたその機体をドヤ顔で突き出してみせた。

 

「決まっているじゃない。――ガンプラバトルよ、ガンプラバトル!!」

 

予期せぬ単語の出現に、今度は凄腕ファイターである陽哉の方が、本気で目を丸くして硬直する番だった。

 

「ちょうど最近、このお店の筐体にも追加された『G-クエスト』っていう高難度のシミュレーションミッションを、ソロで攻略してみようと思って来たのよ!」

 

(G-クエスト……! もうこの地方のホビーショップにも追加されたのか。ユウマとミナトがガンダムベースでのこけら落としに招待されてネット中継されてたっけな。最後の最後でくだらない仲間割れさえしなきゃ完璧なミッションだったんだが……)

 

陽哉は懐かしい記憶を頭の隅で咀嚼しながら、改めて善子が抱えているオリジナルガンプラへと視線を向けた。

 

頭部はインパルス、胴体はデスティニー、腕部はインフィニットジャスティス、下半身はデスサイズヘル、バックパックにはウイングゼロカスタム。武装はサンドロックEWのシールドにフルアーマーユニコーンのハイパー・ビーム・ジャベリン、そしてガンダムDXのバスターライフル。

 

それを一切の破綻なく、不吉で神聖な黒のグラデーション塗装で見事にまとめ上げている。

 

「いい感じじゃねぇか。工作精度も塗装技術もめちゃくちゃ高いぞ」

 

「ありがとう。で、先輩の機体は?」

 

「俺の機体はこいつだ。デスティニーガンダムシグムント」

 

先の予選バトルロイヤルを無傷で制した愛機を堂々と取り出す。善子が「これが、あの無傷で41機を落としたシグムント……!」と息を呑む。

 

(ちなみに、静岡予選2連覇中の絶対王者・志木城隆利の愛機は、GNバスターソードを2本装備したダブルオーベースの近接特化機だ。今日のシグムントのテストは、あいつの戦闘データを想定したシミュレーションの比較対象としても丁度いい)

 

「よし、お互いの機体を紹介したところで、そろそろ行くか」

 

「ええ、そうね」

 

二人が選んだのは、要人を乗せた輸送機を撃破されずにゴールまで守り抜く「目標防衛ミッション」。もたもたすれば大量の敵に包囲され、さらには強力なエース機が2機も出現するという高難度クエストだ。

 

 

 

 

《GUNPLA BATTLE Combatmode startup. Mode damage level set to “C”》

 

 

《Please set your GP-Base》

 

 

《Beginning [Plavsky Particle] dispersal. Field03, City》

 

 

 

近代都市のホログラムが広がる。

 

「新堂陽哉、デスティニーガンダムシグムント、出るぞ!」

 

「漆黒の闇より臨みし堕天使ヨハネ、ガンダムルシフェル、ここに降臨! さぁ、行くわよ、我が忠実なるリトルデーモン・ハリィ!」

 

「は? ハリィってなんだよ、普通に先輩って呼んで!」

 

「照れなくてもいいのよ、我が眷属? さぁ、行くわよ!」

 

上空からはウィンダムやザク、グフの混成部隊、地上からはバクゥやドムの大軍勢。

「善子、俺は地上を叩く。お前は空を頼む!」

 

「了解よ! 天を統べるのは堕天使の特権だからね!」

 

二手に分かれた瞬間、善子のガンダムルシフェルが凄まじい躍動を見せた。デスサイズヘルの脚部とウイングゼロの翼を完璧に同調させ、ハイパー・ビームジャベリンでウィンダムを串刺しにすると、間髪入れずにガンダムDXのライフルでドパイごとザクを消し去っていく。

 

(すっげぇいい動きじゃん。工作精度だけじゃなく操縦技術もトップクラスだ!)

 

「んじゃ、俺も行きますか」

 

陽哉はシグムントの操縦桿を押し込み、レーヴァテイン ビームソードを左右の手へと引き抜いた。鮮烈なビームの軌跡を描き、光の翼を微かに明滅させ、文字通り一瞬で地上のバクゥやドムの群れを次々と一刀両断にしていく。

 

「ハリィ、次が来るわよ!」

 

地平の彼方から出現したのは、重火力を誇るザメルが4機、さらにその奥には超巨大砲台ライノサラスのバストライナー装備Bタイプ。

 

(もたもたしてたらこの超火力の弾幕の中に輸送機が突っ込んじまう!)

