譲れないものというのは誰しも持っているのでは無いだろうか。
信念しかり好みしかり、ソレは人の数だけあると言って良いだろう。
しかし、それが相反する場合。その時は互いに全力で譲れないものを守り通す為に戦うことになるだろう。ちょうど、今の私達のように。
要するに。
「あら蓮子、その手に持ってるモノは何?」
「私も気になるわメリー、なんで貴女がそんなモノを持っているのか」
私達秘封倶楽部の、結成以来初の大勝負が始まろうとしていた。
◇
事態は少し前にさかのぼる。
いつものように講義を受けていると、蓮子から1通のメールが届いた。内容自体は放課後に集まるという事だったが、その後に、普段は見ない1文が添えられていた。
『悪いけど、適当にお菓子でも見繕って来てくれない?私は私で買っていくからさ』
そういう訳で、集合場所に指定されたカフェテラスに大人気のお菓子である“タケノコノサト”を買っていったのだが。
あろう事かこの相棒は、私より先にカフェテラスに座って天敵たる菓子“キノコノヤマ”をかじっていたーーという事である。
それはともかく。
蓮子の正面に座ってタケノコノサトの封を切る。表情は崩していない筈だが、心なしか蓮子を見る目が若干違っているのが自分でも分かる。蓮子もそれは同じようで、流れる空気が僅かに緊迫したものとなる。
先に口を開いたのは、私だった。
「私は蓮子とつまむように“タケノコノサト”を買ってきたのだけど…。余計なお世話だったかしら」
「そうね。やっぱつまむお菓子といったら“キノコノヤマ”よ。タケノコよりも食べた気になるしね」
「……その意見は賛同しかねるわね」
自信に満ちた目でこちらを見る蓮子に対し、私はタケノコノサトをつまんで口に放り込む。
「キノコはチョコとクラッカーが分離しているわ。その分一緒に食べた感覚が薄くなりやすい。対してタケノコはクッキーに直接チョコをかけているからクッキーとチョコの一体感が楽しめて量も多いの」
ただし喉が渇きやすいわね、と心の中で呟いて持参した紅茶を飲む。甘すぎないチョコのお陰で紅茶とも意外に合う。私にとってキノコのチョコは少し甘すぎるのだ。
そう思っていると、蓮子が不意に笑みを深めた。キノコを食べていつのまに頼んだのかコーヒーを飲み息をつく。
「なるほどね。確かに一体感という面では敵わない。だけどね、メリー」
言葉を切り、蓮子はキノコをこちらに突きつけた。
「タケノコには、貴女にとって最大の弱点があるのよ」
「…何ですって?」
「メリー、貴女の指を見てみなさい」
言われるがままに自分の指を見る。そこにはタケノコをつまんだときに着いた、クッキーの粉。
「まさかーー」
「そう。タケノコはクッキーを使っている為に粉が落ちる。いくらチョコでコーティングされているとはいえ、下の部分はクッキーのままだわ。そしてタケノコは確かにキノコより量が多い。でもそのせいで、移動の時とかに袋の中で振られた衝撃でクッキーの粉は舞う。コーティングの部分にさえ、粉は及んでしまうのよ」
蓮子は余裕のある表情でコーヒーをすすり。
「カフェで食べ物をつまみながら本を読むメリー、貴女にとってそれは致命的と言える筈よ!」
キメ顔でこちらに指を突きつける蓮子に、私は俯いてしまう。
その可能性は考慮していなかった。私が本を読みながら食べなければ良いのだが、そうではない。これに対して反論をしなければ、その時点で私の、タケノコの負けなのだ。
考えろ。私は頭を回転させる。ふと、目の前の蓮子を見る。勝ち誇った顔をした蓮子をみて、1つ思った事があった。
「…ねえ蓮子。貴女今日は遅刻しなかったのね」
「ん?ええ。たまにはと思ったけどコレ買ってたらギリギリになっちゃったけどね」
「そう…」
ならば。私は蓮子を見据えて口を開いた。
「なら蓮子。私は貴女に対する反論が出来るわ」
「…へえ?」
「蓮子。下の方のキノコを取ってみて?」
蓮子が袋に手を入れ、袋の隅の方のキノコを取り出す。だが、その時。
キノコの傘の部分ノチョコレート。そこがクラッカーから外れ、机の上に転がった。
