またせたわりに短いよゆるして
まえがきにかくことがないよ
「んー…今日もハズレかぁ」
隣を歩く蓮子がぼやく。それを聞いて、私は積もる不満をため息と共に吐き出した。
時刻は夕方に少し早いくらい。2人とも午後の講義が休講になったのをいい事に、最近ないがしろになっていた秘封倶楽部の活動をしようと張り切る蓮子に引っ張られる事数時間。先ほどの様子から何か有益な情報やオカルトを得られた筈もなく、こうして並んでいつもは通らぬ道をぶらついている、という事だ。
「今日のところはここまでにしない?このままあてもなく歩いても、迷子になるだけで終わりそうだわ」
「ぐぬぬ…何か1つくらいはそれっぽいオカルトがあると思ったのに…!」
「オカルトは常人には見えないからオカルトなのよ。私達には見る資格無しって事ね」
「そんな訳無いでしょ!私達は既に何度も遭遇したじゃない!」
「…そんな事あったかしら」
今までそれらしいモノを見るどころか掠りもしていないような気がするが、それを言えば蓮子が更にムキになるのは分かりきっている為心の中に留める事にしよう。
そんな私の内情などお構いなしに、蓮子は通りをずんずん歩いていく。この辺りはお店や人通りの少ない所だがオカルトは流石にいない、いるモノといえば野良犬程度のものだ。
「ここいらで猫又でも出てきてくれないかしらねー…」
「最近は尻尾が2本の種類なんかもいるみたいね」
「いちいちうるさいわよメリー!乙女の夢を壊さない!」
本当の乙女はオカルトなんか求めない、という言葉をぐっと飲み込む。蓮子が乙女じゃ無いのは今に始まった事ではないし、言い返す私も到底そうとは言えない身なのだ。言ってて虚しくなる訳では無い、決して。
ぼんやりと店の増え始めた通りを歩いていく。すると、少し前を歩いていた筈の蓮子がすぐ近くにいて、何やら首を傾げていた。
「どうしたの?」
「ん?んー…こんな所にこんなお店あったかなぁ、って」
蓮子の見ている方向を覗き込むと、やや年季の入った建物の前に小さな、これも多少使い込まれたような立て看板が置かれていた。装飾などは一切無く、チョークの様なもので掠れ気味に店名とおぼしき英語が書かれている。読みにくい事この上ないが、どうにか口に出してみるとーー
「バー…オールド、アダム?」
聞き覚えの無い名前だ。この通りは回数こそ少ないものの通った事が全く無い訳では無いので、こんな店があれば見逃す筈はないのだが…。
「新しく出来た店、の割には古い建物よねぇ。雰囲気を大事にしてるって事で中は綺麗だったりするのかしら。ともあれコレはチャンスよ、メリー」
隣から蓮子の好奇心を含んだ声が聞こえる。この流れは非常によろしくない。よろしくないのだが、こうなってしまえば私に最早選択肢は無いと言っていいのだ。
「どーせオカルトなんて見つかりっこ無いことだし、今日はここで飲んでくわよ!値段の相場とかよく知らないけど、まぁ大丈夫でしょ!」
「大丈夫って、そんな軽いノリで…」
私の声も聞かず、蓮子は躊躇なく扉を開けて中へと入って行く。ええい、こうなればなるようになれだ。私も蓮子の後を追い、未知のバーへと足を踏み入れた。
「…暗いわね」
「ええ、暗いわ。バーだからと言ってもちょっと暗すぎるわね」
中は薄暗闇の中だった。ぼんやりと照明の様な明かりはついているものの、室内だからか非常に暗い。視界が奪われる程でもない為、そういう店と言ってしまえばそれまでだが。
正面にあるカウンターらしい場所では、マスターだろうか、酒のようなモノを作っているのが見える。それだけでなく、思った以上にお客も入っているようだ。
「なんだか、変わった所ね…バーってこういう場所なの?」
「さあ?私も入った事は無いし。それよりメリー、何飲むか決めましょう!」
もう呑むことしか考えて無いんじゃなかろうか。嬉々としてメニューに目を滑らせる蓮子の顔は、だがすぐに怪訝そうな顔に変わった。
「メリーメリー」
「ん?」
「ここ、見た感じ旧型酒しか置いてないわよ、しかも値段も安いし」
旧型酒、とは言ってしまえばお高いお酒だ。置いているバーもあるだろうが値段はするだろうし、ましてやそれのみしか置いていないとなれば怪訝な顔もするか。
「ちょっと大丈夫なの?危ないお店とかじゃ…」