 

「急げ急げ、スピード勝負だ!」

 

陽哉の超高機動に気づいたザメル部隊とライノサラスが、すべての砲火をシグムントへと集中させてくる。

 

「熱烈すぎんだろが!」

 

アロンダイトの突きで1機のザメルを粉砕し、爆発の余波を浴びながら即座に離脱。すぐさま反転して2機目のザメルを切り裂く。上空の部隊を片づけた善子のガンダムルシフェルが急降下し、3機目のザメルをジャベリンで粉砕した。これで残るザメルは1機。

 

「助かった、善子!」

 

「ヨハネ!!礼は後よ! まだ本命が残ってるわ!」

 

ズゥゥゥン!! と、ライノサラスのバストライナー砲から放たれたごんぶとビームが戦場を横切る。間一髪、残像を残して緊急回避した陽哉は、敵の砲身が冷却のために動きを止めた瞬間を見逃さなかった。

 

「よし、今がチャンスだ! そうそう連発できんだろうしな!」

 

「なら行きなさい! 残りのザメルは私が抑える!」

 

「合点!」

 

シグムントは光の翼を全開にしてライノサラスへと突撃。ミサイルの迎撃弾幕をビームライフルで正確に叩き落としながら距離を詰め、クロスさせた二振りのレーヴァテイン ビームソードで、ライノサラスの巨大な車体を文字通り真っ二つに叩き割った。

 

「よし……なんとか間に合ったな」

 

爆発の炎の向こうから、ようやく輸送機が戦闘エリアへと進入してくる。だがそれと同時に、最初に出現した部隊の「2倍」の量の増援が出現。さらに空間のホログラムが赤く明滅し、上空からウイングガンダムプロトゼロ、そしてガンダムエピオンが高速で降臨した。

 

(やべーいのが来ちまったよ……!)

 

プロトゼロがそのツインバスターライフルを正確に輸送機へと向け、エネルギーを充填し始める。止めようとシグムントを跳ね上げさせた陽哉だったが、それを予測していたかのようにエピオンがビームソードを掲げて立ち塞がった。

 

「このエピオン、強すぎでしょ! 動きが読めないわ!」

 

善子の悲鳴が響く中、無情にもツインバスターライフルから最大出力の照射ビームが放たれた。射線はまっすぐ輸送機へと向かっている。

 

(クソ、しょうがねぇ……一か八か、あれを試す!)

 

陽哉はシグムントの出力を最大に引き上げ、あえて自らバスターライフルの破壊的な射線の真っ只中へと機体を滑り込ませた。レーヴァテイン ビームソードの刀身を前方に交差させ、ビーム刃のエネルギー特性を瞬時に書き換える。

 

(ニルスさんと同じだ。プラフスキー粒子の配列を読み解き、ビームの結合を切り裂く!)

 

シグムントのアロンダイトの刀身の先端には、ビルダーとしての陽哉のこだわりである『粒子変容塗装塗料』が施されている。

 

ザザザザザッ!!! と、激しい粒子の火花を散らしながら、シグムントはプロトゼロの最大出力を真っ二つに「切り裂いて」みせた。ビームは拡散し、輸送機は無傷。

 

「粒子変容塗装を施しておいて本当によかったぜ……! ならば、お返しだ!」

 

陽哉は背部ウイングの『ヴォワチュール・ルミエール(光の翼)』を限界を超えてオーバードライブさせた。同時にミラージュコロイドが起動し、空間に数十機のシグムントの残像が広がる。一瞬にしてプロトゼロの懐へと潜り込んだ陽哉は、二振りのアロンダイトを豪快に振り下ろした。

 

「はい、三枚おろし!」

 

プロトゼロが爆散する。だが、その背後からエピオンのヒートロッドと大出力ビームソードが襲いかかる。陽哉は残像を残してそれを回避すると、またもヴォワチュール・リュミエールを全開にしてエピオンの懐に潜り込む。。

 

(さぁ、今度はエピオンだ……!)

 

「いけぇぇぇぇ!!」

 

レーヴァテインがエピオンの胴体を真っ二つに切り裂く。

ふぅ、と息を吐き、光の翼の出力を落とした瞬間――陽哉の身体を、凄まじい疲労感と鈍い腹痛が襲った。強敵2機を相手に限界を超えた機動を行ったことで、陽哉の切り札である『アシムレイト(同調)』の反動が牙を剥いたのだ。

 

(機体が、動かねぇ……。粒子チャージまで、ダメだ、時間がかかりすぎる!)

