叶わない恋をしよう!   作:かりほのいおり

9 / 37
09 教室、赤坂さん、援軍なし

『クラスの美人さんと登校イベント!』と名付けてみれば、なんとなく胸に響く感覚はあるのだけれども、果たして現実がラブコメ調にすべてうまく進むかと言えばそういうわけでもなく。

 スタスタと足早に進んでいく赤坂さんから遅れないようについていくだけで必死になりつつ、気づけば高校の校門前。

 

「赤坂さん、ちょっと歩くの早くない?」

「……そうかしら」

 

 人気があんまりない校門をくぐり抜ける。こちらに視線を寄越すことなく素っ気ない言葉を残すのは、それがさも当然で疑問にも思ってないからだろうか?

 

「こう、偶然会ったんだからさ、ゆっくりのんびり歩きながら会話を楽しむもんだと思ってたんだけど」

「佐々木さんは私と話をしたいの?」

「うん」

 

 迷いも見せずに答えを出す。こういうのは迷いも見せずに色好い返事を残した方が良いことだらけだと知っている。

 

 不意に風が強く吹き、校門脇から昇降口に続く桜並木が一斉に騒めいた。今はすっかり葉桜になったけれども、季節となればこの学校の名物である。

 入学式の後、渚と一緒に写真を撮ったのももう去年のこと。そんな懐かしい記憶を桜の木に仰ぎ見てため息をつき、視線を隣に戻すと赤坂さんの姿が見えない。

 

 前にはいない。すぐさま足を止めて振り返ると、彼女は数メートル程後ろで足を止めていた。

 

「どうかした?」

「貴女は――。」

 

 ざわざわと木が騒めいて、再び無粋な風が吹き荒ぶ。正面から打ち付ける風に思わず目を閉じる。

 風がやんだと見て目を開けた時には、先ほどよりゆっくりとしたペースで赤坂さんは再び歩き始めていた。

 

「ごめん、聞き取れなかったんだけどさっきなんて言ってたの?」

「別になんてこともないたわ言だから、気にしなくていいわ」

 

 そう言われるともっと気になるのだけれども、彼女はそれ以上口を開かない。むすっとした顔が彼女の心境を表している。

 

 ああ、悪いことをした。

 胸に残るは罪悪感。別にわざと聞き逃したわけではないし、赤坂さんもそれはわかってるだろう。

 そうは言ってもやってしまったことは取り返せない。彼女がほんの少し不機嫌になったように見えるのは、自分のせいに他ならないし、多分気のせいではないだろうから。

 

 汚名をそそぐべく、慌てて鞄を漁りカフェオレを取り出した。ほんの少し温くなり始めている気がするけれど、そんなことかまっちゃいられない。

 彼女の前に立って手を出すと再びピタリと足が止まる、今度はちゃんと確認していたから自分もすぐに静止できた。

 唐突に前へ突き出されたカフェオレを見て、彼女はジロリと視線をこちらへ向けた。

 

「これはなに?」

「なにってそりゃ見てわかる通りカフェオレだよ。プレゼント・フォー・ユーって感じで、余り物で悪いけど」

 

 ふむと頷きながら赤坂さんは缶に手を伸ばした。

 食い付いた。そんな思考もつかの間、缶を掴むこと無く手を降ろす。

 直前まで行って受け取るのをやめる理由がわからなかった、もしかしてカフェオレが嫌いだったのだろうか?

 そんな予想は赤坂さんの続く言葉にあっさり否定される。

 

「……及川さんに渡す用のものじゃないの?」

「いや、別にそのために買ったものじゃないよ」

 

 思わずホッと息を吐く。

 そもそも意図して手に入れたものではないので、その考えは杞憂である。

 はじめは渚に渡す予定だったけれど、別にそれを今言う必要もない。押せば行けると判断していまだ掴もうとしない彼女に追い打ちをかけるように、更に言葉を叩き込む。

 

「もしかしてカフェオレ嫌い?」

「別に嫌いでもないし普通だけど、私でいいの?」

「自分が赤坂さんにあげたいからあげるの! ほら持って待って!」

 

 グイグイと手に缶を押し付けると、ようやく赤坂さんは缶を握った。いい仕事をやり遂げたと額の汗を一拭い、長い戦いだった。

 

「……そう、ね。じゃあ有り難く貰っておくわ」

 

 そう言いながら彼女はカフェオレを飲むでも無く、鞄にしまうでも無く、体を冷やしたいのか頰にピタリと缶を添えた。

 

 ●

 

 世の中にはハンドシグナルというものがある。

 軍隊だったり、ダイビングだったり、そういう言葉を出しちゃいけない場面で情報を伝えることが出来るものだ。

 

 別に自分がダイビングとかサバイバルゲームをやるわけではないけれど、前に渚と二人で軍隊式のハンドサインで試しに遊んでみた経験がある。

 

 これがまた、予想以上になかなか楽しい。

 なんというか、子供の頃の暗号ゲームのような感じといえばわかるだろうか。共犯者にしか伝わらない秘密の背徳感ときたら、堪らないものがある。

 

 とはいえ基本的に日常生活で声を出しちゃいけない場面で、ハンドシグナルをわざわざ使って連絡しなきゃいえない事は滅多にない、絶対にないと断言してもいい。

 

