叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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-3 赤坂舞の回想

 ●

 

 中学に入ってから1番初めのテストとはつまり、1学期の中間テストのことである。

 小学校の頃と大きく変わったテスト。より難しく、誰でも簡単に100点を取れるようなものではない。

 テストの問題その物の違いもあるが、1番変わった点は順位が掲示板にでかでかと張り出されることだろう。

 

 生徒の意欲を駆り立てる為に。ここに乗りたいなと思わせたり、これだけ点を取る人もいると判らせたり、或いは優越感に浸らせる為に。さながら馬の前に吊るされた人参のような役目である。

 

 さてそんな悲喜交交が交差する掲示板の前で、私は立ち竦んでいた。掲示板にはしっかりと自分の順位が載っていた。が、それは予想外の順位であったから。

 

 二位、それが私の順位だった。

 

 まず間違いなく一位を取れると思っていた。それだけの手応えはあったし、全問正解のオールパーフェクトでもおかしくないと思っていたのに。

 決して慢心していたわけではない、それだけちゃんと勉強してきたという自負があったのだ。

 

 別に私は勉強のことを好きでもなければ嫌いでもなかった、ただやれば親から褒められるから。

 手段のひとつとしての勉強だった。けれどもやるならば徹底的にやるという信条がそれに結びついた結果、人並み以上に勉強できるという副産物をもたらしていた。

 

 だとしても、二位である。

 いくら目を擦ったところで順位を見間違えたということはなさそうだった。

 自分の上、一位にある名前は佐々木玲。聞いたことがない名前、男だか女だかどっちと取るか判別が難しい。

 

「すごいじゃん佐々木!」

「自信はあるって絶対フラグだと思ってたのに……」

 

 やいのやいのと一際騒がしい声が聞こえてくる。

 佐々木という名前に反応して目を向けると、凄い勢いで頭を揉みくちゃにされてる女子生徒の姿。

 

 きっと彼女が佐々木玲なのだろう。何処にでもいそうな普通の女子、それが私の第一印象だった。

 

 笑いながら「やめてよもー」というその彼女と、一瞬だけ目が合った。

 すぐに視線は外れた。それがまるで貴方には興味なんてありませんと言ってるようで、無性に腹が立って、私はギリと歯を食いしばってその場を後にしたのだ。

 

 次は絶対に勝つ、そんな決意を胸に抱いて。

 

 ●

 

 果たして二位だからと言って別に褒められないということもなく、普通に褒められたのだけれども、だからといって期末テストで手を抜く訳にはいかなかった。

 

 打倒佐々木玲、その一心で勉強を進めて行く。

 負ける訳には行かない。

 前回負けた理由はケアレスミスで一問を落としていたことが原因――つまりは佐々木玲はオール満点だったということだ――とはいえ油断できるはずがない。

 

 一問落としたら負ける、その覚悟で挑んだテストは拍子抜けする程簡単だった。むしろ中間テストの方が難しかった気がするぐらいには。

 それでは困るのだ。もっと難しくしてくれなければ、どちらも同じ点数なら決着が付かないではないか。

 

 とりあえずの自己採点はやっぱり完璧で、だから私は気を落として掲示板へと向かったのだ。

 どうしても彼女が取り落とすとは思えなかったのは、格上なのはあちらだと認識していたからだろう。

 

 果たして、結果は一位である。

 同率の一位ではなく単独の一位、思わず思考が真っ白になって前と同じように立ち竦むことになる。

 

 暫しの間の後、私は佐々木某の名前を探し始めた。

 彼女は何処にいるのだろう。掲示板には30位までしかのらないけれど、彼女が乗らないなんてことはあり得ないだろう。

 

 しかし彼女の名前は何処にもなかった、何度も上から下へと巡ってもどうしたって見つかることはない。

 何で載ってないのかという問いに答えるものも無く、慌てて周りを見渡すと、その彼女がぼんやりと順位表を見上げていた。

 

 ショックを受けるわけでも無く、ただ興味のなさそうな顔で彼女は掲示板を見上げていた。

 それを少し離れて見つめる私、知らずに欠伸をする彼女。

 

 用が済んだとばかりに歩き始めた彼女の後を追って私も歩き始めた。クラスメイトが褒めてくれていたような気がするけれども、それすら無視して。

 