「…!」
「キノコはつまんで汚れないのはクラッカーの部分だけ。どちらにせよすべからくチョコを触れば汚れるわ。そしてキノコはチョコとクラッカーが分かれている構造上分離しやすい。更に蓮子、貴女の発言からして、ギリギリになったという事は走ってきた筈。その構造で走ったりなんかしたら、キノコがどうなるか…分かるわね?」
蓮子が項垂れる。それを見て私は笑みを浮かべながらタケノコをもう1つつまんだ。程よい甘みとクッキーの食感が丁度いい。
やはりチョコにはクラッカーよりクッキーが合う。クラッカーにはやはりジャムなり何なりをつけるべきだろう。
ふと、蓮子が立ち上がった。
「なるほどね…どうやら、いくら議論を重ねても無駄みたいね」
つられて私も立ち上がる。
「ええ。話し合いで分かってもらえればそれが一番良かったのだけれどね?」
互いを見据える。徐々に距離が縮まる。
どちらとも無く手を伸ばしかけた所でーー
「貴女達、さっきから何を話しているの?」
突如かけられた呆れ声に私達は揃って声の方を向いた。
目に飛び込んで来たのは、赤だった。
赤い髪に赤い服。おまけにこれも赤いマントの様なものを羽織っている。私達とそう変わらない身長だが、うちの大学にこんな目立つ生徒がいただろうか。すると、蓮子が僅かに目を見開くのが見えた。
「お、
慌てた様子で蓮子が頭を下げる。それを見て私は蓮子に小声で話しかけた。
「知ってる人?」
「知ってるも何も私の物理学の教授よ。類を見ない変じ…変わり者でね、講義以外で滅多に研究室を出ないんだけど」
「へえ…」
蓮子に変人と言われるとは可哀想な人だ。教授を見ると、キノコとタケノコを勝手につまんでいた。
「そうだ!教授はどっちがお好きなんですか?」
思いついた様に蓮子が叫ぶ。待て、その手段はもしや、
「ちょっと蓮子、」
「こうなったら多数決よ多数決。多かった方が正義、これぞ今の日本だわ」
「勝手に国レベルにまで発展させないでよ…」
勝手に盛り上がる蓮子をよそに、岡崎教授は当然と言った様子でこう答えた。
「どっちも、と言うよりお菓子なんてどれも同じような物でしょう?」
「え…?」
固まる蓮子をよそに教授は続ける。
「この2つに限って言えばそうね、どちらもサクサクした食感のものにチョコを加えただけ。この程度のものなら形を変えれば幾つでも類似品は作れるし、何よりお菓子なんて食べるのがいいんだから、一々議論なんてしてたらキリがないわよ」
そう言って、教授は踵を返す。カフェから出る寸前に、もう一度私達に顔を向けた。
「そうそう、宇佐見さん」
「は、はい」
応じた蓮子に、教授は僅かに微笑んで、
「彼女と議論も良いけれど、次のレポートは遅れないで頂戴ね?そろそろ私も色々考えるわよ?」
そう言い残して、教授はカフェから出て行った。呆気にとられた私達は、どちらとも無く座りなおして、それぞれのお菓子をつまんだ。
「…何だか、さっきまでの議論が馬鹿馬鹿しく思えてきたわ」
そう蓮子がぼやく。私も全く同意だった。
確かに、ほとんど同じ食べ物だ。多少好みが違ったとて、議論を展開する必要は無いのかもしれない。
「そうね。それに、貴女にはお菓子以前にレポートについて話をする必要がありそうね?」
「あ、あはは…。ほ、ほら、それよりももう少しで春休みよ。そこの予定とか、決めない?」
「はいはい、レポートはその後ね」
苦笑する蓮子の手元にあったキノコノヤマを1つつまんで放り込む。私には甘すぎるチョコレート。だがそれも蓮子にとっては丁度良いのだろう。
ーもう少し、議論をするのも楽しそうだったけどね。
そんな思いはいざ知らず。いつも通りの日常を、私達は過ごすのだった。
<NEXT>
「何だったのあの茶番」
「茶番とは失礼ね!秘封倶楽部解散の危機だったでしょ!?」
「あれで危機なの…」
「まあそれはともあれ春休みよメリー」
「そうね。確か蓮子のエスコートで東京に行く計画だったかしら」
「そうよ。蓮子さんのエスコート力を見せてあげるわ」
【第9話 蓮子の東京エスコート? 〜江戸前寿司編〜】
お楽しみに〜