言い訳はしません、代わりに短編をそこそこ書きました
『だれにも見えない彼女』の短編はめちゃくちゃ上手くできたと思ってるのでおすすめです
ファンアートもめちゃくちゃうまいのをもらいました、ありがとうございます
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憂鬱な月曜日。それでも何時もより気分良く過ごせることができたのは、部活が廃部を免れたお陰だろう。
赤坂さんに書いてもらった入部届を、手品部に1ミリたりとも興味を持ってなさそうな顧問に手渡して、自分は生徒会室へと向かっていた。
廃部回避の条件をクリアしたことは確かだけれども念のため、あの日部室にやってきた野田さんへと話を通しておくために。
顧問のあの先生が気を利かせて、3人目が入ったことを伝えてくれるとは思わなかったし、そういう気を利かせてくれる人ならば、きっと部員が足りないから廃部になるかもよ、的なことを伝えてくれていただろうし。
だからといって、自分はあの顧問の事が嫌いなわけではないのだ。その無関心さ故に、あの部室の温い空気感があった訳なのだから。
そんな事をゆるゆると考えているうちに、生徒会室の前へと辿り着いた。一呼吸を入れてノックをすると、聞き覚えのある気の抜けた声が耳に届いた。
「失礼します」と一声入れて、扉を開ける。
部屋の中には人が1人だけ、都合の良い事に目当ての人物だけが取り残されていた。
「手品部の、佐々木さんですね。どうかしましたか?」
「顧問の方に入部届けは渡しておいたんですけど、三人揃えることが出来たんで一応報告しにきました」
自分の言った言葉がちゃんと飲み込めなかったのか、ポカンと口を開けること数秒、ぱっと笑顔が咲いた。
「良かった〜!」
手を掴んでまるで自分のことのように驚く野田さん。自分はと言えば、ほんの少しだけ、彼女が自分のイメージと違って見えてキョトンとしていた。
他人事なのにそれほど喜ぶ事なのか、別にわざわざ口にするほどでも無いけれども。小さく、あったかい手だなと思いながら彼女の気の済むまで待機する。
しばらくして自分と相手の温度差にようやく気づいたのか、野田さんは慌てて手を離した。羞恥で赤く染まった顔を手で仰ぎながら、彼女はペコペコと頭を下げている。
「す、すいません。つい……」
「別に、大丈夫です」
大丈夫ってどう意味だよと、内心で自分に突っ込みながらこの気まずい空間から去ろうと、扉へと足を向ける。
もう用も終わったし、何より部室にあの二人だけを残しておくのも不安だった。
「あの!今日他の部員も揃ってますか?」
足を止めて、後ろを振り返る。
きっと2人とも部室で待っているだろう。喧嘩でもして先に帰るなんてことがなければ、そう考えて自分は首を縦に振った。
「なら、揃った記念にみんなにジュースを買ってあげますよ」
「いえ、そんなことしなくても、そもそも生徒会室を開けといて良いんですか?」
ちらりとスマホを取り出して、彼女は首を縦に振った。
「私達が行ったら多分、代わりがすぐに入るからそこらへんは問題ないかな」
「いや申し訳ないですって、たかが廃部を免れただけなのに」
「私が『先輩』だから、これで良いでしょ?」
これ以上話を続けても問答が長くなるくだけで、きっと結果は変わらないのだろう。すぐさま切り返せるような理想的な答えも思い付くこともなかった。
仕方なく溜息ついて歩き始める。返答なしの問答拒否が答えだと気づいてくれないかなと思いつつ。
まあ、そんな淡い期待はすぐ隣を彼女が歩き始めてすぐに打ち砕かれた訳だけれども。
野田さんとの間に話を広げるような話題もなく、ただ二人揃って歩くばかり。何か話題の種がないものかと考えているうちに、それより先に彼女は言ったのだ。
「実を言いますとね、私も前に手品部に入ってたんですよ」
「え、この高校のですか?」
「そう、知らなかったでしょ?」
自分が知ってる限りでは、つまりは去年の4月から手品部で野田さんの姿を見かけた事は無い。
つまり先輩が一年生の時の話だろうか?
