叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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31 昼食、追跡、小鳥遊さん

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 我が校の食堂はいうほど不味いわけでもなく、いうほど美味しいわけでもなく、いうほど高いわけでもなく、いうほど安いわけでもない。

 つまり、はっきり言って仕舞えば極めてごく普通の学食だった。給食の延長線上にあるようなものであるから、それを好き好んで食べるような人を見たことがなかった。

 

「あ、なんとなくコロッケ蕎麦を食べたい気分」

 

 はたして本当にそう思っているのだろうか。

 四限目を終え一緒に昼食を食べようと彼女の机に近づいたものの、渚はそんな言葉を残して教室の外へと逃げ出した。

 

 もしかしたら学食のコロッケ蕎麦に物凄い依存性があるのかもしれない。自分は試す気はないけれど。だって、依存したら怖いし。

 1ミリもそうなるとは思っていないけれど、今日もコロッケ蕎麦を食べないための建前を積み上げていた。

 

 少なくとも今日は渚とお昼を一緒できないのは本当のことで。

 食堂で何も注文しないのに、そこそこ混雑している席を一つ占有する勇気を、小市民である自分は持ち合わせていないからである。

 

 その上で、自分は既に昼食を準備してしまっている。

 学食に行くのならあらかじめ言ってくれれば良いのに。このパンを明日に回すという案もあるけれど、このしけった時期に半日常温で置いといたパンはだいぶ危険な香りがする。故に今日中に消化せざるをえない。

 

 1人で食べるのもなんだし、赤坂さんとお昼を一緒にしようと教室を見渡したが、彼女も既に姿を眩ましていた。

 梅雨なのに雨は何処へやら、昨日に引き続き窓の外は快晴だった。

 パンとカフェオレの入ったコンビニ袋を抱えて外へ出る、赤坂さんが何処にいるのかは検討がついたから。

 

 そうしてやってきた旧校舎の非常階段に、しかしながら人影はなかった。

 首を傾げる、まさか予想が外れるとは思わなかった。たしかよくここで昼食を食べているらしいしけど、今日は違ったのか。

 

 赤坂さんのことを全部知っている訳でもないし、まあそんな事もあるだろう。読みが毎回当たるとは限らない、少なくとも自分の予想とは大体の場面で当てにならないものだから。そう分かっていながらも、自分の予想とか予感とか、そういう証拠不十分なものに頼るのをやめられないのは、どうしてだろうか。

 

 考えるのをやめよう、合理ではなく不合理に縋るのもまた人間だから。気を取り直して階段に腰掛ける。赤坂さんを探しに行く時間は余っているけれど、一人で静かに昼食を取るのもまた一興。

 

 懐かしい場所だった。懐かしい、と言っても一月ほど前のことだ。

 前回はここで犬飼君に呼び出されて告白された後、赤坂さんと一緒にお昼を食べた訳だけど。

 なんともまあ、1人でいると中々落ち着く場所ではある。彼女は習慣と言ったけれども、確かにその習慣になったのも頷ける。

 

 なんとなく隠し事をしている気分になれる。

 誰も自分がここにいることに気づかない、何をしてるかわからない。世界で1人っきりになったと思えるような場所。屋上とかも行けたら良いのに。空を1人で独占出来たのなら、きっと気分がいいだろうに。

 

 残念ながらこの学校の屋上は、どちらの校舎とも鍵をかけられていて、一部の部活動でしか入ることを許されていない。まあ、そんな開放された屋上なんて人でごった返して、それが持つ価値もなくなっていそうだけれども。

 

 紙パックのカフェオレで喉を潤わせていると、誰かが近づいてくる足音がした。思わず動きを止める。悪いことをしてるわけではないけれど、なんとなくバレたら不味いような気がした。

 その足音はというと、自分のいる場所へと真っ直ぐ近づいてきていた。もしかして赤坂さんだろうか? 気づかないうちに自分が先回りしてしまったのだろうか。

 

 非常階段の入り口で彼女、つまりは小鳥遊さんは足を止めた。

 逆光の中、眩しそうに手をかざしてこちらを見上げている。なんで彼女がここに来たんだろう、そんな疑問が浮かんだ。流石に偶然ではないだろう。

 しかしながら彼女も彼女で何をしているのかと、此方に怪訝な視線を向けられてことに気付いて思わず苦笑する。

 

 まあ悪くはない。予想と違ったけれど、少なくとも知っている人ではあったから。

 知らない人にぼっちで飯を食べているとか、そんなレッテルを貼られるのはあまりに不名誉だ。彼女も関わりは薄いのは確かだけれども、少なくとも釈明するチャンスはあるだろう。

 そんな彼女の第一声は。

 

「……友達とかいないんですか、先輩」

「失敬な、後から来る予定だから」

「そうですか、そうですか。なら、来るまで待たせてもらいますかね」

 

 拒否する間もなく、彼女は速やかに隣へと腰掛けた。

 適当な嘘をつくのは良くないという教訓を得た、後悔後先に立たず。何も考えずに適当な嘘をつくからこういう事になるのだ。

 

「ごめん、本当に来るかどうかはわからないんだけど」

「じゃあやっぱり、先輩って友達居ないんですか?」

「とりあえずそこから離れない? 雨の中で踊る自由もあれば、1人でご飯を食べる自由もあるよ。ちょっとばかし小鳥遊さんは、1人でご飯を食べる人に対する偏見が強すぎると思うんだけど」

「じゃあ、先輩に友達がいるって事で良いですか」

「もちろん」

「では、思いつく限りの友人の名前を言ってみてください」

 

