「入らないわ」
「……え?」
とんと突きつけられた言葉はちゃんと自分に届いていたけれど、それでも聞き返してしまったのは多分自分がそれを認めたくなかったからだろう。
「二度も同じことを言わせないでくれる? 入らないって言ったのよ、私は」
さっきよりも幾分冷たい視線を送りながら赤坂さんはそう言った。
足元の土台がいきなり崩された感覚だった、本当にそれが実在していたのかもわからないけれども。
失敗した。じっくりと、ゆっくりとその結果が体に吸い込まれて行って、真っ先に思い浮かんだ疑問はどうしてだろう、ということだった。なぜ、なぜ赤坂さんが素直に頷いてくれなかったのか。
ほかの有象無象の部活動と同じように、手品部もまたその一つにすぎないというのだろうか?
自分は入る理由たり得なかったのか、それとも渚と相容れないとすっぱり諦めきってるからだろうか?
「どうして、だめなのかな?」
そんな問いが自然と口から漏れていた、自分の声なのにどこか遠くから聞こえてくるようで。
「逆に尋ねるけど、どうして私だったの?」
「……え」
「どうして私だって聞いてるの、二度も言わせないでくれる?」
どうして私は赤坂さんを勧誘しようとしているのか。簡単だ、赤坂さんと仲良くなれる切っ掛けになれればと思って。それを答えるより先に、彼女は口を開いていた。
「ええ、知ってるわ。言わなくていい、あなたは私ならば断らないと見越していたんでしょう?」
否定は、できなかった。そう思っていたのも確かにある。でもそれは一面でしかなくて、主題ではないのだ。
「やっぱり図星じゃない、そういう事だと思ったわ」
即座に否定するべきだとわかっていた、それが嘘だとしても今ならばこの事態に収拾をつけることができる。
そう理性ではわかっていたのに自分は何も言わなかった、その嘘すら看破されて事態が悪化するような気がして。
「結局、駒としかみてないのよ。誰が入ってもとりあえず廃部さえ免れればいいと思ってる、なら私である必要はないでしょうに」
まるで及川さんみたいだわ、そう言って赤坂さんは苦々しげに表情をゆがめた。
「大方、及川さんに言われて私のことを勧誘しに来たんでしょう? 貴女ならきっとうまく行くからって」
違う、自分は自分の意思で此処に立っている。それは紛れも無い事実だったから。
「それは違うよ、自分は自分の意思でここに来て!」
「もっとひどいじゃない――何、佐々木さんもアイツの物真似でもしてるつもり? 他人を見透かして、行動を見越して、それを当てて、いい気になって、バカじゃないの。なんでも出来ると思い込んでるんじゃないの」
全部的外れなセリフ、いつもならば柳に風とばかりに受け流していただろう。
でも今日は違かった。少しだけ、ほんの少しだけカチンと来てしまったから。きっとそれは渚の事をアイツ呼ばわりされたからだろう。
自分が悪いのは分かってる。赤坂さんが怒る理由も分かるのだ、そう思われても仕方ないことをしているから、けれども言い返せずには居られなかった。
「……自分がなんでも出来ると思い込んだことなんてないよ、舞さん」
精一杯の笑顔を浮かべてそう言ったつもりだけれども、果たして自分が笑えていたかどうかは分からなかった。
相変わらず赤坂さんとの距離は変わらず、彼女がどんな表情をしているのかもわからないけれども、これ以上此処にいることは出来なかった。
赤坂さんから返す言葉はないのが幸いだった、今のうちにと階段を下りていく。
呼び止める声も、非難する声も、後ろからは何も聞こえなかった。
●
教室に戻ってきてもいまだ昼休みは終わっておらず。無言で渚の席へと吸い寄せられていく。
後ろからイタズラを仕掛けてやろうか。そんな邪な思念を察知したのか、近づく前に渚はくるりと振り向いた。
「あれ、失敗したんだ」
こちらを一目見るなり、渚はそう言った。そこまでわかりやすい顔をしているだろうか?
