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そんな酷い表情もすぐさま引っ込めて彼女は笑みを浮かべた、けれどもそれすら引きつっていつも通りとは言えなかったけれども。
「……本気で言ってる?」
「割と名案だと思ったのだけれど、だめかな」
「なんでわざわざボクが通った道を辿るかなぁ」
ずぞぞぞと紙パックのジュースを啜り渚は一息ついた。自分が出した案に賛同するわけでもなく、ダメだというわけでもなく、淡々と案に対する問題を積み上げる。
「まず初めの問題としてボクが勧誘して一度失敗している」
「それもちゃんと覚えてるよ」
あっさりと、そしてきっぱりと、部活には入らないと断言したことを自分はちゃんと覚えている。
「そして第二に、部活内がギスギスすることは本末転倒だということ。もしかしたら上辺だけの言葉かもしれないけれど、ボクは赤坂さんに嫌いだと断言されてしまってるからね」
「なんとかならない?」
「それはボクというより赤坂さんの問題だからね、ボクにとって彼女はどうでもいい存在だから」
嫌おうとも、好こうとも別に彼女からの好感度が変わるわけではない、と渚はそう言った。
「さらに第三、その時間を別に割いた方が効率がいいってこと」
「つまり渚が思うに、自分が勧誘しても無駄足になると考えてるってこと?」
「まあ、かなりの確率でね。それは別に玲が勧誘するから悪いわけじゃないんだ」
飲み干した紙パックを机の上にパタンと倒して、そのまま机に指で円を描いた。
「……そう、失敗する」
言い聞かせるように、耳をすませていたからこそようやく聞こえるような声だった。
「でもさ、ここで問題点を並べてもきっと玲が勧誘しに行くってことは変わらないんだろうなって。だから赤坂さんを勧誘することをやめろなんてボクは言わないよ」
表情に浮かんだ色は諦観。
はたして渚の言葉を聞いたからと言って勧誘することを止めるつもりだったかと言えば、別にそんなことはなかったのだから、それは正しいことだった。
渚の心配もまた的を外したものではないのだろう。実際、赤坂さんが不和の原因になるかもしれない。
けれども放って置くことは出来なかったから。
一挙両得できるその選択肢があることに気づいてしまったのなら、あっさりとそれに飛び込んでしまえるのだ。
リスクに怯えてやらないより、やってみよう。
その選択肢が取り返しのつくものであれば。
「……いいの?」
それでも躊躇いがちに尋ねたのは、自分勝手な事をしてると自覚があったから。強く反発されるんじゃないかと恐れはどこへやら、渚はあっさりと頷いた。
「いいよ、けれど条件がある」
条件、との言葉にほんの少しだけ身構える。姿勢を正した自分を見て、渚はようやくいつものような笑みを浮かべた。
「別にそこまで難しいことじゃないよ、ただ赤坂さんの勧誘に関してボクは関与しないってだけさ」
赤坂さんに関しては自分一人でやれということか、その間に渚は別の道を探すつもり、ということか?
「別行動?」
「そんな感じ。玲が無理だと思っても手を貸さない、それでいい?」
もともと赤坂さんとは一人で話すつもりだったし、それがなにかの問題になるとは思わなかった。
自分が首を縦に振るのを見て、渚はようやくパンを食べ始めた。
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思い立ったが吉日。
お昼休み中に勧誘しようと思ったのだけれども、赤坂さんの行く先など知らず、文明の利器であるスマホも彼女の連絡先を知らない以上、ただのガラクタに過ぎなかった。
教室で待ってるべきな気がしたけれど、居ても立っても居られずふらふらと教室から流れ出たのは自分の性ゆえに。犬も歩けば赤坂さんに当たる、かも。
まあ自分のここ最近の赤坂さんの遭遇率を考えれば、会わないことの方がおかしい気がしたから、こんなことに時間を費やすのもきっといい気がした。
不合理に、根拠のない発想に身を任して、そうして歩いていってたどり着いた先は、前に告白された場所である旧校舎の非常階段だった。
数日前。ここでよくお昼を食べていると言っていたから、今日もここにいるんじゃないかと言う安易な考え。
しかしながらそんな考えはあっさり外れて赤坂さんの姿は見えず、校庭で元気に遊んでいる男子生徒の声が微かに聞こえてくるだけである。
残念、無念、一つため息をついて前と同じように階段に腰掛ける。ここに居ないとなると、自分にはどこにいるのかさっぱり当てがつかない。
