叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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30 放課後、部室、赤坂さん

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 部室に一人取り残されたところで特にやらなきゃいけないことがある訳でもなく、自分が今やれることといえば、2度あることは3度あるとばかりにとても貴重新入部員がやって来るのを待ちぼうけするぐらい。

 要するに暇な時間、何をやってもいい時間。

 まあだからといってやりたいことも無いのだけれども。

 

 赤坂さんがくれば少しはやりようのだけれど、その赤坂さんはと言えば帰ると伝言を残していた。めんどくさいから逃げただけに違いない、九分九厘の確率で。

 文句の一つでも送っといてやろうとスマホを取り出すと、当の彼女からメッセージが届いていた。

 

『終わったら呼んで』

 

 本当に逃げてただけなのか、呆れてため息を吐く。

 そもそもの話、自分がこれを読まないで帰ってたらどうするつもりだったのか。多分、明日来た時に怒られたに違いない、こちらに非があるとは思えないけれど。

 

『終わったよ』、そう送信して待つことしばし。

 何事もなかったかのようにしれっとした顔で赤坂さんはやってきた。先程小鳥遊さんが座っていた席、つまりはいつもの席、自分と反対側を陣取っている。

 こちらの非難する視線を無視して、いつものように勉強道具を広げてるあたり、やはり彼女のメンタルの強さは尋常ではない。

 

「……逃げた?」

「私に用がある訳でも無さそうだし、それなら適役に任せるべきでしょ?」

「別に逃げる必要もないでしょ、赤坂さんのそういうところ良くないと思うな」

「善処するわ」

 

 全くやる気のなさそうな返事である。

 良くも悪くも赤坂さんは変わらないままだ。空気が読めない訳ではなく、逆に読んでしまうからこそ、それに合わせて行動しているような気がしていた。小鳥遊さんが自分に用がないと分かったからこそ、彼女は席を外す。

 

「映画もさ、舞さんも来ればよかったのに」

「邪魔になるだけでしょ、それに用事があったのは本当の事だし」

「どうせ舞さんのやることといったら勉強でしょ」

「……」

 

 沈黙である、そういうところで嘘がつけないのも赤坂さんらしい。

 部室に赤坂さんが筆を走らせる音が静かに響いていた。心地良い音、ずっと昔には、それを聞きながら眠りそうになることが良くあった。

 でもその音で眠ることはなかった。だって寝るということは手を止めるということだから、つまりはその音が消えた時だから。

 手を動かしてる限りはそうそう眠れないことを知っている、あの寒い部屋で得た教訓の一つである。

 もう一つは白熱電球は割と暖かいということ、テーブルライトの鉄製のカバーはクレヨンを溶かせるぐらい熱くなるということ。

 

 それ以外にもたくさんの事があったはずなのに、パッと思い出せるのがそれぐらいなのは果たして良い事なのだろうか。

 昔のことを思い返しながら筆の音に耳を傾けていると、不意に欠伸が込み上げてきた。本格的な眠気、欠伸を噛み殺しつつ眠気を覚まそうと無理やり口を開いた。

 

「……手品部と新聞部の兼部するほどの価値があるとは思わないけどさ、舞さんはどうしてあの1年生がここに来たんだと思う?」

「別に、聞かなくても貴方は分かってるでしょ」

「赤坂さんの予想が聞きたいなーって思ってさ、駄目かな」

 

 手を合わせて頼み込めば、心底嫌そうな顔を浮かべながらも問題集から此方へ向き直らせることには成功した。

 

「用がある人がいるからでしょ、私と同じように」

「そんな要因でぽんぽん人が来るなら閑古鳥が鳴くこともないと思うけど」

「逆に、手品部にそんな価値があると思ってるの?」

「それはちょっと失礼じゃない?」

「自分でも手品部に兼部する価値はないって言ったばかりでしょ」

 

 確かに言っていた、これは失策。

 入る価値のない部活に兼部しようとしてやって来る後輩、どうにもこうにも不穏な予感しかしない。

 

「まあ、もっと単純な話なのかも」

「と、いうと?」

「前に同じ人がいたからこの人も同じだろうっていう先入観ってこと。そんなにあり得ないと思うのなら、本当に違うのかも知れない」

 

