流星堂の新米教師(仮)   作:テレサ二号

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どうもテレサ二号です。
いつも更新が遅くなってスミマセンm(_ _)m

では早速本編です!!


#20 愛唄

紫乃「演奏してみてどうだった?」

 

Crown.Clown.の演奏終了後、楽屋に戻る最中に紫乃はジョアンに碧志の演奏についての感想を求めた。

 

ジョアン「久しぶりに楽しく演奏させて貰ったわ。あんなクレイジーな子がまだ日本にいたなんてね?」

 

紫乃「碧志の出土や経歴なんてどうでもいい。それよりもジョアンの相棒として合格かどうかだ」

 

ジョアン「あら?そんな事を聞くの?答えは、私と彼のギターが雄弁に語っていたでしょ?」

 

紫乃は先程の演奏を思い返してみる。

確かに二人のギターが相乗効果でいい演奏ができていた。

それと比例するように、ドラム、キーボード、ベースもいい演奏ができていた。

少しだけ走り気味な所はあるが、初めてのセッションにしては許容範囲。

それ以上にソロパートでは誰より目立っていたという事実。

 

ジョアン「そういえば、あなたハッキリ言わないと分からないタイプだったわね。合格よ合格。ただ、あとはあの子が首を縦に振るかどうかよ?」

 

紫乃「そこからは俺の仕事だ。碧志の首を必ず縦に振らせてみせる」

 

ジョアン「あらそう?だったらちゃんと仕事をしてよね」

 

紫乃「あぁ、任せておけ」

 

Crown.Clown.の楽屋に着くと紫乃はジョアンに別れを告げ、今度はNSEの楽屋に向かった。

 

 

 

 

 

一足先に楽屋に戻った碧志は、自身の両手を見つめながら物思いにふけていた。

 

今までに無かった感覚。

自分の両手が自分の物では無いように動く。

それでもしっかり記憶に残っている。

これまでの人生で最も上手く演奏ができていた。

そして楽屋に戻った今でもその高揚感を抑えられずにいる。

 

もっと弾いてみたい。

もっと合わせたい。

もっと聴いていたい。

 

でもそれは一時の夢のような時間。

12時を回って、魔法は解けてしまった。

夢の時間は二度と返ってはこない。

 

高揚感と同時に喪失感にも襲われていた。

 

緋砂人「おーい、この後もまだ出番があるんだから、気持ちを切らすなよ?」

 

碧志「…………大丈夫だ」

 

緋砂人「ダメだこりゃ。完全に糸が切れてんじゃねーか」

 

緋砂人は碧志が腰かけているソファーの向かい側にあるソファーに自分も腰を降ろした。

そして値踏みをするような視線で碧志を眺め、問い始める。

 

緋砂人「それで?どうだった?」

 

碧志「どうだったとは?」

 

緋砂人「Crown.Clown.と演奏してみてどうだったかと聞いている」

 

碧志「…………楽しかったぞ」

 

緋砂人「俺達と演奏するよりか?」

 

碧志「………………。いつもと景色が違った……。自分以外にもギタリストがいて、その人と切磋琢磨しながら曲を組み立てる。それでいて、どちらが上か、どちらが更なる高みに行けるのか挑戦していた」

 

緋砂人「また演奏したいか?」

 

碧志「………………」

 

答えられなかった。

その答えを出すにはもう少し気持ちを整理したいのとその望みが叶う事は無いと思っているのが本音だった。

 

緋砂人「その気持ちを大事にしろよ。…………さて俺達も最後の出番に備えて、衣装を着替えておくか。Roseliaが終われば、あとは俺達だけだしな」

 

碧志「そうだな」

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

友希那「『Re:birth day』でした」

 

香澄「友希那せんぱーい!!」

 