 

「ハリィ!?」

 

善子が叫んだその時、絶望のファンファーレのように上空の雲が割れた。そこに現れたのは――舞い降りる剣、フリーダムガンダム。この高難度ミッションの、真の隠しボスだった。

 

フリーダムのマルチロックオンサイトが、動けないシグムントではなく、ガンダムルシフェルへと定まる。

 

「善子……」

 

「わかっているわ。あとはこの私、堕天使ヨハネにすべてを任せなさい!」

 

善子は防戦一方になりながらも、決して退かなかった。フリーダムの圧倒的な連続攻撃の前に、ルビィの好むゴスロリの黒を纏ったルシフェルのハイパー・ビームジャベリンが叩き割られ、シールドも粉砕される。

 

「たかがジャベリンとシールドを壊したくらいで……調子に乗るな、神の軍勢(フリーダム)がぁ!」

 

善子は不敵に叫ぶと、ウイングゼロカスタムのウイングバインダーの奥から、一対のビームサーベルを滑らかに引き抜いた。そこからの善子の動きは、鬼気迫るものがあった。フリーダムの超高速の剣閃に対し、一歩も引かずにサーベルを切り結び、火花を散らす。

 

「とりゃあぁぁぁ!!」

 

ルビィの絶対領域を死守するかのようなルシフェルの鋭い一閃が、フリーダムの右腕を根元から切断した。残された左腕のサーベルで突きを繰り出してくるフリーダムに対し、善子は「当たらないわよ!」と余裕でそれを回避。

 

「これで、消え去りなさい!!」

 

ルシフェルの二条の光が、フリーダムの腹部を十文字に切り裂いた。大爆発と共に、画面に《BATTLE ENDED》の文字が浮かび上がる。

 

「……やるじゃん、善子。お前の勝ちだ」

 

「先輩もね。……ふん、一時はどうなるかと思ったけれど、なかなか楽しかったわ」

 

「そうだな。じゃ、俺はそろそろ行くよ。明日はちゃんと学校に来いよ。浦の星のバス停のところで待ってるからな」

 

「……わかったわ。また明日ね、陽先輩」

 

夕暮れの模型店で、二人は確かな信頼の笑みを交わして別れたのだった。こうして、津島善子のスクールアイドル部への「仮入部」のハードルは、ガンプラバトルという意外な共通点を通じて、完全にクリアされた。

 

 

 

 

そして後日、高海千歌の部屋にて。完成したPVを部室で鑑賞し、見事に953位へ浮上して大喜びした翌日のことだ。善子が自信満々に持ち込んできたフリルと黒のレースのゴスロリ衣装を、PVの反響を受けて「ステージでも着てみよう」と、メンバー全員でお着替えの真っ最中だった。

 

当然、唯一の男子である陽哉は廊下へと締め出され、しいたけをモフモフしながら待機していた。

 

「あら、陽くん」

 

ふと横を見ると、隣の桜内家のベランダに、梨子の母親が洗濯物を干しながらこちらを覗き込んでいた。

 

(……うわぁ、梨子ママさん相変わらずお美しい。そして脳内に響き渡る安定の水樹○奈ボイス、本当にありがとうございます!)

 

「ども、こんにちは、おばさん」

 

「今、何をやっているの?」

 

「いや、今みんな中で着替えてて。俺は男なんで、こうして外で待機してるんですよ」

 

「そうなの。ふふ、あの子のこと、これからもよろしくね。あ、そうそう。ところで、梨子とはどこまで進んだの? 手を繋いだりとか、キスしたり、とか❤」

 

ぶふぉぉぉっっっ!!! と、陽哉は心の中で盛大にコーラを吹き出した。

 

(な、何言っとるんですかこの親御さんはーーー!? き、き、き、キスとか、付き合ってるわけでもないのに!)

