叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

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08 登校、赤坂さん

「玲より先に恋人ができたから紹介するよ! ついでに部員もやってくれるから一石二鳥で廃部も回避、最高だね!」

 

 いつものように人の気持ちを弾ませる笑顔は、その言葉を聞いた今となっては毒以外の何物でも無かった。

 水面に顔を出す金魚のように口をパクパクさせることしか出来ない、言葉を出そうにも喉が詰まってどうしようも出来なかったから。

 自分は振った相手を部に誘うのを拒否しながら部内恋愛はありなのかとか、身体で部員を釣ったのかとか、好きな相手が居る気配なかったじゃないかとか、そんな言いたい言葉はいくらでもあった。

 

 多分この反応も彼女にとっては予想通りだったのだろう。そんな俺の状況を意に介することなく淡々と彼女は話を進めていき、ピッと俺の背中を指差した。

 

「今日から及川さんの恋人兼部員を務めるから、これからよろしく佐々木さん」

 

 それと示し合せるように後ろからそんな綺麗な声がして――。

 

 ●

 

「うおおおおおおおお!?」

 

 女の子らしくない言葉と共にガバリと布団を蹴飛ばして起き上がる、いつもの私室が目の前に広がっていた。

 夢、か。

 

 枕元にはアナログの時計が律儀にカチカチと時間を進めている。6時20分、目覚ましがなるのは10分後だから微妙な時間。

 

 寝間着がわりのジャージが汗を吸って体に纏わりついていて、それが少しだけ不快だった。

 けれども着替えるなら制服になるわけで、そうするとこの安息の地から追い出されることになる。

 

 二つを天秤にかけたところ、ここから動くのは面倒くさいという方向に傾いた。

 ごろりと枕を抱き枕代わりにしながら寝転がる。ふと思い出して、うんと右腕を伸ばして時計のアラームを切った。

 二度寝する気は無かった、しようにも胸の鼓動が収まるまでは到底なれそうには無かったから。

 自分の内心の激情を枕を込める。それを人だと思い込むには小さすぎるけれども、ほんの少しだけ緩和された気がした。

 

 渚に彼氏が出来る、こういう夢を見ることは初めてでは無い。彼女が告白されるのを見るたびに見たり見なかったり二分の一ぐらい、運が悪ければ訪れる。

 その出来た彼氏とやらは彼女に告白して玉砕していった相手で、もしかしたらあり得た未来を映しているように思えた。まあ結局、今までその夢は杞憂に終わっていたのだけれども。

 

 そういう意味では今日の夢は例外だった。

 告白されたのは渚ではなく自分であり、そしてもう一つ注目するべきところは出来たのが彼氏ではなく彼女だったところ。

 犬飼くんでは無く、赤坂さん。

 それが今日の夢の登場人物であった。確かに色々と印象に残る出来事はあったけれど、夢が自分の想像で出来てると知ってるとはいえ、変わった組み合わせ。

 

 赤坂さんなら渚にくっついてもおかしくない、深層心理ではそう思っていたのだろうか?

 渚が赤坂さんの絵は描いていたのは、彼女が赤坂さんに好意を抱いた兆しだと?

 

 哀れにもひしゃげた枕に込める力をふっと緩めた。

 まあ、そうだとしても現実には叶わない事だろう。赤坂さんは渚のことを好きじゃないと断言しているから、それこそ昼ご飯を一緒に食べることを拒否するぐらいに。

 昨日の昼は渚のことを嫌いな訳を深く掘り下げる空気ではなかったから結局その理由はわからないままだった。

 というかそもそも赤坂さんもほとんど口を開かないから、会話は殆ど弾まずに二人並んで昼ご飯を食べただけで、自分と赤坂さんとの仲の進展は殆ど無い。

 

 いまだわからない、知らないで埋め尽くされている彼女。渚は赤坂さんが自分の事を好きだというけれど、それにしては一緒に昼ご飯を食べたと言うのに感情の表現が乏しくて、あまりその言葉を信じていないのが現状だった。

 自分が好きな相手とご飯を食べる珍しい機会に恵まれたのなら喜び勇んで会話を繋ごうと必死になるだろう、けれども赤坂さんにはそれが無い。

 そういう訳で分からないということは継続してるのだけれども、昼ご飯を一緒に食べた事で一時期彼女に抱いていた怖い人という印象は今の所かなり薄れていた。

 渚と昼ご飯を一緒に食べることを拒否するけれども、自分は追い払わなかったことから、相対的にそこまで嫌われてる訳ではないと分かったから。

 そんなあまり前向きとはいえない理由。

 

 まあそんなこんなで赤坂さん方面からのアプローチをしたところ、付き合う可能性はゼロであると分かったが、渚方面から否定するならば、渚の恋愛対象は女子では無いことは今までの経験上明白だったし、何かその価値観を変える出来事が合ったかといえばまだ無い。考える間も無く安心である。

 いや、自分の恋が叶わないとの裏付けは安心ではないだろう。精神的に芳しくない思考を振り払おうと再び枕に力を込めた。

 

 そんな風に悶々と思考を巡らせているうちにいつもの起きる時間を過ぎていたようで、お姉ちゃんと自分を呼ぶ声を聞きつけ、慌てて枕をほっぽり出して起き上がる。

 

 着替えもせずに扉を手にかけた所で、ふとありもしない仮定が浮かび上がった。

 もしも渚の恋愛対象が男から女の子も枠に入れられるようになったとして、自分は赤坂さんに勝てるのだろうか?