「マスターにツテとかあるんでしょ。マスター、えーと、“フォービドゥンサイダー”2つー!」
「……」
聞いちゃいない。頼んだものが何かも検討がつかないし、私には大人しくしている位しか道が無い。
もう一度、メニューを覗き込む。…見慣れない名前ばかりだが、確かに普段目にする名前が無いと言う事は、蓮子の言う通り旧型酒しか無いのだろう。それよりも、気になったことがあった。
「と言うか蓮子…ここっておつまみとか無いの?」
「私だって来た事無いんだって…メニューには無いけど、他のお客さんは何かしら食べてるみたいだし、持ち込み制なんでしょ。ジャーキーとチーズならあるわよ」
「なんで持ってるのよ…」
一応女子大学生なのだから、もう少し洒落たモノを、と思ったが蓮子に限ってそれは無いか。ともあれ、蓮子からジャーキーとチーズを貰って少しかじる。
「久々に食べたけど、やっぱりジャーキーって塩っぽいわね…」
お酒等と合わせてないから当然かもしれないが、ジャーキーの強い塩気が舌にくる。肉の味も濃いためやはり単品で食べるには私にはハードルが高い。お米と一緒に食べる人とかいないのだろうか。
「いくらジャーキーが肉だからって、流石におかずにはならないと思うけど」
「軽く思っただけよ」
口直しの意味もこめて今度はチーズを放り込む。一口大の割にこちらも濃厚な味わいで、お酒のあまり得意ではない私でも多少は飲む気になるような、そんな味だ。
だがどちらも味が濃いのも事実。そろそろ水分が欲しい、そう思った時に丁度よくグラスが置かれた。
「お、来たわね」
「ところで蓮子、迷いなく頼んでたけどこれ飲んだことあるの?」
「いえ全く。響きが良かったから頼んだだけよ」
ひどい話だ。せめて自分の分だけにしてくれたらいいモノを、何故私の分まで頼むのか。なんだか今日はあまりついてないなと、出そうになった2度目のため息をグラスに注がれたカクテルで流し込んだ。
「…ん、甘い」
林檎酒だろうか、甘味と僅かな酸味があるが、さらりとしているので飲みやすい。どちらかと言えばジュースに近いような味がする。隣を見れば、蓮子も一息にカクテルを飲み干していた。
「ん〜、疲れた体にはしみるわねぇ」
「調子にのって飲みすぎないでよ?」
「分かってる分かってる!」
言いながら2杯目を頼んでいる。今度こそため息をついて、私も2杯目を頼んだ。
そこで、ふと周りに視線をやって。他のお客が、何やら話をしているのに気がついた。
「…?」
何を話しているかは聞こえない。だが雰囲気からして、どうにも明るい話という訳でもないらしい。
「…気づいた?メリー」
隣では2杯目も飲み干した蓮子が、同じく他のお客に視線をやっていた。
「何か、話しているみたいだけど…」
「ええ。しかも聞く限りじゃ、どうも私達の常識とは違う事を言ってるみたい」
「常識と違う…?」
いつのまにか出された3杯目を飲み干して、蓮子は続ける。
「ここでは無い何処か。もしかしたら、私達が追ってるオカルトのようなモノも…ううん確実に混じってるわ、そうに決まってる」
「れ、蓮子…?」
いつになく熱弁を振るう蓮子は、私には聞こえない声で何事か呟いた後ーーそのままカウンターに突っ伏してしまった。
おそるおそる揺すってみる。するとすっかり赤くなった顔で寝息を立てているのが聞こえた。
「ええ…飲みすぎるなって言ったのに……」
思いのほかアルコールが強かったのか、はたまた蓮子が弱いのか。蓮子は強い方だったと思うけど、もしかしたらストレスでも溜まっているのだろうか。
私の前に置かれた、すっかりぬるくなった2杯目を飲み干す。冷たすぎない方が丁度よく林檎の味がして美味しかった。
さて、蓮子が寝てしまったとなれば、帰りはどうしようか。引きずって帰るわけにもいかないし、と若干憂鬱な気持ちで眠りこける蓮子を見やる。
その顔が、不意にぐにゃりと歪んだ。
「え…?」
いや、蓮子の顔だけでは無い。身体も視界に映るバー全体も、全てがいびつになっていく。
同時に強烈な眠気。私は抗おうとして、咄嗟に蓮子の手を掴んで。
そのまま、私の意識は暗転した。
<NEXT>
「ここ…以前の」
「夢の世界って事?ならじっとしちゃいられないわ!早速活動を始めるわよ!」
「この前の人じゃん。そっちの人は友達?」
「そーなのかー」
【次回 幻視・再会の屋台】
お楽しみに〜