叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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13 ある男子、恋愛談義

 初めは校舎裏で二度目は駅、三度目は家の最寄り駅。

 二度あることは三度あると言う通りに実際三度偶然が重なって、出会いをどんどんと積み重ねていったわけだけれども、流石に四度目は無かったらしい。

 赤坂さんとの出会いの無い朝、いたって何事もなく自分は教室に辿り着いたのだった。

 

 別に赤坂さんに会いたいと思っていたわけではないけれど、いないならいなかったでなんとも言えない寂しさがある。

 同じ最寄り駅ということだから一緒に登校しようと思えば可能だが――そうはいっても一緒に登校しようと提案する距離感でもないので、わざわざ申し出てまで一緒に登校する気もないわけで。

 会えなかったら、会えなかったで良いはずなのに。だから偶然任せにしておいたのに。

 そんな何分の一かもわからないような偶然だろうと四度目もあるかもしれないと思ってた。

 

 そんな夢も冷めて、実際世の中そんなものである。

 もし遭遇していたのなら自分はどう思っていたのだろうか? 薬指と薬指を糸で繋がれてるのかもしれないと思っていたのかもしれない。

 

 無色透明の赤い糸。

 

 まったく年頃の女の子らしい夢である。

 そう思いながらも頭の中に思い浮かんだ言葉を追い出すべく、ブンブンと首を振った。

 前の席に座る彼が何事かと顔を上げたが、慌てて冷静さを取り繕って何事もなかったかのように素知らぬ顔で押し通す。

 

 感情を押し殺すのには自信があった。

 完璧に整えた自分の表情に何も言い出せずに、彼は気まずそうに手元のノートへと視線を戻す。ほんの少しだけ申し訳ない気持ちだったが、顔が赤らんでいるのをみて、その気持ちもどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 ほんの少し冷静さを取り戻すと再び赤い糸が目の前に垂れ下がり、仕方なく合理化を図る。

 もしもそれが赤い糸だったとしても、殺人と言う名の真っ赤な糸*1かも知れないからセーフ、いやそれは別に全然セーフでは無い、まったく縁起でもない話。

 

「ありがとう、助かったよ佐々木さん」

 

 そんなとりとめもない思考は彼の言葉に遮られた、どうやらようやく作業が終わったらしい。

 

「ん、まあ困った時はお互い様ってことで」

「そうは言われても俺はそれほど上手くノートをまとめられる気がしないよ……」

 

 そう苦笑いを浮かべてるのは犬飼くん。自分に対して告白して、あっさりと失敗したあの犬飼くんだった。

 

 何をやるでもなく渚の登校をぼんやり待ちぼうけていたら、ノートをちょっと写させて欲しいと話しかけられたのだ。

 特に断る理由もなく、結んだ約束もあったから断ることこともなく――だって彼と自分は友達だから、それが友達らしい行動だと思った故に。

 

「そう謙遜するけどさ、字は綺麗なんだからちゃんとまとまってるんじゃないの?」

「俺の書いた字見せたことあったっけ?」

「あの手紙があるでしょ」

 

 なるほどね、彼はぽんと手を叩いた。

 一応あの恋文――正確に言えば呼び出し状かもしれないが――はしっかりと保存しておいてある。

 何しろ俺がこの人生どころか前の人生を通してみても、初めてもらった物だから。

 果たしてもう一度貰う機会が訪れるのかどうか、前の記憶があろうとも未来の出来事を知る余地もない。

 というわけでその手紙は唯一無二の物になる可能性を秘めていたからなんとなく価値があるように思えたのだ。

 

「……佐々木さんはさ」

「ん?」

 

 自然と視線が扉の方へとずれていた。まだ渚は教室に姿を見せていない、いつも通りのことだが今日も遅めの到着なのだろう。

 

「本当に初めて告白されたの?」

 

 その言葉に思わず笑ってしまったのも無理はないだろう。

 自分に嘘をつく必要なんてないだろうに、だというのに彼はいたって真面目な様子で。

 どうしてそう思ったのかを尋ねずには居られなかった。

 

「私がそんなに告白される様な人に見える?」

「見えるよ」

「あー、これは私の質問が悪かった」

 

 恋は盲目、好意を抱いてる相手をまともに評価できるはずがないのだ。

 周りにはもっと魅力的な人がいるというのに、わざわざ自分に目を向けるの時点で彼の審美眼は歪んでいる。

 例えば渚とか、赤坂さんだとか。

 

「どうしてそう思ったのかを聞きたいんだけど。魅力的だからとか、容姿以外の理由で」

 

 その言葉が『自分の容姿には自信がありますから』と意味してるのに気付いた。まったく真逆である、別に自信はない。

 慌てて訂正しようとしたが、彼はそれより先に口を開いた。

 

