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高校生という身分には制限が色々あるけれども、良い点も色々ある。そのうち一つを例として挙げるのならば、映画を見るのにも学割が効くということだ。
映画一本ぴったり1000円、500円の割引というものは中々でかいものである。まあ、ポップコーンのペアセットを一つ買うだけで吹っ飛んでしまうのだけれども。
それにしても中々良い値段をしてるポップコーンである。コンビニとかスーパーで一袋100円とちょっとで売ってるものと本当に違いがあるのだろうか。
もしかしたら無いのかもしれないし、自分が鈍いだけでわかる人にはわかる違いがあるのかもしれない。
まあ違いがあったとしてそれを自分が理解したとしても、多分、間違いなく、ポップコーンと飲み物の値段はやっぱり高いなぁと思うに違いない。
まあ、映画館の利益が売店の利益がデカいというのも有名な話だし、わざわざルールに背いてまで持ち込みをする気にはならない。罪悪感を背負いながら映画を見たくもないという理由。それに、渚にケチだなぁとか思われたくはなかった。
好きな人になるべく駄目なところを見せたくないというのは、きっと誰だって同じことだろうから。
スクリーンに映し出された映画から目を逸らして、渚と自分の間に置かれたポップコーンと彼女のドリンクを見やる。ちょっとだけ飲んでもバレないだろうか、そんなアホな考えが一瞬だけ脳裏に浮かんだ。
それを実行へと移すことは無い。多分バレないだろうけど、理性とリスクが歯止めを掛けてくれていた。
大人しくポップコーンを口へと運ぶ。音を立てないように食んだそれは、やっぱり至って普通のバター醤油味のものでしかなかった。
スクリーンにはバス停で雨宿りするシーンが映されている。
見てる映画は1つ前に大ヒットを飛ばしたアニメ映画監督の最新作だった。アニメだと雨のシーンが映えやすいのは分かるし、多分その監督も雨のシーンを描くのが好きなのだろう。よく雨が降っている映画だった。
隣の渚の様子を伺う。行儀良く帽子を取り、代わりに眼鏡を付けていた。貴重な姿ではあるし、眼鏡姿も良く似合っていた。そもそも彼女が眼鏡を付けていると言う話を聞いた事がないのだけれども。
視力が落ちたのだろうか?
あとで会話の種にしようと思いつつ、暫く横顔を眺めていた。
こちらが見つめていることに一向に気づく気配は無かった。こんなことなら視線に力を込める方法とか、知っていれば良かったのに。
そしたらきっとこちらを向いてくれるだろうし。
映画を見てる途中に隣の友人の様子を伺ってみたら偶然視線がかち合うとか、そういうラブコメの王道展開を期待していた。
自分も映画を見よう、心の中で溜息を吐きつつ前を向く。
期待薄なことを祈るより、ドリンクを強奪して間接キスを狙う方が現実的なことに気付いてしまったから。
そして、自分がそれを実行する勇気を持ち合わせていない事も当然知っている。
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「眼鏡?」
「ほら、今はつけてないけど映画を見る時に付けてたでしょ」
フードコートは土日という事もあり混雑はしていたけれど、2人用のテーブルを見つけて昼食を取ってる最中である。自分はチーズバーガーのセット、対面に座る渚はうどんを食べていた。
映画を見てる最中とうってかわって何事も無かったかのように、彼女は眼鏡を外している。
「前にも言ってなかったっけ? 最近視力が少しだけ落ちちゃったって話」
「いや全然、かけらも聞いたことがないけど」
そうだっけと言いつつ、渚は鞄から眼鏡ケースを取り出してこちらに手渡してきた。
渡してきたと言うことは多分そういうことなのだろう。試しに掛けてみると、伊達眼鏡ではなく確かに度が薄く入ったレンズのようである。
「掛けなくてもまあ日常生活は困らないんだけどね、映画を見るときだけ付けるようにしてるんだ」
「この眼鏡、4DX対応とかしてたりとか……」
「無いよ、そんな機能」
眼鏡代とばかりに勝手にポテトを持っていくが、ポテトとうどんと組み合わせとか美味しいのだろうか?
ジャガイモだし、あげてるし、コロッケそばと共通点は多いように思えるから普通に食べれるのかも知れない。
「フライドポテトそばってものが世の中にはあるらしいね、ボクは食べたことないけど」
「本当にあるんだ……」
もしかして心を読まれてるのだろうか?
まじまじと渚の顔を見つめるが、視線の意図が分からないのか彼女はキョトンと首を傾げていた。
「そのうちコンタクトに切り替えたりするの?」
「ずっと先の事だからわからないけど、眼鏡で済むなら眼鏡で良いかな」
だってほら、眼鏡姿が似合うでしょ。
そう自信満々に言いつつ眼鏡ケースを仕舞い込んでいるが、実際事実なので特になにも言い返せない。
「でも、眼鏡を掛けたら見たいものしか見れなくなるよ」
「眼鏡かけてた事ないでしょ、君」
無いといえば無いし、有るといえば有るのだけれども。
それを説明出来るかといったら出来ない訳で、適当にそれっぽい事を言って話を誤魔化すことしかできない。
「眼鏡を掛けると頭が良くなる代わりに視界が狭くなるからね」
「そう、なら玲も眼鏡3個ぐらい付けたほうがいいかもね」
「なんも見えなくなっちゃうよ」
視野狭窄を超えて視野盲目ではなかろうか。
ほんの少し会話に間が開いた、席を求めて右往左往する客を横目にチーズバーガーを一口頬張った。食べるのが早いのか、そもそも元々の量が少なかったのか、気づけば渚はもう既に食べ終えていた。
この後の予定は食べ終わった後に少し休憩して、もう一つ映画を見る予定だった。まだ時間に余裕はあるから焦る必要はないのだけれども、なにを言われずとも、対面に食べ終えた人がいるとなんとなく急かされているような気持ちになるのは自分だけだろうか?
