叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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彼女という存在
23 昔、箱の中身、及川さん


 ●

 

「地面に無地のダンボールが一つ転がっていた時、その中身を知る為にはどうすれば良いだろうか。手っ取り早い方法は箱を開けてしまう事だろうけれども、それは禁止だとしてね」

 

「ダンボールの中からは物音もせず、持ち上げてみるとそこそこの重量があり、匂いを嗅いでみると何かの匂いはするけれども、箱自体の匂いに掻き消されてあまりよく分からない」

 

「試しにひっくり返してみると、一番底にはネームペンで林檎と書いてある」

 

「玲はさ、このダンボールの中身が本当に林檎だと思う?」

 

 

 手品部の部室で渚と、そんな箱問答をした事がある。結論から言えば、自分は『分からない』と答えたわけだけれど。

 

 林檎であると言い切れなかったのは、箱の下に林檎という文字があったとして、それは他者に伝える為に書いたとは思えないのだ。だって伝える為に書くのならば、わざわざ表に書かない理由が無い、わかりにくく底に書く必要はないのだから。

 

 もちろん問題を作る上での都合上で、目立つところに書けなかったかもしれないけれど、メタ的な考えを捨てるのならば、やっぱりそういう事なんだと思った。

 伝える為に書いたのじゃなければ、中身は林檎では無いのだろう。もちろん断定できるわけじゃ無い。

 

「そうだね。僕が答える立場だとしても、きっと分からないと答えたと思うよ。林檎と書いてた理由は幾らでも説明できるしね、元々林檎が入ってたダンボールを他に再利用したのかもしれない」

 

「でも、中に林檎が入ってる可能性はまだ残ってるんだ。どこかのうっかりさんが上下逆に置いたのかもしれないしね」

 

「実のところ、この問題に答えはないんだ。答えは『分からない』でも『林檎』でもいい、大穴狙って蜜柑とか言ってもやっぱそれは正解なんだ」

 

 それじゃどうしてこの問題を出したのか。首を傾げる自分を眺めながら、彼女はニヤリと笑った。

 

「結局、人は観たいように観てしまう。林檎の文字を見た瞬間、中身もそうだと信じて疑わない人もいる。それは悪い事じゃ無い、だからこそ気をつけなきゃいけないんだ」

 

「勘違いする生き物なんだ、それはもう変わらない。人は完璧じゃ無いし、すべてを拾う事が出来るはずがない」

 

「玲は、なんでこの話をしたのか全く分かってないでしょ?」

 

 自分が何か勘違いしてとんでもない失敗をしたんじゃないか、そう尋ねながら思い返すも特にやらかした記憶はなく、渚はゆるゆると首を横に振った。

 

「いやいや、玲が勘違いすると疑ってる訳じゃないよ。むしろ勘違いさせる側だろうね。『らしい』行動を取ってしまうから。まあ、なればこそ、なんだろうけど」

 

 

 

 その話を、赤坂さんの前に来るとよく思い出すのだ。赤坂さんはある意味で正鵠を射ていたけれども、それは自分の一端でしか無く、思い描く想像と現実は、今だに遠い。

 

 まあ赤坂さんに限らず、やはり人は勘違いしていく生き物であるが故に、本質と少しずれた印象を抱くのだろう。自分も、赤坂さんや渚に抱いているイメージが本質そのままかは分からない。

 

 でも、少なくとも自分は、期待に応えたいと思ってしまうのだ。たとえそれが無理だとしても、きっとそれが渚の言う『らしい』行動なのだろう。

 

 渚は自分に「仲のいい友人」を超える価値観を見いだしていないし、だからこそ自分はその期待に添えるように動く。きっとそれは、全て崩れるその時までずっと変わらないだろう。

 

 じゃあ、赤坂さんは自分に何を見て、何を期待しているのだろう。「張り合える相手」を探しているのか、はたまた「退屈な日常を破壊してくれる人」か。

 

 どちらにしろもっと適役が居るだろうと思うし、尚更自分の何を見たのかが気になるところではあるけれど、まだ赤坂さんに詳しいことは聞けないまま。

 

 そんなこんなで気がつけば6月の半ばである。

 

 ●

 

「というわけでさ、舞さんに自分の長所を考えて欲しいんだよね」

「前後の話の筋が全くわからないんだけど」

 

 机の上に広げられた参考書から顔を上げて、彼女はこちらに胡乱げな視線を向けてきた。渚は用事があると先に帰ってしまっていた。故に今現在、部室に自分と赤坂さんの二人っきりである。

 

 机の対岸にて休むまもなく動くペン先を眺めている間に、暇つぶしに何となく話の種を思いついて、思いつくまま口を開いたのだから、そんな目で見られるのもまあ無理もないことだろう。

 勉強の邪魔をしないでほしいと言われなかっただけ、マシというものだ。

 

 何はともあれ長所の話である。

 赤坂さんが自分に何かを見つけているのならば、きっと自分の知らない長所も見つけているかもしれないし、だからこそ張り合える相手として自分を選んだのかもしれない。

 

 自分の長所を見つけるのが苦手なのだ。一つ挙げるとするなら間違いなく記憶力ではあるけれど、それ以外に自信はあるものはない。記憶力に関しても唯一無二ではあるけれど、それが無ければ困るということもない。

 渚は他人とのコミュニケーション能力が抜群に上手いし、赤坂さんは学力がずば抜けてるという点で部内3人の中ではなんとなく見劣りするように思える、というか自分がそう思っている。

 

「いやさ、履歴書とか自分の長所を書くところがあるじゃん?でもそういうのってなかなか思いつかないものだからさ、他人に考えてもらおうと思って」

「……バイトでもしたいの?」

「いや、別にそんな気はないけどね」

 

 よかった、と彼女はため息をついた。

 

「てっきりバイトして勉強の時間を削っても、私程度なら勝てると挑発されたのかと思ったわ」

「してもしてなくても、赤坂さんの方が勝つと思うけどなぁ」

「……どうかしら」

 

 赤坂さんの自分に対する評価が高すぎて思わず苦笑する、彼女の中で自分はどんな存在になってるというのか。

 

「長所、長所ね。私はあまり貴女のこと知らないから、あの人に聞いた方がいいんじゃないの?」

「それはそうだけどさ、今は舞さんしか居ないじゃん?」

「そうね……」

 

 彼女は考えを纏めようとしたのか、目を閉じた。思わずぼんやりと見惚れるほど、綺麗に整った顔。

 しばらくして「優しいところ、かしら」と、彼女は言った。

 

「わあ、ふわふわ〜」

 

 そんな曖昧な、誰にでも言える言葉じゃないかと笑う。けれども、そんな自分のことなんて意に介すことなく再び彼女はペンを取り直した。

 

「……本当に、残酷なくらい」

「じゃあ、舞さんは優しくしない方がいいの?」

「どうでもいいわ、約束さえ守ってくれるのなら」

 

 部活に入ってもらう為にした、あの約束。

 

 再び勉強し始めた赤坂さんから目を逸らして窓の外を眺める。空は曇り模様。きっともう直ぐ梅雨が来る、日の差さない季節が来る、そんな気がした。


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