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自分から告白することもなく、状況を変えようともせずに変わらない日々を享受している自分が、恋愛弱者に当てはまるのはきっと確かなことなんだろうけれども、そう考えた時に自分が恋愛強者になる為に必要なことは何なのだろうか、そもそも恋愛強者の基準は何なのだろうか。
恋を成就させる事ができる人間のことを言うのだろうか?
それとも自分の恋愛の為に強く動ける人間のことを言うのだろうか?
適当にスマホで検索してもよくわからなかったから、まあ好きなように捉えて、勝手に使って良いのかもしれない。
おそらく、恋愛強者という言葉は褒め言葉の部類に入るだろうし、きっと大体の場面で怒られることはないだろう。
でも、自分が彼女にその言葉を使ったら物凄く怒られることは間違いなかった。時と場合によってはただの皮肉にしかならない言葉であり、実際自分が使ったのならばそういうシチュエーションに当たるものであるだろうから。
ただ、自分が彼女を説明するなら『恋愛強者』という言葉が1番しっくりとくるのは間違いない。だって、自分の恋愛の為に能動的に動ける人は無条件に尊敬してしまう性質だから。
渚は彼女のことをつむじ風と称していた。自分のために動くからこそ周りを掻き乱す、去っていく。台風というには弱すぎて、そよ風というには無視できないほどの強さ、自分もその表現でなんとなくちょうど良い感じはある。
悪意を向けてくる人に対しては悪意を返すのが普通だし、自分は聖人ではないからそれは変わらない。彼女はきっと自分の事を嫌いだろう、でも、どうしても自分は彼女のことを嫌いになれなかった。
その気持ちがわかってしまうからかもしれないし、崇拝とまではいかないけれど、彼女に対して尊敬や憧れを抱いてるからかもしれない。
彼女は至って普通の女子高生だった。
入学して早々ある先輩に一目惚れして、その先輩が入っている部活に入り、恋は電撃戦とばかりに告白し、あっさりと玉砕する。
行動力があったから恋は絶対に叶うなんて言えないのだ、もしかしたらある程度関係を積み重ねていたら結果は違ったかもしれない。
でも先輩には想い人が居た、要するに叶わない恋だった。
それでも彼女は健気に部活へと足を運び、機を窺っていた。一度振られた程度では諦めない。既に敗北してはいるけれども、その行動は弱者とは言い難いものだった。
まさに恋愛強者というに相応しい人物ではある、なんとなく物語の主人公っぽいキャラクターでもある。でもまあ、ここまでの話だけならば自分と縁も遠く、何も起こらなかったに違いない。
同じ学校に行ってるとはいえ、学年も違うし部活も違う後輩なんて早々関わりを持てるはずがない。だから、そのまま何事も無ければ交わるはずのなかった線だった。
そう、何事も無ければ。
もしも、たった1枚の写真がなければ。
もしも、彼女がそれを目にする事がなければ。
もしも、そして彼女が想像を飛躍させていなかったのならば。
そう言った『もしも』をくぐり抜けたのは偶然か、はたまた必然か。まあどちらにしても起こってしまったことは仕方がない。
彼女は部室の扉を叩いた、それが結果なのだから。
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冬至と比べて夏至が地味な印象を覚えるのは、自分が思うに季節が悪いからな気がした。
その時期はよく雨が降る季節であるから、1番日が長いという恩恵すらも印象が薄いものになってしまうのだろう。
だから毎年夏至は必ず晴れる日という決まりがあったのならば、きっと祝日にでもなっていたに違いないと思う。
まあ、所詮絵空事にしかすぎないのだけれども。
じゃあそんな空想に関係なく冬至にゆず湯に入る風習があるのは、はたして何故だろうか?
多分、1番夜が長い日というのが昔はあまり良くない事だったからだろう。人は良いことより悪いことの方に注目するから、それを乗り切る為にある種のおまじないが必要だったのかもしれない。
小さい幸福を自覚無しに享受して、小さい不幸に必要以上に気を取られるのはなんとなく、それっぽいような気がした。
そんなことを考えながら歩く放課後のこと、今日も今日とて部室を開けるのは自分の役目である。
渚はやっぱり今日も来ないらしい、一緒に遊びに行って何かが変わることに期待してはいたけれども、週明け初日の月曜日は何も変わってないように思えた。
まあやれることはやったと思っているし、許すという言葉が出たからにはきっと自分がやったことは間違ってないはず、多分。
だからやっぱり、赤坂さんが言った通りに果報は寝て待てということなのかもしれない。いつかは渚も部室にやって来てくれるだろうし、その時の為にも自分が部室を開けて置かなきゃいけない。
それがいつかはわからないけれども。渚は来なくても、少なくとも赤坂さんは来るのだから。
まあ渚がやって来ないと、この部活が何部なのか忘れ去られそうな有様なのだが。とりあえず部活は続いていくのは良いことなのだけれども、健全な部活動とは程遠い気がした。
そんなことを考えてながら廊下を歩いていると、今自分が向かっている最中の部室の前で誰かが待っているのが見えた。
恐らく後輩だろうか、少なくとも見覚えのない人物だった。いつもならば赤坂さんが部室の扉が開くのを待っているのだけれども、彼女の姿はどこにもない。
部室の前に居るのだから、結構高い確率で部活に興味があるのだろうけれども、あまりに新入部員に縁がないものだから半信半疑である。どちらかと言えば、また生徒会から何か突っ込まれるのかもしれない。
まあ、その時は野田さんが来るような気がするけれども。
そう考えるとやっぱり新入部員だろうか?