結局のところ、自分に知らないことが多すぎるのだ。世の中のことも、赤坂さんについても。
程よい気温、眠気を誘う昼下がり。
また立ち上がって赤坂さんを探しに行く気力を緩やかに奪い去っていく。
前は赤坂さんが居たから特に何とも思わなかったけれども、なんとなく赤坂さんがこの場所に来る理由がわかった気がした。
人気はなく、誰も来る様子はなく。遠くから微かに聞こえてくる声が、それが尚更ここを一線を画した場所であるように思えて。
それは寂しいような気がしたけれど、赤坂さんらしいと言えば確かにそうなのだ。
あちらからこちらを伺うことも、こちらからあちらを知ることもできない、そんな。
ふと立ち上がる、頭によぎった考えがあった。前に一緒にお昼を食べたここを基準に考えていて、自分は一階止まりに諦めるところだったけれど。
上へ、さらに上へ。
思い返せば前も赤坂さんは上からやってきた。それを自分は偶然と考えていたけれど、それが偶然じゃなかったのであれば。
ほら、やっぱり。
後ろ姿を見るだけでそうだとわかってしまった。
最後の踊り場で、青空を背景に赤坂さんが立っていた。何をするわけでもなく、手摺に寄りかかってどこか遠くをぼんやりと眺めているよう、まるで太陽に憧れる向日葵のように。まあ、太陽を直視しているわけではないだろうけれど。そんな様子であるから、こちらにはまだ気づいていない様子だった。
ほんの十段程度の近いような、遠いような曖昧な距離。けれども声は届くだろうと隣に並ぶことなく、仰ぎ見て声を掛けたのだ。
「すいません!」と。
気だるげに赤坂さんは振り向いて、けれども逆光で彼女の顔はよく見えなかった。手を目の上にかざしても、やっぱり変わることはなく。
そうこうしてるうちにようやく赤坂さんは口を開いた。
「……何の用?」
「少し話でもしようかなって思って」
「よく、ここにいると分かったわね」
「まあ、探すのにほんの少しだけ時間は掛かったけれど」
数日前に一緒に昼ご飯を食べたから気づけた、そういうと彼女は納得したのか微かに頷いた。
「舞さんはいつもここにいるの?」
「そ、下を見下ろすのは気分がいいから」
「自分はその気持ちはよくわからないけど」
「そう? きっと分かってくれると思ったのに。屋上が解放されてくれれば……この学校の欠点ね」
はたしてそれが本音なのか、冗談なのかわからないけれども、学校の屋上にいけないのは残念だと思うのは共感出来ることだった。
アニメのごとく都合よく屋上が解放されてることなんてなく、自殺防止のため戸締りはきっちりとされている。
ここから観れる空は校舎の壁に阻まれてほんの一角に過ぎないから、きっと屋上なら何にも阻まれることなく空を独占できるだろう。
理由をつければ入れるだろうけれど、それは赤坂さんには無い。
「入るためには何か名目が必要だけど、帰宅部にはそれが無いもんね」
「……部活に入ってまで屋上に行きたくはないわ」
「あっ、はい」
綺麗に先手を打たれてしまった、しかしながらここで引き下がるわけには行かないのだ。しかしながら赤坂さんを勧誘する上手い文句は思いついてないことにようやく気付いた。
ど直球に一本釣りで勧誘するしか無いのだろうか。赤坂さんが部活に入るメリットを示せればいいのだけれども、手品部であるメリットがあるかと言われれば、無いのである。残念ながら。
「舞さんは部活に入る気はないの?」
「入るならとうに入ってるし、分かるでしょ?」
「ですよねー」
力なく笑う。彼女は部活に入る意味がない人なのだ。別にそれはおかしいことではない、自分もまたそうだったのだから、渚が居なければ手品部に入ろうとは全く思わなかったし、彼女が部活に入らなければ自分も無所属のままだっただろう。
「心変わりとか、急にしたりしない?」
「しないわ」
その言葉を聞いて一つ息を深く吸う、わざわざここまで来て引く気は無かった。無理かもしれないけれど、試さずには居られなかった。
いや、訂正しよう。
自分が勧誘すれば100パーセント成功すると思っていた。心の何処かできっと大丈夫だと思っていた。
「舞さんに一つお願いがあるんだけれど」
「……何?」
地球が自分を中心に回ってなんかいないってわかりきっていたはずなのに、自分がなんでも出来るとは思っていなかったはずなのに、そんな失敗を何度も繰り返していたはずなのに。
「舞さんもさ、一緒に手品部に入らない?」
そうして今日も、懲りることなく不正解へと突き進む。