「う…んん…」
目を開ける。そこは私がさっきまで居たバーでは無く、多量の竹が伸びる竹林だった。
日の光が薄っすらと差し込む竹の1本に、私はもたれるように座り込んでいた。
見れば、蓮子も私のそばで寝転がってのびている。ひとまず私は蓮子を起こして状況を確認する事にした。
「蓮子起きて。起きてってば」
「んぁ…あれ?私達バーに居なかったっけ?」
寝ぼけ眼で辺りを見回してぼやく。困った事に、デバイスを使おうとしても電波が悪いのか繋がる気配すらない。薄暗いこの場所ではライトがわり程度にしかならなそうだ。
私が悩んでいる間に、蓮子は鞄からジャーキーを取り出してかじっていた。呑気なものである。と、唐突に蓮子が顔を上げた。
「…ねぇ、メリー」
「ん?」
「メリー、確か以前に不思議な事があったって言ってなかった?夢だけど夢じゃ無かったみたいな」
「……そういえば」
すっかり忘れていたが、以前にも同じような事はあった。訳も分からぬ所で目を覚まして、あの時は屋台でヤツメウナギやおでんを食べた記憶がある。
「じゃあここはメリーの言ってた場所!?なら秘封倶楽部の活動にピッタリじゃない!」
「ち、ちょっと待って蓮子!」
意気揚々と立ち上がる蓮子を慌てて制止する。思い出されるのは以前見かけた、何やら只者ではなさそうな少女。
「蓮子には言ってなかったけど、あの時…何か、嫌な雰囲気の女の子に会ったの。その、食べてもいい人間かって……」
「んー…でもメリーは食べられて無いじゃない?」
「そりゃあ、驚いて走ったからね」
「なら大丈夫よ。私より足の遅いメリーが逃げ切れたなら、今回も平気よ平気」
「そんな適当な…」
そんな声は届かず、既に蓮子はすたすたと歩き始めている。ため息をついて追おうとしたところで、 それに、と蓮子が振り返った。
「ここから出る方法だって分からないし、足で稼がなきゃね。それに、こんな不思議な事は中々無いわ!秘封倶楽部として、これほど心踊るものは無いわよ!」
「はぁ…分かったわよ。どの道じっとしてるわけにもいかないしね」
幸い竹林は薄暗いものの、端の方なのか道らしきものが薄っすら見える。蓮子も気づいたようで、2人揃って竹林を抜け出す。抜け出した先は見晴らしの良い草原のような場所で、整備のあまりされてなさそうな道が1本伸びているだけだった。
「んー…ど田舎って感じねぇ。何処か建物でもあれば良いんだけど…」
「あ、あれ…」
「ん?あら、屋台…。ちょうど良いわ、あそこで道でも聞いてみましょう!何か珍しい食べ物とかもあるかもしれないし!」
結局食べる事に繋がるのか。とにかくあの屋台は私の記憶違いでなければ以前出会ったヤツメウナギの屋台で間違いないだろう。だとしたら面識がある分危険も特にない筈だ。
「すいませーん!」
屋台に駆け寄った蓮子が声を上げる。それを聞いてか屋台の裏側から出てきた人影は、確かに以前出会った少女だった。
「はーいいらっしゃーい…あれ、外来人?と、この前の人じゃん。また来たのね」
「え、ええ…その.、道に迷って」
私がそう言うと少女は半ば呆れたような顔をしたが、私達の背後に広がる竹林を見て何処か納得したような顔になった。ちなみに蓮子は既に屋台の所に座っている。
「あー、あの竹林迷いやすいからねー。こっちは人里側じゃないから焼き鳥屋も居ないし…良かったら送ってこうか?」
人里なる所がどんな場所かは知らないが、送ってくれるとあれば好都合だ。そうしてもらおうと口を開きかけた所で、ひょいと伸びた蓮子の手がそれを遮った。
「あー、私ちょっとお腹空いちゃって…良い匂いもするし、何か頂けません?」
「ちょっ…」
何を言っているのだこの相棒は。さっきまでバーで飲み食いした上にジャーキーまでかじったではないか。だがそれを聞いた少女は得意気な顔で屋台に入ってしまう。
「おっ、それならいくつか新メニューがあるよ。ヤツメウナギはあんまり好評じゃ無かったけど、これなら外の世界でも食べられてるらしいし大丈夫でしょ」
…どうやら私1人反論したところで無駄なようだ。そもそも私は蓮子1人説得出来るのかも怪しいのだが。ここ数日でめっきり増えたため息と共に、私も蓮子の隣に腰を下ろす。確かに良い匂いが漂っている。
「…此処がどんな所なのか、イマイチ分からないわね。あんな竹林が広がってるなんて、余程の辺境だろうとは思うけど」
「あれ、そっちの人は幻想郷初めてなの?金髪の人は来たこと覚えてると思うけど」
「ええ初めてですわ。私達の住んでる所とは大分違うみたいですけど」
「そっちは随分発達してるってね。着てる服もなんだかおしゃれだし、私も行ってみたいなぁ。ヤツメウナギを広めにね」
ヤツメウナギは味は美味しかったのだけど、独特の匂いやら何やらがあるため、科学世紀の人間に広まるかどうかは微妙な所だ。広まったとて、何処で獲れるかさっぱり分からないため珍味としてごく一部の富裕層にでも渡るのがオチだろうが。
と、そんな夢も希望もない事を考えてるうちに少女が何かを皿にのせた。何かの串焼きのようだが、ヤツメウナギに比べて横幅がスマートになっている。
「ほい、お待ちー。なんだっけ、焼き豚?とか言うらしいやつ」
少女の言う通り、確かに焼き鳥の豚版だ。僅かに焦げ目のついた豚肉にタレがかけられて艶を放っている。
