叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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07 お知らせ、終わり、及川さん

 真っ先に反応したのは渚だった。

 慌てて立ち上がり、扉の前へ素早く移動する。見敵必殺の構えというわけではなく、その来訪者を歓迎するためにだろう。

 部員がいないとはいえ、流石に部長としての自覚は持っているらしい。そう思いながら飲み終わったカフェオレとシュークリームのごみを袋にしまいつつ、ぼんやり行く末を見守っていた。

 

 けれどもノックの音が一回した限りで扉はピクリとも動く様子はなく、渚がただ1人ドアの前で突っ立っているだけだった。

 不思議そうに彼女はこちらを振り返る。

 

「……聞き間違えじゃないよね?」

「うん」

 

 自分が頷くと同時に、もう一度ノックする音が聞こえた。

 今度は弱めに、何やら躊躇するように。

 けれどもやっぱり扉は開けられることはなく、痺れを切らした彼女が動き出すのもまた必然だった。

 加減もせずに強く扉を開け放つ、ドンっという音に紛れて何やら可愛い声がした。

 

「やあやあ手品部へようこそ! 部活に参加希望かい?」

「えっ、いやその」

「まあまあここで話すのもなんだから部室へご案内ー!」

 

 続く言葉を待つことはなく、渚はその女子生徒の右手をむんずと掴み部室へと引きずり込んだ。

 無遠慮に渚に手を引かれてる彼女。それにほんのちょっとだけ嫉妬となにやらもんにょりとしたよく分からない感情を抱きながら、ざっと上から下まで一瞥する。

 

 知らない生徒だ。髪はおさげに、あまりおしゃれとは言えない眼鏡をつけている。あわあわと緊張してるのか、顔は赤かった。

 そうこうしてるうちに彼女を席につけ、渚もまた席へと戻っていった。都合、彼女、渚、自分で三角形の並びである。

 

「部員が増えるとは感無量だねぇ、玲さんや」

「増やす努力をしてなかったのは渚でしょ」

 

 そも、その眼鏡の彼女はまだ入部するとは一言も言ってないのだけれども。威厳を示したいのか倒れるんじゃないかと思うぐらい踏ん反り返る渚から視線を外し、例の彼女はと目を向けた。

 

 いきなり部室にほっぽり出された彼女だけれども、先程よりは緊張している様子はなかった。部室を見渡して何やら感慨にふけっているようで、一通り見渡して最後に視線を向けたのが自分。

 視線があったのは一瞬だけだった。すぐに視線を逸らし、指を1、2と折ってうーんと唸っている。

 何を考えているのかはわからないけれど、とりあえず話を進めるべきだろう。ひとまずの確認をと口を開いた。

 

「部活に入るんですか?」

「い、いや私はお知らせ担当でして、顧問の先生から誰か来るとか連絡はありませんでしたか?」

 

 二人揃って部長である渚へと視線を送ると、予想通りに彼女は首を横に振った。

 

「あの人は滅多に顔見せないからねぇ」

 

 自分が出入りしてるのは見逃してくれているけれど、そういうところが悪い所。よく言えば生徒主体、悪く言えば責任放棄である。

 

「ですよね。だから私がお知らせに来たんですけど――あっ、私は三年の野田 唯です」

 

 思わず身を正す。自分よりちょっと背が高いように見えたとは言え、まさか年上だとは思っていなかった。制服には学年を見分ける部分がないため、そこら辺の問題がままあることだけが欠点だった。

 渚は逆にいつもと変わらない様子でほんの少しだけ不安になるも、野田さんはそれを気にする様子はなく、ほっと溜息を吐く。

 

 一息ついて冷静になればふと何か引っかかっていることに気づいた。野田 唯、どこかで聞いたことあるような名前。そう思いつつも彼女が誰なのかに先に気づいたのは渚だった。

 

「あー生徒会役員のうちの一人か、確か庶務だったっけ?」

「そうです、そうです。よく知ってますね!」

 

 てれてれと嬉しそうに髪をいじっている。役員だということを忘れられがちなのだろうか?

 その様子に反して渚はへーそうなんですかと適当に相槌を打つだけで、少しやる気を無くしているように見えた。

 それもそうだろう。目的は生徒会のお知らせということで、彼女は特に部活に入る気は無いのだから。

 

「で、わざわざ野田さんはなんのお知らせに来たんですかね」

「あ、そうでしたそうでした。えーと部長が及川 渚って事になってますけど、そちらの彼女を含めて他に部員は増えましたか?」

「いいや、増えてないですよ」

 

 その言葉に野田さんは表情を曇らせた。

 

「そうですか、それは困りましたね……」

「何か問題でも?」

「えっと、その」

 

 しかしその続く言葉を言うことはなく、ただ指と指をもじもじとさせている。テンションが下がった渚はその先を促すことなく頬杖をついて持久戦の構えを見せた。

 自分もそれに倣って野田さんが自然に言い出すのを待つ。

 

 これで生徒会役員が務まるのか不安だが、それを言うのはお節介か。やにわに手に人の文字を書き始めてるのを生暖かい目で眺めていた。

 待つこと数分、ようやく話を切り出した。

 

「部員をあと一人集めなきゃ廃部です」

 

 ぽーんといきなり爆弾を放り込んだ。部室に静寂が訪れる。渚も驚いたのか何も言おうとせず、そのリアクションに驚いたのか野田さんは一人あわあわとしている。

 廃部、思わず頰を抓るも痛いだけ。いつまでもポカーンと口を開けたままの渚に見切りをつけ、慌てて口を開いた。

 

「廃部?」

「え、ええ廃部です。最低限三人集めてくれなければ規定により、大変悲しい事ですけど」

「ちょっと待ってくださいよ、去年も二人だった筈ですけど」

「いえ、今年は居ない卒業生と及川さんと、幽霊部員の現三年生が所属していたのでぴったり三人でしたよ。その三年生も今年になって退部しちゃったので……」

 

 それはまずい、よろしく無い事だ。

 唐突に廃部を告げられた現実に頭が追いついていない。あと一人集めなければ廃部、()()()()()()()()()()

 

 冷静になれば彼女は廃部決定とは言っていない事に気づく。廃部ならばそんな言葉をつける必要がない筈だ。という事はまだ存続の可能性が残っているのだろうか?