軽く頰を揉み解しながら渚の対面へと腰掛ける。
「まだ何も言ってないんだけれど」
「それじゃ成功したんだね?」
「いいや、普通に振られちゃった」
「ほらやっぱり」
自分の予想が当たったことが嬉しいのか渚は満足げに頷いた。腕を枕にぺたりと机に張り付いて彼女見上げながら思うことは先ほどのことで。
どうすればよかったんだろう、そう自問する。どうすればうまくいったんだろう。誘い方の問題か、そもそも勧誘するというのが間違いだったのか。
「そうか、やっぱり失敗しちゃったか」
「……うん」
「断られたことがそんなにショックだったの?」
ぽんぽんと頭を触れる感触がした、心地いい感触に眠気を誘われる。頭を触られることに特に不快感は無かった、別に髪型が崩されるわけでもないし、そこら辺の加減は渚もわきまえているだろうから。
「考えすぎは良くないよ」
「そうはいっても、なんだかなぁ」
多分、自分じゃなくて渚ならどうすれば良かったのかわかるのだろう。目を閉じて心地いい感触に身を委ねる。
何もできない自分。できればアドバイスの一つや二つ欲しいところだけれども、それはしないと事前に断られていた。もしかしたら、それは自分の拡大解釈なのかもしれないけれど。
「……自分も渚みたいになれればいいのに」
「それはダメだよ」
間髪を入れずに声が飛んで、頭を撫でる手がスッと離れた。思わず顔を上げる、渚はいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「ダメというか、無理というべきか――そうやってボクみたいになりたいってことはさ、『渚なら出来るだろう』って思ってるってことでしょ?」
「自分が行くより可能性はあると思ってるよ」
「ないない、自分が行っても可能性は0だよ。玲はさ自分のことを過小評価しすぎなんだよ、自分の庭を見ないで隣の庭ばかり見ている」
渚が言葉を言い切って、一瞬だけ場が静かになった気がした。真っ直ぐにこちらを見つめる視線が、その言葉が嘘偽りないことだと雄弁に語っていた。
吸い込まれそうな、自分の心の奥底までどこまでも見通してしまいそうな瞳。何も言い返すことを出来ずにただぼんやりしていた。
「勝手にあったことを話すなら、もしかしたら聞いてしまうかもね」
はたして本当にこちらの心を見透かしているのか、彼女はそういった。
「……いいの?」
「いいよ、どうせ暇な時間だしね。勧誘に関して力になれないかもしれないけれどアドバイスぐらいならボクも出来るよ」
力を借りるべきじゃないんじゃないか、自分の力で最後まで頑張るべきじゃないか、そんな考えが一瞬過ぎる。
それでも自分は渚に手を借りることにした。時間は限られているのだから、そう言い訳を心の中で呟いて。
「どうして私を勧誘するんだって聞かれたんだ、私なら断ることはないと見込んだんじゃないか――そう思ったから私だったんじゃないかって」
「それを否定した?」
「いや、自分がそう思ってたのもまた事実だったし」
呆れたようにため息を吐く音を聞いて、再び自分は腕に顔を埋もれさせた。やっぱり渚からしてみれば嘘をつくべきだったのだろう。
「玲は馬鹿だね、別に嘘を吐いちゃえばよかったのに」
「嘘をついたら見透かされる気がして」
「それもまた嘘でしょ、嘘をつきたくなかっただけだよ。知ってるよ玲は嘘をつけない人だって」
買い被ってるのだ、彼女は自分を。そこまで自分は出来た人間じゃないのに、現にハリボテだらけだというのに。
「そして、玲は赤坂さんを勧誘するのまだ諦めてない。でしょ?」
「……」
無言、それをみて彼女はニコリと笑った。諦めてない、そう諦めていないのだ。だからこそ次回につながるアドバイスを求めている。
「なら良し、じゃあ玲がやる事は決まってる」
「どうするの?」
「勧誘だよ、再チャレンジさ」
わかりきっている言葉だった、諦めていないのならば自分がそうするしかないってことを。彼女は臆病者の自分の背をアドバイスという形でひと押しする。
「部活に勧誘しようっていった時点で、ボクは知ってるんだ。君が赤坂さんと仲良くしたいんだってことをさ。それを直球で伝えればいい」
「……もう失敗したのに?」
「たった一回のミスさ、釘を打つときに一回叩いて刺さらないから諦めるわけないだろ? 何回も小さく叩いてようやく成果として帰ってくる」
机を指でトントンと叩きながら彼女はそういった。
「一度の失敗で終わるわけじゃないんだからさ、何回失敗しても最後の一回に成功すれば万々歳、でしょ?」
「そう、だね」
まだ終わっていない。まだ時間は残っているのだから、なら自分がするべき事は。
「別に玲が勧誘失敗したからって世界が終わるわけじゃないんだから気軽に行こうよ、ボクが期限までに一人も引っ掛けられないと思う?」
自信満々に胸を誇るのを見て、思わずクスリと笑いがこぼれた。そう言う彼女もこれまでに勧誘成功してる訳では無いのに。
フッと気が楽になった。
行こう、もう一度赤坂さんに会いに行こう。何度失敗しようとも、例え彼女に嫌われようとも。
「ありがと渚、助かったよ」
「いいよこれぐらい簡単なアドバイス、ボクに掛かれば簡単なことだからさ」
そう言いながら渚はこちらから目を外して窓の方を見つめた。一緒の方向を眺めてみれば遠くに白い白い入道雲が浮かんでいた。
「アドバイス、する気は無かったんだけどなぁ」
そんな声がポツリと聞こえた気がした。