「すっかり暗くなっちゃったわねー」
「そうね…今日は疲れたわ、主に振り回す誰かのせいで」
う、と蓮子は大げさに体勢を崩してみせる。その真横を素通りして私はデバイスで時間を確認する。まだ完全に暗くなるまで時間はあるが、そろそろ夕飯にするべきかもしれない。正直に言えば、今日の疲れ具合で帰って夕飯の準備をするのは面倒くさいのだが。
「あ、この近くにお好み焼き屋があるらしいわよ」
「お好み焼き?こんな所で珍しいわね」
いつの間にか私の前でデバイスを弄りながら蓮子が言う。お好み焼きと言えば、昔は地方によって作り方だか味だかが違うとかで分かれていたんだったか。今となっては食べられれば問題ないという姿勢が普通なため、ちゃんとした違いを分かっている人などそうはいるまい。
「えーと場所は…ん、すぐそこね」
顔を上げれば、すぐそこにのれんの様なものが見えた。それを見るなり、蓮子は小走りに近寄っていった。
「はぁ…これじゃオカルトサークルじゃなくてグルメサークルね」
「聞こえてるわよー!良いじゃん美味しいものを食べるのも!」
食べるのも、ではなく食べる事が主目的では無いかとこれまでの活動からして思うのだが。蓮子に言えば憤慨するのは目に見えているので、口を滑らすことはしない。
ともあれ、実際にお店に近づくと良い匂いが漂ってくる。やや空いてきたお腹を軽く押さえて、私達はのれんをくぐった。
「いらっしゃーい」
店員さんに席に通される。まだピーク時では無いのか人もまばらだ。
蓮子と向かい合うように座る。同時に、席に置かれていた端末の起動音がした。どうやらこの店も、これで注文する形式のようだ。
「うーん…正直、何がどう違うのかよく分からないのよね…」
「メリーったら変な所で大雑把ねぇ。どれも相当違うわよ。まぁ、お店によってはソースがっつりでソースしか感じないとかもあるけど」
いや、具材が違うというのは分かる。それによって味も違うのだろうと想像はつく。けれど、私の運がないのか今まではソース味しかしないようなのばかり食べていたのだ。
メニューをざっと見て、変わり種にする必要も度胸もないかと豚玉を選択する。蓮子はモダン焼なるものを選択していた。
注文をして、備えつけのお冷を注ぐ。一口飲んでから、私は思いきって蓮子に尋ねてみた。
「ねぇ蓮子」
「んー?」
「私、お好み焼きって焼いた事無いんだけど…」
私と蓮子は向かい合って座っていて。間には、店内の光を受けて薄く光沢を放つ鉄板が鎮座している。
私はこれまで冷凍ものか、せいぜいカウンターで焼いてもらうタイプしか食べたことがない。実際に自分で焼くのはこれが初めてなのだ。
私の言葉に蓮子は少し驚いたような顔をして、その後噴き出すように笑った。
「大丈夫よメリー。最近はやり方は端末に出てくるし、ひっくり返す時も知らせてくれるわ。どうしても無理だったら私が焼いてあげるわよ」
「れ、蓮子は焼いたことあるの?」
「ん、無いけど。焼きそばは焼いてたからね、ヘラの使い方なら任せてもらって大丈夫よ」
そういえばそんな事もあった。器具が同じなら経験が無くても何とかなるのかもしれない、と、端末が起動し、画面が切り替わった。そこには焼き方の手順が事細かに記されている。
同時に、店員さんがボウルを運んでくる。テーブルに置かれたそれは、生地は整えられて後は焼くだけという、私にとっては嬉しいものだった。
蓮子の方を見ると、私とほぼ変わらない中身のボウルの他に、何故か焼きそばまでついてきていた。だが具が一切無い。
「蓮子…流石に具なしの焼きそばは…」
「メリー、モダン焼知らないの?お好み焼きの中に焼きそば入ってるやつ」
「…なんで炭水化物の中に炭水化物を入れるのよ」
どちらか一方で良いのではないか。まぁ、世の中にはお好み焼きで米を食べる人もいるようだし、蓮子もその類をこじらせたようなものだろうけど。
鉄板に火がつけられる。端末に従えば大丈夫とは思うが、心配と言えば心配だ。