 

「お、お母さんーーーーーーっっっ!!!」

 

その時、顔を真っ赤に変えた梨子が部屋の扉を開けて飛び出してきた。

 

「まだそこまで行ってないから!陽君、お母さんの言うことは気にしなくてもいいから早く来て!」

 

梨子に腕を引っ張られ、半ば連行されるように部屋の中へと引っ張り込まれる陽哉。部屋に入ると、全員の着替えは完了していた。

 

「……みんな、めちゃくちゃ可愛いな。すっごく似合ってるぞ」

 

本心からの言葉だった。特にルビィとか、ルビィとか、ルビィ。その破壊力はたまらん。

 

だが、コメント欄にあった『絶対領域をゼロ距離で見たい』とかいう不届き者の言葉を思い出し、(ルビィの絶対領域は神聖不可侵の聖域なのだ! 不浄な輩が入り込んでいい場所ではないわ!)と前世35歳DTオタクの魂で激怒する。

 

「でも……これで歌って踊るだなんて、ちょっとスカートが短すぎないかしら……」

 

梨子が恥ずかしそうにスカートを引っ張る。

 

(いやいや、偉大なる先輩であるμ'sなんて、これより短い衣装で激しく踊り狂ってたんだぞ。あの海未姉さんだって最初は猛抵抗したけど、ことり姉さんの衣装へのこだわりに何を言っても無駄だと悟って諦めただけかもしれんがな)

 

「大丈夫だよ、梨子ちゃん! ほら、下にちゃんと短パン穿いてるから!」

 

千歌が自らスカートを捲ってみせる。

 

「……おい千歌、少しは年頃の女子としての恥じらいを持ちなさい。一応、ここに健全な男子高校生(俺)がいるのを少しは考慮してもらいたいもんだね」

 

「ああ、ごめんごめん、はー君!」

 

「それでね、いろいろ調べてみたんだけど、今のスクールアイドル界に『堕天使アイドル』ってコンセプトのグループっていないんだよね。これ、絶対にインパクト残せると思うんだ!」

 

(……なるほどな。シンデレラガールズの世界線が混ざってなくて本当によかったわ。もし神崎○子とかいう本物の堕天使アイドルが存在してたら、二番煎じになるところだったぜ)

 

 

 

 

 

しかし、その後に待っていたのは、大激怒したダイヤによる生徒会室での尋問だった。

 

『ヨハネ様のリトルデーモン四号、黒澤ルビィです……可愛がってね!』というPV映像を見て、鞠莉が「ワォ! プリティ!」と叫ぶ横で、ダイヤの怒号が響く。

 

「陽!! あなたというマネージャーがついていながら、一体全体何をやっているのですの!!」

 

「あ、それは……その何と言いますか、その止めたかったけど……脳内で別の世界の団長が『止まるんじゃねぇぞ……』って言ってきた気がして……」

 

「団長!? 何が止まるんじゃねぇぞ、ですわ! あなた、さては『鉄血のオルフェンズ』の見過ぎですわね!!」

 

(……おお。まさか俺のボケを聞いて、一瞬で鉄血を連想してツッコんでくるとは。さすがはダイヤ姉さん、ガンダムの知識まで隙がないぜ。まぁ、ルビィの最高に可愛い姿を公式の映像資産として永遠に残したかったから、あえて止めなかった俺の確信犯的なアレなんだけどな。反省はしている。だが、後悔はこれっぽっちもしていない!!)

 

だが、現実のランキングは非情にも1526位へと急降下していた。「本気で目指すのなら、もう一度自分たちの頭でゼロから考えることですですね!」というダイヤの正論の前に、千歌たちは激しく落ち込み、一度は諦めようとする善子を見送ることしかできなかった。

 

普通の自分に馴染めず、自分の『輝き』を探すために堕天使にこだわっていた善子。その背中を、花丸の優しい親友への理解に満ちた言葉がそっと肯定する。その言葉を聞きながら、陽哉の胸の奥底に、前世の三十五年の冴えない社畜としての記憶が生々しく重なった。

 

(……よし、決めた。他人の目を気にして、自分の『好き』を諦めるな。今度は俺が、あの堕天使の背中を真っ直ぐに、盛大に押し戻してやるか!)