「……でもさ、本当に頭がよくなるならさ、それぐらい試さなきゃいけないんじゃない? だって期末テストで赤坂さんに勝たなきゃいけないんでしょ?」
不意に渚が切り出した言葉はあまりにも突拍子なもので、だからこそ理由付けの方の違和感に遅れてしまった。
「……いやいや、自分が赤坂さんにテストで勝てるはずないって」
そう口にしたところで、ようやく違和感に気付いた。
『期末テストで赤坂さんに勝たなきゃいけない』、これは確かに事実ではある。
でも、それを渚に伝えたことがあっただろうか?
赤坂さんが部活に入る条件を伝えた事は今まであったか?
彼女は悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべていた。
「いやほんと、玲のリアクションは面白いね。予想通りのリアクションすぎて良い、ずっと変わらないでいて欲しいぐらいだよ」
「……どうも」
なんとなく馬鹿にされてるような気はするが、それはそれとして。
「なんで知ってるかを知りたい? 単純に赤坂さんに聞いただけだよ、どうして部活に入ってくれたのかって」
いやめちゃくちゃな条件をつけてくるよね、赤坂さんも。
そう言いながらも渚はポテトを奪っていた。だいぶ取られている気がするし、そろそろ止めたいのだけれども、なんとなく渚の機嫌が悪そうで止められなかった。
あいも変わらず笑ってはいるのだけれども、何故か叱られている気分。
藪を突くようなものだけれども、探りをいれずにはいられない。
「……もしかして怒ってます?」
「いや全然!」
そう言いながらも、彼女はとうとう箱ごとポテトを持っていった。
残ったのはほぼ食べ終わったチーズバーガーとそこそこ残ったコーラ。取り敢えずチーズバーガーの最後の一口を口に放り込み、飲み物で流し込む。
多分ある種の形にははまってるのだろうけれども、それを脱出する案も、それを解体する方法も分からないのだから、渚の動きを待つしかないという結論。
案の定自分が食べ終わるとほぼ同時に、それを待っていたかのように渚は口を開いた。
「じゃあボクが怒ってる理由を当ててもらおうかな」
「やっぱり怒ってるじゃん」
「怒ってないよ、本当だよ」
やっぱり怒ってるじゃんと、喉まで出掛かった言葉をひとまず飲み込む。真っ直ぐにこちらを見据えた視線に気付いたから。彼女はどうやら真面目に聞いているらしい、と。
ならばと、目を閉じて考える。
答えを外したとしても死ぬ訳じゃ無いけれど、出したからには考えれば自分でも分かるような問題なのだろう。
そして、分かるような問題だと言う事は答える事も期待されてるのだ。答えを求めてると言う事は、自分にちゃんと考えて欲しいってことだろうから。
パッと思いつく答えは幾つかある。
例えば、赤坂さんが部活に入る事に条件があった事、その条件が到底不可能な事、条件を破られたら赤坂さんが抜ける事。それらのことを渚が知らなかった事。
それらの予想から一つに絞ることが出来るかと言われたら、まあ今は無理な話なのだけれども。
自分の予想を全て纏めていってしまうのも一つの手なのかもしれない。実際全部が答えなのかもしれないけれど、なんとなく腑に落ちない。
本当にそんな問題だろうか、そして当てずっぽうで当てて自分は良いのか? 思考放棄は良くない、最終手段としてならともかく、まだ考える時間はあるし答えを急かされている訳ではないのだから。
考える、考える。
渚の言葉通りに彼女が本当に怒ってないとするのならば、どうだろうか。単純に嫌だったから、それを聞いてるのだとすれば。
目を開けると渚が口にポテトを詰め込んでいる最中だった、容赦なく食べている最中。目を閉じていた時間はそこまで長くないのに、もうだいぶ無くなってるように見えた。
自分のために残してくれてるとか、期待しないでおこう。
「……赤坂さんを部活に勧誘した時に条件をつけて、それを渚に伝えなかった事です」
「はい、大正解」
消去法的に出した答えはどうやら正解だったらしい。本当に祝ってるのかわからない適当な拍手を他所に、思わずため息をつく。
自分が渚だったらどれが一番嫌だろうかという想定。
条件がある事も、それに付随する事も、所詮他人事に過ぎない。
でも、それを意図的に隠していたなら?
そして隠されている事に気付いたのならば。
自分なら嫌な気持ちになる、多分渚もそうだろう。
今出した答えすら卑怯なものだ。言わなかったじゃなくて隠してたんだろう、でもそれを渚は指摘しなかった。
「別にね、どういう条件があっても良いし、勝ち目の無い勝負だって良いし、また部員を探すことになっても良いんだよ。でもボクにも相談してほしかったとは思うんだよね」
「おっしゃる通りです……」
強奪されたポテトの箱をこちらに返してくる。重みはない、当然のように空っぽの残骸である。少しぐらい残してほしかったという気持ちもあるけれど、致し方のない犠牲だと諦めるのは簡単だった。
まあそれはそれとしてじーっと責めるような視線は送るのだけれども、こちらの視線をスルーして渚は言葉を繋いだ。
「まあ、良いよ。ボクは許す。相談しなかったって事は相談しないだけの理由があったんだろうし、それを玲が言いたくないなら無理強いはしない」
でも、と渚はそこで言葉を一旦区切った。
「……なんで玲が勝負の相手なんだろうね?」
心底不思議そうに、彼女はそう言った。