●
「なんというか、なかなか集まらないもんだねえ」
コーヒーカップに渦を作りつつ、渚はそう言った。
結局、放課後の勧誘は成果はなくて今はファミレスでぼんやりと時間を潰してるところ。
四国には一軒もないという無駄な情報だけ覚えてる、安くパスタとドリア、ついでにピザも食べれる店。
「今残ってるのは部活に入る気なんてさらさら残ってない人ばかりってことかな」
「そういうことだと思う」
適当に相槌を打つと彼女は深くため息をつきながら、何も持たない手を上下に振った。
何をやるのやら、そう注視していると渚の空っぽの手中に花がぽんと出現した。
「おぉ、すごい」
「簡単な手品だから褒められるようなものじゃないんだけどね……」
そういいつつ何ともない顔でそのまま花をポケットの中へしまう辺り、とくに種明かしをする気はないらしい。
「あと6日、それまでになんとかできるかどうか」
元気のない声で彼女はそう言った。
なんとなく、らしくない。そう思う。
そういうところで後ろ向きな見通しなのはらしくないだろう、大胆不敵に笑ってなんとかなると余裕を見せて、実際なんとかするのが及川 渚という人物だと思っていた。
オレンジジュースを飲みながら、彼女の様子を伺う。渚はじっと何もかも吸い込むかの如く黒い水面を見つめていた。
その嫌な空気を割り行って、注文していたデザートがやって来た。こっちがバニラアイスクリームに渚はティラミス。
それに気づいてようやく彼女が顔を上げる。
「アフォガート?」
「そう、ちょっと取ってくる」
「いやいかなくていいよ、これ一口だけしか飲んでないから」
丁度ボクも飲み物変えたかったし、そう言いながらこっちにカップを差し出して彼女は席を立った。
残されたのはコーヒーと自分と、それにやって来たばかりのアイスクリーム。なんとも言えない気持ちになりつつ、コーヒーを半分ほどアイスへと振りかける。
ブラックコーヒーはそこまで好きではなく、個人的にはスティックシュガーは二本は入れたいところ。
そういう訳でもバニラアイスで丁度良く中和できるアフォガートは大好物だった。
残りの半分のコーヒーにほんの少し頭を悩ませる。
渚はブラックを好むから当然このコーヒーにも何も入っていない。だからといって取りに行くのもめんどくさい。
まあ半分程度だ、モノは試しと飲んでみよう。
そう思い立ったがすぐ行動、一口だけ飲んでみて顔を顰めた。ただただ苦いだけでやっぱり美味しいとは思えなかった。
これを好んで飲む人の気持ちなんて、自分にはまだまだわかりそうにない。
「……なんで変な顔してんの?」
「コーヒーが苦くて」
「変なの、残しとくか全部かけてしまえば良かったのに」
紛れもなく正論でぐうの音もでない。
白と茶色で綺麗なマーブル模様のアイスで口の中を癒して、さらにオレンジジュースを飲んだところでようやくひと段落。
「ブラックコーヒーの何が良いのか教えてほしい、本当に」
「うーん、大人っぽい感じを体験できるとこ?」
「自分は大人になりたくないなぁ」
マージナルマン、大人になることがほんの少しだけ怖かった。
18歳を超えたら大人、高校を卒業したらまた世界が一つ広がっていく。
実際、自分は同級生の倍の人生を経験してる訳だけど、高校生のその先を見たことは、一度もないのだ。
やってないことはいくらでもある、酒、タバコ、賭け事、車の運転。今よりやれることの選択肢は増えるのは確実だ、でも幸せが保証されているかと言われればまた別の話になる。
未知の選択肢ばかり増えて、いままで選んできたような正解を選べるかなんてわからない。
もしかしたらこれから先、ずっと生まれてから高校生までを繰り返すことになるのだろうか?
根拠のない絵空事だけが頭の中を満たして、それを止めたのは彼女の言葉だった。
「そう思うのは、多分幸福に浸りきってるからだろうね。これから先ずっと先の未来はわからないかもしれないけれど、この今、この時間が幸せだって言うのは確かな事実だから、だから未来が怖いんだ」
要するに落差だよ、そういいながら右手で大きな弧を描いた。手が伸ばせる限界、頂点にたどり着いたかと思えば、まっすぐ下へとすとんと落ちた。
「渚は今、自分は幸せって断言できるんだね」
「出来るよ、当然。その為にボクは動くんだ、幸せを追求する為に。世界が一つの劇だとしても悲しい役を押し付けられるのはゴメンだからね」
「そっか……」
オレンジジュースの爽やかな酸味が喉を潤わせる。悲しい役回りだと自分のことを達観していたのはアントーニオだったか。
「玲も幸せ?」
「幸せだよ、順調すぎて怖いぐらいには」
「じゃ2人の幸せを維持する為に頑張ろう、ボク1人じゃ無理かも知れないけれど2人なら!」
彼女がコップを持ち上げて、それに応じて自分もコップを持ち上げる。乾杯、直ぐに一気に流し込んで渚は再び席を立った。
もうだいぶ溶けかけたアイスを掬う。
渚に頼りにされている。こんな状況ではあるけれど、それがほんの少しだけ嬉しかった。
ならばその期待に応える為、全力を尽くしてみせよう。
●
犬と猫。
ペットとして最も人気のある二つだが、古今東西どっちの方が可愛いのか血で血を洗う争いが繰り広げられてきた。
まあ、犬と猫の派閥争いなんて個人的にはどうでもいいものであり、どっちも好きでいいんじゃないとは思ってるのだけれども、それはどっちも飼ったことがない自分だからこそ言えること。
優劣をつけずにはいられないのは自分の好きなもの、愛しいものを褒めずにはいられない人間の性だろう。
犬派の人からどっちが好きかと言われれば犬が好きと答え、猫派の人から尋ねられれば猫が好きと答え、そんな風にのらりくらりとやり過ごす。
さながら風見鶏、これが自分の処世術。強いて言うなら犬の方が好きだけど、それを声高に主張する必要も特にない。
ワンワンと鳴きながら足元で無邪気にはしゃいでいるトイプードルを見て、ぼんやりそんなことを考えていた。やっぱり犬はなかなか可愛いものだ。
ピンと張ったリードの先でトイプードルの飼い主が宥めようと必死に頑張っている。一緒に散歩できるというのも犬の良いところであり、また逆に苦労するところなのだろう。
握りしめた手にジワリと汗が滲んで、無言でスカートで拭う。ファミレスで渚と別れてから、自分はまだ家へと帰れていなかった。
幸福だと言い切ってしまったのが、神様の不機嫌を買ったのだろうか。それとも運命のいたずらか。
どうしたって現実は変わらない。偶然会ってしまったのだから仕方がない。
犬を飼ったことは無いし、これから飼う予定も全くない。じゃあこのトイプードルの飼い主は誰か?
「クドリャフカって名前だっけ?」
「そう」
素っ気ない返事を返したのは赤坂さんだった。