 例えば、シンプルに他の部活を探してるのかも知れない。

 そう彼女は語った。

 

「どの部活でも良いからこの部活を選んだ、そういう人が来たってこと」

「なるほど……?」

 

 あまりよくわからないけれど、なんとなく適当に頷く。

 自分は渚がいるからこの部活だし、赤坂さんは自分が居るからこそこの部活ではあるけれど、世の中そう複雑に考える人ばかりじゃないのかも知れないと言うことだろうか。

 例えば人間関係を拡げるために部活に入るとか、友達が欲しいから部活に入るとか、そんな単純な理由ということか?

 

 自分が小鳥遊さんだと仮定しよう。

 1年生、夏休み前、私は新聞部に入っている。少しの考えの飛躍、彼女は気が強そうだったし、そういう意味で馴染めなかったのかも知れないと失礼な空想を浮かべた。みんながそれぞれの部活に馴染み始めた頃、1人馴染めなかったとしたら。

 

 まあ、苦痛だろう。自分ならば部活を辞めて帰宅部になってるかも知れない。ただ彼女が帰宅部ではなく、他の部活に入るという選択をしたのなら。

 

 運動部には入るには遅すぎて、文化部なら既に関係が出来ているところに遅れて入り込むより、そもそも新聞部に留まればいいんじゃないか。

 留まれないということは人間関係の問題もあるのかも知れない、そこで失敗したから他に手を広げるとか。

 

 そう考えると手品部はちょうどいい緩さな気がした。

 入る価値がないからこそ、価値がある。人数が多くて、部活動に熱心で、新入部員を歓迎してない、厳しい部活の対極にあるからこそ。

 

「……つまり人数が少なくて、部活動に熱心ではなく、いつでも新入部員を歓迎してそうな、緩い部活が手品部ってこと?」

「そこまで言ってないわ」

 

 兼部の意味が分からない以外は説明がつきそうではある。

 彼女の人となりがわかればもう少し分かりそうではあるけれども、自分は彼女を知らないからどうしようもない。もしかしたなら渚と小鳥遊さんに何か関係があるからという理由かもしれない。

 

 新聞部の知り合いがいれば彼女のことを聞けるけれども、連絡先を知っている友人に新聞部は居ない。まあそもそも話、自分の交友関係が狭いのだが。

 1人、新聞部に入ってる知り合いは居るが、彼との連絡を取る方法はクラスで遭遇する以外に知らない。その彼が誰かといえば、自分に告白してきてあっさりと振られた犬飼君である。

 

 明日小鳥遊さんの事を聞いてみよう、やる気が残っていれば。

 まあそんなふうに考えている時点で、明日になったら聞くのもめんどくさくなってるに違いないのだけれども。

 

 そんな取り留めもない事を考えているうちに、会話は終わりとばかりに赤坂さんは勉強を再開させていた。

 いつもと変わらず、飽きる事なく。

 

「ねえ、舞さん」

「……何?」

「本当に、勝てると思ってるの?」

 

 度々勉強を遮って申し訳ないとは思うけれど、どうしても聞いておきたかったこと。期末テストまでもう1週間とちょっとしかない、逆にいえば1週間以上も残ってはいる。

 

「それはどっちに向けた言葉? 私が貴方に勝てるかってこと? 貴方が私に勝てるかってこと?」

「自分が赤坂さんに勝てるかってこと」

 

 ほんの少しの考慮の後、彼女は口を開いた。

 

「……私より勉強すれば勝てるんじゃない?」

「つまり自分より勉強してない相手には負けないと、すごい自信」

「事実よ」

 

 自惚れる訳でもなく、実際そうなのだろう。彼女は学年1位を常に取り続けているからこそ言える言葉。

 才能もあるし努力もしているからこそ。自分の実力を疑いなく誇れることがどれだけ凄いことか、その自信が羨ましかった。

 だからこそ嫌味を一つ、ちくりと刺したくなったのだ。

 

「そういえば舞さん、渚にどうして部活に入ったのか言ったんだね」

「聞かれたから、言っちゃいけない理由も無いわ」

「まあ確かに、それはそう」

 

