皇軍魔導士七尾理奈   作:.柳

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迺天②

『発展途上の街』それが迺天の第一印象だ。人は多く、賑わっているが人々の服装が少し古いのである。

「おい!お前ら!降りろ!」

突如として私達に怒号が飛んでくる。その怒号の主はどうやらこの大尉のようだ。何をこんなに怒っているのかは分からないが物凄い怒り具合だ。そして私を見るなりずんずんと偉そうに歩いてくる。

「お前が七尾か!」

「はい。本官が七尾少尉です。大尉殿」

七尾がそう答えると大尉は七尾の勲章の略章を見ながら舌打ちをし、顔を近付ける。

「その勲章はどの変態から貰ったんだ?」

要するに私の金櫻勲章を羨ましがっているらしい。

「鼻の高い空を飛ぶ変態を何人か撃墜したら貰えました」

「ふざけるな!」

大尉は非常に不機嫌な態度で怒鳴る。

急に子供の私に凄んできて一体どういうつもりなのだろうか。七尾は答えを助けを求めるように栗林へ目線を送るが栗林も意味が分からないといった具合だ。ふと大尉の軍服を見てみると右胸には軍大学卒業徽章が付いておらず、それとなく察する事が出来た。どうやら彼は軍大学に入れず腐ってしまった奴のようだ。だから軍大学生である私達に八つ当たりしているのだ。恐らく無関係の部下にも当たっているのだろう。戦場でどの部下に背中を撃たれるか見物だ

私達が大尉に急かされながら駅を出ると軍用のナンバープレートを付けた車が待機しており、足早にそれに乗り込み、十数分経つともう駐屯地に到着した。見た目は普通の駐屯地なのだが、七尾は僅かに違和感を抱いた。これは少し前まで戦場にいたからこそ分かるものであった。そう、この駐屯地にいる将兵の雰囲気と戦場の将兵の雰囲気が一致したのだ。確かに今は戦争中だが、この駐屯地は現時点では後方中の後方。ここまで緊張した空気が漂っているのは明らかに異常だ。

「ほら、さっさと司令殿に挨拶しろ。第39師団長でありここの司令でもある、『澄田治朗』閣下だ」

大尉が再び私達を睨む。彼は恨まれるかも知れないと考えた事は無いのだろうか。

私達がひとりひとりそれらしい挨拶をした所で澄田閣下は口を開く。

「戦争で誰しもが忙しい時に良く来てくれた。第39師団は君たちが一人前の将校である事を期待している」

師団長を初めとして、それから私達はお偉いさんへの挨拶周りが始まった。

殿や閣下などに延々と挨拶回りをしているのでそれが終わる頃にはすっかり終業の時刻になっているのだ。そんな具合に研修の1日目は終了し、私は師団が予め用意してくれた宿舎の個室でベッドに沈み込んでいる。

「はぁ、もう3日くらい人と話したくない」

そう呟くと急に眠気が襲ってきた。長旅の疲れも溜まっているのだろう。少し目を閉じるとすぐに眠りに着いた。

私はある夢を見た。とても不吉な夢だ。どこかの線路が爆発し、列車が横転。誰がどう見ても大惨事だ。その列車から立派な格好をした燃えた男が這い出てきて私の方を見てこう言った。

「過ちを繰り返してはいけない。君は結末を知っている筈だ」

「何の話だ」

「力を持った者が誤った欲を抱けば、多くの人々が死ぬ」

男は焦げた唇を微かに動かしそう言う。

「どうすればその過ちを繰り返さずに済むんだ」

「それは…」

男が何かを答えようとした瞬間に炎は更に燃え上がり、遂に答えを聞く事は叶わなかった。そして、奥には凶兆の知らせのように巨大な熊が立っている。

そこで私は汗を大量にかいた状態で目を覚ました。なんて最悪の夢なんだ。これも未定形の仕業なのだろうか。それでもはっきりしているのはあの男が実在し、このままでは殺されてしまうという事だ。七尾はそう考えながら汗を手で拭い窓を開けると迺天の夜の街並みが広がっていた。本土の都市部よりは明かりは少ないものの、そこには穏やかさがありそのお陰で夢の事を少しだけ忘れる事が出来たのだった。

すると誰かが扉を叩く音が聞こえた。扉を開けると栗林が立っており、外で何か食べないかと私を誘ってくれたので私は喜んで外出した。

「さぁ、理奈。私の奢りだからドンドン食べて」

栗林がそう言うと早速注文を始める。私も品書きを見てそれらしいのを注文すると給仕はかしこまりましたと頭を下げ、厨房へと消えていく。

「そういえば、どうして理奈は軍に入隊したの?それもそんな年齢で」

「すべて偶然だよ。故郷での健康診断でたまたま魔法が使えた事が分かって、たまたま士官学校に入学出来る学力があっただけ」

「じゃあ、特に深い理由は無かったんだね」

栗林は首を傾げながら納得する素振りを見せる。そうしている内に作られた料理がテーブルに運ばれてくる。料理にあまり詳しくないので細かい事は分からないが、近くに遊牧民の国があるからだろうか羊肉を使った料理のようだ。それから淡水魚の煮付け、水餃子などが置かれた。給仕は「ごゆっくりどうぞ」と言うと再び厨房に消えていった。

