一刀が居なくなってから、4ヶ月程が過ぎた。
まだ完全では無いにしても、少しづつ将兵や街の人達も活気を取り戻しつつある。
4ヶ月。
もう、そんなに経つんだ。
私は
北郷一刀が嫌いだった。
北郷一刀が憎かった。
消えてくれ、居なくなれ、そう願っていた。
そして…憧れた。
今ならはっきりと、あの頃の自分の気持ちが分かる。
『奴がどれだけこの国の為、華琳様の為に生きていたか分からんかっ!』
分からないわけ、無いじゃない。
好きの反対は嫌いではなく、興味がない。とはよく言ったものよね。
怒鳴ったり、怒ったり、落とし穴を掘ったり。
それでも懲りずにアイツは、私に笑顔を見せた。
それが、どこか楽しかった。嬉しかった。
侍女に買ってきて貰った物を風呂敷に包み、部屋を出る。
「荀彧様!まだ、あまり出歩かない方が…」
「大丈夫よ。そんなに長くならないで戻ってくるわ」
それだけ言って歩き出す。
まだ体が少し気だるい。
ずるずると引き摺る様に歩いていると、前から春蘭が歩いて来た。
「桂花か。もう、歩いて良いのか?」
「ええ、問題ないわよ」
鎧を着ている。兵の鍛錬か賊討伐だろうか。
「アンタこそ、もう大丈夫なんでしょうね」
「すまなかった。悲しくないわけでも無いし、北郷を忘れるわけでも無いが、いつまでも泣いているわけにはいかんからな」
「…遅すぎるわよ」
少し嫌味っぽく言うと、春蘭は笑う。
「秋蘭にもこっぴどく怒られた。これ以上、民に情けない姿を見せるな、とな」
そう言って、私の荷物を勝手に持つ。
「ちょっと、乱暴に扱わないでもらえる?それに、これから仕事じゃないの?」
「仕事帰りだ。もう昼だぞ。賊などやる気の欠片も感じん程に呆気なかったのでな。どこまで運べばいい」
春蘭の勝手さ。
なんだか、一刀に似ている気がする。
そう考えると少し笑えてきて、小さく溜め息が出る。
春蘭とも、ずっといがみ合っていたけれど、これからも言い合うのだろうけれど、今くらいは素直に受け取ってやってもいいか。
今まで思いもしなかった事を思う。
「そ。じゃあ、私に着いて来て」
「なんだ、今日はやけに素直ではないか。いつもそうだとこちらも楽なのだがな」
「ふん、今日だけよ」
まだ本調子でない私の歩く速度に合わせて、春蘭が後ろを歩く。
コイツも、こういう気使いが出来るようになったのね。
人はいつまでも子供でいられない。
少しづつ、変わっていく。
私も、少しは変われたかな。
「お前が寝ている間に皆、華琳様から話を聞いた。そんな状態のお前に全て任せてしまってすまなかったな」
「私だって華佗に言われるまで知らなかったわよ。それに、兵の鍛錬なんかは私には出来なかった事よ。そこは凪や霞に任せていたから、謝るならそっちに言いなさい」
「そうか。しかし、他の誰でもなく、桂花だとはな。沙和や華侖は悔しそうにしていたぞ」
『何でアタシじゃないっすか!羨ましいっす!』
そんな事を言う華侖が容易に想像出来る。
暫くそんな話をしているうちに目的地へ着いた。
「ここで大丈夫よ。ありがと」
「お前からありがとうと言われる日が来るとはな。明日は季節外れの雪か?」
「…もう一生アンタに礼を言わないわ」
荷物を受け取って風呂敷を開く。
「なんだ、お前の屋敷の庭ではないか。ここで何をするんだ?」
「何もしないわよ。それより、華琳様に報告は行かなくていいの?」
「はっ!そうだった!遅くなるとまた怒られてしまう!悪いが私はもう行くぞ!身体には気をつけろよ!」
そう言い残してバタバタと走り出す。
相変わらず騒がしい奴ね。
そう思い、笑いながら風呂敷の中の荷物を出していく。
御座、杯、そして、あの時のお酒。
御座を敷いてその上に座り、お酒を注ぐ。
「まだ、時期ではなかったわね」
私の前にある、前よりも少し伸びた、一刀が植えてくれた花。
それはまだ蕾もついていない、青い葉があるだけ。
「少しまだ肌寒いわね。もう1枚何か羽織ってくれば良かったかしら」
春とはいえ、やはり暖かくしてくれば良かったか。
まぁ、このお酒を飲んでいれば暖かくなるでしょ。
そう思い1口、お酒を口に含む。
あの時と同じ、甘い香りが鼻を抜ける。
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「銀木犀、桂花の花言葉は初恋、唯一の恋、なんだよ」
「………で?」
私の手が止まる。
一刀のお酒で赤くなった顔が更に赤くなった。
「俺は桂花に恋をしてますよって意味でこの花持ってきたんだけど」
「はっ!アンタに好かれても嬉しくないわね」
「はははは、桂花は相変わらず手厳しいなぁ。喜んでくれてチュウくらいは出来るかなぁと思ってたのに」
「するわけないじゃない、気持ち悪い」
私の顔が熱いのは、お酒のせい。
私の顔が赤いのは、お酒のせい。
コイツのこんな言葉で、嬉しくなる訳がない、恥ずかしくなる訳がない。
だから、誤魔化す様にお酒を飲む。
自分の奥底の気持ちに、気づかない為に。
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あの時の事を思い返す。
今だったら、どう返していたのだろう。
今だったら、口付けくらいはしてやったのだろうか。
今はもう、出来ないけれど。
ゆっくりとお酒を飲んでいると、少し日が落ちてきた。
少し長居をしてしまったかしら。
暗くなる前に戻らないと。
最後にと杯にお酒を注ぐ。
ねえ、一刀?
いつ、帰ってくるの?
あんまり待たせすぎると、アンタの顔なんか忘れてやるから。
あんまり待たせすぎると、この子の顔、見せてやんないから。
だから。
それが嫌だったら、早く戻って来なさい。
最後の1口を飲み干し、荷物を片付けて医務室へと戻る。
まだ咲いていない、銀木犀。
一刀が植えてくれた、銀木犀。
この花が咲く頃、私は、母になる。
終わりです。
あまり長引かせるとグダグダになってしまうと思い、少し駆け足ではありましたが、それでも終わらせられて良かったです。
桂花好きの人にはこれは違うと思われるかもしれないけど、これも1つの桂花だと思っていただければ幸いです。
ありがとうございました。