「はぁ…はぁ…」
息を切らす私の前には、どうにか人を招ける程度には片付けられた部屋。先程蓮子から送られた一通のメールによって、私は大急ぎで帰るなり部屋を片付ける事になってしまっていた。
ーー今日、メリーの所に泊まらせて!
思えば、蓮子と2人で活動する事は多いけれど、互いの家に行った事は殆どない。私の家となると、なおさら。
それを、どんな事情があるかは分からないがいきなり泊めるとなると…なんとも言い難い感じがする。別に何をされる訳では無いと思うのだけど。
「っと…もうこんな時間」
時刻は夕暮れ、窓の外から夕陽が差し込んできている。そろそろ蓮子が来る時間だ。夕飯の材料はあったかと冷蔵庫を覗き込む。
「んー…まぁ、今日の分なら何とかなるかしら」
蓮子の事だ、どうせ酒とつまみでも持ってくるだろう。私達はそこまで食べる方でもなし、とりあえず下準備だけでもしようとした所で、狙ったように玄関のチャイムが鳴った。
「メリー、あけてー」
「はいはい、今開けるわよー」
ドアを開けると、予想通りか大袋を抱えた蓮子の姿があった。
「…その袋、何?」
「お酒とおつまみ。泊まるとなったらパーっとやるもんでしょ!」
「相変わらず強引ね…というか、何で急に泊めてだなんて」
「いやーウチのエアコンとか水道とか壊れちゃってね。修理はまだだし最近の暑さだとエアコン無しじゃあ乗り切れないしで、メリーを頼った次第よ」
などと苦笑しながらのたまう蓮子の顔に妙に腹が立って、いっそ蓮子だけ布団ですまきにして別室に放り込んでやろうかと思ったが、それはそれで翌朝干上がった蓮子を見るのもアレなのでやめておく。そもそもウチに人をくるみ込める程の布団もそれを放り込無視スペースも無い。
「ま、とにかくお邪魔しますよーっと。あ、夕飯どうする?何処か食べにでも行く?」
「今からまた外に出るのは遠慮したいわね、暑いし。あるもので何か作るわよ」
「メリーの料理食べるの久々ね。1人で作れる?」
「1人暮らしはそれなりに長いから平気よ。まぁ手伝ってはもらうけど」
まだ夕飯時には少し早いが、お酒を飲む事になるなら早めに食べておくのが良いだろう。冷蔵庫から鶏肉を取り出し、フライパンで軽く焼く。その間に鍋でお湯を沸かし、勝手に酒を冷蔵庫にしまう蓮子に向けてマカロニの袋を投げ渡した。
「おっと。マカロニ?グラタン?」
「そうよ。先に具材を炒めとくから蓮子はその間にマカロニ茹でといて」
「りょーかいよ。マカロニなんて久しぶりに食べるわね」
「つまみ食いは駄目よ」
「茹でただけのマカロニをつまみ食いする程お腹は減ってないわよ、失礼ね」
炒める方だったらつまみ食いしてたのか、それは。隣で蓮子がマカロニを投入する中、焼き目のついた鶏肉を取り出して油を切る。フライパンの油も捨て、次は玉ねぎとバターを投入して軽く炒める。
「……あっついわね」
「エアコン付けてもこっちまで届かないのよ。届いても思いっきり調理中じゃ中々ね」
「先に部屋でお酒飲んでちゃダメ?」
「良いわよ、別に。蓮子の夕飯が無くなるだけだから」
「分かったわよ、手伝うわよー」
なんだかんだ言いながらもマカロニはしっかり茹で上がっている。こちらも玉ねぎが丁度良い色になってきたため、缶のホワイトソースを取り出す。やはり缶やレトルトは1人暮らしに、というか私にとっては必須レベルのものだ。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、ホワイトソースと一緒に投入する。これをしばらく混ぜたら、後は他の具材も混ぜて焼くだけだ。
「じゃあ私は鶏肉切っとくわね。豚とかのグラタンって無いのかしら」
「鶏肉が無かったら豚肉だったわよ。正式じゃないレシピなんてそれこそ山のようにあるだろうし、美味しかったら割と何でも良いのよ」
「それもそうね」