舞台袖にいる香澄からの声援に友希那は視線で応える。

今日のRoselia全体の調子は悪くない。

Roseliaの前に演奏したOne-day's youは散々な結果であった。

おそらく実力の半分も出せていない。

凄く悔しかっただろう。

そう思う反面、あの演奏の光景が湊友希那の頭の中で蠢いている。

いつまで経っても頭から出ていってくれない。

自分達があの化け物の直後で無くて良かったと心の片隅で安心している自分がいるのも事実だ。

 

きっと今までの友希那なら自分の音楽を、自信を見失っていただろう。

しかし、今は違う。

 

紗夜がいて

あこがいて

燐子がいて

リサがいてくれる

 

4人の音が自分を支え、押し上げてくれる。

だからもう何も怖くない。

ただこのまま、思うままに彼女は翔ぶ。

 

友希那「Neo-Aspect」

 

美しき命の艶麗

紡がれた調べ 生まれゆく道

Believe me this is the right way.

 

友希那の歌声に合わせ、紗夜のギターと燐子のキーボードがリズムを作る。

遅れて、リサのベースとあこのドラムが土台と推進力を加える。

 

緋砂人「おー、やってるやってる」

 

香澄「緋砂人さん?って凄い衣装!!」

 

緋砂人を筆頭にNSEの全員が白のタキシードに着替えている。

その統一された色味が尚更、NSEを際立たせていた。

 

緋砂人「格好いいだろ?」

 

香澄「はいっ!凄く似合ってます!!」

 

碧志「自分で言うなよ……」

 

有咲「………………」

 

有咲は碧志のタキシード姿に色々と妄想を膨らませて、顔を真っ赤にしている。

 

碧志が緋砂人に視線を戻すと、緋砂人は友希那から視線を離さずにずっと見ている。

まるで、自分の後継者の今の立ち位置をその瞳に焼き付けるように。

 

緋砂人「なぁ碧志?」

 

碧志「ん?」

 

緋砂人「やっぱ音楽っていいもんだな……」

 

碧志「今更かよ」

 

緋砂人「今日だけは俺が主役だから、あの場所は誰にも譲りたくねぇ」

 

碧志「お前が譲ったこと無いだろ」

 

緋砂人「…………なぁ碧志……」

 

碧志「ん?」

 

緋砂人「俺達が出会った日のこと覚えてるか?」

 

碧志「忘れるわけねーだろ。後にも先にもお前が初めてだったよ「俺のバンドのギタリストはお前に決めた!」なんてふざけた勧誘してきたのは」

 

緋砂人「でも悪くなかっただろ?」

 

碧志「バーカ」

 

それまで隣で並んでいただけの二人が漸く視線を交えた。

 

碧志「最高だったよ」

 

二人が拳を重ねた。

緋砂人は望んでいた以上の回答が帰ってきた事に満足して、微笑んでいた。

 

 

 

 

友希那「以上、Roseliaでした」

 

観客が歓声で5人を送り出す。

十分な手応えはあった。

充実感もあった。

良い演奏ができていたと思う。

 

舞台袖まで下がると友希那と緋砂人は視線と言葉を交わす。

 

友希那「どうでした?」

 

今までの友希那から緋砂人に声を掛けることは無かった。

少しだけ不意を突かれた緋砂人であったが、すぐに表情を作り、いつもように嫌味を言い始めた。

 

緋砂人「まだまだだな。歌が上手い素人からアマチュアくらいにはランクアップしたみたいだけど」

 

紗夜「んなっ!?」

 

緋砂人に喰いかかろうとする紗夜を碧志が手で制して、『大丈夫だよ』と目配せをする。

 

緋砂人「でも、悪くなかったよ」

 

緋砂人が右手を差し出す。

これは緋砂人が友希那に握手を求めている。

 

友希那「あの……?自分が認めた相手としか握手しないのでは無かったのですか?」

 

緋砂人「んー……まぁ、前借りって事にしといてやるよ」

 

友希那「ふふっ」

 

