昨日は逃げ出してしまったが、直接面を付き合わせてる訳ではないので比較的余裕がある。
壁に頭をもたれかからせて、何を切り出すのかをじっと待つ。なんとも断頭台に乗せられた心地だった。
そんな自分をさておいて、俺が逃げないことをいいことに赤坂さんはじっくりと言葉を選んでいる。
その隙に渚に先にご飯食べててとメッセージを送る。流石にこれ以上長くなるなら待たせることは忍びない、彼女なら来るまで律儀に待ってそうだし。
ポケットのスマホが返信を受け取って、一つ揺れると同時に赤坂さんの声がした。
「ねえ、佐々木さん」
「……何でしょうか」
「貴女は、私のこと嫌い?」
思わず顔を見つめるも強い視線を送り返される。赤坂さんのその質問の意図が俺にはわからない。確認なのか、それとも否定して欲しくていったのか。
「えーっと、赤坂さんはどうしてそう思ったのかな?」
「昨日はいきなり逃げ出すし。いまでも私に怯えてるのか、ちょっとでも距離を取ろうとしてるじゃない。そう思うのも別に不思議じゃないでしょ?」
慌てて姿勢を正す。どちらかといえば赤坂さんの色香から遠ざかりたかっただけだが、言われてみればそう受け取られて当然だった。別に彼女の事を嫌ってる訳ではない。
「そんなことない。ただ、なんというか……」
「何?」
「自分は赤坂さんの事を知らなすぎるから。だからほんの少しだけ怖い、かな?」
そう、自分は赤坂さんの事を知らなすぎる。
知らないことは怖いことなのだ、知らないから彼女が怖い。至極当然の人間の本能、未知に人は恐怖する。
俺が赤坂さんについて説明するなら、多分片手の指で足りるぐらいだろう。
「私がさ、赤坂さんについて知ってる事っていうと、物凄く頭がいい、物凄く美人、物凄くモテる、だけど孤高の存在。それぐらいだからさ」
指を順繰りに折っていっても使い切らない。そこにもう一つ付け加えるなら自分に対する対応が何故か悪いぐらいで、それで丁度五つだ。
そんな自分の言葉にため息を吐くのをみて、慌てて言い訳の言葉を並び立てた。
「まあ仕方ないじゃん? 新クラスになって二ヶ月しか経ってない訳だしさ、そんな話もしてなかったからさ」
「……私について教えてあげる必要がある、か」
「ゑ?」
なんとなくアダルティな言葉。思わず変な声が漏れるが俺の脳内の桃色の妄想に反して、彼女の言葉は案外まともであった。
「佐々木さんが私について気になってる事を教えてちょうだい、全部答えて疑問が無くなれば怖がる必要もないでしょう?」
「それはそうだけど」
「別に、特に隠していることもないわ」
自分が赤坂さんに対して質問することは既に決定事項のようだった。彼女はなんでもどんとこいとばかりに、堂々と待ち構えている。
頰に手を当て考える、一番はじめに引っかかったのは彼女がここに来たのは習慣だったという事。
「赤坂さんがここに来たの、さっきは習慣って言ってたけどなんの習慣? 野良猫でもこの辺にいるの?」
「ここで野良猫なんて見たことないけど、ただ一人になるのはここが丁度良かっただけ」
そう言って抱えた巾着袋をこんこんと叩いた。
今更その存在に気づくのは、自分が予想以上に緊張して赤坂さんのことをまじまじと観察する余裕がなかったからだろう。
「それ、入ってるの弁当箱?」
「他に何か別のものが入ってると思う?」
「いや、別に思わないけど……」
さも当然のように返されても困る。苦笑いしつつ、自分のパンが入った袋と見比べた。自分の物の方が見えるのは、彼女が少食だからだろうか。
「……嘘だと思う?」
自分としては一段落なのだけれども、彼女は躊躇いがちにそう尋ねた。
自分を追いかけて、話すためにここまでやってきた。そう言われれば納得はできる。ただ自分はすぐに首を振った。
「別に疑ってたらきりが無いし、わざわざ疑う気もないし。赤坂さんが嘘をつく理由もないでしょ?」
「まあ、ね」
というか嘘を吐かれても、それを証明する方法がない。嘘を吐きましたと白状しない限り、自分は信じ続けるだろう。必要なのは納得できるかできないか、いや理解できるかできないか、か。
確かに天気のいい日は姿が見えないことが多かったし、そう言われれば確かに納得できることだった。
ウンウンと1人納得する、自分を赤坂さんがストーキングするとはなかなか理解し難いことである。
そうなれば、初めから聞いていたことになるし。
初めから?
頰に冷や汗が一筋伝う。冷静に考えろ、彼女はいつからこの場に来ていた?
「他に質問はある?」
「もしかして、もしかしてーって思ってるんだけれど――」
やめろ、そんな声が聞こえた気がした。
第六感が危険を告げていた。本当にそれを尋ねて良いのだろうか、聞かないままの方がいいんじゃないか?
