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告白して振られたという話から、犬飼君を知っているかという話に繋げられて、小鳥遊さんが告白した相手が彼以外であると予想するほど鈍い筈がない。
そして彼女が振られた理由が理解できないほど鈍い訳でもなかった。彼女が振られたのは彼に好きな人がいたからで、それはつまり自分が原因という訳で。
小鳥遊さんが手品部にやって来たのは九分九厘、自分が原因のような気がした。残りの一厘はそれを認めたくないという願望。
しかし、原因が自分にあるとしてそれがどういう行動に繋がるのかは全く分からないままである。具体的な予想が思い浮かばない、それこそ物理的に排除するとか荒唐無稽な物騒な案ぐらい。
その答えを求めるため、少しの躊躇いの後、自分は口を開いた。
「知ってるよ、同じクラスだから」
「どういう関係ですか?」
「どういう関係って……友達、かな」
赤の他人ではないのは確かである。告白されて、それを断って、一応友達にもなってもいる。只のクラスメイト、つまりは名前を知っているぐらい関係性から一応ランクアップもした。といっても、まだたまに話すぐらいだけれども。
異性との付き合いはそういうものだろう、チェーホフが昔言ったように友情を深めるのには時間がかかるものだから。
「私が告白したのは、その犬飼先輩なんですよ」
予想的中、あまり嬉しい予想ではなかったけれども。
「まあ、あっさりと振られたんですけどね、好きな人が居るからって。私は先輩のそういう一途なところも素晴らしいと思いますし、それが振られた理由だと言うのなら望みが叶わなそうってこともわかるんですよ」
それでもまだ、私は諦めてませんけどね。
彼女はそう言った。そうだろう、だから彼女はここに居る。
「問題は、犬飼先輩が誰の事を好きかわからないって事でした。恐らく部活の仲に居ない事は確かでしょう、女子部員もまあまあ居ましたけど、それっぽい様子も見せませんでしたし、それに」
「それに?」
「敵わないと思った相手はいませんでしたから」
冗談ですよと彼女は無表情で付け加えたけれども、それを言葉通り受け取る事はできなかった。きっと、それは彼女の本心だ。
自分が負けたと認めたくないのか、ただ傲慢なだけなのかはわからない。ただ、それがどちらであろうと、その根源が彼女の自信だという事は分かる。
そう思うと、小鳥遊さんは赤坂さんにダブってみえた。同じ時間、同じ場所、繰り返されたかのようなシチュエーションに自分達が居る。
違うのは衣替えした制服と、自分が前より余裕があるという事だろう。
「犬飼先輩が誰のことを好きか、先輩は知ってますか?」
「それを聞くってことは誰が好きかわかったってこと?」
「恐らく、この人なんじゃないかなっていう予想は」
そういって彼女が懐から出した写真には見覚えがあった。無表情のつもりが微妙にへらへらとはにかんでいるし、なんとなくピースしている姿。
間違いなく自分であるし、撮られた場面には覚えがある。
「なかなか苦労したんですよ、本人が教えてくれないから。高い確率で同じクラスの人だとは思ったんですけど、そこから先に絞り込む為の情報がない」
先輩の周りに探りを入れる手もあるだろうけれど、それを知られた時に私の好感度が下がるかもしれない。
まあそうだろう、自分の知らない場所で探られてたら、誰だろうといい気持ちではないのは確かである。
「下手は打てないから、待つしかない。どこかで先輩の足がつくのを待つしかなかった。状況が好転するのを期待しつつ、長期戦も覚悟のことでした」
結果として小鳥遊さんは一つの札を掴んだ。
1枚の写真、そして彼女は状況を変えるべく動き始めた。
「小鳥遊さんが告白したのっていつぐらい?」
「3週間ぐらい前です。その時は振られたショックのまま、フワフワとした気分で曖昧に新聞部に居たんですけどね」
つまりは彼が小鳥遊さんを振ったのは、自分が犬飼君を振ったあとということか。後先逆ならば違う答えが出たかもしれないなんて事はないのだろう。
彼は妥協しなかった。小鳥遊さんの言葉通りに、彼女の恋は望み薄のように思えた。なんとなく付き合う相手に選ぶような人でないのなら、なおさら。
小鳥遊さんが可愛くないなんて事はない。
気が強そうとは思うけれど、それが理由で他人に好かれないなんてこともないだろう。
自分からしてみれば赤坂さんとか、渚とかの方が魅力的に見えるけれど、少なくとも自分と彼女、どっちが可愛いかと言われれば彼女を選ぶだろう。
彼女と自分の違いはなんなのだろうか?
