「…時間5分前、と」
時間を確認し、ほうと息を吐く。周りでは屋台を構える学生の声がざわざわと響いてくる。
来たる夏祭り当日。こんな日くらい遅れるわけにはいくまいとメリーに先んじて校門に来たわけだが、どうやら上手くいったようだ。
せっかくだから浴衣でも着てこようかとも思ったが、生憎そういった風情のある事には疎い為、用意が間に合わなかったのだ。
「…蓮子が先に来てるなんて、どういう風の吹きまわしかしら?」
驚きと呆れの混ざった声。振り向けば、薄紫の浴衣を着こなしたメリーが何故かジト目で立っていた。
「まぁ、こんな時位はね。メリーはなんでそんな顔してるのよ?」
「…こんな時以外でもちゃんと時間厳守でお願いして欲しい私のささやかな抵抗よ」
「ならメリーも5分遅れて来れば解決ね」
呆れた様子で額を抑えるメリーに笑みを返して、屋台の方に踵を返す。何がしか話でもするべきかもしれないが、浴衣姿のメリーは目に毒だ。
「とりあえず、混まないうちに何か買っちゃいましょ。教授からいい場所を教えてもらったの」
「そうね。確か花火もあるんでしょ?よく見えたら良いんだけど」
今の所、空は雲1つない。確か今後もそんな予報は無かったため、まぁ大丈夫だろう。雨に降られれば花火のみならず私達まで濡れる場所に行くわけではあるが。
とにかく、近場の屋台でそれぞれ食べ物を購入する。私はたこ焼きと大判焼き、メリーの手には焼きそばとこれまた大判焼きがあった。
「あら、メリーも大判焼き?他にも売ってるとこあったのね」
「これは今川焼きよ。わざわざ名前を変えてるって事は多分別物でしょう」
「そんなものかしら」
なんでもない会話をしながら、メリーの手を引いて目的地へと向かう。その途中でふと気になって、訪ねてみる。
「ねぇ、メリー」
「ん?」
「メリーは、その…好きな人とかいるの?」
「んー…」
メリーはしばらく考え込んだ後、呆れたようにため息をついた。
「そんな事してる暇ないくらいには蓮子と一緒にいたから、あんまりないわね」
「…そっ、か」
それならば、あるいは。
無人であろう校舎に入り込み、階段を上る。1番上、屋上に続く扉の鍵は、教授の言った通り開いていた。
「ここ、普段は開いてないのに…また何か変な手段でも使ったんじゃないでしょうね?」
「失礼ね、毎度そんな姑息な手を使うわけ無いじゃない。でもほら、ここからなら良く見えるでしょ?」
見下ろせば、祭りの全てが一望できる。少し離れたところでは、花火を打ち上げるのだろう場所も確認できた。何故かそのすぐ側に、教授の巨大そうめんマシンが鎮座している。
「確かに見晴らしはいいわね」
隣を見れば、メリーは床に座り込んで焼きそばを広げている。私もならって、座ってたこ焼きを頬張る事にする。
「教授もたまには気がきくって事ね。…熱ッ」
受け取ってからある程度時間は経っているはずだが、まだまだ中は熱々で外も香ばしい。具はタコ以外に分かるものが無いが、その代わりかタコの大きさははち切れんばかりだ。
とはいえ、一般的な6個入りの為夕飯として足りるかは微妙な所だ。その為の大判焼きではあるけれど、どちらかといえばあれは別腹認識である。
隣を見れば、メリーは美味しそうに焼きそばを頬張っていて。私はそれを、何も言うことなく見つめている。
───言うべき、なのだろうか。
今日この日に言うと、決めたけれど。私はそれを、怖いと感じている。
いつからかは、よく分かっていない。もしかしたら、初めて会った時からだろうか?
