皇軍魔導士七尾理奈   作:.柳

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迺天④

「どこに行く?」

「そうだねぇ。私が行きたいお店に行っても良い?理奈はお腹空いてる?」

「ペコペコだよ。それで、どんなお店なの?」

「美味しいって評判の上華料理のお店」

列車から降りた七尾と栗林はある料理店へと向かう。どうやらその店は栗林は前からこの店に行きたかったらしくこの瞬間を迺天に着いてから楽しみにしていたようだ。店はピークを過ぎたからなのか比較的空いていてすぐに座ることが出来た。栗林は迺天の料理店同様、どんどん注文をする。円卓には美味しそうな料理が置かれ、香りが胃を刺激する。

「なんだこれ、旨いな」

「理奈、これも美味しいよ。辛さもほどほどだし」

「本当だ。私でもいける辛さだ」

こうして上華料理を堪能した七尾と栗林は大満足のままで店を後にした。

次に訪れたのは宮殿。何でもこの宮殿はこの国を治めていた皇帝の居城で、上華民国の昔の姿である大華帝国の中枢だったそうだ。そんな歴史的な遺跡なだけに啓蒙的な雰囲気を漂わせており、より一層七尾の知的欲求を強くさせる。次はここを見たい、そこを見たいと目を忙しく動かすが肝心の体が動きに付いていかず非常にもどかしくなる。

「ほら、遺跡は逃げないから落ち着こうよ」

「ごめん。はしゃぎすぎちゃった」

「やっぱり可愛いところがあるよねぇ」

栗林のお陰で落ち着きを取り戻した私はゆっくりと遺跡とふれ合った。この遺跡は博物館にもなっており、大華帝国だけでなく、上華民国の現在についても知る事が出来た。

大華帝国では相手を理解して共に歩む王道を美徳としてきたが、いつの間にか相手を力でねじ伏せる覇道になってから急速に衰えたらしい。これが夢で男に言われた「力を持った者が誤った欲を抱く」が実際に起きた例なのだろうか。しばらく栗林と共に博物館を楽しんでいると男にぶつかってしまった。

「お嬢さん、大丈夫?」

相手はこちらの言葉を使い、片言で私を心配してくれた。私は申し訳ないと謝罪して立ち去ろうとしたが嫌な感覚がまとわりつくように全身を襲う。男の顔を見ると夢で見たあの燃える男と瓜二つだ。こんな偶然があり得るだろうか。私は動揺してしまったのか、男の目を直視したまま固まってしまった。それから十数分にも感じられる一瞬の後に私は言ってしまった。

「あなたはこのままでは命を落としてしまう!」

「どう言うことですか?」

「線路が爆発して、列車が横転して」

「?」

ここで私は我に帰り、逃げ出した。

「ちょっと!理奈!」

栗林も男に謝罪し、七尾を追い掛ける。

七尾はトイレでうずくまっていた。全身を回る気持ち悪さが抜けない。それに頭を締め付けるような頭痛も最悪だ。何度もさっきの会話のようなものが頭の中で何度も流れる。駄目だ。あの男は何者なんだ?なぜ私はあんな事を口走ったんだ。意味が分からない。まるで、まるで気がおかしくなったみたいだ。そんな考えが吐いている七尾の頭を埋めている。

「理奈、大丈夫?」

個室の外から栗林の声が聞こえる。私を心配して追いかけてくれたらしい。だが、気持ち悪さのせいで録に話す事が出来ない。それでも、なんとか力を振り絞り夢で見た男とそっくりだったという事を伝えられた。

「それってあの燃える男の事?」

やっと落ち着きを取り戻し、個室から出てくる事が出来るようになってから話を続ける。

「栗林、あの男が誰だか分かる?」

「前に新聞で見た事があるよ。でもどんな人だったかは覚えてないなぁ。理奈はあの人に覚えはある?」

「いや、全く無い」

気分が良くなったとはいえ、まだ心臓は激しく鼓動を打ち続けている。まだ動揺しているらしい。

先程の男がいた場所に戻ると男はまだそこで展示物を見ていた。私に気が付くと手を振ってくるではないか。男は掴み所の無さそうな雰囲気をしており、僅かに警戒心を抱かせた。

「やぁ、気分はどうだい?」

男は優しい顔で七尾にそう尋ねる。

「大分良くなりました。先程はすみません」

「何で君は私が死ぬと?」

ここで私はあの夢の内容を男に話した。男は笑うでもなく怒るでもなく、ただ真剣に私の話を聞いてくれた。そして複雑な表情をしている。

「列車に乗る予定があるのですか?」

「あぁ、2週間後に迺天に行く。敵対している軍閥との停戦協定を結ぶ為に」

「上華で内戦が?」

「いやいや、そんな大げさなものじゃない。少しだけにらみ合いが起きてるだけだよ」

「そんな事が。あの、私の言った事。忘れて下さい。どうせ夢の中の話ですし」

「夢は人に警告してくれる時がある。お嬢さん、ありがとう。列車は前の日に乗る事にするよ」

「そうですか。迷惑をかけてしまいました」

「なに、気にしてないさ。むしろ感謝している。自己紹介が遅れたね。私は張作栄。それじゃ!」

男はどこかへと行ってしまった。それに張作栄という名前はどこがで聞き覚えがある。なかなか思い出せずに悩んでいると栗林は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしていた。

