リアルがひと段落したりしなかったりしたのでふっかーつ!
───最近、彼女の事ばかり考えている。
初めて出会った時には、ただ変わっているなと不思議に思っていただけだった。けれど今は、違う。
どう思っているのかなど、もはや誰の目にも明らかで。後はこの想いを口にするだけ。
……それだけ、だったのに。
「……」
結局、私は口にする事が出来なかった。1歩踏み出す事を恐れてしまったのだ。それは、今も変わらないままで。
「……はぁ」
口から重い溜め息が出る。鉛の如く沈んだ気持ちを表す様なそれを誤魔化すように軽く頭を振る。
そもそも今更私がこんな事を話して後悔しているのは、大学での祭りの日の出来事を聞かれたからであり。
「それでそのまま言えずじまいと…難しいものね」
目の前で困り顔をしながら苺をつつく教授の元へと、縋るような思いで訪れたからであった。
「それで、今日はハーンさんとは?」
「…会ってません。いつも居そうな場所にも、居なくて」
今日は、まるでメリーの事を見かけない。その気になれば連絡なりして確かめればいいだけなのだが、連絡をしようにもとても、指が重いのだ。
「ううん、私も何度か教え子の相談には乗ってきたけど…恋愛相談なんてされたのは初めてだから、中身のある事は言えないのだけど」
俯きかけた視線を戻せば、教授が新たに苺を頬張りながらフォークを弄んでいる。その視線が何かを探すように宙を彷徨い、最終的に私に向けられる。そのまま教授は、私に向けて苺の盛られた皿を差し出してきた。
「とりあえず苺でも食べて考えましょう」
「……」
相変わらず、ブレない人だ。肩をすくめて苺を手に取り、口に放り込む。
「……酸っぱい」
「あら、そう?甘そうなの選んで買ってきた筈だけど」
試しに他の苺も食べてみるが、どれも甘味より酸味が際立っていた。恐らく教授は食べ過ぎて味覚がマヒでもしているのだろう。
「失礼ね。味覚が変わる程食べてなんていないわよ」
「…勝手に人の心を読まないで下さい」
「貴女が顔に出やすいだけよ。さっきだって尋常じゃないくらい暗ーい顔をして。そんな顔をするくらいなら、結果はどうあれ話してしまった方が楽ではないの?」
「……」
…話してしまえたら、どんなに楽だろうか。
けれど私は、まだ怖い。この気持ちを打ち明けた時、メリーがどんな顔をして、どんな言葉を投げかけてくるかが。
でも。でも私は、この気持ちを───
「ハーンさんに言えないままではいたくない、って?」
「…はい」
伝えないままでは、駄目なのだ。伝えないままメリーと一緒にいる事は出来ないし、何より。このまま隠し通す事は、きっと出来ない。いずれ、私の感情が決壊する時が来てしまう。
そんな無様な終わりは、迎えたくなくて。だから私は、メリーに、伝えなければならないのだ。
「…ねぇ、宇佐見さん」
「はい?」
「宇佐見さんは、ハーンさんの事が好き?」
「…はい」
「それはどうして?」
「それは…」
口ごもる。何故好きかなど、とっくに分かっている。けれど、口が動かない。それは、本人に言わなければ意味のない事だ。
「それが分かっていれば、後は簡単よ。貴女はその気持ちを原動力にして、ハーンさんにぶつければいいの。実験と一緒よ、失敗を恐れてたら、結果なんて出るものじゃないわ。結果が出る良いにせよ、悪いにせよ」
「…実験と一緒にされるのは、少し複雑なんですけど」
「なら貴女達がやっている“倶楽部活動”と同じとでも言いましょうか?貴女は最大級の興味があるモノを目の前にして、わざわざ背を向けるような人じゃあ、無かったハズだけれど」
「……そう、ですね」
大きく、深呼吸をする。今行動を起こさなければ、きっと私はダメになってしまう。こうして教授に頼るのも、今回が最後。
端末を取り出して、メリー宛にメールを打ち込む。中身はとても単純、要件と場所を伝えるだけだ。
送信された事を確認して、端末をポケットにしまう。相変わらず苺をつまむ教授に1つ頭を下げて、踵を返した。
「相談に乗ってくれてありがとうございました、教授」
「私は殆ど聴いてただけな気もするけど。まぁ、やるからには応援するわ。…だから、いってらっしゃい」
「───はい、行ってきます!」
研究室を後にして、歩を進める。きっと、メリーは来てくれるだろう。私に出来るのは、最大限信じることと、自分の思いを告げる事だけ。
私達が、いつも通りから少し、踏み出せるように。
……もう、後戻りは出来ない。
▼▼▼
───彼女の事をこんなに意識してしまうのは、何故だろうか。
ちらりと視線を外に移せば、もうしばらくで日が落ちるだろう時刻。私は窓際に腰掛けて、1人読書に興じていた。
けれど、ページは進まない。理由は単純、他の事を考えるせいで、中身が少しも頭に入って来ないからだ。
「ふぅ…」
溜め息をつき、栞を挟んで本を閉じる。とてもではないが読書を続けられるような気分では無かった。
…頭の中では、蓮子の姿ばかりが浮かんでいる。以前、蓮子の端末が壊れて連絡がつかなくなった、あの日からだ。
あの時の私は、ひどく慌てていたと自分でも思う。私は、蓮子の身をこれ以上ないくらいに案じていたのだろう。それは、ほぼ唯一と言っていい付き合いの長さ故か、それともただ知り合いに連絡がつかない事を不安に思ったのか。
恐らく、どちらでもないのだ。けれどそれ以外に、思い当たる感情は無く。そのどちらも、私の気持ちとはどこかズレている。
「……」
分からない。何も、分からなかった。あそこまで取り乱した理由も、蓮子の事ばかり考えてしまう理由も。この場にはただ、得体の知れない想いに振り回される私がいるという、それだけ。
「蓮子…」
結局、今日は大学に足を運んでいない。講義が面倒などでは無く、どう蓮子と接すれば良いか、分からなくなってしまったから。
……蓮子なら、これが何なのか、分かるだろうか。私より余程頭の回る相棒なら、私の気持ちなぞたちどころに理解してしまうのだろうか。
端末を手に取り、蓮子の番号を呼び出す。けれど何を言えばいいのか分からず、私はベッドに向けて端末を放った。
考えがまとまらない。私はベッドに身を投げて、埋もれるように身を預け、目を伏せる。分からない感情から、逃げるかのように。
今日は、もう眠ってしまおう。この感覚も、目覚める頃にはきっと元通りになっている。
そんな思いを、口にする。そんな事は無いのだと、頭では分かっているのに。
差し込む光に薄眼を開ける。夕日のせいか、本に挟んだ栞が紅い光を放つような、そんな錯覚を最後に、目を閉じる。
───明日は、蓮子といつも通りに会えるように。
そんな願いと共に、私の意識は沈んでいった。
【次回 カタオモイデオロギー・裏】
お楽しみに〜