「と言っても、もう二年前のことですけどね」
自分の予想を肯定して、彼女は寂しそうに笑った。
「だから一応先輩なんですよ、まあ先輩面するにしては余りにも関わりが無いですけど。せめてジュースぐらいは奢らせてね」
「ありがとうございます、先輩」
その言葉にはにかんでみつつ、彼女は言葉を続けた。
「ちょっと色々あってね、去年は幽霊部員と言う形になってて。退部届を出さないまま、なんとなく過ごして、気持ちを切り替えようとして生徒会に入ることにして」
「大事な事を忘れていたんです」、こちらを見ないまま彼女は言う。
「生徒会と部活が兼任出来ないこと忘れてました、だからこれは私のミスでもあるんですよ。私が幽霊部員のままでも籍を置けてれば廃部の危機なんて事は起こらなかった」
本当に忘れていたのだろうか?
ふとそんな考えが頭をよぎった。根も葉もない、過程をすっ飛ばした予測。部活と生徒会が兼任出来ないという規則を利用していたのではないか?
戻る勇気もなく、退部届を出す勇気もなく、部活を辞める理由の正当化のために生徒会に入ったのではないだろうか?
「……まあ、そんなこともありますよ」
その推理をわざわざぶつけようとする気もないのだけれども、知らなければこんなのただの妄想に過ぎないのだから。
何があったのか知る必要も無い、先輩が話そうとしないと言うことは、そう言うことなのだから。
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「みんなの好きな飲み物知ってる?」
自動販売機の前で先輩は尋ねてきた。
「渚はブラックコーヒーで、自分はカフェオレ」
「コーヒー好きなんだ、私は紅茶の方が好きかな」
そう言いつつ自分の分も含めて三つ買って、先輩はこっちへと向き直った。
「それで、あと一人の分はどうするの?」
「もう一人がなに好きなのか分からないんですよね……」
赤坂さんのことが全然分からないという問題である。多分カフェオレでいいだろう、適当に。運良く自動販売機で二つ出てきた時にあげたし。
ジュースを買うと彼女は生徒会室へと戻っていった。
『私はもう関係ないから、三人の邪魔したくないしね。ファイト〜!』
最後にそんな言葉を残して。
良い人だったな、あとでまた生徒会室にお土産でも届けに行こう、そう脳裏に刻み込んで廊下を行く。
やけに静かな廊下だった、部室の前にたどり着いたというのに部屋の中からは何も声が聞こえてこない。
喧嘩してませんように、そう祈りつつ扉を開けると、ちゃんと二人とも残っていた。渚は退屈そうにトランプを切りながら、赤坂さんは参考書に目を通して、向かい合って入るけれども決して目を合わせようとしない。
ぼんやりと立ち尽くしていると、渚が駆け寄ってきた。
「おかえり、遅かったね」
「まあね、ちょっと野田さんと話してたし」
そう言いつつ、ブラックコーヒーを渡す。
先輩のあれそれの話は後ででもできるから、まだ口にすることはない。
「舞さん」
「何?」
「先輩からプレゼント」
赤坂さんは受け取ったカフェオレを弄んで、そのまま机に置いた。
「カフェオレはそんなに好きじゃないの」
「あれ、前受け取ってくれなかったっけ?」
赤坂さんのと同じもの、手に持った缶を見るり確かに前にあげたものと同じはずだった。どうしたものかと考えてるうちに渚が隣へとチョコチョコと駆け寄ってきた。
「要らないなら貰ってあげるよ、赤坂さん」
「貴方にあげる物は無いわ」
「ごめん舞さん、代わりのもの買ってこようか?」
「別に、そこまでする必要も無いから」
そう言ってプルタブを引いて、けれども彼女が缶に口をつけることはなかった。手に持ったまま、ぼんやり互いに見つめ合う。
「……あれ、しないの?」
「ノリ良いね赤坂さん。そういうところは、ボク好きだな」
「私は、貴方のそういうところが嫌い」
「まあまあ2人とも、喧嘩しないで」
ガスの抜ける軽快な音。缶を手に持って、やる気の無さそうに缶を構える赤坂さんの隣に並ぶ。
音頭を取るのは渚だろう。部長だし、そこら辺の役回りを彼女は譲らない。自分の予想通りに、渚は缶を片手に掲げて朗々と言葉を放った。
「それじゃあ!新生手品部の誕生を祝って!」
『乾杯!』
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自分は今、幸せだ。
だからこそ未来が怖いのだ。
いつかそれが崩れる時が来る。それがいつかは分からないけれども、確実に、自分が自分である故に、天才でないが故に、この幸福を永遠に続ける方法を知らないのだ。
それが幸せなことだと分かっている。
そう思える事自体が幸せなのだから、幸せでなければそんな事を思いもしないのだから。
だから自分は祈ることにする。
夢よ、覚めないでと。