帰りのホームルームも終わって慌ただしい教室、自分は人ごみをかき分けて赤坂さんの方へ真っ先に進んでいた。
今日を逃せば次に会うのは月曜日、つまり土日を挟むことになってしまう。
それはあまりよろしくない、成功すれば御の字だけれども失敗したとしてももう一枚情報を積み上げることが出来る。
「どうも舞さん、奇遇ですね」
「真っ先に近づいてきといて奇遇でもなんともないと思うけど」
そう言いながらも鞄を肩に掛け、こちらを無視してすぐにでも家に帰る構えである。間一髪、話しかけるのが遅れてたらとっくに教室から姿を消していたのかもしれない。
運が良い、とても。
「何か用?」
「一緒に帰ろうかなーと思ってさ、良いかな?」
「……」
「いやいや、なんで無言で帰ろうとするの」
何食わぬ顔で隣を通り過ぎて逃げようとする彼女の肩に手を乗せるも、すぐさま払い落とされる。釣れない対応、その代わりに足は止めることに成功したからギリギリセーフ。
「自分が隣にいちゃ嫌?」
「……嫌ではないけど」
「じゃあ、鞄取ってくるから待っててね!」
返事を待たず自分の席へと引き返す。鞄をあらかじめもっとけばよかったな、後悔後先に立たず。
もともと荷物はしまい込んでいたしほとんど時間もかからず、しかしながら帰ってくると赤坂さんの姿がどこにも見えない。
「?」
ぐるりと周りを見渡すとこちらを見て苦笑している渚の姿があった。困ったときの渚さん、尋ねるべく近づいていく。
「及川さんや、赤坂さんがどこ行ったか知らない?」
「ついさっき教室から出ていったところだよ」
「いやいや、そんなまさか……一緒に帰ろうっていったばかりだよ?」
「だって赤坂さんだし」
Q.そこまで協調性がないことをするだろうか?
A.赤坂さんならやりかねない
この間僅か0.1秒である、速やかにターンを決めて扉の方へ振り向いた。
「ごめん渚、また来週!」
「頑張ってねー」
そんなのんびりとした声を背中に受けつつ、走る走る。
慌てて走って追いかけて、ようやく追いついたのは校門を出たところである。何かに急かされるように早い足取りで全くこちらのことを考慮に入れてない様子。
「ちょっと待ってよ舞さん!」
「あら、玲さん奇遇ね」
「いやいや奇遇も何も、なんで一緒に帰ろうっていってるのに先に行っちゃってるの」
「一緒に帰ることは許可したけど、待つとは言ってないでしょう?」
思い返すまでもなく確かに言っていなかったのはわかるけれど、それは確認するまでもなく付随する条件なのではないだろうか。
「それじゃ嫌われちゃうよ、浮いちゃうよ?」
「別に嫌われようとも何か変わるわけではないもの」
「強いね、独立独歩って感じで」
けれどもそれは誰にだって真似できるものではないだろう。嫌われるのが怖いからこそ、自分も含めて誰だってゆるく優しくしようとするものだから。
ちらりと横目で赤坂さんの様子を伺えば、スマホの画面を眺めていた。ほんの少しの時間、時刻だけを確認したかったのかすぐにポケットへしまう。
「舞さん、スマホ持ってたんだ」
「私が持ってちゃ悪い?」
「いや別にそんなことはないのだけれども」
ぷつりと会話が途切れる。会話の広がりとか拡張性が皆無なのは自分のコミュニケーション能力が問題なのだろうか、そうなのだろう、多分。
しばしの黙考、話の切っ掛けを探す。
とりあえず部活勧誘の話は後回しに、そういう流れではないことは自分でも分かる。じゃあどんなことを話せば良いかと考えれば、自分が聞きたいことを問えれば良いんじゃないか?
そう例えば、どうして本気を出せなんて自分に言ったのか、その根幹にある実力を隠してると思った原因について。
流れに流れて尋ねることが無かった言葉、そう言えばことの出来事の一番初めの発端はそれだった。
本気を出してほしい理由は聞いた、でもそこに至る経緯は知らない。
自分が告白されたり、廃部の危機だったり、渚が風邪でダウンしたり、下の名前で呼ぶことが決定したり、冷静に考えればこの一週間の密度がおかしいのだ。
すっかり抜け落ちていたけれど、一番初めに解くべき問題はそれなんじゃないか?
