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「なんでここにいるの?」
とは赤坂さんの言葉であり、自分が来るのを待っていたからが答えではあるけれど、そう返すことはなく自分の足元へと駆け寄ってきたトイプードルへと屈み込んだ。
会うのはたった2度目であるというのにやけに自分に懐いているトイプードルは頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「名前、クドーっていうんだっけ?」
「私の質問に答えてくれる?」
「つれないなぁ赤坂さん、そりゃ待ってればここを通るんじゃないかと思ってたからだよ」
此処とはつまり、偶然散歩中の赤坂さんとばったり遭遇したパン屋の前である。
改札前で待ち構えることも考えたのだけれども、残念ながら中央改札と別にもう一つ改札があり二択を迫られることになる。
あまり自分が幸運であるという自負があるわけでもなく、むしろあまりツいてないんじゃないかと思っていたから此処で待つことにした。
それに散歩中であるならばクドーが居てくれる。
紐をぐいぐいと引っ張られながらもピクリとも動こうとしないお犬様を見て、自分の考えがずばりと決まった事を知った。
人質ならぬ犬質である。
「舞さんが悪いんだよ、勝手に置いていくんだから」
「勝手に居なくなったのかと思っていたわ」
一緒に帰ろうと自分から提案しといて勝手に居なくなるはずが無いだろう。どういうキャラ付けなのだ、自分は。
「まあ、いいや。本題に入ろうか」
「私としては早く帰りたいところなのだけれど」
「帰りたいならどーぞ、可愛い犬を置いてけるなら」
ね、とクドーの顎をくすぐればワンと一声可愛く吠えた。
呆れたように彼女はため息をついて歩道脇の手すりへと寄りかかる。
「卑怯ね」
「それはお互い様」
「……ねえ、ずっとここで待ってたの?」
「まあ一旦家に帰ったけど、鞄だけ放ってすぐ戻ってきたからそんな感じかな」
雨が降ってなかったことも幸いしたし、丁度パン屋が近かったことも幸いした。妹にお土産で渡したらなかなか好評だったアップルパイを食べたり、携帯を弄っていたりしてその隙を潰すことが出来たから。
「そこまでして勧誘したいの?」
「うん。それでさ、赤坂さんはどうしてくれれば部活に入ってくれるのか聞きたかったんだ」
果たして彼女を待ってる間に『どうすれば赤坂さんを口説き落とせるのか』を考えていたのだけれども結局名案が思いつく事もなく、うまい言葉選びも、美辞麗句も思い浮かばず。
結局そのような問いしか自分には出せなかったから──でもそれでいい気がした。
「入らないわ、別に私である必要は」
「あるよ、少なくとも自分にはある」
覚悟を決めて自分の言葉をぶつけるしかない。背筋を伸ばして真っ直ぐに、彼女と目を合わせて逸らさずに。
「『舞さん』だからこそ勧誘してるんだよ。自分が意思を持って勧誘しようとする相手は君以外は居なかった、『赤坂さん』なら勧誘することはなかった」
「……そんなこと言って私が断らないだろうと見越していたくせに」
「否定はしないよ、ただそれは自分も舞さんも互いに仲良くなれればいいなと思ってたからで」
果たしてそれが独り善がりな考えだったのか、赤坂さんはこちらから目を逸らしてトイプードルを見下ろした。
「でも、それは私が入る理由足り得ない」
どうやら自分の考えは外れているわけではなかったらしい、ホッと安堵のため息を吐く。つまるところ理由がないことが理由というわけで。
第一関門突破。もう一押し、何かが必要だった。
「理由があればいいんだよね」
「はたして本当にそんなものがあるのか甚だ疑問だけど」
そう、『仲良くなれるように』は部活に入る理由たり得ない。それが十分条件ではあっても必要条件ではないから。
部活に入らなくてもそれ以外の時間に話すことはできるし、同じ部活じゃ無いと友達になることができないなんて決まりなんてないのだ。
部活に入るメリット、結局それはどうしても自分には見つけることが出来なかった。だから、その条件を彼女に決めてもらう。
「自分は舞さんに部活に入って欲しい、だから取引をしよう」
「何?」
「なんでもするとは言えないけれど、それに見合ったことをするよ。等価交換、win-winになれるように」
代価は払う、ただし自分が。
駆け引きは全て放棄する、彼女に体を任す。自分が得意とする領域では無いと分かっているからこそ、下手に顔を突っ込めばよろしくないことが起こることが見えていた。
「だからお願い舞さん、部活に入ってください」
深く頭を下げる、彼女から返事は聞こえない。
こういう関係の持ち方を赤坂さんが嫌う可能性もあった。そうなるともう一発アウトではあるけれど、体育の時の賭けを見るに十分乗る可能性もある、ある程度の遊び心はあるはずで。
よしんば失敗しても拒絶には至らないだろう、そんな希望的観測もあった。
「不格好ね、もっと綺麗な文句でも思いつかないの?」
「……やっぱり駄目かな」
どうやら再び失敗してしまったらしい。けれども激する訳でもなく、落ち着いた声であったから地雷を踏み抜いた訳ではないと見た。苦笑いが漏れるも、それは安堵が混じったもの。
