文章力は見逃してくだしあ
「はあ…」
とある大学内のカフェテラス。私は既に講義が終了した後のそこで、相棒(腐れ縁ともいう)を待っていた。既に予定の時間を過ぎているが、いつもの事なので慣れっこである。
「呼び出したのはあっちでしょうに…」
ぼやいても時間の進みは平等だ。結局予定時刻から長針が数字1つ分過ぎた頃、彼女はやってきた。
「ごめんごめん、お待たせメリー」
「5分遅刻よ、いつになったら遅刻癖が治るのかしら?」
はぁ、とため息をついて、私ーーメリーことマエリベリー・ハーンは目の前の相棒をジト目で睨む。
そんな事を気にもせずに、相棒ーー
「まあまあ、私が遅れてくるのは分かってた様なものなんだし、それより今はケーキよケーキ」
「自分で分かってるなら早々に治してほしいものね」
店員が注文を取りに来る。
私はメニューをざっと見て、ふと目に止まったものを注文した。
「えっと…ガトーショコラと紅茶で」
それを聞いた蓮子は若干のキメ顔をしてーー
「じゃあ私はコーヒーと…シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを」
「…はい?」
店員が目を丸くする。そうだろう、そのシュヴァ何とかなんてメニューに載っていない。
私と店員の反応を見た蓮子は少し停止して、
「…コーヒーとガトーショコラを」
「か、かしこまりました」
ぶっきらぼうにそう答えた。店員が困惑の抜けない顔で去っていく。
「……何?今の」
「メリー知らないの?ガトーショコラもシュヴァルツネッガーも同じようなものなのよ」
「何がよ…それに間違えてるわよ。さっきは…なんて言ってたかしら」
無闇に長い名称で呼ぶ必要は無いと思うのだが。けれど最初からガトーショコラって言えば、とは言わない。そんな事で止まるような相棒では無いし、何より一々言っていたら身がもたないのだ。
「だからってメニューに無い言い方をしたら普通は伝わらないものよ」
「この位基本よ基本。メリーも食べ物の別称くらい覚えていても損は無いわよ」
「覚えるメリットの方が少なそうだから遠慮しとくわ。大体基本かどうかを決めるのは個人であって蓮子じゃ無いのよ」
「それを言われたら何も言えないわ…」
そんな雑談をしているうちにケーキが運ばれてくる。ココア色のスポンジをチョコレートで上からコーティングした、艶のあるごく一般的なガトーショコラ。
結局チョコレートケーキよね、と思ってしまうのは蓮子と同じ別称云々の問題なのだろうか。
「ん?どったのメリー?」
「いえ…どの呼び方でも結局チョコケーキよね、って思っただけよ」
何気なく抱いた感想。けど蓮子は何故か目を輝かせて、
「そうよそういう事よ!だから私があの長い名前で呼んでもーー」
「それはそれ。というか私の意見に賛同するならチョコケーキでいいじゃない」
「むう〜っ、あんまり理屈ばっかり並べてると友達減るわよ」
「あいにく非公式サークルなんかしているせいで友達の数も少ないですわ」
ガトーショコラの先端を切って口に運ぶ。
しっとりしたスポンジとほんのりと甘いチョコクリーム。甘すぎないおかげで大してしつこくもないそれは、このカフェテラスの中でも人気のケーキだ。
口に残ったチョコの風味を紅茶で飲み込む。講義を終えた学生の身分には甘味が染み渡るようだ。
そんな事を思いながら、ふと気になった事を蓮子に尋ねた。
「そういえば蓮子。ガトーショコラもシュヴァ何とかが同じようなものってどういう事なの?」
「んー?ああ、それはね」
私より断然早くガトーショコラを食べ勧めていた蓮子は、「コーヒーとも意外と合うわね」とコーヒーを啜った後に語り出した。
「ガトーショコラって言うのはフランス語が元になっているわけだけど、別にガトーショコラっていう名前自体は固有名詞じゃないのよ。ガトーショコラはフランスにおけるチョコケーキの総称、つまりフランスではガトーショコラって言っとけば何かしらチョコケーキが出てくるのよ」
「流石にそれは言い過ぎな気もするけど…それで?」