その考えを閃くと同時に自然と口は動いていた。
「そう言えば結局自分が実力を隠してるって思ったのか聞いてなかったけど、どうしてですか?」
「それを聞いて何か変わるの?」
「いや、まあ、何も変わらないと思いますけど」
やっぱり自分が悪いというより、赤坂さんのコミュ力がやばい気がするのだ。話しているというのに相変わらずこちらを見ようともせず、真っ直ぐ前を向き続けている。
「でも答えない理由もない、ですよね?」
「まあ、それもそうね」
ほんの一瞬だけこちらをちらりと見やり、彼女はまたすぐに前を向く。
「そもそも大前提として学校に受かるだけの実力がある」
「いやいや、自分はたまたま受かっただけだよ。ほんの記念受験に受けただけで、まさか受かるとは思って無かったし」
「本当に?」
無論、嘘である。
「そして実際、テストの成績は悪いし。ちょっと頭のいい高校に受かるだけの学力があるからと言って、その高校に通ってる生徒がみんないい点数が取れるわけでもない」
「そうかしら、みんなちゃんと勉強すれば同じぐらいになると私は思うけど」
「赤坂さんが凄いだけじゃない? みんながやろうとしてできることじゃないよ」
努力だけじゃどうにもならない領域がある。赤坂さんの努力を否定するわけではないけれど、自分はそう思っていた。
努力尽くして願いが叶うなら世界平和なんてとっくに成し遂げられている。
「自分に期待するなら渚とか、学年二位に期待するべきなんじゃないの? なんでわざわざ大穴をつく必要があるの?」
ライバル、または当て馬として狙うならずっとそこらへんの方が近いだろう。少なくとも自分よりずっと努力しているはずなのだ。
「じゃあ、あなたは学年二位が誰だか知ってる?」
「いや知らないけど」
「そう、実は私も誰が二位なのか知らないわ」
そういうことなの、と彼女は言った。
「一位は取れないと諦めて現状に満足しているかもしれない、もしかしたら次こそは勝つと意気込んでいるかもしれない。でもその人は私に勝てなかった、それだけが事実。二位は誰の記憶にも残らない、価値もない。数多いる私に勝てなかった人の内のたった1人に過ぎないのよ」
「私もその内の1人なんだけど」
「……そうね」
いやいや情報が歯欠けすぎるし、理由にもなっていないじゃないか。誰にかけて良いから自分に賭けたわけではないだろう。でも、少なくとも赤坂さんに勝ったことはない、これは記憶に裏付けされた間違いのない事実である。
「そもそも赤坂さんって誰かに負けた事あるの、ちょっと想像できないんだけど」
「あるわよ」
あっさりと赤坂さんは頷いた。本当に勝てる人がいるとは、世の中も広い物である。
「へーきっと凄い頭がいいんだろうね、その人は」
「まあ今は私の方が上だけれどね」
負けず嫌いなのか、すぐさま言葉を返される。まあそんな質でもなければ勉強する気力も保てないだろう、完璧主義で負けず嫌い、そんな彼女はまたスマホを取り出していた。
連絡先の交換でも提案しよう、かな。
いい案に思えた、この機会を逃せば土日が飛ぶ。ポケットを漁りスマホを取り出して隣を見れば、赤坂さんがいない。
いないのである。
「……逃げられた?」
ポツリと寂しく自分の声が響く、念のためにキョロキョロと前も後ろも確認するも姿が見えない。ほんの一瞬だけ目を離した隙。駅へ向かう道は真っ直ぐだし、撒こうとでもしなければこんなことは起こり得ないはずである。
がしがしと頭を掻いてとりあえず道を引き返す、距離を離すと考えたなら向かう先は後ろである。
少し進めばちょうどいい感じの細い路地があった、きっと1人でここを曲がったのだろう。けれども後の祭り、とっくに赤坂さんは姿を眩ませた後である。
ほんの少しだけカチンときた、積もり積もる恨みがあった。そもそも教室で逃げられた事もほんの少しだけ腹が立っていた事もあるし、それにこの追い討ちである。
そこまで一緒に帰りたくないのだろうか、まあそうなのだろうけれども一言言ってくれればいいのに。
「逃がさないから!」
一つ叫べば、その分だけ少しだけ気持ちが軽くなった。彼女にこの声は聞こえただろうか。分からない、でも聞こえてなくてもいい。
一種の決意表明だ、自分には引き下がる気はもう無い。
ここを無闇矢鱈に探しても無駄だと分かっていた、だから今度は1人っきりで駅へ向かう。
諦めたわけではない、会える場所で待ち伏せればいい。ここまでする気はなかったけれど、赤坂さんが逃げるのだから仕方がない。
今日もまた帰るのが遅れそうだ。空に浮かぶ飛行機雲を見上げながらそう思った。