ソースがなめらかになった所で茹でたマカロニとカットされた鶏肉も入れて更に混ぜる。そういえば耐熱皿は良いとしてチーズはあっただろうか。無ければ蓮子がおつまみとして持っている事に賭けるのだけど、冷凍庫に無事入っていた。
「さて、後は焼くだけと」
耐熱皿に移し替え、上からチーズを散らす。蓮子の皿には並々チーズがあったが、もしやもう酒を飲む気ではあるまいな。
ともかくオーブンに入れてしばらく焼けば完成だ。本当はスープでもあれば良かったが今から買いに行くのも面倒なので良しとしよう。
「おお、こんがり焼けたわね!」
そうして無事に焼き上がり。私達はグラタンを前に食べる準備をしていた。
「ところで蓮子、なんでもうお酒を飲もうとしてるのかしら?」
「いやー、やっぱり美味しいご飯には美味しいお酒が」
「せめて食後にする事ね」
「はぁーい。そんじゃま、いただくとしましょうか」
「そうね、いただきます」
フォークを刺す。グラタンはスプーンとフォークどちらが食べやすいのかは意見が分かれる気がする、私はフォークしか使わないが。
「あっ、あつつ…はふ、ふう」
「メリーったら意外と猫舌なのねぇ。火傷しないようにね?」
舌が少しひりひりする。とは言え味は上々だ。
ホワイトソースが充分に絡み、鶏肉のおかげでボリュームもそこそこある。何か野菜を入れたらもっと良かったかもしれない、流石に玉ねぎだけではバランスが偏ってしまうか。
チーズはかけた量が少なかったのかほんのり感じる程度だが、そのおかげで濃すぎて飽きるという事態も起きなさそうだ。
見れば、蓮子はかけすぎたチーズの重みにやや苦労しながらどうにか食べていた。熱いものが大丈夫なのは羨ましい事だ。
「んー…ん、そういえばコレがあったわね」
ふとそう言うと、蓮子はおつまみの大袋を漁り始めた。すぐに取り出したのは、市販の黒胡椒。それをぱらりと振り掛けると、私に差し出した。私も蓮子にならって少しだけかけて口に運ぶ。
「んむ、こっちのが美味しいわね。あんまりコショウとか食べないけど、これなら」
後から来る辛味が味を整えてくれる。普段は何かをかけたりせずに食べていたが、これからはかけるのもアリかもしれない。どちらかと言えばお酒と合いそうな味だけど。
……お酒?
ふと視線を戻せば。蓮子はいつの間に持ってきたのか酒を片手にグラタンを頬張っていた。
「…いつの間に」
「ふふん、メリーの分もあるわよ?」
にやりと笑いながらビールの缶が渡される。本来は食後にでも飲もうと思っていたが、お酒に合うと思ったのもまた事実。
「……ま、早まっただけならいいでしょ」
「そうこなくっちゃ!」
そう言うなりおつまみを出してくる蓮子の皿にはもうグラタンは残っていない。
すっかり飲む気の蓮子に苦笑しながらも、私もグラタンを食べきった。
のは良いのだが。
「………」
「ちょっと蓮子、寝るならベッドにしなさいな」
飲み始めてから少しして、蓮子は早くも舟を漕ぎ始めてしまった。いつもなら私の倍は飲むと言うのに珍しい事もあるものだ。そう思い時計を見てみると、もう寝るにも良い時間となってしまっていた。
「あら、こんな時間…蓮子、もう寝るわよ」
「あーい…」
答える蓮子はもう寝る寸前のようだった。そんな蓮子をどうにか引っ張って、ベッドへと寝かせる。後片付けは既に済ませてあるのが幸いか。シャワーは朝に浴びれば良いだろうと、寝巻きに着替えて私もベッドに潜り込む。
急すぎて寝床を確保出来なかった為、2人揃って私のベッドに横たわっている。若干窮屈には感じるが、かといって蓮子を蹴落とす事もしづらい。
蓮子は既に寝息を立てているようだし、私も眠気が増してきた。落ちそうになる瞼をどうにか開けて、目覚まし時計のアラームをセットする。
これでいつ寝ても良いだろう。そう安心したと同時に、眠気がより強いものとなる。