緋砂人と友希那が握手を交わした。

碧志と友希那だけが理解した。

以前、友希那からの握手を求められた際に、悪態ついて断った事を緋砂人なりに反省しているのだと悟った。

 

桃華「もしかして、友希那ちゃんの手を握りたいだけじゃないでしょうね?」

 

緋砂人「いえ、めっそうもございません」

 

緋砂人は背後からのプレッシャーに、冷や汗をかく。

 

そしていよいよ、NSEとして最後の舞台に上がる。

緋砂人は4人の顔を確認する。

 

緋砂人「あと1曲でNSEとしての演奏は終わりだ。覚悟はいいか?」

 

猶黄「覚悟がいいからみんなここにいるんだろ?」

 

紫乃「俺達の別れは一度済ませている。そして、それぞれがそれぞれの意思を持ってここにいる。ならば今更、気持ちの確認など不要だろ?」

 

桃華「私は少しだけ寂しいけどなぁ」

 

碧志「俺も寂しくないと言えば嘘になる。でも覚悟はとっくにできている」

 

緋砂人が桃華の頭を撫でる。

『大丈夫、俺もだ』と言いたいのであろうことは桃華には充分伝わった。

 

緋砂人「さぁ、楽しい音楽の時間だ」

 

緋砂人を先頭に舞台に上がる。

沸き上がる歓声とその景色を緋砂人は瞳に焼き付ける。

 

緋砂人「星が降る街」

 

"星が降る街"

NSEで唯一CDを自費制作して発売したバラード曲で、ドラマのタイアップを務めた事もあり、NSEで最も世間に知られている曲である。

 

colors…がNSEの楽器部隊の演奏力を活かす曲であるように、星が降る街は緋砂人の歌唱力を最も活かした美しい曲である。

 

緋砂人「♪~♪~♪♪♪」

 

緋砂人だけにスポットライトが当たっていると勘違いしてしまうほど、緋砂人の歌唱力によりオーラが際立っている。

 

"奇跡の歌声"の異名通り、艶やかにしっとりと歌いながらも人々の心を激しく揺さぶる。

その歌声はまるで神に愛されているように尊い。

同じボーカルであればきっと嫉妬してしまうくらいの寵愛を彼は受けている。

 

 

 

 

しかし、その神は残酷にも緋砂人を嘲笑った。

 

 

 

 

緋砂人「ガフ!ゴホ!ガバッ!ガバッ!ガバッ!」

 

緋砂人の白いタキシードが吐血で真っ赤に染まる。

マリオネットの糸が切れたように、緋砂人はその場に膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

碧志「緋砂人?」

 

会場が静まり返る。

しかし緋砂人からの返事は無い。

 

碧志「緋砂人!!」

 

猶黄「担架!!それに救急車!!急げ!!」

 

猶黄の指示に呆けていたスタッフが慌てて動き出す。

 

猶黄は緋砂人の呼吸を確認する。

肺は動いて呼吸はできている。

念のために猶黄は気道を確保する。

 

碧志「緋砂人!?大丈夫か!?緋砂人!!」

 

猶黄「気を失っているだけだ。……それより担架で運ぶの手伝ってくれ」

 

しばらくして到着した担架に緋砂人を乗せると、数人で楽屋まで運び簡易ベッドで休ませる。

ぐったりはしていたが、数分後には緋砂人は意識を取り戻した。

 

緋砂人「…………ここ……は?」

 

猶黄「楽屋だ。もう大丈夫だ、もうすぐ救急車が来る」

 

朦朧とする意識の中、緋砂人は静かに周囲を見渡す。

今の自分の状況と真っ赤に染まったジャケットを見て、自分が吐血して倒れたのだと理解した。

 

周囲を見渡していた緋砂人と香澄の視線が交わり、緋砂人はこっちに来て耳を貸すように香澄を手招きする。

 

香澄「???」

 

香澄が緋砂人の声を聞き取ろうと、緋砂人の口の近くに耳を寄せ言葉を放つ。

 

緋砂人「……………………」

 