「ねえ、佐々木さん」

 

 昼休み、廊下、私は佐々木さんに初めて話しかけたのだ。

 くるりとこちらを向いた彼女は怪訝な顔をしていた。

 

「テストの調子、悪かったの?」

「……誰だっけ?」

 

 そう言いつつ、彼女は首を傾げた。

 

()()()よ」

「野崎舞……ああ、前回二位の」

 

 そう言われて少しだけカチンときた。

 わざわざと前回のと付けるあたりに。今回は一位なのだからそっちから取れば良いじゃないか、まるで自分の方が上だと言ってるようだ。

 そんな自分の内心を読み取ったのか、彼女は言った。

 

「野崎さんは凄いね、今回は一位でしょ?」

「当然よ、一位を取る為に勉強したんだから」

 

 そっかぁ、と彼女は呟いた。まるで他人事のように、一位を取られて悔しくないかのように。

 私にはその気持ちが理解できなかった。一位を取れたのはまぐれだから今回は仕方ないと思ってるのだろうか、そんなはずはないだろう、まぐれで私に勝てるはずがない。

 

「ねえ、野崎さん」

「何?」

「なんで野崎さんは一位を取るの?取りたかったの?」

「……勝ちたかったからよ」

「誰に?」

「そんなの決まってるでしょうよ。私が前回負けたのはあなた以外居ないの、あなたに勝つ為に勉強してたのよ」

 

 その言葉に彼女は目を丸くして、次の瞬間吹き出した。何らおかしいことを言ったつもりはないのに、振り返っても何一つ面白い要素はないというのに。

 

「自分に?自分に勝ってもなんの意味もないよ」

 

 話は終わりと言わんばかりに佐々木さんは私に背を向けた。最後に一つだけ、彼女に言葉を投げかける。

 

「ねえ佐々木さん、今回の期末テストで本気出した?」

 

 一つ笑って彼女は顔だけをこちらに向けて、

 

「それさ、出してないって言ったら死ぬほどダサくない?」

 

 その言葉を最後に彼女は去っていった。

 追いかけることもせず、私は一人廊下へ取り残された。

 

 ●

 

 結局中学校のテストで一位を逃したのは一年生の中間テスト、そのたった一回のみと言うことになる。

 結局あの後佐々木さんが自分を上回るどころか、上位30位に入ることすらなかった。

 

 3年間の中で同じクラスになることは一度もなかったから、彼女が果たしてどれぐらいの順位だったかはわからない。あの日以来話すことも尋ねる機会も無かった。

 

 危なげなく順位を保ち、勉強を続け、そして高校入試。

 

 別にわざわざ遠くの高校に行く必要もなく1番近いと言う理由である高校を選んだ。難関校というのはあくまでおまけ、何処だろうと同じぐらい勉強するのは変わらない。

 

 そうして、私は危なげなく高校にも合格したのである。

 

 

 入学式の日、私は入学案内通りに高校へとやってきていた。

 私について変わったことは二つ。名字が母方の旧姓の赤坂に変わったことと、眼鏡からコンタクトに変わったこと。

 

 別に高校デビューというわけではなかった。髪型も変わらないし、染めたわけでもない。私のことを知ってる人が見れば多分気づくだろう、そもそも自分の中学からここに何人も来れてはいないと思うが。

 

 来れるとしたら、佐々木さんだろうか。

 ありもしないそんな空想。結局彼女が掲示板に載ることはなかったじゃないかと、即座に否定する。

 どうしても彼女に期待してしまうのは、唯一私に勝った相手だから。

 

 あの一回だけ彼女に神様でも宿っていたのだろうか。それとも本気を出せばやれるけど、それ以外は手を抜いていたのだろうか。

 だとすれば、なぜ手を抜くのか?――不明。

 

 甚だ不合理、やっぱり理屈が成り立たない。

 取るに足らない妄想なのだろう。それでも、

 

 その時ざっと強く風が吹いた。校門入口、桜が一斉に舞い散って。思わず足を止めた私の横を誰かが走り抜けていった。

 

 その後ろ姿が彼女に見えて、私は首を横に振る。ありえない、そう呟いて再び歩き始めた。


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