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佐々木 玲は他人に言えない秘密を抱えて生きている。秘密を隠して、平凡な人間を装って生きている。
つまりは四六時中嘘をついて生きているわけだけれども、だからといって、嘘が上手くなるわけでもない。
ただ単純にそういう役回りを演じるだけだ。そこらへんにいる平凡な女子を装うだけ。そうしていれば疑われることはない。
人は他人に自分の思ったような虚像を被せてしまう生き物だから、見たいように他人を見てしまう。
第一印象で普通の女の子だと思わせてしまえば、その行動予測から外れなければ、何かおかしいなんて思われないものだ。そして赤坂さんのような例外でもなければ、誰がみても、どっからどうみても自分は平々凡々な女の子を演じきれていたはずだ。
そして、疑われなければ嘘をつく必要もない。嘘をつかなければ、バレる心配は必要はない。
そもそもの話で今も昔も自分は嘘をつくのが苦手な生き物であった。嘘をつく必要がなければ、嘘をうまくつく方法もいらないのだ。
きっとそれはいいことなのだろうけれども、そういう上手な生き方を知っておくべきだったのかもしれない、たまにそんなことを思うのだ。
あまりに自分は偽ることが下手だった。
普通の女の子ならこういう行動をするとわかったとしても、『自分ならこういう行動をする』という事を分かっちゃ居なかった。
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休み時間。騒がしい教室の中で自分はとくにやることもなく、自分の席に留まっていた。ただただぼんやりと、頬杖をついて渚のことを目で追うばかり。
当の渚はといえばクラスメイトと何かについて話している。その会話に混ざりに行く気力もなく、ただ自分がどうするかを決めあぐねていた。
選択肢は二つ。違和感の正体を暴いて解決するか、赤坂さんのいう通りに話に触れる事なく、いつか時間が解決する事を期待して待つか。
いまのところ、自分には犬飼君の言うような違和感がわからない。だから、動かない。違和感に気付いた時に動けばいいんじゃないか、そんな気もする。
本当にそうだろうか?
単刀直入にズバッと切り込むのが手っ取り早いのはわかる。でもそのための勇気がない、せめてそう決断させるほどの根拠が欲しかった。
本当に根拠があれば聞きに行けただろうか?
たとえば赤坂さんを部活に勧誘した直後の自分なら、あっさりと聞きに行けたに違いない。でも、いまの自分はそうすることができなかった。
だって、自信がないから。
自分ならなんでもやれる、そんな根拠のない自信が今は存在しないから。
その自信がハリボテだったことに気付かなければよかったのに、犬飼君に言われる前に違和感に気がつければよかったのに。気が付いていれば考えなしに聞いていたかもしれない、同じぐらいの確率で気のせいだと流したかもしれないけれど。
考えすぎだとはわかっていても、ひたすらに気持ちは落ち込んでいく。あまりよろしくない兆候。
「なーに考え込んでるの?」
だから渚とクラスメイトの会話がとっくに終わってることにも、彼女が自分の様子に気づいて自分の目の前にやってきたことにも、話しかけられるまで気づけなかった。
「……なんでもない、秘密」
我ながら不機嫌そうな声が出てしまった。
渚がいつものように前の席に腰掛けて、心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。やっぱり違和感はなく、いつもと同じようにしか思えない。
自分の返事が悪かったのか、どちらも話し始める事なく、気まずい時間。
こういう時は責任を取って自分から話し始めるしかない。問題は、話の種が何も思いつかないことだった。
いつもこういう時、どういう話をしていたのか思い浮かばない。なんでもない、たわいもない話をしていたはずなのだ、どうでもいいくだらない会話をしていたはずだった。
どんな話をしていたかは覚えてはいるのだ。