 あっさりと切り返された。

 実際言っちゃいけないとか、変な条件をつけてないから何をしても許される事ではある。そもそもの話で自分が先に言っておけばよかったことでもあるし、別に赤坂に非があるわけでもない。

 だから、彼女が頭を下げたのはある意味予想外だった。

 

「……ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「悪いと思ってるからよ。別に言う必要もなかった、2人だけの話で終わらせれば良かった」

 

「私はね、佐々木さん。ただただ意地悪したかったの、及川さんの鼻を明かしてやりたかった」

 

 なんでも知っている風に立ち回っているのが気に食わなかった、赤坂さんはこちらと視線を合わせないまま語り続けていた。

 

「だから及川さんの様子がおかしかったのはね、私が原因なのかも知れない、ほぼ確実にそう」

「……」

「ね、私のこと幻滅した?」

 

 ようやくこちらに向けた眼は爛々と輝いて見えた。

 あくまで自分が悪いとは1ミリも思っていないと言わんばかりに。なのに何故か、ただ叱って欲しいだけの子供のように見えた。

 

「……ふふっ」

「何もおかしくはないと思うけど」

 

 そう、きっとそうなのだろう。

 言わなくても良いことを赤坂さんは言ったのだ、それはきっとそういうことなのだろう。そして先程の赤坂さんの威勢はとっくに消え去っていた。きっと自分の行動が予想外だったから、それはつまり自分が怒るのを期待してた事の裏付けだろう。

 

 でもそうはいかない、いかないよ赤坂さん。

 気付いたからには怒れないし、怒る気も湧かなかった。

 むしろ逆に、ただただ笑ってしまうのだ。いつもの自信に満ち溢れてる姿と違って、何が起こってるか分からず戸惑っている姿はあまりに新鮮で、笑みが溢れるのを抑えられなかった。

 

「舞さんはね、正直すぎるよ」

 

 あまりに愚直すぎて、眩しいぐらいに。

 

「自分だって隠してることはあるし、多分渚にもあるんだよ。言いたくないこともある。それは自分の弱味だったり、他人に見せたくない醜悪な部分だったり、色んな事を抱えてるんだよ」

 

 きっと赤坂さんも抱えてる事はあるに違いなかった。

 最低限それを隠すことはしているだろうけれど、それを自ら晒しかねない危うさを持っているように見えた。

 だから忠告せざるを得ない。それが長所であるが故に、きっと自分すら傷つけてしまうだろうから。もしかしたらそれも無駄かも知れないけれど、ただの自己満足かも知れないけれど。

 

「多分赤坂さんが思ってるより、自分は凡人だよ。期待をかけられるような人じゃないことをちゃんと自分でも分かってる」

「……それは私が決める事よ」

 

 そう、確かにそうなのだ。

 だからあらかじめ断っておかなきゃいけない。

 

「自分は最善を尽くすよ。そしてね、きっと負けるんだ。舞さんの期待を裏切ることになると思う」

「……」

 

 汚い事をしている自覚はあった。負けるなんて予防線を張る事すらも、彼女は気にいらないだろうとわかっている。わかっているなら勉強しろとでも言うだろう、映画を見てる場合かと思ってるのかも知れない。

 

「その時は、自分の秘密を一つだけ教えてあげるよ」

 

 その言葉は言わなければ良かったかも知れない、余計赤坂さんのやる気を出させるだけだったかも知れない。ならば、なんでその言葉を付け加えたのだろうか。

 

 負けた時に言い訳をするつもりだったのだろうか?

 

 多分、違う。

 その秘密を知った上で彼女が自分の事をどう思うのか、知りたかったのだ。期待するんじゃなかったと失望するのだろうか、それでその程度なのかと呆れるのだろうか。

 わからない。でも、あまり良くない予測ばかり浮かんでいた。

 

 もしかしたら、知った上で残ってくれる事を期待していたのかもしれない。期待して良かったと認められたかったのかもしれない。

 

 久しぶりにある感情が胸の中で燻っていることに気づいた。その欲が満たせない事を自分は知っているからこそ、いままで見えない振りをしていたもの。

 

 ――自分は勝ちたいのだ、赤坂さんに。

 

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