 

 

 

 

そして翌日の放課後。俺は善子の自宅マンションの前から、彼女を愛車CBR250RRのタンデムシートに乗せて連れ出した。辿り着いたのは、沼津港大型展望水門――『びゅうお』だ。

 

「なぁ、善子……お前、本当に『堕天使』を捨てるのか?」

 

「ええ。先輩だってわかっているんでしょ? こんなの、いつまでたっても世間には通用しないってことくらい……」

 

「俺はさ……自分が本当に好きなら、それでいいと思うよ。昨日ダイヤ姉さんに怒られたのは、千歌たちが少し暴走しすぎただけさ。善子、俺さ、お前の生配信、深夜にポテチ食いながらリアルタイムで見てるんだぜ?」

 

「……え、嘘っ!? 見てたの!?」

 

一瞬にして顔を真っ赤に染め上げる善子。

 

「その時のお前、めちゃくちゃ楽しそうだったぞ。好きなものを、周りの目を気にして我慢しちゃダメだ。堕天使ヨハネであること――それはお前だけの最高の個性(輝き)なんだからな。自分を否定するな。大丈夫だ……お前には、もう俺たちがついてる。Aqoursのみんながな。もしまたネットの不届き者が悪意に満ちたことを言ってきたら、いつでも俺に言え。可愛い後輩のことくらい、全力で守ってやるよ。それに……ほら」

 

陽哉が促した視線の先――防波堤の向こうから、息を切らせて走ってくる千歌たちの姿があった。陽哉が事前に呼んでおいたのだ。

 

「私ね! μ'sがどうしてあんなに凄い伝説を作れたのか、ダイヤさんの言葉を聞いて、もう一度ずっと考えてみて……ようやく分かったんだ!」

 

千歌が善子の目を真っ直ぐに見つめ、力強く言葉を紡ぐ。

 

「ステージの上で、自分の『大好き』を迷わずに見せることなんだよ! お客さんにどう思われるかとか、人気がどうとかじゃない! 自分が一番好きな姿で、一番輝いてる姿を見せることなんだよ! だから、善子ちゃんは『堕天使』を捨てちゃダメなんだよ! 善子ちゃん自身が、ヨハネちゃんを大好きな限り!」

 

陽哉は善子の隣に立ち、その肩をポンと叩いて優しく頷いて見せた。

 

「……私、時々、本当に変なこと言うわよ?」

 

「いいよ!」

 

「時々、怪しげな儀式とかして、学校に蝋燭とか持ち込むかもよ?」

 

「そのくらい、私がいくらでも我慢して突っ込んであげるわ!」

 

「リトルデーモンになれって、毎日しつこく言うかもしれないずら……」

 

「それは……。でも、本当に嫌だったら、嫌だってマルははっきり言うズラ!」

 

(花、そこは空気を読んで『いいよ』って言ってやれよ……正直に言いすぎだろ)

 

陽哉が心の中でズッコケると、善子は「え?」と少し怒ったように花丸を睨みつけ、花丸がちゃめっ気たっぷりに笑う。その姿に全員がドッと笑い声を上げた。

 

「善子ちゃん……うううん、堕天使ヨハネちゃん! スクールアイドル部に、Aqoursのメンバーになってください!」

 

「……うん。あ、お願いします!」

 

夕暮れの沼津港に、六人の眩い笑顔と、確かな絆の産声が響き渡る。

 

(うん味ん、これにて日常側の課題は、一件落としで完全コンプリートってわけだな)

 

陽哉が満足感に浸りながら、「さぁ、みんなそろそろ行かないと学校に間に合わなくなるぞ」と一時帰宅を促した、まさにその時だった。

 

「――見つけたわ! 新堂陽哉!」

 

凛とした、どこか勝気な少女の声が響き渡った。声のした方へと全員の視線が向く。そこに立っていたのは、派手なヘアカラーに身を包んだ、一人のギャル風の少女だった。

 

「あの女は誰……?」

 

隣の梨子から、一瞬にして笑顔の消え失せた、とてつもなく冷ややかな声(般若モード)が漏れ聞こえてくる。

 

(ひ、ひぃぃぃ! 梨子さんが怒ってらっしゃる!! っていうか、誰だよ! 俺だって知らねぇよ!)