そんなことを考えていると、足音に気づいたのか彼女の視線が此方に向けられた。ポニーテールに纏められた髪が揺れている。
なんとなく気が強そうだ、そんな第一印象。
「赤坂さんって人から伝言です。今日は先に帰る、だそうです」
「ありがと、もしかして手品部に用があったりする?」
「……無ければこんな所で待っていませんけど」
それはそうなのだけれども。
返す言葉もなく苦笑い。こういう時こそ部長の渚の出番なのだが、今日はいない事が確定してしまっている。
扉を開けると自分に続いて彼女も入ってきた。
とりあえず自分はいつもの席につき、入口に突っ立っていた彼女とも席に着くように勧める。彼女は自分と反対側の席へ着いた、いつも赤坂さんが使ってる場所である。
どちらも何も喋らない気まずい空間。名前も知らない後輩、本当に後輩かもわからないけれども、とにかく彼女は黙りこくったままだった。
当然といえば当然か、彼女にとってここはアウェーなのだから。ワンオンワンとはいえやりにくい場所には違いない。
そうなると、まず自分が何かきっかけを作らなければいけないのだろう。自分が部長ではないとはいえ、本職ではないとはいえ。
この場に渚がいたのなら、どう振舞っただろうか。
「……とりあえず自己紹介からしようか、私は佐々木 玲」
「1年のたかなしかずさです、高い梨の方じゃなくて」
そう言いながらどこからか取り出した手帳に、小鳥遊 一沙とすらすらと綺麗な字で書いた。
佐々木なんてありふれた名字よりずっと羨ましいと思ったけれども、鷹がいないから小鳥が遊べて小鳥遊だと、心底つまらなそうに彼女は語った。
まるで価値がないかのように、まあ自分の名前に頓着してない人からすればそんなものなのかもしれない。
「それで、小鳥遊さんは新入部員として来てくれたのかな?」
「そうなんですけど、私はもう部活に入ってるんで」
「じゃあ今入ってる部活を辞めて、代わりに手品部に入るってこと?」
手品部に入る意味なんてないような気がするが。
1ミリたりとも手品部を擁護出来ずに、真っ先にそう思ってしまうぐらい意味は無い。
そもそもの話、既に入ってる3人。つまりは渚と自分と赤坂さんのことだけれども、3人とも手品を目的として部活に入ってるようには思えなかった。
もしかしたら渚は心の底から手品がやりたくて仕方がないかもしれないけれど、少なくとも自分と赤坂さんは別だ。自分は渚がいるからこそ部活に入ってるし、赤坂さんは自分がいるからこそ部活に入ってくれている。
じゃあ小鳥遊さんはなんで部活に入るのかと考えるが、彼女の次の言葉を聞いて自分はさらに首を傾げた。
「いえ、私は兼部したいんですよ」
「……兼部」
思わず反復してしまった。
兼部なんてシステムがこの高校にそもそもあるのかは知らないが。本当に存在していたのならば、廃部の危機なんてもんは一瞬で解消していたので、やっぱり無いような気がする。
あったとしても1番の疑問は残る。
手品部にわざわざ兼部してまで入る意味があるのか?
「多分大丈夫だと思うけど。兼部するにしてもここはそんなに手品部らしいことしないよ?」
「ここに来ていいならそれで良いんですよ、私はね」
薄々考えていた嫌な予感が鎌首をもたげていた。しかしながら臆病な自分にはそれを直視する勇気はなかったから、自分は深入りすることを避けた。知らない方がいいこともある、これも多分そうだろう。
「……まあ部長に聞いてみてどうかって感じになると思うけど、兼部できるかどうかはわかんないや」
「そうですか」
嘘である、渚なら恐らく許可するだろうと予想はついていた。
ほんの少しの抵抗。自分がここでダメと言ってしまえばそれで終わるのだろうけれども、そこまで意地悪にはなれないから。
もしかしたら渚が断ってくれるんじゃないかと淡い期待もある、でも彼女は断らないだろう。ほんの少しの時間稼ぎにしかならないだろう。
「また、明日の放課後に来ます」
話は終わったとばかりに彼女はそそくさと立ち去ろうとしていた。
冷たい対応をしたという罪悪感があった。行動が早く既に扉に手をかけていた彼女に向けて思わず声を掛けたのは、そんな負い目を感じていたからだろう。
「小鳥遊さんはさ、どこの部活と兼部しようとしてるの?」
「……新聞部ですよ」
それっきりである。
彼女に会話を続ける意思はなく、部室にピシャリと扉を閉める音が響いたのも、きっと自分が悪い訳ではないだろう。
彼女が会いたかったのは自分じゃないだろうから。
でも、なんとなく一つだけわかったことがある。
自分が部長に向いてないのはきっと事実だ。
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