油が少しひかれた鉄板に生地を流し込む。付いてきたヘラを使って、丸くなるように整えていく。
焼くときはヘラを押し付けたりするのはよろしくないらしい。てっきりそうするものだと思っていたけれど、蓮子を見る限りそんなことをする様子はない。
「ええっと…次はお肉をのせればいいのね」
生地の上に豚肉をそっと置く。生地が柔らかいせいか沈んだりしないかと思っていたが、幸いそんな事にはならなかった。
蓮子はといえば、流し込んだ生地の上に大量の焼きそばをのせ、更に生地で蓋をしている。見ているだけでお腹いっぱいになりそうなサイズだ。
ぼんやりしているうちに、生地の端からきつね色が見え始める。端末の指示に従って、次はひっくり返すようだ。私はおっかなびっくりで両手にヘラを持ち、すくい上げるようにして回転。
「…ふぅ」
どうにか形が崩れることも無く、無事ひっくり返ってくれた。後は焼き上がりを待つだけのようだ。目の前で、同じく綺麗にひっくり返る蓮子のお好み焼きの姿があった。
「メリーもちゃんと出来てるじゃない。私が手を貸すまでも無かったわね」
「ここがずいぶん丁寧に説明してくれたからね…それより蓮子、それ食べきれるの?」
「もちろん。少食のメリーとは違うのよ」
「…そんなに少食かしら」
「私からしたらね。ほら、焼けたみたいだし、早速食べるとしましょ」
端末に、焼き上がりを示す画面が浮かび上がる。それに連動してか、鉄板の温度が下がっていく。程よい温かさになったところで、端末は不意に沈黙した。
テーブルに備え付けられたソースを手に取る。他にもテーブルには青のりやかつお節なども置いてあったが、あれらは歯にくっつくからあまり食べない。蓮子はがっつり振りかけていたけども。
ソースとマヨネーズを多すぎない程度にかける。食べやすいサイズに切り分けて、取り皿に移して頬張った。
「あつ、あつつ…出来立ては美味しいわね」
若干甘めのソースが生地と混ざったキャベツによく絡んでいる。マヨネーズとの組み合わせはやはり間違いないようだ。
生地もキャベツの食感が残っていてしゃっきりしている。下の方の豚肉も、元々が大きいおかげで焼いてもさほど小さくならずに存在感を示している。
「うんうん、美味しいわねぇ。モダン焼だから流石にご飯は食べないけど、今度来るときはご飯と普通のお好み焼きにしようかしら」
そう言いながら、蓮子は分厚いモダン焼をざっくり切って食べ進めている。足で稼ぐ活動とは言え、いくらなんでも食べすぎではなかろうか。
私がじっと見ていると、蓮子は何を勘違いしたのかモダン焼を一切れ取り皿に取ると、私に向けて差し出した。
「ん」
「いや、別に食べたいわけじゃ…」
「いいからいいから。1回食べればメリーもきっとハマるわよ」
半ば押し付けられる形で皿を受け取る。私のお好み焼きの倍はあるであろう大きさだ。麺もぎっしり詰まっている。
まぁ、一切れならなんとかなるだろう。マヨネーズを追加で少しかけて、半分に切って口へ運んだ。
「んむ、麺もお肉も多いわね…」
生地よりも焼きそばの主張が強いが、そのせいか濃い味の焼きそばを支える形で生地の優しめな味がする。豚肉も結構な量が入っていて、ますます女子が食べるようなものではないよなぁ、と思ってしまう。
「なんか失礼な事思ってない?」
「…思ってないわよ。それより、今日は随分不思議なことが多かったわね」
相変わらず勘の鋭い事だ。私は深く聞かれる前に話題転換を図る。とは言え、不思議なこと、の一言で済まされるものかどうかははっきりしないのだけど。
「そうねぇ。奇妙なバーに、2人揃って同じ夢を見て…。偶然にしては会話も噛み合ってる」
「何より、これまでメリーしか認識していなかった世界を、私も認識できた…なんでそうなったのかは分からないけどね」
そこで、会話は途切れる。推測しようにも、あまりにも情報が少なすぎる。そもそも、他人と全く同じ夢をそれぞれの視点で共有することは可能なのだろうか?