 真っ先に思いついたのは渚と赤坂さんである。が、それ以外は友人と知り合いの境界があまりにあやふやであり、それを一括りに友人と言い切る図太さを、残念ながら自分は持ち合わせていなかった。

 しかしながら、こういう場面を切り抜ける魔法の言葉を知っている。

 

「小鳥遊さん。友達っていうのはね、数えるものじゃないんだよ」

「いえ、数じゃなくて友人の名前を言ってみてください」

「…………及川 渚、赤坂 舞」

「友人の数、2人と」

 

 何処かで聞いた魔法の言葉は無惨に切り捨てられて、彼女のメモ帳には佐々木 玲の友人の数は2人と記された。あまりに不条理、1人でゆっくり昼食を食べる筈だったのに何でこんな辱めをうけているのか。

 

「そもそもさ、なんで小鳥遊さんはここに来たの?」

「それは、ここに先輩がいるからですよ。そうでもなければこんな場所、寄る必要もないってわかる筈ですよ」

「いやいや、いつも自分がここにいる訳じゃないし。後を追いかけてこなければわかんなくない?」

「何言ってるんですか、もちろん後を追いかけてきたに決まってるでしょう?」

 

 ああ、誤解しないでくださいね。

 自分が言ってることがまずいと思ったのか、彼女は慌てて補足した。

 

「先輩が教室から出てきたところを見て、どこに行くんだろうと思っただけですから」

「ふーん……」

「……絶対に誤解してますね」

 

 まあ多分そうなんだろう。その行動に深い意味は無いに違いのは、彼女が誤解を説こうと四苦八苦してるのを見れば確かなことのように思えた。

 まあ、だからといってこちらからは何も言わないけれど。

 こちらにも人並みの感情はあるのだ。恥ずかしい思いをした分、彼女には苦しんでもらおう。

 

 ゆっくりと焼きそばパンを食む。

 ちらりと隣の様子を伺うと、小鳥遊さんは相変わらず煩悶していた。どうやら彼女は昼食の準備を持ち合わせていなさそうだった。咄嗟の行動で付いてきたことの証拠と言えるだろう。わざわざ偽装していなければ、だけれども。

 

 偽装する意味もないのは分かっているけれども。それでもなんとなくそう思ったのは、昨日部室で初めて会った時の怒気というか、嫌味というか、悪意というか、無愛想な感覚とか、そういう物を不思議と感じなかったからだろう。

 もしかしたら彼女の事をあまり知らないから、そういう印象を抱いていたのかもしれない。

 

「小鳥遊さん、お昼持ってないならパンひとつ食べる?」

「……帰れって事ですか?」

「……」

「……すいません、頂きます」

 

 パンはぶぶ漬けじゃあるまいし。そんな嫌味な人間に思われてるのだろうか、自分は。何故か彼女から色眼鏡でみられているようなきがするけれども、その理由が分からない。

 

「そういえばさ、何で小鳥遊さんは手品部に入ろうとしてるの?」

「いま、それを聞きますか」

 

 受け取ったメロンパンを一口サイズにちぎって口に放り込みつつ、呆れたようにこっちを見た。

 

「その理由次第で部活に入る事を拒否したりするんですか?」

「いや、まあ、自分が気になっただけだからなぁ」

 

 断れないし、断る理由もない、余程の理由じゃなければ。

 それを聞いて安心したかのように彼女は頷いた。

 

「それは、建前と本音の二つの理由があるんですよ」

「建前って、わざわざそれを言う必要なくない?」

 

 ある種のプライドですから、彼女はそう言った。

 

「嘘を言いたくないんです、私は。自分に正直でありたいから、だから嘘をつくにしても、それは建前だとか嘘だとか前振りしておきたいんですよ」

「それはまた、難儀な性格してるね」

 

 ある意味、元新聞部っぽい性格だとは思う。

 ジャーナリストっぽいと言うべきか。

 

「先に建前の方を言わせてもらうと、新聞部に少し居づらくなったから。だから他の部活に入ってほとぼりを覚まそうって事です」

「居づらくなったって、なんかやらかしたの?」

「大した事はないと思うんですけどね、ちょっと告白して振られただけなのに」

 

 おぉ、と思わず感嘆する。なんでもない事のように言うけれど、そういう風に告白する勇気を持ってる事は素晴らしい事だろう。

 しかも1年生だからそんな時間も経ってないはずなのに、なんというクソ度胸。

 そこまで思ったところであれ?と首を傾げる。

 

「建前って事は告白したっていうのも嘘?」

「それは本当ですよ。無ければ良かったのに、本当にあったことです。人間関係がギクシャクしたっていうことも事実」

 

 いや、彼女は被りを振って否定した。

 

「なければ良かったことではないですね、だって私は告白した事を後悔してませんから。振られた事は残念ですけど、それを糧に前に進めるんですから」

「……強いね、小鳥遊さんは」

 

 心の底からそう思えるのは、自分との対比だ。

 少なくとも彼女は前に進もうとしている、停滞する事を選んだ自分とはまるっきり正反対の人間だったから。

 

「そして、私は振られてしまったけどまだ諦めてないんですよ」

 

 本音の部分はそこなんですよ、彼女はそう言った。

 彼女の話を聞きながら悠長にカフェオレを飲んでいたが、彼女は次の言葉を言う前に、親切に自分が飲み終わるまで待っていた。果たしてそれが本当に優しさだと思っていたのか、自分には分からないけれども。

 

 そして彼女は1つ、爆弾を投下した。

 

「ねえ、先輩。犬飼先輩のこと知ってますよね?」

 

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