香澄「!?」

 

香澄が内容を確認するように緋砂人の顔を見ると、緋砂人には優しく微笑み頷いた。

 

香澄「行こう!有咲!!」

 

香澄のすぐ近くにいた有咲の手を引き、ステージに向けて走り出す。

 

香澄「りみりん!おたえ!沙綾!みんなも早く!!」

 

少し離れた場所にいたポピパの残りのメンバーにも声を掛ける。

 

有咲「ちょっ!?ちょっと待てって香澄!!」 

 

有咲は香澄を引き止める。

 

有咲「いきなりどうしちまったんだよ?」

 

りみ「香澄ちゃん、歌い足りないの?」

 

たえ「私ならもう3曲はいけるよ?」

 

沙綾「私達の気持ちの問題じゃないと思うけどなぁ……」  

 

沙綾は少し困ったように笑う。

みんなが舞台袖に集まったのを確認してから、香澄はここに集まって貰った理由を語り始める。

 

香澄「あのね!?緋砂人さんがもう少ししたら戻るから、それまで観客をよろしく頼むって!!……でも私一人じゃダメなの。お願い!!みんなの力を貸して!?」

 

香澄が4人に頭を下げる。

4人はそれぞれ顔を見合わせると皆同時に笑った。

 

りみ「前にもこういうのあったよね?」

 

有咲「グリグリが間に合わない時だったっけ?あの時はりみと私と香澄の3人だったよな?」

 

たえ「でも今は、私と沙綾もいるよ?」

 

沙綾「私達5人でなら上手く行くんじゃないかな?」

 

有咲「だな。…………それに香澄は言い出したら聞かないのは今に始まった事じゃないし」

 

有咲が笑う。

釣られてみんなが笑う。

 

香澄「みんな……ありがry……」

 

たえ「香澄!!」

 

たえが5人の真ん中に手のひらを差し出す。

 

りみ「私達の力を信じよう!?」

 

りみがたえの手のひらに自らの手のひらを乗せる。

 

沙綾「うん!絶対上手くいく!!」

 

沙綾がりみに続いて手のひらを重ねる。

 

有咲「やるしかねーか!!」

 

有咲の手のひらが沙綾の手のひらに重なる。

そして4人が香澄が続くのを催促するように、香澄を見つめる。

 

最後に香澄の手が重なり、ポピパ5人の想いが重なる。

 

香澄「ポピ」

 

5人「パ!」

 

香澄「ピポ」

 

5人「パ!」

 

香澄「ポピパパピポ」

 

5人「パー!!」

 

香澄に引かれて5人でステージに上がる。

予定には無い演出に観客の視線が全てポピパへと注がれる。

 

有咲「つーか、何やるのか香澄決めてんのか?」

 

沙綾「そういえば香澄に聞いて無かったね……」

 

有咲「今更、音を合わせる時間なんてねーぞ?おい、かすry…」

 

たとえ どんなに夢が遠くたって

あきらめないとキミは言った

輝く朝日に誓ってる「前へススメ!」

キミらしく駆けぬけて!

 

打ち合わせもろくにせず、香澄がアカペラで歌い始める。

ポピパのメンバーを含め、香澄を知る者全員が息を飲み香澄に見とれてしまった。

 

こんなに歌が上手かったのか?

こんな歌い方だったか?

この人を惹き付けるオーラはなんだ?

 

今までの香澄とは何かが違う。

ポピパのメンバーは直感でそう判断した。

 

このライブが始まってから一時間とちょっと。

香澄は誰よりこのコンサートの光景を舞台袖という特等席でその瞳に宿し、各ボーカルの歌い方を意識して見ていた事で大きな経験値を獲得していた。

緋砂人に託された想いとそれに答えると決めた覚悟がトリガーとなり、経験値が歌唱力として彼女に還元されていく。

キッカケがあれば化けるやつは一瞬で化ける。

戸山香澄がPoppin'Partyのボーカルとして、次のステージに一歩足を踏み入れた。

 

彼女にとっては小さな一歩かもしれない。

しかしPoppin'Partyを格下に見ていたバンドのボーカル達は、大きく距離を縮められたような感覚に襲われた。

 

 

 

緋砂人「前へススメ……か……」

 

緋砂人はその歌詞に、香澄から励まされているように感じた。

呼吸を整え、自問自答を行う。

 

 

 

まだやれるか?