「おお…焼き立てはいいものねぇ。串焼きなんて滅多に食べないし」
「入荷した甲斐があったよー。あ、お酒もあるよ?」
「ホント!?じゃあそれも!」
蓮子はすっかり上機嫌だ。と言うか、また呑むのか。そもそもこの世界では通貨も同じとは限らないでは無いか。
こっそり財布を開く。そこには普段の通りの硬貨の他に、何やら見覚えの無い硬貨が少し混じっていた。
「これって…」
「ん、私の財布にも入ってたわ。見覚えはないけど…」
「ああ、それ幻想郷の通貨だよ。外の世界のやつでも駄目じゃないけど、どっかで落ちてたのかな?」
蓮子と揃って首を傾げる。だがこの場所を殆ど知らない私達が何故ここの通貨を持っているかなど分かるはずもなく。
「…ま、とにかく冷めないうちに食べちゃいましょ」
「んー…そうね」
蓮子にならって豚串をかじる。串ものを食べる機会なんてここ最近無かったので手でもって食べるのが新鮮に感じる。
「んん、美味しい。この味だと確かにご飯とって言うよりお酒のつまみって感じね」
「そうね…何だか最近味の濃いものばかり食べてる気がするわ」
よく焼かれた豚肉に濃ゆいタレが絡んで自然と手が進む。蓮子の言葉を待っていたように、私達の前にグラスが置かれた。中にはお酒であろう液体が注がれている。
「はい、ウチはお酒それしか無いんだけど…味とか大丈夫かな?」
中身をちびりと飲む。さっぱりした味わいでもいいタレと肉のこってりさを流してくれる感じがして、良く合っている。隣を見れば蓮子は既に飲み干して2杯目を頼んでいた。
「ちょっと蓮子…まだ呑むの?」
「いやぁ、せっかくこんな美味しいのに出会ったら呑まずにはいられないというか、ね?」
「ね?じゃないわよ…」
だが蓮子は止まる様子は無いし、私のグラスにも2杯目が注がれている。
……まぁ、多少は呑んでも平気だろう。
そんな思考と共に、2杯目を飲み始めた。
ーーそして、どれくらい経っただろうか。
私自身はそこまで呑んだ覚えは無いのだが、眠気が酷い。蓮子に至っては呑みまくったのか半分船を漕いでいる状態だ。
「ちょっと蓮子、しっかりしてよ」
「んんー…あと1限で終わりだから…」
駄目だ、完全に寝ている。私も、どうにもこの眠気は堪えられそうに無い。そういえば、少女は何処に行ったのだろう。お酒を出してくれていた覚えはあるのだが、今屋台には居ない。
辛うじて、首を動かす。すぐそばに、少女の姿ともう1人、人影が見えた。
「…!」
そこに居たのは、以前見かけた金髪の女性。私によく似た、けれど異質な感じのする女性が、私のすぐ近くにいる。
背を向けているため、どんな表情なのか読み取る事は出来ない。だが、私の本能が確実に警鐘を鳴らしているのが理解できる。
ゆっくりと、女性がこちらを振り向こうとする。私は咄嗟に、蓮子の手を掴んで立ち上がろうとして。
けれど、それが限界で。私の意識はぷつりと切れるように、そこで暗転してしまった。
▼▼▼
「…リー、メリーってば!」
聞こえた声に飛び起きる。見れば心配そうな顔の蓮子が私を覗き込んでいた。
「蓮子…?あれ、ここ…」
辺りを見回す。薄暗い室内と目の前に置かれたグラス、広げられたままのチーズやジャーキー。さっきの妙な場所に行く前の、私達が元いたバー、オールドアダムの店内だ。
ーー今のは……夢?けど…
あの場には確かに蓮子が居た。会話が噛み合わない様子も無かったし、一体なんだと言うのだ。そんな私の思いを読んだかの様に、蓮子もやや困り顔をしている。
「ねぇメリー、さっきまで私、メリーと屋台で豚串食べたりしてたんだけど…メリーの困惑顔を見る限り、夢ってわけじゃなさそうね?」
「ええ…私も、蓮子と同じ屋台に居たわ。けど、これは…」
眠っている間に、2人揃ってあんな現象が起きるのだろうか。デバイスで時間を確認してみたが、バーに入った時からさほど経っている様子は無い。少なくとも、竹林から歩いて屋台で呑む様な時間は。
分からない事だらけで頭が痛くなってくる。だが私と同じ体験をした蓮子は、何やら楽しそうな表情だ。
「メリー、これはココに定期的に来る必要がありそうよ」
「ええ?何でよ…」
「ココは何処か、普通のバーとは違うのよ。周りの客が訳の分からない話をして、ココに居た私達も、あんな不思議な現象を体験した。その謎を解き明かすには、同じ場所に足を運ぶのが1番でしょう?」
「……」
一体全体何を言っているんだか。だが私も謎が残ったままでは気分が優れない。きっと解き明かすのは随分先になるだろうと、そんな気がするけれど。
「はぁ…こうなったら蓮子は止まらないものね」
「よく分かってるじゃない。そうと決まれば、帰って活動スケジュールの練り直しよ!」
最近の私は疲労が、主に蓮子に振り回されるせいで溜まっていくのだが。さりとて蓮子の楽しそうな顔を、見ていて気分を害する訳でもなし。
未知への興味に心躍らせる蓮子の隣に立って、私達は不思議なバーを後にした。
<NEXT>
「結局夢だったのかしらね」
「2人同じ夢を見て覚えてるなんて事ある?」
「それはそうだけど…私達じゃ説明つかないわね」
「ま、おいおい解明していくことね」
【次回 食後の空に見るモノは】
お楽しみに〜