途中で言葉を切ったためか、彼女はキョトンとした表情を浮かべている。
よしまだ引き返せる、そう判断した。笑いながらお茶を濁して後は流しで。そう冷静に頭の中で計画を練る。
パンドラの箱は開けないに越したことはない、
「いやなんでもない、あはははは」
「ん、そう。もう聞きたいことが無いってこと?」
「そうそう、じゃあ及川さん待たせてるからもう行っていいかな?」
「いや普通に考えて今度は私の質問の番よね?」
ガシッと肩を掴まれる。あ、予想以上に握力が強いんだなと、どこか他人事のように思っていた。
彼女の言葉は正論だった。聞くだけ聞いてさようならは許されない、対価を支払いなさいと言っているのだ。
「女の子らしい話をしましょう」
「お嬢様言葉で話をするとかそういうことですか?」
「それは女の子らしく話をしましょう、ね」
女の子らしい話に嫌な予感が止まらない。
冗談は彼女にほんの少しの笑みをもたらしただけで、それ以上の効果は無く、この流れを止められそうになかった。
「佐々木さん、さっき告白されたよね?」
「気のせいだと思います」
「相手は犬飼くんだったよね」
「違うと思います」
「結局振っちゃったよね」
「そうですね」
「ああ、それは肯定するのね」
赤坂さんの視線が否定を重ねるごとに暗く冷たくなっていくのが、ほんの少しだけ色を取り戻した。
なぜか先程より圧力が高い気がするのは彼女が次第に距離を詰めているせいか、それに屈してへんにょりと壁に寄りかかる。
「なぜ佐々木さんは彼を振ったの? 結構、彼は人気があったと思うけど」
「逆に聞くんですけど、赤坂さんはかっこよければ誰でも付き合うんですか?」
「興味ない相手は論外よ」
「そういうことですよ、自分も彼は恋愛対象外だっただけです」
男という時点でNGなのだから、もう大前提から彼は転けていた。まあそれは俺もまた同じなのだが。
恋をするだけなら無料、そんなキャッチフレーズを思いついたが特に使う機会はなさそうである。
「赤坂さんは好きな人居ますか?」
「居るよ、貴女と同じようにね」
それっきり会話は途絶える、やっぱりちゃんとそこも聞いていたのか。まあ、聞いたからと言って特にどうこうする気はないらしい。
やる事もなく、立ち上がる。今度は彼女は止める様子を見せなかった。
「赤坂さん、最後に質問なんですけど」
「……何?」
「もし自分が手を抜いているとして、ですよ。どうしてそれを見逃さなかったんですか? それを突きつけてどうしたかったんですか?」
今日は出さないその話題を自分から出す事にした。それが彼女が自分から避けてるのか、それともたまたま忘れていたのか。
多分、わざと出さなかったのだろう。
冷静に考えれば手を抜いていると認めて終わりじゃなかったはずなのだ。その先に何か言いたいことがあった筈で、それを聞かなきゃ話は進まない。必要なのは俺が本気を出してない証拠ではなく、彼女の目的なのだ。
渚の予想通り、私に本気を出して欲しいのか。
そうだとしたら突っぱねるだけだが、もしそれ以外に理由があったとするならば。
「昨日言った通りよ」
「え?」
「理由がわからないから知りたいの。どうして本気を出さないのか、ただそれだけ」
そこで言葉を切り、自分のことをじっと見上げていた。どうせ答えないんだろうと、諦め混じりの感情がちらりと垣間見えたのは気のせいではないのだろう。
「及川さん待たせてるんでしょ、もう行っていいわ」
先に視線を切ったのは彼女だった。こちらに興味を失ったかのように、弁当箱を広げ始めた。
「赤坂さん、私達と一緒に昼ご飯一緒に食べない?」
「遠慮しとくわ。私、及川さんのことあまり好きじゃないから」
視線をこちらに寄越すことなく断られ、肩を下ろす。名案だと思ったのだが。
言葉をもう一度反復して、赤坂さんの方を振り返る。なんでもない様子だが彼女が渚の事を嫌いだというのは衝撃の事実であった。
どうしてか尋ねたいところだが、そんな事を聞く雰囲気ではないことをわかっている。ぼんやりと振り返ることなく中庭へと向かっていく。
先約は渚に有り、優先するべきは彼女である。今もまだ場所を取っているのだろうから早く向かうべきだ。そう分かってるのに、足取りは重い。
赤坂さんをここに一人で残しておくべきではない、先約が無ければちゃんと残っていただろう。
いや、言い訳か。自分が赤坂さんより渚のことを優先したいだけだ。それから目を背けちゃいけない。
髪が乱れるのも無視して、髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
スマホを取り出して渚へと約束取りやめのメッセージを送る。これだけじゃなくて後でちゃんと謝らなければ、そう思いながら来た道を引き返していく。先程よりはずっと足取りは軽く、すぐに非常階段へと戻って来れた。
「隣、いい?」
「いいけど、及川さん待たせてるんじゃないの」
一番最初の会話と今度は立場を入れ替えて、彼女の言葉を言い終わらないうちに隣に腰を下ろしていた。袋から取り出してカフェオレにストローをさしながら口を開く。
「こんな人も来ない場所だと、寂しいかなって思ってさ。一人の方がいいならすぐに行くけど」
「いや、別にいいわ。貴女と昼を一緒にするのは二度目ね」
「あれ、前も同じようなことあったっけ?」
その言葉に返事を返すことなく、赤坂さんはふわりと笑った。