やる為にここまで来たんだろ?

 

体はもつのか?

もつのかじゃねー、やるだけだ。

 

気持ちは演奏できるレベルまで持って行けるのか?

やってやるさ!その為に俺は今ここにいる!!

 

 

 

緋砂人は体を起こす。

テーブルに体重を預けながら立ち上がる。

足下はおぼつかず、その姿はとても弱々しい。

当然だ。

立っているのが限界なくらいに疲弊している。

では何故立ち上がるのか?

彼にはやるべき事があるからだ。

 

碧志「おい!寝てろって!!」

 

緋砂人「行かねぇと……」

 

碧志「どこに行こうって言うんだよ?」

 

緋砂人はステージの方向を指差す。

こんな体になってまで歌うと言い放つ緋砂人に、周囲は驚きを超え呆れていた。

 

桃華「無理よ!!足だってそんなにフラフラじゃない!!」 

 

紗夜「そうです!病人は救急車が来るまで大人しくしておいてください!」

 

友希那「これ以上歌うと、取り返しのつかない事になりますよ?」

 

友希那が緋砂人とステージへの通路の間に割って入る。

皆が友希那と緋砂人のやり取りに視線を集める。

緋砂人はたまたまテーブルにあったカッターナイフを手に取ると、その刃先を出して友希那に向ける。

そのやり取りを見ていた、リサとあこから悲鳴が上がる。

 

友希那「私を刺してでもステージに上がると言う事ですか?」

 

緋砂人「…………違うさ」

 

緋砂人はカッターナイフを友希那の足下へと投げ捨てる。

静かな室内に、カッターナイフが転がる渇いた音だけが響く。

 

緋砂人「俺は誰が止めてもステージに上がる。それを止めたければそのカッターナイフで俺の足を刺して動きを止めてみろ」

 

これは友希那だけに向けられた言葉ではない。

この場にいる全員への牽制。

その狂気すら感じる発言に周囲は凍りつく。

全員が動かないのを確認してから緋砂人は続ける。

 

緋砂人「その覚悟が無いやつが俺の前に立つんじゃねぇ!!」

 

捨て台詞を吐いた人はおぼつきながらも、一歩一歩ステージに歩みを寄せる。

その途中で、猶黄が緋砂人に肩を貸した。

 

猶黄「ったく。好きにしろって言ったからには、俺も自分の言葉に責任を持つ。…………このまま緋砂人を一人で行かせて見殺しにするくらいなら、演奏に協力して人殺しになった方がマシだ」

 

紫乃「……俺も緋砂人の異変に気付きながらも、見て見ぬ振りをしてしまった。だからその責任を取ろう」

 

紫乃が反対側の肩を貸した。

 

紫乃「碧志、お前はどうするんだ?」

 

碧志「俺は…………」

 

碧志の中で緋砂人との思い出が駆け巡る。

出会った時のこと。

メンバー探しに明け暮れたこと。

一緒の大学を受験したこと。

沢山ライブをしたこと。

FWFで優勝した時のこと。

その沢山の思い出の中の緋砂人が「俺達の全てを見せてやろうぜ相棒!」と微笑んだ。

 

碧志「そうだよな。不完全燃焼だよな。任せろ、俺達がお前に翼をくれてやる」

 

碧志が覚悟を決めると、涙目になっている桃華に向けてメンバーの視線が集まる。

 

碧志「あとはお前だけだ桃華。お前はどうする?」

 

桃華「私は……えっと……」

 