「んあー…こういうのは岡崎教授とかの方が詳しそうね。私達じゃあ考えるにも限度があるもの」
「あれこれ考えてるうちにお好み焼きも冷めそうだしね」
残りの一切れを大きく口を開けて放り込む。紅ショウガでも多く入っていたのか、独特の風味が鼻をつく。同じく蓮子も最後の一切れを食べていた。
「むぐむぐ…ご馳走さま。目玉焼きなんかものっけたいわね」
「…また来る機会があればね」
この先にあるバーに今後も行きたいと言っていた為、必然的にここにも訪れる回数が増えそうではあるけども。ひとまずは秘封倶楽部らしい目標が出来たと言うことで、それもありかもしれない。
「また来るわよ。もちろん、メリーも一緒にね」
「はいはい、分かったわよ」
会計を済ませて、お店を出る。辺りはすっかり暗くなり、星もまばらに出始めていた。
「さーて、秘封倶楽部当面の目標も決まった事だし、これからは活動ペース上げなきゃね!」
「その分食べるペースも上がるのね…運動しなさいよ?」
「本ばっか読んでるメリーこそね。活字に触れるだけじゃ脂肪は燃えないわよ」
大きなお世話だ。私はため息と共に空を見上げて、
その視界に、不自然に走る亀裂を捉えた。
「えっ…?」
空に、亀裂が走っている。妖しく紫の光を放ち、空を割らんばかりにばりばりと、まるで稲妻模様のように。
「どしたの、メリー?」
隣で蓮子の声が聞こえる。私は咄嗟に顔を伏せると、なるべく空を見るまいと帽子を深く被った。
「ううん、何でもないわ…ちょっと、視界がぼんやりしちゃって」
「秘封倶楽部始まって以来の不思議な事だらけだったからねぇ。疲れてるんじゃない?さっさと帰りましょ」
そう言うなり、蓮子はさっさと歩き始めた。私も慌ててその後を追う。去り際にちらりと見た空に、もう亀裂は無かった。
これも、不思議な事の一環だろうか。奇妙な体験をした私の疲れからの幻覚なのか。もしも、そうでなかったとしたら。
ーー私は一体、何を見たのだろう?
▼▼▼
「えっ…?」
隣から、メリーの間の抜けた声が聞こえる。見れば、メリーは空を見上げてぽかんとしていた。
「どしたの、メリー?」
私が聞くと、メリーは顔を伏せてしまって。そのまま、帽子を深く被ってしまった。
何事かと、私は空を見上げる。そこは至って普通の空、ただ月と星が出ているだけのーー
そこで、私の視界に唐突に、ノイズが走った。
「っ…」
ノイズではない。正確には、数字。星と月を視界に入れると、そこから滲むように数字が出てくるのだ。
何なのかは、分からない。けれど、数字はどれも、同じ4桁に決まっていて。
「ううん、何でもないわ…ちょっと、視界がぼんやりしちゃって」
違う。きっとメリーも、あの空に何かを見たのだ。それが私の見たものと同じか、その確証は無いけれど。
「秘封倶楽部始まって以来の不思議な事だらけだったからねぇ。疲れてるんじゃない?さっさと帰りましょ」
そう言って、私は帽子を目深に被って踵を返した。もう夜も遅い時間だろうし、あんな奇妙な事があった後だ。きっと気づかない疲労が溜まっているのだろう。
そう思い、デバイスを起動する。そこに浮かんだ、現在時刻は。
視界に映った数字と、寸分の狂いなく合致していた。
「嘘…」
声にならない声が漏れる。私の眼は一体どうしたというのだ。
現在の時間を、この目で空に見た。そんな事があり得るはずはない。ない、筈だけれど。
そっと空を見上げる。そこにもう、数字は浮かんで来なかった。
<NEXT>
「そういえば蓮子、貴女そろそろ試験じゃ無かった?」
「ああ、もうバッチリよ」
「頭の回転は速いものねぇ」
「バッチリ、教授にしぼられたわ…」
「……」
【次回 学食日替わりメニュー 〜ドライカレー編〜】
お楽しみに〜