「なんというか、佐々木さんは場慣れしてるように見えるよね」

「場慣れ?」

「こういうことをたくさん経験してきて、だから今もある程度落ち着いて話してくれる」

 

 確かに人生経験は2倍だが、告白された経験はこの一度しかないぞ、ただただ初心なだけだぞ。

 そんな内心のツッコミも届くはずもなく彼の言葉は続いていく。

 

「てっきり告白失敗したからには口も聞いてくれなくなるかなーって……でもそんなことはなくて、普通に話すからこんな事に慣れてるのかと思ったんだけど」

「でも犬飼くんは友達としてよろしくっていってたよね、そして私はいいよって言ったわけで。だから友達としているんじゃん?」

「言うだけならいくらでも出来る――だから俺は内心ドキドキだった。ノートを見せてくれるか、見せてくれたとしてまともに会話してくれるか、ここでの答えでどういう距離感かわかるから」

 

 まあ、無駄な心配だった訳だけれども。そう言いながら彼は背もたれに体を預けた。

 ノートはあくまで建前、リトマス紙だったと言うことか。犬飼くんなりに色々心配して策を講じた。

 それを本人に言ってしまうところが彼の甘さであり、強さなのだろう。

 

「佐々木さんはみんなと仲がいいから、それがどんな人だろうと。そこの輪から1人だけばっさりと切り離されるのは、俺はほんの少しだけ怖いと思うんだ」

「でも1人だけの特別になろうとしたんだから、その罰もまた仕方ないんじゃない?」

 

 辛辣な言葉に彼はそんなこと分かっているよと薄く笑うだけだった。

 

「確かに仕方ない、それを言われたら辛いよ。でも佐々木さんも好きな人がいるなら俺の気持ちがわかるはずだろ? 誰かの特別になりたいって思いを」

「わかるよ、自分も諦めたくはないなぁ」

 

 痛いほどその気持ちはわかるのだ。

 でも自分は彼と違ってその一線を踏み越える勇気は持っていなかった。その点においては彼が羨ましく、そしてずるく思えるのだ。

 

 その強さに羨望を、その幸運に妬みを。

 果たして叶わない恋をしてしまったことが幸運かはわからないけれども。

 

 ●

 

 それ以上会話が続くことはなく、犬飼くんは自分の机へと帰って行った。こちらの気分を下げるだけ下げて帰って行くとは、友達というかもはや敵である。

 まあだからと言って特に何をする気もないのだが。

 

 やることもなく手持ち無沙汰に時間割を確認すると、自然と4限目の体育に目が吸い寄せられる。

 別に体育は嫌いではないし、あくまで女子の中ではと言う話だが運動神経は悪くはない。

 

 だからと言って体育が好きかといわれればそうではなく、面倒くさい科目という印象でしかない。

 まあ渚は運動神経バリバリの体育大好きガールなので、水を得た魚が如く暴れ回り、周りが死んだ目になるのが日常となっている。

 

 時間割を眺めるのにも飽き、スマホを取り出す。SHRがそろそろ始まるというのに渚はまだやってこない。

 ゆっくりやってくるとはいえ遅刻をしたことはなかったはずだ。珍しいこともあるもんだなと思いつつ、扉の方に視線を向けるとちょうど扉が開いた。

 

 渚ではない。髪が長いし、背の高さも全然違う。というか見間違えるわけもなく赤坂さんその人である。

 

 赤坂さんの気迫に打たれたのか、それまで談笑して道を塞いでいたクラスメイトもすぐさま道を開けて行く。

 そうして彼女がたどり着いたのは自分の席の前、当然ながら彼女の席はそこでは無い。

 

「おはよう、佐々木さん」

「お、おはよう……」

 

 シーンと静まり返った教室にスマホの通知音が響いたが、それを確認する空気では無さそうである。

 赤坂さんの目つきが怖いのだ、昨日寝れなかったのか目の下にクマが浮かんでいた。

 

「昨日はごめんなさい、クドーがハンカチを」

「いやいやそれは別に気にしなくていいけど、調子は大丈夫?」

「それは大丈夫よ、ちょっと寝れなかっただけだから」

 

 それだけ言って彼女は自分の席へと歩いて行った。

 少々足元がフラフラしてるように見えて不安だが、本当に大丈夫だろうか? 

 何事もなければ良いのだけれども。そう思いながらスマホを取り出して、思わず二度見した。

 

『風邪引きました、休みます』

 

「お大事に」

 

 そう呟やきつつ、同じ言葉を送信した。

 高校入ってから渚が居ない日を初めて過ごす、そのことにようやく気付いたのはしばらく後のこと。

 

 

*1
コナン・ドイル『緋色の研究』より

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