緋砂人に無理はして欲しくない。

でも後悔はして欲しくない。

この二律背反の想いに、桃華は前にも後ろにも動けない。

 

緋砂人「ほらっ、行くぞ」

 

緋砂人が桃華を言葉で引っ張る。

大した言葉ではない。

でも、いつもいつも不安な時は緋砂人が必ず背中を押してくれる。

優しいその声に、桃華の一歩目が自然と前に出る。

 

桃華「やろう。みんな……」

 

涙目ながらに決意を口にした桃華に四人が微笑み、緋砂人を先頭にステージにして向かう。

ちょうどステージから降りた香澄が緋砂人の元に駆け寄る。

 

香澄「緋砂人さん!!大丈夫ですか!?」

 

緋砂人「あぁ、いきなりのピンチヒッター任せちまって悪かったな。今の曲、今まで聴かせて貰ったポピパの曲の中で一番良かったよ」

 

緋砂人からの称賛に香澄は「えへへ」と照れ笑いを返した。

 

碧志「有咲」

 

緋砂人達から少し遅れて舞台袖に到着した碧志は有咲を手招きすると有咲のトレードマークとも言える、ツインテールのヘアゴムを1つ外した。

それに伴い有咲のヘアスタイルがサイドテールのようになる。

 

有咲「んなっ!?何すんだよ!?」

 

碧志は有咲から奪ったヘアゴムで長めの自らの後ろ髪を結わえる。

 

碧志「ちょっと借りるぞ。…………それじゃ、行ってくる」

 

碧志は有咲の頭を撫でる。

そこにはいつもの優しい兄の姿があった。

先程までとは違う。

手を伸ばせば届く距離に碧志がいる。

今の有咲は理性より本能が勝利した。

 

有咲「碧志!!」

 

碧志「ん?どうした?…………ってうぉ!?」

 

碧志の襟とネクタイを引っ張り自らに碧志の顔を寄せると、有咲は自らの唇を碧志の頬にくっ付けた。

 

有咲「おまじないっ!きっと上手く行くからっ!!」

 

沙綾「おぉ!?」

 

香澄「有咲ってば大胆!!」

 

有咲「が、頑張れよっ!!」

 

有咲は顔を真っ赤にして舞台袖からはけて行く。

ポピパの四人が『ヒューヒュー』と茶化しながら有咲の後を追いかける。

碧志は呆然としながら頬を押さえ、有咲が消えた方向をしばらく見ていた。

 

 

 

緋砂人「何やってんだ碧志!!行くぞ!!」

 

碧志「っ!?お、おうっ!!」

 

緋砂人の声かけにやっと我に帰った碧志は緋砂人の横に並ぶと自らが着ていた白のタキシードを緋砂人に着せた。

 

碧志「主役が着ないで誰がタキシードを着るんだ?」

 

碧志に着せられたタキシードの胸ポットに緋砂人は重みを感じる。

その重みで緋砂人は碧志の想いを察した。

 

緋砂人「これは……」

 

碧志「いるだろ?……それじゃ、そろそろかましてやろうか」

 

碧志が緋砂人を連れて舞台に上がる。

客席からは歓声は上がらず、それどころか緋砂人を心配する声でざわついている。

 

緋砂人「えー、皆さんお待たせしました。無事に帰ってきました!」

 

会場は更にざわつきを増す。

それは仕方ない事である。

先程、吐血して気を失った男が再び舞台に上がっている事自体が理解できないからだ。

緋砂人の事を考えれば無理をさせるべきでは無い。

 

何故緋砂人を止めないのか?

そこまでこのライブを成功させたいのか?