「どうしたんだ?」

「理奈、あの人上華民国のトップのひとりだよ」

「二大軍閥の事?」

「その軍閥、ふたつとも言える?」

「磨家軍閥と張軍閥でしょ?張軍閥、あ!」

「そういうこと。ひょっとしたら理奈の夢は本当に警告なのかも」

それから七尾と栗林はごく普通に観光を楽しみ、2日間の旅行は無事終わった。だが、今回の旅行で大きな問題が起きてしまった。燃える男が実際に存在することと近いうちに列車に乗ってしまうということだ。彼は前の日に乗ると言っていたがもしかしたら子供が適当な事を言ったと思っているかもしれない。それに今は悪夢に過ぎず、本当に起きると決まった出来事ではないから杞憂で終わる可能性だって大いに存在する。

「爆発するって事は誰かが爆発物を仕掛けたって事でしょ?」

「そういうことだな」

「でも誰が仕掛けたか、そもそもどこで起きるかが分からない」

「手も足も出せないって事だな」

「どうするの?」

「ひとまずは大人しくしてるしかないよ」

「だよね…」

いくらふたりが憂鬱な気持ちになっても列車はそれなりに定刻でやってくる。ひとつだけ分かるのはこの列車は爆発しないということだけだ。どうすれば、張作栄を救えるのか。そもそも爆発物を仕掛けたのが誰なのか。

「栗林、迺天軍の噂って知ってる?」

「領土を拡大しようとしてるってあれ?」

「張作栄死亡のゴタゴタに乗じて拡大しようとしていたら?」

「それって」

「あくまでも推測の域を出ないけど、夢の内容と張作栄が迺天に行く事。それに迺天軍の噂。なんだか辻褄が合うんだよ」

迺天軍全体がそうなっているのだとしたら最早お手上げ状態に近い。なんとかして起こるであろう事件の証拠を本土に送る事が出来たのならそれを避けられるが、迺天軍が郵便物の検閲を行っている可能性だって十二分にある。最悪なことに張作栄がその列車に乗らなかった事が犯人に気付かれなかったとしても他の乗客が死ぬ。元々が邪魔者を消そうと考えている人物なのだから関係の無い民間人を巻き込むのも仕方ないと思っているはずだ。

「なんとかして止めなきゃ」

七尾の眉間にシワが寄る。爆発物を見つけられればそれを取り外し、出来ることならば犯人も特定したい。

「誰か危なそうな人って迺天にいないものかな」

「軍のなかにはいるね。大秋津洲主義の軍人とか」

栗林は特に過激な考えの派閥を出した。大秋津洲主義。文字通り大きい秋津洲皇国を目指す派閥であり、その為なら戦争もやむを得ないと考えているかなり過激な奴らだ。確かにあいつらならやりそうだが、派閥自体も噂程度の存在の上、今は平和な秋津洲周辺でそんな事をするのも自殺行為に過ぎない。下手したら疲弊している隙に連邦が攻めて来る可能性もある。

「怪しい奴なんてこの世の中にはいくらでもいるもの、誰だってその可能性があるから余計わからなくなってくる」

「じゃあ、その中でも特に怪しい人はいないの?」

「特には。今のところ迺天軍の関係者全員が犯人に見えそうだ」

姿も分からない敵に勝手に翻弄されていると急に視界がぼやけた。この2日間。特に初日が濃厚だったのが原因だ。目をこすると何故か栗林がいなくなり、代わりに未定形が座っていた。趣味の悪いことに私と瓜二つで。

「人よ、この悲劇は必ず起こる事だ。何も触れず、神の意思に従う事こそが最善の道だぞ」

こいつはいつも余裕そうにしている。流石に神を自称するだけはある。

「その神様とやらに逆らってでも誰かの命を助ける事も人の仕事だ」

「そんな事を我は定めていない」

「だろうな。お前は神モドキの陰湿なストーカー野郎だしな。だからそうやって私にブツブツと小言を言うことしかできないんだろ?」

「ハハハ!」

未定形が急に笑いだす。一体このやり取りのどこに笑う所があったというのか。

「所詮はお前も矮小な存在のひとつ。いつまでその虚勢が続くか見物だ。いいだろう。もうしばらくその愚行。観てやろう」

「このストーカーが!」

七尾が拳を振り上げると未定系は消え、驚いた栗林がいた。どうやら現実に戻ってこれたらしい。

「理奈、どうしたの?急に寝たと思ったら殴りかかろうとして」

「ごめん、嫌な夢を見てた」

「すごくうなされてたよ。大丈夫?」

「夢で相手を殴ろうとしたんだ。そこで目を覚ました」

最近は気配すら感じなかったのにまるで私をあざ笑うかのようにあいつはまた現れた。本当に腹が立つ。私の機嫌を悪くさせるだけでそれ以上の事をしてこない。目的も一切不明。分からないせいでより不愉快だ。

「やっぱり疲れてるんだよ。帰ったらすぐに寝た方が良いよ」

「そうする。栗林はケガしなかった?私の手が当たったりして」

「当たってないよ」

「良かった」

栗林に被害が及んでいない事を確認して私は再び目を閉じる。これで栗林がケガをしていたら間接的にとはいえ、私の未定系に関する問題に巻き込んでしまう事になっていた。少なくとも他人をこの問題には巻き込みたくない。たとえ抱え込みすぎてしまったとしても。

「駅に着くまでまた寝ておく」

「もしも私が寝てたら?」

「どうせ終点だから駅員に起こして貰おう」

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