彼女が選ばれなかった理由は何なのだろうか。
「でも時間を無為に過ごすのが嫌だった。恋を諦めるにしても、諦めないにしても、私は行動しなきゃいけなかった」
停滞を選んだ自分と対照的に、彼女は前に進む事を選んだ。
「先輩、好きな人居ますか?」
その問いかけを無視して、彼女から目を逸らした。あまりに眩しくて、大人気なく嫉妬してしまいそうだったから。
それを気軽に問いかけられることも、挫折しても前に進めることにも、小鳥遊さんに勝てる部分を見つけられそうになかったから。
「それで、部活に入ってどうするの。自分が目的なのはわかったけど、それがどういう風な行動に繋がるの?」
「つれないですね。私が腹を割って話したっていうのに、それに釣り合う情報を渡してくれたっていいじゃないですか」
ま、いいですけど。そう言いながら彼女は立ち上がった。
気がつけば彼女はパンを食べ終えていた、自分は彼女の話に気を取られてまだ半分ほどしか食べ進めていない。
「理由1、佐々木先輩のことを知る為」
「……自分を知る為?」
「先輩に興味があるわけじゃないですよ、私が知りたいのは犬飼先輩が佐々木先輩のどこを好きなのかってことです」
好きになった理由、犬飼君はどうして告白したんだったか。
好きだったから、知りたいと思ったから、確か彼はそんな事を言っていた気がする。そういえば詳しいことは知らないままだ。
知りたいから好きになったのか、好きになったから知りたいのか、自分のことを知りたいと思うような出来事があったのだろうか。
わからない、そんなことがあった気がしない。
首を振る、分からないものを考え続けても仕方がない。
それより先に聞いておくべきことがあるだろう、理由1ということは2があるはずなのだ。
「もうひとつは?」
「もうひとつは、佐々木先輩を排除する為」
「……排除?」
いきなり物騒な言葉が出てきた、あり得ないと真っ先に消した案が復活してくるとは思わなかった。恋愛は戦争であるとは良くいうけれど、知らないうちに本当に殺し合いになったのだろうか。
「退場と言い換えた方がいいかもしれませんね、先輩に彼氏ができたら犬飼先輩も諦めてくれるかもしれないじゃ無いですか」
「なるほど……?」
予想以上に平和な案だった、お節介ではあるけれど。
「恋のキューピッドですよ、役に立って見せますよ」
「悪いけど、しばらく告白する予定ないから」
問題はそれ以外にもあるけれど、まずはそこだろう。
他人に自分の恋路を決められたくないという反発心も当然ある、わざわざ今の関係性を他人の為に崩すほどお人好しじゃないというのもある。
手伝ってくれるとはいえ、成功するとは限らないのだから。そもそも知り合って2日も経ってない相手に助けを求めるほど落ちぶれては居ない。
そしてなにより。
「なにより、自分の事を嫌ってるかもしれない相手に誰が好きとか言えるはずないでしょ」
恐らく、彼女が自分に好意的な感情を持っているはずがないのだ。
自分の恋の障害を世の中そういうものだと甘んじて受け入れられるような人間が居るとは到底思えないのだ。居なくなってしまえと思っているのが当然である、人が人である故に、そうそう簡単に割り切れないことを知っている。
「その通り。その通りですよ、先輩」
自分の予想を否定せず、彼女は笑顔で受け入れた。そこは否定するべきだろうに、それをしない事がチグハグで、はっきり言えば気持ち悪い。
「私のことは信用しないほうがいい、部活にも入れないほうがいい」
彼女の言う通り、入れないほうが良いのだろう。はたして断れるかどうかは別として。面倒なことになるのはほぼ確実だ、それも悪い方向に。
「これまで語ったことが全部嘘かもしれないし、本音は別に抱えてるかもしれない」
「嘘は嫌いなんじゃなかった?」
「それすら嘘ってことですよ」
めんどくさい、赤坂さんよりめんどくさい。
少なくとも彼女は本当のことしか言わないのに、そう考えると赤坂さんほどやりやすい相手は居ないのかもしれない。
まあ、赤坂さんも大概何を考えてるか分からないけど。
「もしかしたらただ先輩の嫌がらせするためにきたのかもしれない、こんな相手を先輩は部活に入れてくれるんですかね?」
そもそもこちらは拒否権を持ち合わせていないのに彼女はそんなことを言う。断れるなら断りたいけれど、それを決めるのは部長である渚だろう。渚は渚で面白がって入れそうではあるし、そう言う意味でも詰んでいる。
階段に身体を投げ出し、背後の空を見上げる。憎たらしいほど青い空、多分入れるだろうと言うのも、拒否権を持っていないと正直に言うのも癪だった。後輩にやり込められっぱなしというのが許せない、人生の先輩のプライドとして、まあ恋愛についてはもう完敗と言ってもいいだろうけれど。
逆鱗に触れるだろうセリフは思いついていたけれど、それを軽々しく使う気にはなれなかった。
「それじゃ、犬飼君のことを好きなのも嘘って言ってよ」
恐らく、彼女はそれを嘘といえないだろう。それが事実だから、彼女の行動の支柱であるから。そこが崩れたらもう何も分からないけれど、写真のことを考えると、やっぱり事実なのだろう。
嘘を嘘だということは簡単だけれども、真実を嘘だというのは容易くない。人が大事にしている感情ならば、尚更。
だから、自分がやれることは彼女の予想を裏切るだけだ。
「部活に入ることは別に断んないよ」
渚に任せて入ることが決まるぐらいなら自分が決める。
きっと彼女は断られることも想定して居ただろうし、むしろそれ前提で話を組み立てていたのかもしれないけれど、そうはさせない。
それが良いことか、悪いかはともかくとして。
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彼女の知らないところで回る話