緋砂人以外のメンバーに不信な視線が集まる。

 

緋砂人はそういった視線にはとても敏感だ。

だから観念したように事情を説明し始める。

すでに有咲を連れ戻して来たポピパを含め、全バンドのメンバーが舞台袖に集まっていた。

そして緋砂人の開口に視線を注ぐ。

 

緋砂人「えーっと……まぁ、心配するなってのは無理な話だと思うんで、事情を説明させてください」

 

緋砂人の言葉に"言うのか?"と言わんばかりにメンバーの視線が集まる。

その視線を受け取った緋砂人が頷いた。

 

緋砂人「俺は、のど周辺の癌と肺に血が溜まる病気を患っています」

 

会場がざわつきを増す。

そして、メンバーすら驚いている。

癌の話は聞いていた。

しかし肺に血が溜まる病気については聞かされていなかったからだ。

 

緋砂人「最初に異変に気づいたのはFWF直前の練習中でした。いつもに比べて声が出しにくい、意識して声を出さないといい状態の音域を保てないくらいの違和感でした。FWFが終わってからもずっと違和感が残っていたけど、自費のCD出版が近づいていて"そのうち治るだろう"くらいの気持ちで放置していました。…………CDも思っていた以上に売れて、いよいよプロデビューの話が決まり、万全の状態にしてからデビューをしようと思い病院を受診した際に癌だと発覚しました」

 

NSEのメンバーがそれぞれ視線を落とす。

特に碧志は最も自責の念に捕らわれていた。

 

もっと早く緋砂人を病院に行かせていれば

もっと早く緋砂人の異変に気づいてやれていれば

そうすれば緋砂人は今も音楽活動を続けられたかもしれない。

 

これは碧志がずっと後悔していた事で、ギターを辞めようと思っていた理由の一つでもある。

 

緋砂人「癌が発覚して、俺達は俺が治療に専念するためにバンドを解散しました。治療は投薬治療によるもので、完治には至っていませんってのが、俺の状況です」

 

周囲は相変わらずざわざわとざわついている。

そこに緋砂人は自分の覚悟を口にする。

 

緋砂人「そして俺は癌の治療として喉の声帯の摘出をするためにアメリカに行きます。声帯を摘出すればもう声を出すことはできなくなります」

 

周囲のざわつきが最高潮になる。

しかしそれは仕方がない事である。

声が出せないと言う事は音楽活動を全て辞めてしまうということの裏返しであり、今日ここには緋砂人の声に聞き惚れて魅力された者ばかりである。

そんな周囲の残念な気持ちを察してか緋砂人は明るい話を始める。

 

緋砂人「しっかし……今日のライブはスッゴく楽しくてみんな凄くて、今日が終わらなければいいなって思ったの初めてかもしれません!それにこのライブをキッカケに次世代のバンドが羽ばたいてくれれば、俺がいた意味ってのがきっとできると思うんです。だから俺が今日、ここに立っている事は決して無意味なんかじゃないってみんなに伝えたいです!!」

 

緋砂人はRoseliaとポピパに向けて笑みを放つ。

その笑顔には"これからはお前達の番だぞ"という想いが込められていた。

 

緋砂人は全く後悔していない。

その清々しい態度が碧志の罪悪感を溶かしていく。

 

緋砂人「ここまではここにいるみんなの為に歌わせていただきましたが、最後の一曲だけは自分のやりたいように歌わせていただきます。…………オホン、えぇ……市ヶ谷君市ヶ谷君、例の物をお持ちして?」

 

緋砂人が作戦開始の合図として碧志にウインクを送る。

それまで自責に捕らわれていた碧志も、慌てて自分の役割を思い出し、その役割に徹する。

 

碧志「かしこまりましたー!!」

 

碧志が慌てて舞台裏に捌けていく。

数十秒後、碧志はパイプ椅子を二脚持ってくる。

そのうちの一脚は元々予定に無い物ではあったが、碧志が緋砂人の為に用意したものだ。

 

緋砂人「わりぃな」

 

緋砂人が椅子に腰掛けると続いてステージのセンターに椅子を置く。

そしてそのまま碧志は桃華の下へと向かった。

 

碧志「あちらの特等席にてお待ちください」

 