「そして私が言ったシュヴァ何たらはドイツにおける呼び方。他に有名なのを挙げるならブラウニーね、あれは確かアメリカだったかしら。まぁともかく、場所によって呼び方はあれど、結局メリーの言ったようにチョコケーキを頼んでいるだけ、っていう事よ」
「…よくもまぁ、そこまでスラスラ出てくるわね」
蓮子は意外と頭が回る。それは知っていたがケーキ1つの知識がこうもあっさり出てくるとは。もう少し学業にその頭脳を生かした方が良いと思う。
「そりゃ私から言わせてもらえば結構な頻度で来るカフェな訳だし、甘いものは好きだしね。興味本位よ、興味本位」
「はぁ…まあ良いけど。それより私としてはこのカフェに呼んだ理由を聞かせて貰いたいわね」
つい聞いてしまったが、私はガトーショコラに関する豆知識を聞くためにここに来た訳ではない筈だ。
「んあ、そう言えばそうだったわね」
そう言って鞄をあさる蓮子の皿にはもうガトーショコラは無い。もっと味わって食べるべきね、何て思っていると、蓮子は数冊の雑誌を取り出した。
「まぁ呼んだのはいつも通り、秘封倶楽部の打ち合わせだけどね」
そんな事だろうとは思っていた、というより他の理由はほぼ思いつかなかったが。
私と蓮子は、この大学で“秘封倶楽部”というサークルを作り活動している。メンバーは私と蓮子の2人のみ、おまけに大学側に申請もしていないという完全な闇サークルだが。
活動内容は毎回概ね同じ。この世界とは違う、私達にしか見えない“神秘”を暴くこと。早い話がオカルトサークルの様なものだと思ってくれて構わない。
そんな訳で、蓮子は毎度怪しいオカルトスポットに関するものを集めてくるのだが……今回はそれだけでは無かった。
「いつもの怪しい雑誌に…何これ?グルメ雑誌?」
蓮子が持ってきた各地の怪しい情報が載った雑誌。それに対応するように同じ区域のグルメに関する雑誌までセットになっていた。
「私達はオカルトスポットを見に行くだけなんだから別に現地の食べ物なんかわざわざ調べなくても…」
「違うわよメリー、私達は今までオカルトスポットにばかり注目してきたわ。でもそれだけじゃ駄目だと気づいたの」
「…というと?」
ふふん、と蓮子は得意げにグルメ雑誌を開いてみせる。手元を見ていないせいでページを開くのに苦戦しているので台無しだが。
「今まではオカルトスポットだけ見て収穫が無かったらさっさと撤退してたけど、何も各地にあるのはオカルトスポットだけじゃ無いわ。そこにまつわる様な料理を食べたら、もっとこう…縁が出来るというか…上手く見えたりするかもしれないじゃない?」
「……理由としては随分苦しいわね。ただ自分が美味しいもの食べたいだけじゃないの?」
う、と蓮子が言葉につまる。やっぱりかと蓮子を睨むと、苦笑いで頬を掻きながら蓮子は続けた。
「だって学生としては折角遠出をするならそこの名物だって食べたいし…食べるならメリーも一緒にと思ったのよ!2人で1つの秘封倶楽部なんだし!」
「…はぁ。分かったわよ。現地の名物か何かもついでに食べに行くのね?」
「いいの!?」
「ええ。スポット以外にも目的があった方が蓮子も張り切って活動しそうだしね」
それに、と心の中で加える。サークル活動となればオカルト一直線だった相棒も、私の事を考えたりしてくれてるんだと思うと、少しは嬉しい気持ちも無くはない。そう思うのは私が甘いからだろうか。
私はテーブルに置かれた雑誌の1つを手に取り開く。同時に残っていた一欠片のガトーショコラをフォークに。
「そうと決まれば、早速行き先を決めましょう?私達の活動のね」
「そう来なくちゃ!面白そうなのは目をつけてあるわ。例えばこの雑誌のーー」
嬉々として語る蓮子の話を聞きながら食べた最後の一口は、心なしか少し甘さが増しているような気がした。
<NEXT>
「さあメリー、ここが今回の目的地よ!」
「ここって…何か気になる所でもあるの?」
「あ、ここは後でか…先にオカルトスポットの方ね」
「……やっぱり許可しない方が良かったかしら」
「わー待って待って!ここは本当美味しいらしいんだって!メリーもこの味を食べないと損するわよ!」
【第2話 大阪城下のオムライス】
お楽しみに〜