それでも、どうしようもなく、なんでもない話の仕方が分からない。『重症ですね』と、どこか他人事のように心の中で呟く。
全部を放棄して腕を枕にして顔を伏せる。
会話からの逃走、そうすれば渚も何処かへ行ってくれるんじゃないかと期待していた。
話せるなら話したい、決して会話をするということが嫌いなわけではないのだ。それも渚とのものであれば尚更。
でも今はきっとダメなのだ、何も気にする必要がないのかもしれにけれど、自分にはダメだった。
だから少なくとも1日、1日さえあれば、きっと自分も元どおりになれるはずだから。
けれども、渚が席を立つ音は聞こえずに、代わりに頭を優しく撫でられる感触がした。
「…多分、季節が悪いと思うんだ」
自然と口が動いていた、出てきたのは文句の言えないものに責任転換する言葉で、我ながら情けないなとは思ったけれども、きっとこれでいい気がした。
「中途半端な季節が悪いと思うんだ。微妙に高い気温に、まとわり付くような湿気も全部ひっくるめて。例外もあるにはあって、雨の音は好きだけどさ、雨の中を行ったり来たり含めるとやっぱり雨も嫌い」
「じゃあ、好きな季節は?」
「冬が好き。自分が、世界で1人っきりだと思えるから、世界で1番不幸だと思い込めるから」
悪循環。それでも、ようやく自分は顔をあげた。
「なんてね、冬は好きってのはあってるけどその理由は嘘。夏と違って厚着しとけば寒さを防げるから、春と秋は中途半端だから嫌い、ただそれだけの理由なんだけどね」
ようやく向き合って、渚が興味深そうな視線を向けていることに気づいた。ちょっとの間、しばらくしてなんともなしに彼女は尋ねてくる。
「何か隠し事してる?」
「なんで?」
「そういうってことは、やっぱりなにかあったんだ」
そんな質問を出す理由を聞いただけなのに、ただ彼女は納得したとうなづくばかりだった。
何もない、そう答えればよかったのかもしれない。それでも自分は嘘をつくのが苦手だから、嘘をつくより何も言わないほうがいいと思ってしまったから。
だからこそ、読まれたのかもしれない。何もないなら何もないというはずだと、何かあるならそう聞く理由を知ろうとすると。
まあ十中八九自分の様子を見て鎌をかけただけだろうけれども、それにあっさり引っかかってしまう自分も自分だった。
隠し事をするのに、あまりにも向いてない。
「話を聞いて欲しいならいつでも聞くよ?」
聞いてしまうチャンスだった、たった一言尋ねてしまえば終わる話だった。
「……なにも、ない」
それでも、自分は聞くことが出来なかった。
後に回して、その後回しを延々と繰り返すことになるのだろう。知らなくていい、きっと時間が解決してくれる。
もしかしたらそんな事ないのかもしれないけれども、きっと後からでも取り返しが付くだろう。
そう、思うことにした。
「なら、いいけど」
自分は何をやっているんだろう。
渚が困ったように笑う後ろで、授業の開始より一足早く、教師がゆらりと教卓へ近付いていた。
クラスメイトが会話を切り上げ、各々の席へと戻っていく。彼女も例にもれずに、占拠していた椅子からゆっくりと立ち上がった。
「まあ元気だしなよ、ボクはなにもできないけど」
渚からしてみれば、そう言う言葉しか残せないだろう。全てを突っぱねたのは自分だ、何も悪いことじゃない。
でも、それで会話を終えるのは嫌だった。
後味が悪い、そう言い表すのが正しいかは分からないけれども、せめて何かを繋ぎとめるために、言葉を投げ掛ける。
「今週の土日、暇?」
「多分暇だけど」
自分がずるい事をしてるとちゃんと分かっていた。多分、彼女は断らないだろう。そういった優しさに漬け込むことがずるいってことも、ちゃんとわかっていた。
「じゃあさ、どこかに遊びに行かない? 適当な服選びでも映画でも、なんでもいいからさ」
渚がどう答えるかなんて、わかりきっていた。
ただ彼女は頷いて、それに合わせるように授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。