今の私は、メリーの居ない人生を想像することが出来なくて。それは、もしかしたら付き合いの長さが見せる錯覚のようなものかもしれないけれど。
他人に言わせれば、それは恋慕と言うのだろうか。それとも、ただ居なくなる事に恐怖しているだけだと言うだろうか。
…メリーは、どう言うのだろうか。
少なくとも、私は───
「…蓮子?」
「…あ、ごめんごめん。どうかした?」
「こっちの台詞よ。ぼーっとして…もう花火始まるわよ?」
視線を移すと同時に、花火独特の発射音。空まで飛び上がったそれは、特大の華を咲かせてみせた。
「おお…以外に迫力があるわね」
「今年からの試みだそうよ。来年からは蓮子も混ざって来たら?」
「…それは飛ばされる方じゃ無いわよね?」
「大丈夫よ、骨は拾ってあげるから」
すまし顔で言うことか。そうしている間にも、大小さまざまな花火が次々に打ち上がっていく。
とりあえず、食後の大判焼きでも食べる事にする。まだ十分温かいそれを2つに割って、片方をメリーに渡す。
「あら、良いの?」
「たこ焼きが意外と膨れてね」
半分になった大判焼きを大きくかじる。中のクリームは丁度いい甘さで、もちもちの皮と合わさってたこ焼きの油分を洗い流してくれる。
半分は意外と少なかった。食べ終わった所に視線を感じて目をやると、メリーが笑いをこらえるような顔でこちらを見ていた。
「…何?」
「口の端に随分クリームついてるわよ」
「えっ」
慌ててポケットティッシュを取り出し口の周りを拭き取る。安堵していると、メリーの顔が急接近してきて、思わず身を縮ませる。
「んっ」
そのままメリーの指が伸ばされ、私の頬を撫でていった。見れば僅かにクリームがついていて、メリーはひょいとその指をくわえてしまう。
普段なら、そこまで気にもしなかっただろう。けれど私は、思わずメリーから顔をそらしてしまう。
顔が熱い。心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。
メリーは、私の方を見ていない。打ち上がる花火を目を細めて眺めている。
今なら、言えるだろうか。
本当は、向かい合って言うべきなのかもしれない。けれど、今の私にそんな勇気は無くて。けれどこのまま押し込めるのもまた怖い。
夏ならば、少しは本能に従ってもいいのでは無いか。理性で何かを考えるよりも、優れた時とてあるだろう。今この瞬間のように。
他人がどう言うなど分からないけれど。少なくとも私は、この気持ちをメリーに対する、恋だと信じて疑わない。
だから、私は。
「───ねぇ、メリー」
冷たい地に置いていた手を、ゆっくりとメリーの手に近づける。
「私、」
メリーは、こちらを見ていない。
早鐘を打つ心臓を押さえて、私は、勢いに任せて、
「私、貴女の事が───」
───メリーの横顔が、目に入る。
そこに映っているのは、私と一緒に居る時に見せてくれる、純粋な楽しみ。
けれど、それは“秘封倶楽部”の私に対してのものだ。
この気持ちを、打ち明けたら。メリーはなんと言うのだろうか?
脈が更に早まる。喉まで出かかった言葉が、詰まる。
私の知る、私の信じるメリーなら、きっと。それを拒む事はしないのだろう。
けれど、私がこれから見るのは、私の知らないメリーなのかもしれないのだ。
そうなれば、私達の関係はどうなる。もしも、拒まれなどしてしまえば。
「どうしたの、蓮子?私が、どうかした?」
気づけば、メリーの顔は正面にあって。
その瞳を見て、私は。
「───なんでも、ない」
絞り出すように、それだけを口にして。帽子を目深に被って踵を返す。
結局の所、私は逃げた。メリーの事を、信じ切る事が出来なかった。
理性と本能の押し合いには、理性が勝って。ならばこれ以上、私がここに居る意味などない。
「…そろそろ私は帰るわ。教授に出されたレポート、早めに片付けとかないと」
「あら、そう?折角だし、私はもう少しここに居るわ。気をつけてね」
メリーの声を背中で聞いて、足早に校舎に入り込む。今は、メリーに顔を見られたい気分では無かった。
「……」
階段上で、立ちすくむ。あれほど早くなっていた脈は、まるで安堵しているようにいつもの調子に戻っていて。それがまた嫌で、私はまた早足に歩く。
今だけは。今だけで良いから、理性なんて、無くなってしまえばどれ程楽だっただろうか。
外から、異様に冷たい風が吹きつける。溜め息と共に見上げた空には、星も花火も、何も見えない。
「……メリー」
振り返ろうとして、振り返らずに、足を進める。
月だけが照らす空を、私は独り歩く他無かった。
<NEXT>
「また、夢…」
「…これ、血とか入ってたりは…」
「貴女、だぁれ?」
次回もお楽しみに〜