碧志のエスコートで桃華をセンターの特等席へ誘う。

桃華の着席を確認してから残りのメンバーが各々の楽器を準備する。

 

当の桃華は椅子にこそ座っているが状況を理解できていない。

今回のライブのラストは星が降る街でアンコールの予定など無い。

当初の予定外のプランと自身がセンターに座らせられている状況に全く頭が追い付いていない。

 

猶黄「1.2.3.4」

 

 

「ねえ、大好きな君へ」笑わないで聞いてくれ

「愛してる」だなんてクサいけどね

 

 

猶黄の音頭でGReeeeNの愛唄が始まる。

緋砂人がキーボードを弾き語りし、他のメンバーは緋砂人に合わせてかなりゆっくりめに演奏している。

日本でも指折りの演奏力を持つ3人にとって、キーボード初心者である緋砂人の演奏に合わせる事は造作もない。

時に足りない箇所を3人がそれぞれ補っていく。

あくまで緋砂人を支える為の音。

しかし今この瞬間だけは緋砂人が主役。

自分達は緋砂人を支え、黒子に徹する。

その気持ちだけでここに立っている。

 

緋砂人はメンバーの音には合わせない。

今の彼は桃華にこの曲を贈るという事に全神経を注いでいる。

今だけは小室桃華だけの稲葉緋砂人であり、稲葉緋砂人だけの小室桃華である。

二人の間でしか分からない世界を緋砂人の言の葉で彩る。

BGMとして3人のギター・ドラム・ベースがムードを盛り上げて行く。

 

 

僕の声が 続く限り

隣でずっと 愛を唄うよ

歳をとって 声が枯れてきたら

ずっと 手を握るよ

 

 

桃華にとってとても響く歌詞だ。

溢れそうになる涙を止めておけない。

溢れ出す涙もそのままに目の前の景色をその瞳に刷り込ませる。

決して忘れぬように。

決して色褪せないように。

 

 

ただアリガトウじゃ 伝えきれない

泣き笑いと悲しみ喜びを共に分かち合い生きて行こう

いくつもの 夜を越えて

僕は君と 愛を唄おう

 

 

曲が最後まで終わると緋砂人は一歩ずつ桃華に向けて歩みを寄せる。

会場は異常なまでの静寂に包まれており、二人のやり取りに視線を注いでいる。

 

桃華の前に立った緋砂人はその場に片膝をつき、桃華を見上げる姿勢を取った。

 

緋砂人「この先、声が出なくなっても、姿勢と視線で桃華を導いていく。桃華と一緒にいると俺はいつも飾らずにいられる。このタイミングで言わないともう二度とチャンスが無いかもしれないから言わせて貰おう。桃華、絶対に幸せにするから俺と結婚してください」

 

タキシードの胸ポケットから指輪を取り出し、桃華の前に差し出す。

その手は不安と緊張に震えている。

緋砂人は緊張などしない。

しかしこの決断は緋砂人と桃華の人生が懸かっている。

その為の不安が今の彼にのしかかっているのだ。

 

一方の桃華は涙腺が高まり彼女の瞳を溢れた雫が、涙として彼女の頬を伝う。

 

桃華「………よろしくお願いします」

 

桃華が緋砂人に抱擁する。

緋砂人がそれに応えるように両手を桃華の背中に回すと本日最大の歓声が二人を祝福した。

 

 




いかがでしょうか?

今回が書きたくてこの作品を書き始めたので個人的には一段落ついて満足しています。

そろそろこの物語もクライマックスが迫っていますので、最後まで御愛読いただけると幸いです。
次回もしばらく期間が空くとは思いますが気長に待っててください((T_T))

それでは評価・ご感想・お気に入り登録ドシドシお待ちしております。
特に評価・感想は執筆の励みになりますのでよろしくお願いしますm(_ _)m

ではまた次回、ほなっ!(^^)ノシ

使用楽曲コード:14021773,22644407,72169486


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