「ところで七尾君」
「なんでしょう福原連隊長殿」
「これからの戦争はどうなると考える」
演習場の目的地に向かっている際にそう聞かれた。なるほど。とうとうこの質問が来たか。この研修、研修とは言っているものの実際の所は実地試験の性格が強い。内容としては軍大学生が答えるのは困難な質問を研修先の連隊長が投げ掛け、その反応を見るというものだ。やはり軍人足るもの冷静沈着でなければならないという事なのだろうか。
「そうですね。まずは小規模な戦闘が今までよりも多くなると思います。それによって中隊規模ではなく小隊、分隊単位での戦闘を更に重要視すべきになるかと」
私がそう答えると福原殿はしばらく考える動作をすると次は栗林にも同じ質問をした。私の答えは本当に合っているのかが心配になってきた。この数ヶ月間、私の頭はうまい具合に回り続ける事が出来るのだろうか。
「私は民間人の犠牲が更に増えると考えています」
栗林は質問にそう答えた。
「何故栗林君はそう考える?」
「欧州で航空機による爆撃が行われているからです。ひとつの街を丸ごと攻撃するので高確率で民間人が巻き込まれます。それに爆弾も威力も航空機の性能も年々向上しているので単純に考えれば更に人が死ぬ事になります」
どうやら栗林には先見の明のようなものがあるらしく、今回のように先の事を当てるのは初めてではない。以前も「もう1度世界大戦が起きるとしたら東亜も主な戦場になると思う」などと言っており、仮にこの世界の歴史も前世の史実通りに進むのだとすれば当たっている。今答えたのも恐らく当たっているのだ。
「なるほど」
福原殿は良いとも悪いとも言わず無地の表紙の本を開く。その本をしばらく凝視すると再び七尾と栗林の方を見る。
「こちらの用意していた答えには無いがふたりとも道理が通っている。見事だ」
この一問一答。実は答えが予め用意してあり、本来はこの答えを言うのが正しいのだが道理が通っていれば正解になる。
そのあとも難解な問題をいくつも答え、当たったり外したりを繰り返しつつ歩兵連隊の動きを福原殿の指導の下、七尾と栗林は見学をしていた。途中に小銃を撃ったが七尾は普段使う銃よりも長さのある通常兵のものだったので扱いづらく、栗林も普段銃を持たないので苦労している。午後は生まれたての欧州前線での最新戦術をみっちりと終業時刻までと軍大学の1日よりも濃厚でハードな1日となった。だが、恐ろしいのはそこではない。あと数ヶ月はこれが続くということだ。人間、慣れがあるとしても限界がある。果たして私の肉体と精神は数ヶ月持つのだろうか。いや、持ってくれなければ困る。
研修初日を終えた七尾と栗林はへとへとになって寮へと歩いていた。誰がどう見ても疲労困憊であると分かる。今ふたりが欲しているのは夕食ではない。今日のように濃厚でハードな明日を乗り越える為の睡眠だ。
「理奈、なんだか疲れたね」
「なんだか本土にいた時よりも頭を使ったからね。私は頭脳労働が苦手だよ」
「私も」
「でも戦場でこれが生きるんなら私は頑張るよ」
七尾は弱々しくガッツポーズを栗林に見せてそう言う。
「理奈は頼もしいねぇ」
栗林はニヤニヤとしながら七尾を見る。
「ただの空元気みたいなものだよ。そうでも言っておかないと持たなそうで。精神的に」
そう言うと七尾は大きくため息をつき空を見上げる。そこには美しい夕焼けが広がっている。本土にいる南條もこの夕焼けを見ているのだろうか。
そう考えながら歩いているといつの間にか寮にたどり着く事が出来た。やっとベッドで横になることが出来る。ここまで布団が恋しくなったのは蒼島の戦い以来だ。廊下で栗林と別れると早速私はベッドで横になった。するとあっという間に深い眠りへと誘われていった。
それから1ヶ月。どうやら私は自分自身を見くびっていたようだ。1週間も経つと案外慣れてしまった。初日こそへとへとだったが4日目辺りから急に楽になり、先週からはそこまで疲れなくなってしまった。そして慣れてくると余裕も生まれてくるので吸収力も段違いだ。それでも七尾の頭からはあの夢が離れない。ぐちゃぐちゃになった線路、燃える男の意味深な言葉。そして巨大な熊。すべてが気になる。夢は一種の予言とも言われており、その事が余計七尾の興味を深くさせた。とにかく七尾は歩き続けた。
「あれ?理奈?」
「栗林、どうして駅に?」
「駅の中にある喫茶店のケーキがすごく美味しいって聞いたから来たんだ。理奈は?」
「気がついたらここに」
「気がついたら?理奈は疲れてるんだよ。とにかく一緒にケーキを食べようよ」
「良いねぇ。何のケーキ?」
「ショートケーキだよ」
「最高だ」
七尾は喫茶店でケーキを味わいながら悪夢の内容を伝えると栗林は興味深く内容を聞いてくれた。
「随分生々しい夢だよね。まるで本当に起きそうな」
「そうでしょ、だから何かが起きそうで気が気でないんだ」
「燃えていた男の人は知ってる人?」
「いや、初めて見る顔だった。でも貴族みたいな格好をしていたよ」
七尾が答えると栗林はそれをメモに取り、次の質問をした。
「『過ちを繰り返すな』これが引っ掛かるなぁ」
「また、この大陸で争い事が起きるのかも」
「蒼島みたいな?」
「いや、それよりも大規模な争い事が」