 彼女より魅力があると言えるだろうか?

 

 考える間も無く、すぐに答えは出ていた。

 だって、そもそも答えありきの問題だったから。

 

 ●

 

 朝ご飯を食べ、制服に着替え、髪型を整えて、いつも通りの時間に家を出る、ある種のルーティンだ、決まった行動が運を引き寄せてくれる気がしていた。

 

 いつもと同じ時刻にやって来る、いつもの号車に乗り学校へ行く。たった一駅程度のこと、贅沢と言われるかも知れないけれど、自転車登校は雨の日が憂鬱になることを前世の経験からよく知っていた。

 あれは地獄だ、一度経験したら絶対に二度と自転車通学なんてしないと断言できる。

 

 そんなに混んでない電車に揺られて、流される。

 徒歩5分、電車3分。8分を消費して学校の最寄駅。吐き出される学生の数はそんなに多くはない、もう少し時間が遅くなれば増えて来るけど、自分と同じように早く学校に来るのは物好きだけ。

 

 ふん、と鼻を一つ鳴らす。なかなか機嫌が良くない。

 夢の事もあるし、部員探しをしなきゃいけないという現実が心を曇らせる。正に今の曇り空を映したかのように、心が沈みっぱなし。

 

 これはあまりよろしくない、それを晴らすべく自動販売機の前で足が止まる。いつもならば使わない物だから不安だったけれども、ざっとラインナップを眺めれば目当ての品物はすぐに見つかった。

 甘いカフェオレ、それを飲むことにより無理やりテンションを上げていこうと安易な作戦。

 カフェイン is GOD、困った時はカフェインを取っとけばなんとかなるのである。

 

 硬貨を入れ、ボタンを押したところで軽快な音楽が鳴り始めた。回る数字、どうやらこの自動販売機は当たり付きのものらしい。

 

「まあ、当たるはずがないだろうなぁ」

 

 そんな独り言を漏らす。

 すぐに見切りをつけるほど今まで当たり付きというものには縁がない人生だった。今回もまた同じだろうと、やけに出て来るのが遅い缶コーヒーを待ちながら、ぼんやりとスロットが止まるのを待っていた。

 

 7、7、7

 

 ガシャン、ガシャンと何かが落下する音が連続して、思わず天を仰いだ。こんな所で運を使う必要があるだろうか、いやない。自分は幸福有限論者なのである。

 心の中でありもしない造語を嘯きながら、とりあえず屈み込んでカフェオレを取り出す。

 あとで渚にプレゼントしようかな、そう思いながらベンチへ移動する。歩きながら飲む気は無い、ホームですぐに飲んで学校に向かう。そうするだけの時間の余裕は十分にある。

 

「おはよう、佐々木さん」

「ん、おはよう」

 

 ただ精神的に余裕があったかといえば別にそんな訳はなく、移動中にカフェオレの扱いを考えていた事もあり、名指しの挨拶にも適当に挨拶を返した。

 そちらを振り返る事なく多分クラスメイトの女子と判別する、でも渚なら下の名前で呼んでくるだろうから彼女以外。

 

 そうなると割とどうでもいい扱いになるので、そこまで気を払う気は無かった。用があるならもっと話しかけて来るだろうし、結局声の主はそれ以上話しかけてこなかったからつまりはそういう事なのだろう。

 

 一つだけ空いたベンチに腰掛けて、カフェオレを口に流し込む。思わず数回噎せながらも、心なしか気持ちも上向いてきた気がした。

 

「随分と美味しそうに飲むのね」

「……そりゃ実際、美味しいし」

 

 さっきと同じ声。てっきり先に学校に行ってるものだと思っていたが、予想を外れて自分に用があるらしい。

 先程とは違ってひと心地ついて、声の主は誰なのかは半分ぐらい確信を抱いていた。

 でもじっとカフェオレの缶を見下ろす、なんとなく確認したらアウトな気がした。

 

「ねえ」

「……なんでしょう」

「なんでこっちを見ないの?」

 

 ゆらゆらと影が体を昇っていく。目の前に彼女が近づいてきており、既に足が視界に入っていた。

 どうやら一緒に登校するという選択肢以外自分には残されていないらしい。残ったカフェオレを一気に飲み干して、立ち上がる。

 

「……特に理由はなかったんだけど」

「そう、じゃあ偶然会った事だし一緒に学校いきましょうか」

 

 笑顔でもなく、怒るでもなく、徹底した無表情で淡々と告げる。まあただしそんな顔をしていても美人だという想いは変わらないから、羨ましい事。

 怖い人度を引き上げつつ、赤坂さんも電車通学らしい、頭の中の人物メモにそう書き足した。

 

「もしかしてカフェオレ欲しかったの?」

 

 その言葉に何を言ってるかわからないと彼女は首を傾げた。


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