 条件は既に述べられていた。

 

「でも部員をあと一人集めれば廃部は回避できるって事ですか?」

「そうです、そのとおりです! とりあえず一週間という期間はありますので、来週の火曜日までに集めることができれば!」

 

 ふぁいとー、と気の抜けた掛け声とともに右手を掲げる。それが彼女なりの精一杯なのだろう。ちらりと渚の方を見てみるが、いまだに思考停止している様子で部長の威厳は全くない。

 

「出来れば私が所属してあげたい所なんですが……」

「えっ、出来るんですか!?」

「いえ、確認したところ生徒会と部活の掛け持ちは出来ないらしくて……ごめんなさい」

「いえいえそんなこと」

 

 先に対策を考えている分、野田さんもお人好しなのだろう。心底申し訳なさそうに頭を下げるのを見て、慌ててこちらも頭を下げた。

 

「とりあえず幽霊部員でもなんでもいいので、一人集めさえすれば廃部は無しなので頑張ってください。部員表を見る限りは一人でこれから二人は厳しいと思ってましたけど」

 

 思わず苦笑い、どうやら入ったばかりで入部届も出していない一年生と思われているらしい。

 これから入ることは確定してるし、別に否定する理由もないのだけれども。

 

「わかりました、私も入部届は早めに出しときますよ」

「もし廃部になってしまって入る部活に困ったら、私に声をかけてくださいね。良ければ他におすすめの部活を教えてあげますから」

「いえ、結構です。自分はこの部活以外に興味はないので」

 

 本当に良い人なのだろう、けれども強く否定することを抑えられなかった。でも、まあ、それは仕方のないことだろう。

 

 ●

 

 他に話す事はなかったのか、野田さんはそのあとすぐに戻っていった。申し訳なさそうに部室を出るときまでずっとペコペコしてたのが印象に残る。

 稼働停止した渚に代わりに自分が部屋の扉まで見送りしたのだから、彼女の部長の名は飾りらしい。

 

「……はてさてどうしますかね」

 

 再び二人っきりになった部屋にそんな声がポツリと響いた。ようやく再起動したかと思えば、まるでことの重大さを理解してないかの如く、他人事のような言葉。

 

「どうするって、部員を探すしかないでしょ?」

 

 ぶっきらぼうに吐き捨てて、彼女の寂しそうな顔に気づいて慌てて言葉をつないだ。

 

「取り敢えず、このまま廃部になるのをゆっくり待つ気はないんでしょ?」

「まあ、ね。一応先輩から引き継いだものだし、自分の代で終わらせるのもね」

 

 けれど新入部員のあてが見つからない、そう言いながら再びノートとシャーペンを取り出した。

 

「玲はさ、なんかそういうあてがある?」

「男子も可? それとも女子だけ?」

「別にどっちでもいいけど、まさかとは思うけど今日告白された相手を引っ張ってこようとしてないよね」

 

 言われて初めてその考えに気づいた、手段を問わなければその方法もありかもしれない。

 けれども無言で候補を積み上げていく自分を見て、肯定したと取ったのか彼女はバツマークを出した。

 

「それはやめてね、流石にボクもそんな環境には耐えられないから。絶対ギスギスするでしょ」

「分かってる、しないってそれは」

 

 冷静に考えると部活をやってない知り合いはなかなか少ないもので、難しい問題だった。

 それは渚も同じことだろう。ノートを開いて再び絵を描き出すかと思ったのに、手は全く動いておらず視線は宙を彷徨っている。

 

「一人ね……たった一人、されど一人」

 

 そう呟くと、漂う視線がこちらへと向く。

 彼女は自分を見てコクリと一度頷いた。

 

「部活が終わるにしても、続くにしても、二人っきりの部室は終わっちゃうね」

 

 その言葉を聞いて思わず「あ」と漏らした。

 ようやく気づいたのだ、さっきの彼女が来た時に抱いた説明しがたい感情の理由が。この二人っきりの空間が終わってしまうことが嫌だったのだ。

 それをわからなかったのは、わかりたくなかったからか。

 

「それが残念だなぁって思ってさ、うん」

 

 ああ、酷い人。

 平然な顔をしてなんでもない事のようにそんなことを宣うのは、自分よりずっと狡いじゃないかと思っていた。

 感情をひた隠しにしているのに、そんな弱みを無遠慮に突き刺していく。

 わかっていればそんな事を言わないのだろう、だけれどもそんな事をいうから無駄な期待を抱かせる。

 蜃気楼のようにユラユラと、ちゃんと知っているから。だから期待をするなと戒めても、どうしても。

 

「……仕方ないよ、これが決まりなんだから」

「まあね、都合のいい幽霊部員がいればなー」

 

 まあ高望みはしないでおくよ、そう言って彼女は再び絵を描き始めた。


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