叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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16話 朝、示し合わせることもなく

 林檎の皮をまともに剥けなかったとしても、別に人生にとってなんの影響もないし、実は世間の一般の女の子もわりかし出来ないことだと信じている。

 そんなことをうじうじと翌日になっても考えてるぐらいには余波を残していった出来事だった、昨日の失態は。

 朝ごはんにバナナを齧りながらも、ずっとそんなことを考えていた。皮が剥けた状態の林檎とか発売されないだろうか、種無しブドウ的な感じで。それは無理でもせめて手で皮を剥けるように。

 

「バナナと蜜柑は良い物だよ、だって手で皮を剥けるから」

 

 なんともなしそんなことを呟いて、妹から送られる視線が残念な物を見るような、そんな生温かい物に変わったのを感じながら携帯の画面をもう一度確認する。

 すっかり元気になったので今日は学校に行く、彼女から朝一番にそんなメッセージが届いていた。

 三分の一ほど残ったバナナを一気に口に詰め込み、牛乳で一気に胃へと流し込む。

 

 いつもならばこれからゆるゆると制服に着替えて登校するところだけれども、今日は起こされる前に自分で起きて制服に着替えていた。ルーティンの崩壊、そんな言葉が脳裏によぎる。

 

 でも、たとえ決まり事を崩したとしても、今日は早く学校に行きたかったのだ。渚が今日学校に来るのなら、きっと早く来るだろうと予想していたから。

 朝一番に教室に乗り込んで、風邪を引いていたそぶりも見せず、いつものように元気に振る舞うだろう。

 弱さと言うものを渚はほとんど見せない。

 

 別に彼女の行動にどうこう言うつもりはないのだ、自分としては彼女がきっと早く学校に来るだろうと言うことが大事だった。

 自分も早くいけば2人の時間を長く作れる、単純にして明快な行動原理。それはやっぱり不純だろうか? 多分、不純だろう。

 

 寝癖が無いことをチェックして、鞄を持ち家を出る。早く出るなんて珍しい、後ろから投げかけられた妹の声にたまには早く行きたい気持ちになる日もある、そう返す。

 きっと今日はいい日になる、そんな気がした。

 

 ●

 

 そんな予感が本物だったかはわからないけれど、校門の前で渚と合流できたのは幸運なことに違いない。

 ポンと背中を叩かれ振り向いてみれば、ハロハロと手を振るマスクをつけた彼女の姿があった。

 

「おっはよー、早いね今日は」

「いつもより早いのは、どちらかといえば渚だと思うんだけど」

「まあね、でも今日は朝一番に教室に乗り込んで見ようかなって思ってさ。珍しくボクが先に居たらきっと驚くだろう?」

 

 ほら、やっぱり予想通りだった。

 思わず口元に笑みを浮かんだのを見て、彼女は不思議そうにこてんと首を傾げた。

 

「いや、なんでも無いよ」

「そう言われると気になるんだけど、まあいいや。とりあえずさっさと教室に行っちゃおうよ」

 

 そう言い終わった時には渚は数歩前を歩いていて、慌てて小走りで追いつき、歩調を合わせて隣に並ぶ。

 歩きつつ、チラリと様子を窺うがマスクもあって何を考えてるのか全く読み取れない。自分より小柄な身長を上から見下ろす形である。

 

 自分の身長が161センチで女子の平均身長よりほんの少しだけ高い感じ、前世の時も170センチぐらいだったし、大方普通という運命なのだろう。

 

 渚の身長は分からない。背が小さいことを気にしてるのかそれを言うことも無かったし、特に自分も掘り下げることをしなかった。

 まあ155、150センチと行ったところだろうか。そんなことを考えつつもう一度渚の方を見てみれば、彼女はじっとこちらを見つめていた。何やら冷たい目線に思わずびくりとする。

 

「玲さんや、なーんか失礼なこと考えてない?」

「……滅相もございません」

「滅相もございませんって誤用だって知ってる?」

「え、じゃあなんて言うの?」

「滅相もないことですだってさ、滅相もないで一つの形容詞だからないを取っちゃいけないんだって」

「へー」

 

 また一つ、無駄な知識が増えた。

 きっと役に立つこともないだろうけれど、それでも忘れない記憶がまた一つ。

 

「で、何を考えてたの?」

「コロッケそばに入れるコロッケは何が一番いいのかについてを」

「絶対嘘でしょ、まあボクはカレーコロッケ一択だと思ってるけれど」

 

 つらつらと次から次へとよくわからない、ともすれば呪文のように聞こえる熱いコロッケそば論を右から左へと受け流す。

 あんなに入学式に熱心に語られたコロッケそばだけど、結局一度食べただけで自分は満足だった。彼女と違いそこまでの情熱をコロッケそばに見出すことは出来ない、一回食べるだけで理解できた。

