次に目を開けた時には、私は自室で横になっていた。
何度か経験しているから戸惑いこそしなくなったものの、結局夢かどうかの判断なぞついてはいない。
ともかく、私のやる事は1つだ。
外を見れば、もう月が顔を出そうという所だった。大して遅い時間でもない為、早速行動に移すことにする。
ひとまず会えるか連絡をしようと端末を手に取ると、少し前に蓮子からメールが届いていた。開いてみればいつもの活動の話…ではなくて、話があるから会えないかとそれだけの簡単な文章だった。ご丁寧に場所も指定されている。
蓮子がどんな話で私を呼び出したのかはわからないが、何にせよコレは絶好のチャンスだ。すぐに行くという返信を返して素早く身支度を整える。
部屋を出る直前に。私は少しだけ立ち止まって、深呼吸をする。
想いを告げる、口にしてしまえば簡単なそれが難しいのは、当然ながら言うまでの過程だ。相手からの言葉を無意識にせよ、恐れてしまうから。
けれど、今は。今だけは、その恐れを跳ね除ける勇気があるから。
ほんの小さな声で、名前を呼んで。私はともすれば人生最大の大勝負の為に、歩き始めた。
▼▼▼
私がメリーを呼び出したのは、大学からほど近い河川敷。いつだったかにバーベキューをした、私達の出会った場所。
月が細々と照らす暗がりに、まだメリーの姿はない。ついさっき返信が来たから、来るのはもうじきだろう。
「…」
斜面に敷き詰められるように配置された人工芝の上に寝転がり、目を伏せる。もうすっかり気温は下がり、いつもの格好で過ごすには少し肌寒い。
そっと小声で、言うべきことを口に出す。誰に伝えるわけでもない、ただ私を奮い立たせるためだ。今まで散々悩んでいたと言うのに、一度決めてしまえば、その言葉は憎らしいほど軽々と口にすることができて。
後は、本人を前にして、口にするだけだ。
「…よし」
「何がよしなの?」
上体を起こしながら漏らした言葉に、背後から応える声。私は起こしかけた身体を再び寝転ばせ、瞳に逆さに映る相棒を見上げた。
「何でもないわよ。明日はいい日になるんだろうなーって、勝手に思ってただけ」
「へぇ、何かいい事でもあるの?」
「もちろん、これからね。ってメリー、貴女マフラーなんて持ってたの?」
「冬場になっても誰かさんに連れ回される機会が多そうだからね、事前に買っておきましたわ」
私の隣に寝転がりながら、メリーはジト目でこちらを見やる。実際に季節関係なく活動はする気でいたから、弁明の余地はあるまい。
やや長いマフラーを器用に着こなすメリーの顔は、いつもより、心なしか明るい気がして。けれど、どこか固いようにも見える。元々外に出るタイプでは無いから寒いのかもしれない。やるべき事は早めに済ませてしまうべきか。
「それで、話って?」
「あー…」
どう切り出したものかと、少し言葉を濁す。メリーは眉を寄せるものの、何も言わない。
「メリー」
「何?」
「私…私ね」
───言え。
今言わなければ、もうチャンスは来ないと、本能が告げている。
「私、貴女の事が───」
───脳裏をよぎるのは、以前の記憶。告げようとして、告げられなかった苦い記憶。
あの時と、私はこれっぽっちも変わってなどいない。
けれど、貴女に対してだけは。変わらなければ言葉は届かないと、痛いほど分かったから。
だからあと少しだけ、勇気を───
「ねぇ、蓮子」
ふっと、メリーの顔が緩んだような気がした。そのままゆっくりと上体を起こして、こちらにそっと手を差し伸べる。
「私も、貴女に言いたい事があるの」
「え…?」
距離が縮まる。メリーはもう、顔がぶつかるくらいに近くにいて。間近に見る顔は微笑んでいるけれど、その瞳がどこか、揺れているように見えて。
そのまま、彼女は私の頬に、そっと手を当てた。
「───私、蓮子の事が好き。秘封倶楽部としても、私個人としても…貴女が、好きなの」
▼▼▼
口にした時の私は、どんな顔をしていただろうか。
ちゃんと、笑って言えていただろうか。
蓮子は少しの間、呆然としていて。やがて、瞳にじわりと涙を滲ませたかと思えば、帽子を目深に被って顔を隠してしまう。
そんな仕草も、今の私には微笑ましくて。頬に当てた手を離して、蓮子を優しく抱き留める。