その眠気に抗う事なく、意識を沈めーー
その、寸前に。私は、何かが私の身体に回される感触で、一気に眠気が吹き飛んでいった。
「…!」
確かめるまでもない、ここには私と蓮子しか居ないのだ。ゆっくりと首を動かせば、蓮子は私の身体に腕を回して、まるで抱きつくかのようにして眠っていた。
これは、どうすれば良いのか。急すぎて頭が追いついていない。眠気がまた増し始めた。
そんな時に、蓮子の顔がふと見えて。その顔が、あまりにも安心したような顔だったから。
だから、私はーー
▼▼▼
無意識のうちに、メリーに抱きつくようにしてしまっていた。
「……」
メリーは反応を返さない。もう眠ってしまったのだろうか。
何故、こんなことをしてしまったのか、はっきりと分かるわけではない。今だけではなく、最初から。
ーーエアコンも何も、壊れてなんていない。
本来ならば、私が今日メリーの家に来る理由なんて1つも無いのだ。だというのに、急に押しかけてしまったのは、何故だろうか。
会いたいから、という理由も確かにそうだ。けれど、やはり1番は。
僅かに開いたカーテンから、外の景色が見える。それらから、私は逃げるようにして、目を伏せる。
不思議な事があってから、私は度々夜に数字を見る事が増えた。少しずつ、ペースを増して。
今まで、なんてことないオカルトばかりだった私にとっては、それはあまりにも理解の及ばない現象だった。誰に言うわけにもいかず、原因も何も分からない。
分かっまのは、ただこの数字が現在の時間を表すという事だけ。それすらも、時折違って見えるけれども。
つまるところ、私はメリーに縋るために、こうして来ているようなものだ。たった1人、私の事を理解してくれると思ったから。
そう思うと、心が安らぐのが感じられるのだ。私だけが感じるのかもしれないが、確かに。
回す腕に、わずかにが入る。すると不意に、メリーが少し此方を向いて。
ーー私は、抱きしめ返されるように、メリーの腕の中にいた。
「め、メリー…?」
小声で声をあげて、ふと気づく。メリーの顔は、こちらを向いていて。その顔は、既に小さく寝息を立てていた。
「……寝ぼけただけ、か」
漠然と、何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。けれどそれも、メリーの寝顔を見ていると安堵の方が上回って。
途端に、眠気が押し寄せてくる。私は、抗う事なく目を閉じる。同時にほんの少しだけ、さらにメリーに身体を寄せて。
ああ、けれど。こんなにも、メリーに対してだけは、色々な感情を抱くなんて。
私は、もしかしたらーー
ーーメリーのことが、■■なのかもしれない。
そんな考えが、頭の中に生まれて。
その時にはもう、私の意識は沈んでいた。
▼▼▼
「ん……」
眼を覚ます。既に日は上りきっていて、今日午前の講義が入っていたら危ない時間帯だ。
「アラーム…」
作動こそしていたようだが、止められた形跡があった。恐らく蓮子だろう、ベッドの上に既に姿はない。
半分動いていない頭で起き上がると、机の上に先に出ている旨のメモ書きが残されていた。
「ん〜…」
それを見ながら、ふと昨夜の事を思い出そうとする。確か、蓮子の寝顔を見た所までは覚えている。けれど寝ぼけた頭では、それ以上思い出す事は出来そうに無かった。
「…まあいっか」
何かされたわけでもしたわけでもなし、特に問題はないだろう。いきなり泊まりに来た時はどうなるかと思ったが、意外にも楽しかったし。
「今度は蓮子の所にも泊まってみたいわね」
そんな呟きと共に、私は講義の準備を始めるのだった。
<NEXT>
「未定ね」
「メリーは海とか行かないの?」
「日差しの強い場所はあんまり。蓮子は泳ぐの得意なの?」
「海の家にしか行った事無いわ」
次回もお楽しみに〜