 

 そう言うわけで馬耳東風、馬の耳に念仏。適当に相槌を打ちつつ、学食のコロッケそばを食べようと言う誘いだけを的確に拒否していけば、教室に着くのもあっという間である。

 

 扉をあけて見れば教室にはやっぱり誰もいない。

 鞄を自分の机に放って渚の前の席を借りさせて貰い、向かい合わせで座る。

 

「自分で朝早く来ておいてなんだけどさ、来ても特にやる事ないよね」

「じゃあ勉強でもする?」

「ボクの事は気にせずやってて良いよ、一応玲より成績良いからね」

 

 ふふんと無い胸を張られても、特に何も思う事はなく、よし勉強しよう!、と思い立つこともない。

 その為に学校に来たわけでもないし、至極当然の帰結である。

 

「トランプは?」

「部室にある、ちょっと取りに行ってくるよ」

 

 言うが早いがガタリと立ち上がり、止める間も無く教室の外へと走って行ってしまった。

 病み上がりとは思えないスピードである。自分が取りに行っても良かったのに、そう思いながら机に指でジグザグと線を引く。

 

 こうなると暇である、行って帰ってくるまで五分ぐらいと行ったところか。

 それまでにできる事はと10秒ほど考え、真っ先に思いついたのが机に落書きをする事だった。

 なかなか良い考えじゃないか、そう思った。バレないように、隠れミッミーぐらいのさりげなさで何かを忍ばせてみせようじゃないか。

 

 そう決めると時間は限られている、1秒1秒が惜しい。自分の机に戻ってシャーペンと消しゴムをもってすぐに戻り、彼女にわかるように描けるよう、席の方へと回り込みつつテーマを考える。

 

 一番最初に思い浮かんだのが猫だった。

 多分、自分にも描けるぐらいの難易度だろう。ほんのちょっぴり不安になりつつ、とりあえず筆を走らせる。

 大きな丸一つに三角二つを乗せて、丸の中心のちょっと上あたりに横にしたどんぐりを二つ並べる。

 口はもるんと行った感じにωを描いて、ヒゲを左右に3本ずつつければ。

 

 多分、猫の完成。おそらく描き始めてから一分も経っていないのではないだろうか。

 一応、念を入れて何かわかるように下の方に『猫です』とだけ書いておく。きっと分かるだろうけど、念のため。

 そう書き終えて顔を上げたところで、自分のことをじっと見つめてる視線を発見してヒュッと息が漏れた。

 

 そりゃそうだろう、誰もいないはずと思っていたのに気づいたら人が増えていたら誰だって驚くはずだ。

 渚が出て行った時、扉を閉めないで出て行ったからそういうことが出来たのだろう。そうして教室の入り口から入ったところで自分が何かをやってるのを発見して、しばらく観察してみることにした。

 

 両者無言でじりじりと間合いを測るような、そんな張り詰めた空気。先手を打ったのは。

 

「……玲さん、何や「おはよう舞さん」」

 

 その先は言わせない、言ったら答えを言わなきゃいけなくなるから。後の先を取ったのか、取ってないのか。それ以上の質問を封じるために完璧な笑顔で、自分はそう言った。

 

「……その机で何を」

「今日はいい天気だね、舞さん」

「ええ、そうね。そこは及川さんの机だと」

「絶好のコロッケそば日和だと思うんだ、自分は」

 

 絶好のコロッケそば日和とはなんなのだろうか、自分が言ったことが何にもわからない。

 

 そんな日は来なくていいし、もし世界がもう1時間後に滅ぶとしても、最後の晩餐にコロッケそば以外の選択肢を封じられたら、そしたら自分は何も食べない所存である。

 まあ渚と一緒に食べれるなら食べるかもしれないけど。

 

 自分の意味不明な言葉にすっかり毒気を抜かれたのか、彼女はため息をついて自分の席へ向かって行って――思い出したかのように振り向いた。

 

「おはよう、玲さん」

「ん、おはようおはよう」

「挨拶は一回で良いわ」

 

 それっきりこちらに興味を無くしたのか、彼女は席に着き、鞄から本を取り出して読み始めた。

 無事、切り抜けることが出来た。まあ彼女が渚に何かやっていたとかいうビジョンは見えないけれど、それでも何をやっていたのか言わないで済んだのは一安心である。

 

 鼻歌混じりに制服のポケットにシャーペンと結局使うことのなかった消しゴムを突っ込んで、何事もなかったかのように元の位置へと戻る。

 

 

 

 一日が始まったばかりだといのに、適当に誤魔化してばかりな気がして、今はうまくいってるけど、どこかでしっぺ返しが来そうな気がした。

 

 まだ、渚は教室に戻ってこない。

 

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