トイプードルが足元からつぶらな瞳でこちらを見上げていた。ここが引き時、か。
「じゃあ今日のところは帰らせてもらうよ」
「今日のところはってまた月曜以降も来るつもりなの?」
「うん、何度でもしつこくやる気だけどダメ?」
「ダメって言ってもくるんでしょ、貴女は」
呆れたようにため息を吐いて赤坂さんは手すりから身を離し、リードをやる気なさそうに引っ張りながら彼女は口を開いた。
「なら、決めたわ」
「何を?」
「特別に入ってあげる、手品部に」
ぱちんと頭の中が真っ白になって、自然と言葉が漏れていた。
「条件は?」
「……は?」
「どうすれば入っていただけるのですか?」
「気持ち悪いわね佐々木さん、そこは喜ぶべきところじゃないの?」
赤坂さんが引いている、先ほどより1歩半ほど距離を離してのドン引きである。気がつけば名字呼びになっているし。
けれども、どこまでいっても自分は小市民であるからにして、真っ先にそれを尋ねたのは仕方のないことだった。
成る程、言われてみれば真っ先に喜びの感情を表すべきだろう。嬉しいのは確かである。
とりあえず笑みを浮かべてみることにした。
「……凄い引きつった笑顔ね」
「どうすればよかったんだろうね、自分は」
「話を進めていいかしら」
怒ってもいい気がしたけれど、あくまで下手に出なければいけない立場だからぐっと我慢。ここで機嫌を損ねて条件を上乗せされては堪らない。
赤坂さん曰く、引きつった笑みを浮かべつつ話を促す。
「あまりに無理そうな条件は勘弁してね?」
「簡単よ、期末テストで総合1位を取りなさい」
「舞さんってもしかしなくてもこっちの言葉を全く聞いてないよね?」
『ね、簡単でしょう』と言いたげな顔してものすごい条件を叩きつけてくるではないか。3分クッキングに満漢全席を作ろうとか言い出すレベルの話である。
「っていうかさ、学年1位ってもしかしなくても赤坂さんに勝つ必要あるよね」
「当然、勝ってもらわなきゃ困るわ」
どうやら彼女は冗談ではなく、大真面目にこの条件が適切であると思って言ってるらしい。
「私は大幅に譲歩してるつもりよ。期末テストまで十分に準備する時間もあるじゃない」
「それは確かにそうだけど、自分がその条件をクリアできなかったらどうする気なの?」
「私が貴女を軽蔑して、部活を辞める。それだけよ」
それだけ、本当にそれだけなのか。それでは空手形になる可能性もあるというのに、それでもいいと言ってるのか。
「無理だと思ったならそれまでの間に代わりの部員でも探せばいい、十分甘い条件じゃない?」
「でも、舞さんは本当にその条件でいいの?」
いつまで経っても動かないクドーの体をヨッコラセと持ち上げつつ、赤坂さんはクスリと笑った。
「それでいい、でも私は貴女のことを信用してるのよ。そう約束を結べばわざと手を抜くことはしないって」
それだけ言って、赤坂さんは去っていった。
果たして自分にどれだけの信用を抱いてるのか、その根拠がどこからくるのかわからない事だらけだけど、ひとまず成功したということだけはたしかで。
ワンと何か言いたげな声が耳に届いて、唐突にやり忘れたことを思い出した。
赤坂さんと連絡先を交換していない。それが思い浮かんだ瞬間、自分は走り出していた。
犬を抱えていたから、そして自分が動き出すのが早かったから、今度は逃さずに追いつくことが出来た。
「まだ私に何か用?」
訝しげに尋ねる彼女に、自分は一言こう言った。
「連絡先の交換をしようよ!」
と。
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「……うまくいった、はず」
家に帰ってすぐさま自室へ直行しベッドに倒れ込み、1人そう呟いた。恐ろしく精神を磨耗した自覚があった、やはり慣れないことをするべきではない。
動く気力もなく、ぼーっとスマホの壁紙を見つめていた。自分はいつまで経っても初期設定のシンプルで味気ないのやつを愛用している。愛用しているというか、変えるのがめんどくさいというだけだが。
そろそろ変えるのを検討してみよう、何度目かの決意を胸に抱きつつモゾモゾと動き出す。ぽちぽちとメッセージアプリを開き、追加された赤坂さんの連絡先をスルーして渚の宛先へ。
『赤坂さんの勧誘できました!』
と送信すればあっという間に既読がつき、満点花丸よくできましたスタンプがぺたりと貼りつけられた。褒められるとやっぱり気分が良くなるし、さらに褒められたくなるものである。
『赤坂さんと連絡先交換したけど橋渡しする?』
『大丈夫、それはボクから動いた方がよさそうだし』
そう言われると自分から動けることもなく、繋ぐ言葉もないわけで画面を眺めることしかできない。そういうわけでようやく起き上がり制服を脱ぎにかかる。晩ご飯を食べて、風呂に入って、後は寝るだけ。
待ちに待った休日である、それも問題は解決したから何の拘束もない自由な休日。自由というものは素晴らしい。
パパッと部屋着に着替えて、トントンと赤坂さんの方のトーク画面を開く。新雪の雪原の如く真っ白な画面を前に、ふむとひとつ呟いて一つコメントを落とす。
『これからよろしくお願いします』
今日のところはこの辺で。