皇軍魔導士七尾理奈   作:.柳

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迺天⑤

時間というものはなんて意地悪なのだろうか。少しでもゆっくりと進んで欲しい時ほど早く進んでいく。そんな訳で今日も今日とて思い気持ちと共に連隊での研修に励んでいた。

「七尾君、どうしたんだね。心ここに在らずといった感じだが」

「いえ、気にしないで下さい福原殿」

この1ヶ月で福原殿が周りの事を良く見ていて心配もしてくれる寛大な人物である事は良く理解していたが、一昨日の出来事のせいで怪しく見えてしまう。タイムリミットは約2週間。それまでに実行犯を特定出来なければ関係の無い大勢の民間人が死ぬ。張作栄が実在していた事が分かった時にはまだ半信半疑だったが、帰りの列車で未定形が現れて私を挑発したのだから確実に起きる。それに私が大勢の人を守れないと期待している。張作栄の暗殺を阻止するのは彼の為では無い。ましてや民間人の為でもない。少しでも未定形の機嫌を悪くさせたいだけだ。結局の所は自分の名誉の為である。

だが、今はそれを少しだけ忘れなくてはならない。少し前から研修は演習場で見学するものからテーブルの地図と睨み合うものへと変わったのだ。簡単に言えば隊の動かし方について学んでいる。隊の指揮は士官学校でも習ったが知っているのは基本中の基本であり、不測の事態を盛り込んだものに関しては無知に等しい事を私は思い知らされた。

「七尾君、本日2度目の全滅だ。こういった地形はもう少し慎重に動かせ」

福原殿が全滅した私の部隊の駒を元の位置に戻し手本を示す。ここ数日はずっとこんな調子だ。ちなみに私の部隊は今回、敵に全方位囲まれた。その前に起きた正面突破を行い全員が即死するよりは幾分かましではないかとも考えたがどちらも全滅には変わらないので開きかけた口を閉じた。

「理奈は大胆過ぎるんだよ」

「栗林は今日だけで4回も全滅してるでしょうが」

「習ってるんだから失敗しても大丈夫だよ」

「いや、栗林君は流石に多すぎるから気を付けてくれ」

「すみません」

やはり栗林は死なせ過ぎだったようだ。これが現実だったら死神というあだ名を付けられていたことだろう。失敗しても現実には影響は無い。それでも成功した方が良いし、何より気分も良い。

「どちらもまだまだ改善点はあるが筋は良い。ふたりとも流石は蒼島を経験しただけある。さて、七尾君も自身の欠点が良く分かっただろう。もう1回だ」

「え!?栗林もあそこにいたの?」

「いたよ、後方だったけど」

「初耳なんだけど」

「ほら、お喋りは後だ。今は目の前に集中してくれ」

結局、私と栗林は午前いっぱいこの机上の模擬戦に挑み続けた。そして散っていった。

「まさかあんなに全滅するとは思ってもなかった」

私は味噌汁を飲みながらそうぼやく。

「理奈は良いよ、私なんて1回しか上手くいかなかったんだから」

「それは流石に不味いんじゃ。というかご飯何杯目?」

「3杯目」

「すごい食べるね」

「理奈があんまり食べないだけだよ」

栗林はそう言いながらモリモリと食べているが私がまだ10歳だとという事を理解しているのだろうか。しかし食べたものはあのスリムな体の何処に消えていくのだろうか。

「そういえば、後方って言ってたけど。やっぱり軍医として赴任してたの?」

「うん。見習いだったけどね」

そう答える栗林の茶碗に盛られていたはずのご飯の半分が既に消滅していた。

「どんな事やってたの?」

「食事中にする話じゃないかな」

栗林の一言で彼女が蒼島でどんな職務に就いていたかは容易に想像できた。皇国も私のようにやたらめったら壊す者ではなく、栗林のように多くの命を救った者にこそ勲章を与えるべきではないだろうか。

昼休みが終われば今度は机でお勉強。それも軍大学で習う内容よりも実践的なものを。軍大学の講義もハイレベルだったが、それが優しく感じる程の難しさだ。

だが、私と栗林の1日はまだ終わらない。ふたりで軍閥に関する情報と軍の噂を駐屯地の図書館で徹底的に調べる。だが、それでもなかなか怪しい奴の情報は出てこない。

「もう事件が起こらないように祈るしかないんじゃない?」

「栗林、張作栄がいたんだ。起こる可能性が高い」

私は迺天軍に関する資料をかじりつくように調べているが、確かに栗林の意見も一理ある。だが、ワガママかもしれないが少しでも悲劇の起きる可能性があるのなら限りなく無くしたい。

「この資料は読んだの?」

栗林が分厚い資料を目の前に置く。題名を見る限り軍の「都市伝説」が載っているものだ。

「どうせ録な内容じゃないよ」

「とりあえずとりあえず」

「じゃあ。あれ?」

資料を読んでみて私は夢なのではないかと思ってしまった。この都市伝説、迺天で起きた未解決事件の詳細な記録だ。それも上華人の殺害事件ばかり。都市伝説にしては出来が良すぎる。

「これって」

「ね、怪しいでしょ?そんな物騒な事件ばっかり載ってて」

「何でこんなものが普通の本棚なんかに」

もう一度表紙を見てみると持ち出し禁止を意味するシールの上に機密と手書きで書いてある。どうやらこの未解決事件たちは線路の爆破を防ぐ大きな手掛かりになるかもしれない。

