叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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06 放課後、及川さん、部室にて

『及川 渚は手品部部員、そして部長でもある。そして佐々木 玲は部員Aだ。そして手品部は総勢2名の閑散とした部活である』

 

 実はこれ、正しい情報ではない。

 自分は部活に入っていない。よく勘違いされることだが、手品部には所属していないのだ。

 

『及川 渚は手品部部員、そして部長でもある。そして佐々木 玲は部員ではない。手品部はたった1名の閑散とした部活である』

 

 これが正解。

 彼女と友達というだけで本質的には部外者だ。

 それでも自分がその部室に入り浸り続けているのは、彼女との時間を過ごすという不純で純粋な目的だけ。

 

 ただそんなことをしていても彼女から無理に入部を勧められないこともないし、そんな渚の気持ちに甘えて一年の時から今に至るまでダラダラと関係が続いている。

 はじめに入部を躊躇ったのは二人きりの部活というのもなんとなく気恥ずかしいものだったから、彼女が手品部に所属をすると決めた時に先輩は部室を明け渡して引退していったらしい。

 先輩の義務とはとか個人的には思うのだが、その時から1人だというのに彼女は寂しがるどころか、自由に使える部室ができたと喜んでいたから、まあそれで良かったのだろう。

 俺はその先輩を見たことはないけれど、その先輩のおかげで部室にいるときは渚と二人っきりが続いている。

 

 さてそれは良かったのだけれども、いざ入部するとなるとなんとなく気がひける。わざわざ彼女を追いかけて入部したと思われるんじゃないかと、変に妄想を膨らませたりして。ならきっかけがあればいいじゃんと俺は考えたのだ。

 そう例えば他の部員が増えたら、その他の部員と一緒に切り出せば丁度良いのではないか?

 そう考えて今に至ると言うわけだ、部員が増える気配は未だにない。

 

 その中途半端さが渚への好意の証明なんじゃないかと思われてるかもしれないが、そうは言ってもここまで続いたものを変に踏み出すのもどうかと思うし、別にこのままでいいのではと思うのもたしかだった。

 

 そう言うわけで手品部は現在一名所属するのみである。

 

 ●

 

 レジ袋を片手にぶら下げながら今日もまた部室へと向かう。

 レジ袋の中身を見下ろせば、横倒しになったカフェオレの紙パックの上にシュークリームが載せられている。

 潰れてないことに安堵しつつ、誰もいない廊下をゆっくりと進んでいく。

 

 やることはお詫びの品を渡すことと、行けなかった理由の説明だ。いまだに渚には告白されたことを伝えていなかった、どうせ放課後話すことになるんだしと、適当な後回しである。

 

 カフェオレは個人的に好んでいる自分用の物、シュークリームは渚の好物で送る用の物。昼休みのお詫びに購入したものだ。多分これで大丈夫。

 

 廊下の窓から吹き込んでくる風に顔をしかめながら、ようやく部室の前へとたどり着いた。

 ドアを開ける前に手鏡を取り出して、手早く髪型を整える。こういうのももうだいぶ手馴れたものだ。一息入れて、なるべく音を立てないようにドアを開けた。

 

 いつも通り部室に渚は1人っきりだった。

 椅子を窓の近くへと移動させ、そこへ腰掛けている。窓の外を向いていて表情は見えないけれど、片手にはノートを抱えていて、多分絵を描いているのだろうと察しをつけた。

 まだ自分が部室に入ってきたことに気づく様子はなく、彼女の集中を妨げるのも憚られ、話しかけることなく静かに椅子に座る。

 ほんの少しだけ買ってきたものを早く渡したい気持ちもあったけれど、それを止めることは容易いことだった。

 別に話さなくても暇を持て余すことはない、後ろからその姿を眺めてるだけでも充足感はある。

 

 渚はジェスチャーが多い。さらに文字を動かす癖といい、休む後間もなくせわしなく動く手は彼女の象徴だ。

 そのおかげかは分からないけれど、手を動かす繊細さはずば抜けたものがあった。絵が上手い、字は綺麗、手品は上手、料理も上手。大体手を動かすことならなんでもできる。

 その器用さを褒めたことはあるけれど、手品部だから当然と言われた記憶。そんな手品部だからと言いながら、彼女はかなりの頻度で絵を描いている。それこそ部室で手品を見せてもらことより、絵を描いてることが多いぐらいだ。

 

 手品を始めて手先が器用になったのか、それとも絵を描くことが乗じて手先が器用になったのか。

 果たしてどちらが先なのか、それをまだ自分が知ることはない。

 

 そんな思考に沈みながら飽くこと無く渚を眺めていると、絵がひと段落ついたのかこちらを振り向いて「おっ」と声を上げた。

 

「やっときたね、いつ頃きたの?」

「だいたい5分ぐらい前かな」

「なんだ、そんな前から来てたら声かけてくれればいいのに」

 