 というわけでそのハンドシグナルの遊びも飽きてしまい、そんなこともあったなという過去の遺物になったのだけれども。今、まさにそのハンドシグナルが役に立つ時が来ていた。

 

 眠たそうに目をこすりながら教室へと入ってきた渚に、すぐさま『来い』とハンドシグナルを送る。

 彼女はすぐにこちらに気づき、訝しげに目を細めた。当然だろう、普通ならば声を掛ければ良いわけで懐かしいモノを使う必要はないのだから。

 

 けれどもどうしてかは分からなかったようで自分の机へと数歩近づいて、ピタリと足を止めた。

 代わりにぱっぱっと手を動かし始めた。左手の平をこちらに向けて左右へと往復させる、『分からない』という意味を持ったハンドシグナル。

 

 いや絶対にわかってるだろ! そんな内心の叫びを無視して彼女はスタコラサッサと自分の席へと引き下がっていく。ハンドシグナルは役に立たず、どうやら助けは来ないらしい。

 仕方なく真正面の席に座っている赤坂さんへと視線を戻す。

 

 そう、そこに赤坂さんがこちらを向いて座っているのだ。赤坂さんは自分の後方の席であり、当然ながらその席の主は別人である。

 教室にたどり着き自分の席に鞄を置くやいなや、カフェオレだけを持ってこちらに戻ってきてから、赤坂さんはずっとそこに居た。

 ちびちびとカフェオレを飲み、飲み終わって席に戻るかと思えば、缶をじっと見下ろしてる彼女。

 恐る恐る、尋ねる。

 

「……もっとカフェオレ飲みたかったの?」

「もう少し、味わって飲むべきだった」

「いや十分味わってたと思うけど」

 

 その言葉にふるふると首を振って彼女は言った。

 

「それで、話をしたいんじゃないの?」

「あ、もしかして話しかけるのをずっと待ってた?」

 

 その言葉にコクリと赤坂さんは頷いた。

 てっきりカフェオレに大事に飲む姿を見せてくれているのかと思ったけれど、自分が話しかけるのをずっと待ってくれていたのか。

 

 赤坂さんと話したいと自分が言ったから。

 

「もしかして赤坂さんってさ、人付き合い下手くそ?」

「そんなことないわよ」

「アッハイ」

 

 異議を認めぬ強い視線。でも会話というものは両方受け手であり出し手でもあるのだから、彼女から話しかけてくれれば良かったのにと思わざるを得なかった。

 まあ彼女と同じように此方も話しかけるより受けに回るタチなのだけれども。

 

 やっぱり何も言おうとしない赤坂さんを置いておいて、頭を振り絞る。後につながるような話題で言えばペットだろうか、そんなことを考えているとぼんやりと涎を垂らしながら猫の顎を撫でて和んでそうなイメージが浮かび、慌てて振り払う。

 不埒なことを考えたら見抜かれて天誅を喰らう気がした。

 

「……赤坂さんは何かペットを飼ってたりするの?」

「トイプードルを一匹飼ってるわ」

「へー、名前は?」

 

 どうやら彼女は猫派より犬派らしい、勝手になんとなく裏切られた気分になっていた。

 

「クドリャフカ、よ」

「スプートニク2号に乗ったあの?」

「そうだけど、説明してないのによくわかったわね」

 

 その言葉にただ苦笑する。

 前世の知識フル活用である、起こった出来事は変わらない。この世界でも変わらずスプートニク2号は打ち上げられていた。

 クドリャフカはそれに乗せられた犬の名前だ。

 

「なんというか、あまり縁起が良くない名前だと思うけど」

 

 スプートニク2号に乗せられた時点で片道切符しか持ってなかったのだ、帰るための設備は備え付けられず、大気圏再突入で死体も残らず燃え尽きた彼女(クドリャフカ )

 まあその時まで生きてたわけではなく、打ち上げられて1日ほどで死んでしまったらしいが。

 

「それって赤坂さんが名前をつけてあげたの?」

「ええ、そうよ」

「元ある名前を付けるなら生還した犬の名前を付けた方が良かったんじゃないの?」

「違うわ、クドリャフカだからこそ意味があるのよ」

 

 だからこそ意味がある、それは自分にとっては理解しがたい言葉だった。当然彼女もそれをわかっているだろうに、その言葉については補足しようとしなかった。

 一番最初だから意味があるということだろうか? 一頻り考えて、ギブアップと手をあげる。

 

「……やっぱり、赤坂さんはわからないよ」

「私も全く貴女のことがわからないけど」

 

 知るにはお互い時間が足らなすぎるのだ。

 さらに言えば貴女が知りたがっている自分のブラックボックスは、いくら知ろうと焦がれても絶対に明かさない場所だから。

 到底、無意味な話。でも、それを口にすることはない。

 

「知りたければ努力することだよ」

「……なれるのかな、私に」

 

 彼女は何になろうというのか、その答えを出さずに「そろそろ席に戻るわ」と、そう言って赤坂さんは立ち上がった。

 

「佐々木さん、また」

 

 彼女が小さく手を振って、自分もまたそれに手を振り返す。

 それが次があることの約束になってると気づくのに、まだ少しの時間が必要だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。