栗林は再びメモを取ったがもう質問はしてこなかった。栗林はメモ帳を仕舞うと七尾の頭を撫でる。
「理奈は考えすぎなんだよ。もっと楽しい事を考えようよ!そうだ、明日はお休みだし気晴らしに上華民国に旅行に行こうよ。ほら、あそこは遺跡とかが多いからさ」
「国民政府か、行った事無いな。そうだね行こう」
「旅券を忘れないようにしなきゃ。さて、ケーキも食べたし帰ろっか。あ、夜になったら私の部屋に来てね」
栗林は可愛らしい顔を七尾に向ける。こんな顔を向けられたら行くしかない。
「何をするんだ?」
「それは来てからのお楽しみ」
栗林はいつも楽しそうにしている。七尾は夜になると言われた通りに栗林の部屋に入れて貰った。
「はい、どうぞ」
栗林は私にティーカップを手渡す。ティーカップからはとても落ち着く香りが広がり、気分を良くさせる。飲むと口にも香りが広がって更に気分が良くなる。
「美味しい?」
「うん、一体何のハーブを使ってるんだ?」
「カモミール。安眠効果があるんだよ。ほら、理奈が悪い夢を見たって言ってたからさ」
栗林は私を思ってもてなしてくれたようだ。その思いやりに感謝をしてカップに残るハーブティーを一息で飲み干した。とても旨い。ファンになってしまいそうだ。
「栗林、ありがとうな」
「友達なんだからこのくらい当たり前だよ。良い夢見てね」
栗林に礼をして自室に戻ると早速布団に入り込む。今日は良い夢を見られそうだ。そう期待しながら私は眠りに付いた。
結局は夢を見なかったが栗林のハーブティーのおかげで悪夢を見ずに済んだ。
「おはよう、どうだった?」
「悪い夢を見ずにぐっすりと眠れたよ。ありがとう」
「それは良かった。じゃ、出発だね」
「だな」
七尾と栗林は国民政府行きの切符を購入して特急列車に乗り込む。特急と言うだけあって椅子もふかふかで腰を痛める心配も無さそうだ。ふたりが乗車のは2等車なので余裕があるがもしも3等車の切符を購入していたらぎゅうぎゅう詰めの中国民政府を目指す事になっていただろう。
「理奈は何が楽しみ?」
「やっぱり首都の近くある皇帝の墓かなぁ。なんだか得られるものもありそうだし。栗林は?」
「私はやっぱり上華料理だよ。特に海鮮系!想像するだけでよだれが出ちゃうよ」
「本当に出てるぞ。拭け拭け」
「あ、ごめん」
栗林は慌てて口から出てきたよだれを拭う。その様子は今までの可愛らしいとは違って妙に色気があり、七尾は思わず頬を赤らめてしまった。
「1等車に乗る人ってどんな人なんだろうね」
「金持ちとかでしょ。中はすごく豪勢な造りらしいよ」
「なんだかすごいね」
「人から聞いた話だけどね」
しかし、その1等車に夢に出てきた人が乗っていたらどうする。この列車は爆発により横転する事になってしまう。
「理奈、夢と現実は違うよ?」
私の心配事は栗林に見透かされていたようだ。南條もそうだが私のふたりの友人はどちらも人の表情から考えが読めるのかもしれない。
「栗林、話は変わるけど昨日のハーブ」
「あー、カモミール?」
「あれってどこで買ってきたんだ?」
「宿舎の近くにバールアからの輸入品を取り扱っているお店があるんだよ」
「知らなかった」
「今度行ってみたら?」
「そうしてみるよ」
戦争の影響でバールア人も前線に送られているらしいが、植民地の人々はどう考えているのだろうか。今まで見た事も無かった宗主国の人間に対して何を思うのか。
そこまでは私は分からない。ただ、その中の誰かは死ぬかもしれない。誰も死にたくない筈だ。戦争はまだ続いているのだ。その飛び火がいつ東亜に皇国にしても可笑しくない。ひょっとしたら連邦が迺天に攻めてくるかもしれない。とにかく、欧州で争っているふたつの勢力のうち、どちらかが倒れない限り戦争は終わらない。
「また難しい顔してるよ?」
「ごめん。バールアについて考えていた」
「ひょっとしてカレー?」
「そんなところだ」
「そういえば、私たちの知ってるカレーはアルビオン式なんだって。バールアのカレーとはまた違うんだって」
本当に栗林は食べる事が大好きなようだ。妙に料理の歴史に詳しく、作るのも得意だ。以前本土にいた時も私にオムライスを振る舞ってくれたが、非常に美味しかった。考えてみると栗林との初対面の場も食堂だった。あの時は確か美味しそうに定食を食べていた彼女に引き寄せられるように向かいの席に付いたのが仲良くなった切っ掛けだった。南條が委員長タイプなら栗林はクラスの人気者といったところだろう。
「それは初耳だ。しかし栗林は料理に詳しいな」
「それほどでもないよ」
「いや、それほどでもあるよ。栗林の魅力のひとつだ」
「理奈ったら」
特急列車が駅を出発してから数時間後、列車は国民政府の首都である繁京(ファンジン)に到着した。
バールア(アルビオン領バールア国)
アルビオン連合王国の植民地。一次生産品が主に経済を支えている。特産品は茶葉とハーブ。
1話辺りの長さは?
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このままでいい
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短くしてほしい