 そんな彼女の言葉にゆるゆると首を振りながら、お土産を袋から取り出し優しく放り投げる。

 それをうまく受け取って、サンキューという言葉を言うが早いか、あっという間にシュークリームを二口で平らげた。

 

 食べるのは早いけれども、それを足りないと思ってる様子はなく、満足げな笑みを浮かべていた。

 彼女の幸せそうな表情を見ていると無限に渡したくなるが、あいにくお小遣いというものは有限なのだから仕方がない。

 そんな貴重なお小遣いを消費して買ったカフェオレを一口飲み、口を開く。

 

「気づかないぐらい集中してるんだからそれを邪魔する方が無粋でしょ」

「まあね、久し振りに面白い題材が見つかったからちょっと集中しすぎちゃった」

「ふーん、見せてもらっていい?」

「どうぞどうぞ、拙いものですが」

 

 そんな謙遜と共にノートを差し出される。ザッと見る限り女の子の絵。やはり上手くて、でも思考はそこで止まらない。

 その女の子に見覚えがあったから。というかその姿の特徴全てが彼女だと物語っていた。

 長い髪に気が強そうな目、自分には昼ご飯を一緒に食べた彼女にしか見えない。

 

「これ、赤坂さん?」

「大正解! どう、上手いでしょ?」

「上手いけど、赤坂さんに見られたらめちゃくちゃ怒られそうな……」

 

 ただでさえ嫌われてるというのに、そんな呟きはしっかりと心の中に留めていた。流石に他人の秘密をバラすほど馬鹿ではない。

 そんな忠告も気にも止めず、バレなきゃヘーキヘーキと渚は言っているが、ひょんな事からばれるフラグにしか聞こえないのは、きっと気のせいではないだろう。

 まあバレたら自業自得だ、そう思いながらじゅるじゅるとカフェオレを摂取していく。

 

「で、ボクをほったらかして昼来れなかった理由はさ、告白にオーケーしたから彼氏くんとイチャコラしてたってこと?」

「……げほっ、っぐ」

 

 不意に爆弾を投下され、吐き出すことは堪えたものの思わず咳き込む。まだ告白されたことを言っていないというのに、彼女には既にお見通しらしい。

 ただ結果だけはまだ知らない様で、彼女が完璧ではない証明になっていた。

 

「なんで告白されたのを知ってるのか知らないけど、振ったからいまだ恋人なしですよ」

「いや何で知ってるのって、そりゃあ旧校舎の非常階段といったら絶好の告白スポットでしょ。ボクも度々呼び出されてるしさ。それを聞いたら察しがつくのは当然のことじゃないかな」

 

 生憎のことながらそういう色恋沙汰と自分は遠い存在である。自分の困った表情を浮かべてるのに気づいたのか、彼女は呆れたようにため息をついた。

 

「で、振ったことはわかったけど、それがどうしてこれないことに気づいたのか教えてちょうだい?」

 

 さあ!と大きく手を広げて渚は待ち構えている。

 既に話のペースを彼女に握られているようで、なんとも言えない感覚だった。既に何があったのか全部お見通しの様な、そんな感じ。

 そうだとしても起こったことを正直に話すしか自分に選択肢はない。そういう意味では楽ではある、行動の方針を1つに狭めてくれる。

 それを彼女が狙ってやってるのかどうかは分からない。

 

「偶然あった赤坂さんと、昼ご飯を一緒に食べることになったから」

「……ちょっと待って」

 

 それでもその回答は渚の予想を超えていたらしい、頭が痛むのか入念にこめかみを揉みほぐしている。

 

「状況を整理しようか、旧校舎の非常階段に呼び出された玲は告白された」

「うん」

「で、キミは彼を振った。それで話は終わるはずだろう?」

「いや赤坂さんはいつもそこらへんでご飯を食べるらしくて、偶然告白の場面を見ていたらしく話すことになって。その流れで1人でいつもご飯食べてるって聞いたら、置いてくわけにはいかないでしょ?」

 

 その言葉を聞いてあー、うーと言葉にならない声を漏らして渚は沈黙した。いや、よく耳をすませば何やら呟いているようだが、上手く聞き取れない。

 

「――野良猫に餌をあげちゃいけないとあれほど……」

「なんか言った?」

「何でもないよ!」

 

 返事は大きな声でなにもかも諦めたのか、それとも一つ突き抜けたのか、眩しいぐらい明るい笑みだった。

 

「うん、ボクも1人で赤坂さんがご飯食べてるところ見たらきっと一緒に食べようとするだろうしね。しかたないね」

「いや、たぶん拒否されると思うけど」

 

 自分の言葉に不思議そうに首を傾げるのを見て、慌ててストローを口の中に突っ込んで無駄なことを言わないようにした。カフェオレを飲むことに集中、微量のカフェインが無駄に気分を高ぶらせているらしい。

 ほんの少しカフェインを摂るだけですぐに酔うものだから、あまり向いてはいないのかもしれないけれど、なかなか手放せない。

 

 そんな微妙に上ずった気分で何を話そうか考えていると、不意に扉を叩く音がした。

 


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