 

「お前、誰だよ!」

 

「あたし? あたしは神代恵里菜。――次の、あんたの対戦相手よ!!」

 

その名前を聞いた瞬間、陽哉の脳裏にヤジマ商事からの公式メールの文面がフラッシュバックした。そうだ、次の予選トーナメント初戦の対戦相手の名前だ。まさか、静岡予選決勝の常連と噂される実力派ファイターが、こんな派手なギャルだったとは。

 

「で……その対戦相手が、なんでこんなところにいるわけ?」

 

曜が不思議そうに尋ねる。

 

「え、この近くにお爺ちゃん家があってさ。早朝の散歩がてら『びゅうお』でも見てみようと思って来てみたら……まさかの次の対戦相手が、女の子たちと修羅場(?)を繰り広げてるじゃないの」

 

なるほど、と納得しかけた陽哉だったが、恵里菜の目がほんのりと赤く潤んでいるのを見逃さなかった。

 

「お前……今の、俺たちの話を見てた(聞いてた)な?」

 

「み、見たっていうか、たまたま出くわしたというか……! う、うるさいわね! あたしはこういう熱い友情劇に弱いのよ!」

 

つまり、善子の復活劇に感動して、人知れず少しウルッと来てしまっていたらしい。見た目に反して、根はかなり素直で熱いファイターのようだ。

 

「まぁ、いいわ。新堂陽哉、あのキジマ・ウィルフリッドやルーカス・ネメシスを破ったっていう、あんたの実力、次の試合でたっぷりと見せてもらうから」

 

その言葉を聞いた瞬間、背後にいた曜、梨子、ルビィが驚愕のあまり声を上げた。

 

「嘘でしょ、はー君!?」

 

「キジマ・ウィルフリッドや、ルーカス・ネメシスに勝ったなんて……本当なの、陽くん!?」

 

千歌たちは頭にハテナマークを浮かべているが、ガンプラバトルの世界を知る面々にとっては、それは世界のトップに君臨する生ける伝説の名前だ。

 

「そんなにすごいの、ルビィちゃん?」

 

「すごいよ千歌ちゃん! キジマさんはあのガンプラ学園のエースで、ソレスタルスフィアのリーダーで、大会6連覇を成し遂げた伝説の人だよ! ルーカスさんはヨーロッパのジュニアチャンピオンで……二人とも、世界中で知らない人はいないくらい有名なんだから!」

 

ルビィが興奮気味に身振りを交えて熱弁する。さらに、善子が不敵に笑って言葉を重ねた。

 

「先輩がその二人に勝ったのは紛れもない事実よ。この私の魔眼(ネット動画)で、その激闘の記録はすべて確認済みなんだから。キジマ・ウィルフリッドにいたっては、二回も完全に叩き伏せてるわ」

 

「おいおい、本人の前で言うのはちょいと恥ずかしいから勘弁してくれ……」

 

陽哉が頭を掻いていると、恵里菜はフッ……と不敵に唇を釣り上げ、カバンから一機のガンプラを取り出して陽哉へと突き付けた。

 

「ふふ、ここで堂々と勝利宣言をしてあげる。――次に勝つのは、この神代恵里菜と、あたしの『アドヴァンスド・バーザム』よ!」

 

陽哉の目が、その瞬間に凄腕ファイターとしての鋭い光を帯びた。

 

突き付けられたのは、鮮烈な「紅」のキャンディ塗装が施された、禍々しくも美しいミキシング機体。頭部こそバーザムだが、ボディのベースはアドバンスド・ヘイズル、そして四肢の構成にはウーンドウォートのパーツが大胆に組み込まれ、両腕には巨大なコンポジット・シールド・ブースターが二挺、鎮座している。

 

(へぇ……。単なる寄せ集め(キメラ)じゃない、ヘイズルとウーンドウォートの駆動特性を完全に理解した上で、バーザムのセンサーの利点を引き出していやがるな。……面白そうじゃねぇか!)

 

選手権を前に、これほどの超高技術の塊をぶつけてくるライバルが現れた。そして、目の前での堂々たる勝利宣言。そういう熱いハングリー精神は、ファイターとして嫌いじゃない。

 

「いいぜ。受けて立ってやるよ。――だが、最後に勝つのは俺とシグムントだ」

 

「じゃ、次の試合のフィールドで会いましょう。じゃあね!」

 

恵里菜はひらひらと手を振ると、軽やかな足取りで去っていった。

 

遠ざかる赤い機体の残像を網膜に焼き付けながら、陽哉の心臓の奥で、押さえきれないほどの熱い闘志がガタガタと震え出していた。

 

(……ククク、日常の原石を救い出したと思ったら、今度は最高の戦敵(ライバル)のお出まし か。試合が死ぬほど楽しみになってきやがったぜ!)

 

迫り来る運命のゴングの音を全身の血潮で感じながら、新堂陽哉は愛機の待つ戦場(次週のトーナメント)へと、静かに視線を研ぎ澄ませていくのだった。

 

 

 

続く!!

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