そうなれば、できるだけこの資料を調べなければ。私はメモ帳を取り出し、出来るだけ素早く箇条書きで書き込む。

「まだ帰っていなかったのか」

私の背後から聞き慣れた声が聞こえる。

メモ帳をポケットに隠しながら振り向くと福原殿が不思議そうに私たちを見ていた。

「ふたりは一体何をやっていたんだね?」

「迺天についてまだ知らない事が多いので栗林中尉殿と調べていたのです。しかし連隊長殿はどうして駐屯地に残っているのですか?」

少しだけ嘘を付き、話も反らす。これが上手くいったのか私と栗林が図書館に残っているのはさほど気にならなくなったらしい。

「書類が残っていてね。連隊長も忙しいのだよ」

福原殿はそう言いながら目線を降ろし、私の見ていた資料を見つけてしまった。すると彼は血相を変えて取り上げた。

「七尾少尉!一体これをどこで見つけたんだ!」

「普通の本棚に入っていましたよ」

「誰がそんなところに。それに機密と書いてあるだろ」

「気付きませんでした。申し訳ありません」

やはり面倒事を素早く終わらせるには少しの嘘は有効らしい。それでも嘘は出来るだけ付きたくは無いものだ。

「とにかくこれは然るべき場所に戻しておく」

そう言うと福原殿は大切な資料を持っていってしまった。ここで大きな壁が立ちはだかるのは想定内ではあったものの、凄まじくもどかしい気持ちになる。

「なんだか苦しそうな顔してるけど大丈夫?」

「実際に苦しいんだ。栗林」

「重要なもの持ってかれちゃったもんね」

「また振り出しに戻るだけだ。大丈夫、始めから大して進んでないから」

「それって自分に言い聞かせてる?」

「当たり」

「今日はそういう日なんだよ。帰ってゆっくり休もうよ」

確かに栗林の言うとおりだ。重要な情報を持っていかれてしまった以上、今日は何もする事が出来ない。次の日はなんとかしてあの資料を手に入れてやる。

そうして夜は過ぎていった。

翌日、研修の合間に休憩していると福原殿の部下に話し掛けられた。

「あぁ、良かった。ふたりともいて」

「中佐殿。何かあったんですか?」

私がそう聞くとどうやら福原殿が私と栗林を探しているようだ。十中八九昨日の件だろう。

「福原連隊長が?」

「そうだ」

額から嫌な汗が流れる。

「ここにいても何も進まないよ。行こうよ」

「だな」

連隊長室に向かう時もゾワゾワとした嫌な感覚が全身を廻る。気を抜いたら歩けなくなりそうだ。そして扉を開けると福原殿がいる。

「福原連隊長。本官たちを探していたと言っておりましたが。どのようなご用件で」

まるで生きた心地がしない。

「あの資料を読んだのか?」

「え?えっと」

「大丈夫、私が言うから」

栗林はそう言いながら私の肩をポンと叩く。そして何故あの資料を読むに至ったかを簡潔に説明するではないか。事件に関わりそうな人物にそんな説明をするのはどう考えても自殺行為だ。栗林は何を考えてるのか理解できない。

「君たちが何をしたいかは簡単に想像できる。実は私もその想像をしているんだ。迺天軍の暴走を未然に防ぎたい」

「意味がよく分からないのですが」

「あの資料は私がわざと置いておいたものなんだよ」

福原殿は笑いながら種明かしをする。どうやら私と栗林はまんまと福原殿に誘導されたらしい。それにあの資料の中身はそれらしいだけで事件にはあまり関係の無いものばかりなのだと言われた時は全身から力が抜けた。

「では福原連隊長。本当の資料は存在するのですか?」

「あ、それって私も気になります」

「安全な場所にある。安心してくれたまえ。ところで七尾君」

「なんでしょう」

「この計画をどこで知ったんだ?」

「夢で見ました」

すると福原殿は突如笑い始めた。本当の事を言ったのに笑われるとなんだかモヤっとする。

「全く、とんだ占い師が居たもんだ。とにかく今まで通りにしておいてくれ」

「了解しました」

連隊長室から出た途端、思い切りため息を出すと栗林が見つめてくる。

「今までの頑張りは意味が無かったのかなってさ」

「そんな事ないよ。味方が見つかったんだから、むしろ前進だと思うけどね」

「そうだな。何事も前向きに考えた方が良いもんな」

そして翌日、再び連隊長に呼ばれた。室内には昨日とは違う空気が流れており、まるで戦争でもするのではないかといった雰囲気をしている。その上福原殿の表情も険しい。絶対に何かある。

私と栗林が入室してからおよそ数十秒。福原殿は口を開く。

「これから話す事は君たちにとって機密事項になる。心して聞くように」

「はい」

「了解しました」

「10日後に起こるであろう事件を私の歩兵連隊で止める。これは無断なので他言無用とする」

福原殿の他言無用の言い方はまるで私たちを脅すような言い方に近く、元から物々しかった空気がより重くなる。

「何故無断なのでしょうか」

「七尾君。その理由は最後に話す。まぁ、聞けば納得する。作戦は大きく2つに分ける。1つ目は列車を止める。2つ目は実行犯の確保だ」

「私たちは作戦に参加するのですか?」

私がそう尋ねると福原殿は私をジロリと見つめる。

「七尾君たちにも勿論参加してもらう。栗林は何か質問はあるか?」

「特にはありません」

「分かった。では、この事が他言無用である理由を話そう」

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