「理奈、食べようよ」

「そうだね」

七尾は羊肉の炒め物を口に運ぶ。

「やっぱり美味しい。羊の肉は昔から好物だ」

「でも、癖のある臭いだよね」

「それを差し引いても美味しい」

「理奈は変わっているよ」

しばらく迺天料理を楽しんでから、私たちは店を後にした。

「理奈」

帰り道の途中で栗林は突然真剣な表情になる。

「どうしたの?」

「何か悩んでるなら、私に相談して。かなりうなされてたから」

「聞こえてたのか。とりあえず今は大丈夫。ありがとうな」

「どういたしまして」

そんな具合に私たちの迺天研修1日目は終了した。

帰ってすぐに寝たからなのか、それとも慣れない場所で眠ったからなのかは不明だがあまり眠る事が出来ず、七尾は普段より1時間程早く起きてしまった。無理やり眠ろうと再び布団に潜り込むがそれでも眠れないので七尾はとうとう布団から這い出て、窓を開けた。すると朝の新鮮な空気が部屋を満たし、七尾の僅かに残っていた眠気を吹き飛ばす。まだ日の昇りきっていない街並みも気分の良い薄暗さのお陰で昨夜とはまた違った表情を七尾に教えてくれた。

「しかし、あの大尉は随分と器の小さい奴だったなぁ。子供相手にムキになって。プライドってものが無いのかね」

突如出来た時間は誰にとっても扱いに困る。それは七尾にとっても例外ではなかった。そのせいでつまらない奴の事を思い出してしまった。かといって眠気もすでに吹き飛んでおり、余計に始末が悪くなっている。そこで七尾はまだ終わっていなかった荷物の整理を始めた。整理と言っても必要な教本やその他資料などを自身の机に置く程度なのですぐに終わってしまう。数分後、七尾は小さな音量でラジオを聞いていた。何故、迺天の将兵達があそこまで気を張り詰めていたのか知るためだ。

「駄目だ。自動放送のクラシックしか流れてないな」

結局七尾は予め持ってきた小説を読んで時間を潰していた。

しばらく経ってから時計を見ると出発の準備をするべき時間になっており、七尾はそそくさと軍服に着替え、自室を出た。

「あ、おはよう」

「おはよう。栗林」

七尾が部屋を出るのと同じタイミングで栗林も部屋から出て来た。

「今日からだね。連隊教練」

「だね。栗林と同じ連隊で助かったよ」

「私も理奈と一緒で嬉しいなぁ」

栗林はいつもそうだ。自分が言ったら照れてしまうような事を平気で言う。それが栗林の良いところなのだ。「天真爛漫」、そんな言葉がとても似合う。だが、私は栗林が軍医学校に入るより前の事はひとつも知らない。知ろうとしても毎回はぐらかされてしまう。だから私も知ろうとはしないようにしている。それが栗林の為になるというのなら尚更だ。

「さ、行こ。理奈」

「あぁ、行こう」

七尾と栗林はふたり仲良く職場へと向かっていった。ようやく始まる研修は昨日とは違い、駐屯地ではなく大砲をいくら撃っても迷惑が掛からないような大規模演習場で始まるのだ。

「福原連隊長殿。本日よりよろしくお願いします。本官は栗林中尉です」

「小官は七尾少尉です。連隊長殿、よろしくお願いします」

「よろしく。栗林君に七尾君。そんなに緊張をしなくて良い」

連隊長殿は微笑みながらそう言った。年齢は30代半ば位だろうか、少し若いという印象だ。

「この演習場は広い。馬を用意したから乗りなさい」

この時、七尾は嫌な汗をかいていた。原因は分かっている。七尾は天才的に乗馬が下手なのだ。背が低いのもあるが、それ以上に乗馬に関するセンスが徹底的に欠けている。だから士官学校の乗馬の授業の際は馬にしがみつくのが精一杯で危うく落第しかけたという嫌な思い出がある。その際は騎兵に関するレポートを提出する事によって難を逃れたが、とにかく乗馬は苦手だ。だが特に気にしてはいない。何故ならば私は魔導士であり、騎兵ではないからだ。

「どうした七尾君。乗らないのか?」

福原殿が心配そうに私を見つめてくる。まずい。覚悟を決めなくては。そう考えていると馬も同情してくれたのか姿勢を低くし、乗りやすくしてくれた。随分と賢い馬だ。

「いえ、乗ります」

賢い馬に跨がると馬は立ち上がる。すると、いとも簡単に落下し尻餅を付く。無論私だ。周りでは何とも言えない空気が漂っており、非常に恥ずかしくなってきた。

「仕方がない。私の前に乗りたまえ」

福原殿はそう言うと自身が乗っている馬に私をひょいと乗せてくれた。39師団の人たちはあの大尉を除いて良い人ばかりだ。変な心配をするべきでは無かった。上司の個人的な考えがそう易々と遠い部下に届く訳が無い。

「すみません」

「謝る事は無い。私も格闘術で落第しかけた事がある。出来ない事があるのは人として当然だ」

福原殿がそう言ってくれたのは七尾にとって救いであった。やはり上に立つ者はこの位の器が無くては。しかし、魔力適性があって本当に助かった。仮に乗馬がそれなりに出来てもこの体格では足手まといになってしまう事は目に見えている。それに戦場での馬の出番は徐々に無くなっていくのだろう。車両の方が扱いやすいうえに馬と比べて面倒も見やすいからだ。

「さぁ、行くぞ。研修はこれからだ」

といった感じにやっと研修が始まるのだ。




~キャラ紹介~
栗林夏美
陸軍軍医。七尾曰く「天真爛漫」。胸が大きい事を気にしている。

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