「…なんで、このタイミングで言うのよ」
くぐもった涙声が、腕の中から響く。ゆっくりと顔を上げた蓮子は、目にいっぱいの涙を溜めていて。
「私が、言おうとしたのに」
「…蓮子が、言おうとしたのが分かったから。先に言われたら、自分からは言い出せないって、思って」
いつも振り回されているお返しだなんて、思うのはただの強がりだ。そうでも思っていないと、私も泣き出してしまいそうだったから。
それでも滲み始める視界は、抑えきれなくて。私は蓮子から顔をそらすようにして、彼女の肩に頭を預ける。
「…そんな事言われたら、私が言えなくなっちゃうじゃない」
「大丈夫よ。蓮子は、私よりずっと強いから」
「…そんな事、ないわ」
涙声で、蓮子が答える。私は、少しだけ涙声になりながら、静かに蓮子の顔をのぞき込む。
いつも活発な笑みを浮かべていた顔は、涙に濡れていて。その瞳にはまだ、星のように煌めく涙をいくらか滲ませている。
そんな蓮子の顔を、正面に見据えて。私は囁くような音量で、彼女に声をかける。
「私は、貴女の事が好き。じゃあ、貴女は───
───宇佐見蓮子は、私の事、好き?」
蓮子の瞳にまた、涙が滲む。私の視界もぼやけているけれど、今度はそれを、隠そうとはしないで。
「…ずるい。私がどう思ってるかなんて、知ってるくせに」
「ええ、知ってる。けど私は、貴女から直接聞きたいの。他ならない、蓮子の口から」
口元だけ、悪戯っぽく笑って。それを見て蓮子は、自分の目元を少しだけ乱暴に拭って。
その顔に、いつもと変わらない、笑みを浮かべた。
「……私も、貴女の事が好き。誰よりも、メリーの事が、大好き」
「…ん。ちゃんと、言えるじゃない」
「私は、メリーより強いのよ。さっきまで強がってた、泣き虫の貴女よりね」
「…失礼、ね。私、蓮子の前で泣いた事なんて、無いわよ」
顔を隠すように、蓮子の身体にもたれかかる。そんな私に、蓮子は優しく頭を撫でてくれて。
小さな嗚咽が2つ、月の下に少しの間、響いていた。
「……」
「……」
嗚咽が、少しずつ止んで。私と蓮子は揃って河川敷に寝転がり、夜空を見上げていた。もっとも、蓮子は帽子で顔を隠してしまっているから実質私だけではあるが。
胸に広がるのは、安堵感。想いを伝える事が出来たことの、そして蓮子も、同じ想いだった事への。
「……変に悩む必要なんて、無かったわね」
上体を起こして、蓮子が呟く。私も起き上がりながら同意を返す。もっとも、それだけでは無いが。
「そうね。でも私は満足よ?滅多に見られない蓮子の可愛い顔が見れたから」
「んなっ…!…メリーったら、いつもより機嫌がいいわね」
「ええ、もちろん。蓮子もそうでしょう?
「…そうね」
立ち上がり、息を吐く。まだ白くはなっていないが、いつもの服装にマフラーを足しただけでは肌寒い。蓮子と話している間は、そんな事を気にする余裕は無かったけれど。
「…とりあえず、帰りましょうか。ずっとここにいたら、流石に風邪をひくわね」
「…そうね」
蓮子は少しだけ、目線を逸らしながら答えて。そんな蓮子の手を引いて、私は歩き始める。
「大丈夫よ。目が覚めても、夢だったりなんてしないわ。明日も明後日もこれからも、いつだって会えて、話せるわ。秘封倶楽部としても、それ以外としても、ね」
「……そうね、そうよね、うん」
そう呟くと同時に、蓮子は私の前に躍り出て。躊躇う私に身体を寄せて、再び歩き始める。
「ちょっと蓮子、くっつかないでよ」
「いいじゃないの別に。メリーだってまんざらでもない顔してるわよ?」
悪戯っぽい笑みで言われて、私は顔をそらす。実際、別に離れようなどとも思わない。
今日は少し肌寒い。けれどそれは、私達が1人ずつでの話だからだ。
2人で並べば、それも丁度いい暖かさになって。
隣を向けば、蓮子が笑っていて。それにつられて、私も笑みを返す。それがとても、心地良くて。
私達は寄り添いながら、月の照らす道を2人で、歩いていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
色々と言う事はありますが完結に水をさすのも考えもの、後ほど活動報告を更新させていただきます。
この場では、読んでいただいた方々への感謝を。