ーー蓮子と初めて会った時?そうねぇ。
テンションの高い奴ねと、最初は思ったわ。いえ、今もそれは変わっていないけれど。
◇
1人木陰で何をするでも無くぼんやりしていたところを蓮子に出会い、なし崩しにその日を過ごすことになってしまったバーベキュー。蓮子と他愛もない雑談をしているうちに、何だかんだ夕暮れとなっていた。
「ん、もう夕方ね。ほら、1人でいるより時間の流れは早いでしょう?」
「そうね、ほんの少しだけ」
「つれないわね、メリーったら」
そう言って頬を膨らませる蓮子。確かに1人でいるよりもずっと早く時間が流れている。でも、そもそも初対面の蓮子にそれを素直に言うのは、何だか少ししゃくだった。当の蓮子はそんな事気にもしないのだろうが。
「さてさて、それじゃ私は少し準備があるから抜けるわね」
「準備?そろそろ解散?」
「違う違う、夜までって言ったでしょ。そんなに時間はかからないと思うから、そういう事で」
「あ、ちょっと…」
私が何か言う暇も無く蓮子は小走りにバーベキューの鉄板の方へ行ってしまった。
「はぁ…」
なぜこんな事になってしまったのか。私はただ退屈なイベントをひっそり乗り越えようとしただけなのに。しかし、蓮子といて思いのほか退屈しなかったのも事実だ。愛称までつけられるのは予想外だったが。
「メリー…メリーねぇ…」
やはりマエリベリーは言いにくいのだろうか。それならばハーンでいいと思うのだが、今更彼女に言っても変わるとは思えないし、どの道この先大して関わることも無いだろうから良いだろう。
それにしても、だ。
「…遅いわね」
蓮子が行ってから割と時間が経っている。そのおかげで周囲も大分暗くなり、バーベキューの鉄板を熱する火の灯りが眩しい。もしや迷っている事も無いだろうがと、そこまで考えてふと気づく。
「自分で関わる事も無いなんて言っておきながら、こんな事考えるなんてね…」
自分でも驚くくらいだ。久しぶりに講義以外でまともに人と話したせいで思考がまとまらないのかもしれない。
「あ、いたいた!お待たせ、メリー」
「いたいた、じゃ無いわよ。何処かに行ったのはそっちでしょう?」
「そうだけどさ、こんな木陰にいるくらいだから私が行った後別の場所に移動してないかなーって、少し心配だったのよ」
「…そんなに信用ないかしら」
初対面の相手に信用もへったくれも無いのは重々承知だが、こうもきっぱり言われると多少なりともくるものがある。移動する可能性を考えていなかったわけでは無いので反論は出来ないが。
「それで、何してたの?」
「そうそう、これこれ。はいメリー」
そう言って差し出してきたのは四角い紙パックと割り箸だった。
「バーベキューだけじゃ無いのよこのイベント。夕飯がわりにって事でね。言った通り野菜もたっぷりよ」
躊躇無く私の隣に腰を下ろす蓮子の手にも私と同じものがある。確かにお腹は減ってきていたのでありがたい。紙パックを開けると、中でわずかに湯気を立てているのはーー
「…焼きそば、よね?ソースっぽい色はしてないけど」
「そうよ、塩焼きそばってやつね。バーベキューのシメと言ったらコレでしょう。濃い味の連続だと飽きるしね」
パックのギリギリまで具沢山の焼きそばが詰められている。前半のバーベキューと違ってキャベツ等の野菜も豊富だ。
実物を見ると急にお腹が空いて来たような気がして、とりあえず割り箸を割る。私は割り箸を割るのは苦手だ。もう少しスムーズに綺麗に割れるように作れないものか。
ともあれ焼きそばを口に運ぶ。何故か蓮子がこちらを見ているが気にしない事にする。
「あつつ、あつ……うん、美味しいわね」
冷まし忘れた為だいぶ熱いが、確かにバーベキューとは違ってやや薄味であっさりしている。肉も多めに入っているし…コレはバーベキューのと同じ肉だ。濃いもの続きは飽きるのではないのか。
だが野菜が多めに入っている分そこまで濃くは感じない。上手くバランスが取れていて、これがイベントで食べれるのなら上々だろう。
「うんうん、それなら作ったかいがあるってものね」
「……コレ、貴女が作ったの?」
「ええそうよ。メリーの要望通り、野菜たっぷりにしましたとも」
「…なら、バーベキューの方も野菜を入れてほしかったものね」
「そこは私の担当じゃないもの。あくまで焼きそばだけだし」
蓮子に料理ができるとは意外だった。若干失礼かもしれないが、性格的にてっきり出来合いのもので済ませるタイプだと思っていたのだが。
そんな私の思いを表情から察したのか、蓮子が不機嫌そうな目でこちらを睨んでくる。
「何よ、その顔。今どき簡単な調理くらい誰でも出来るでしょ?」
「はいはい、それは悪うございました」
「信じてないわね…」
さっきよりも不機嫌さの増した顔でこちらを見てくる蓮子をなだめて、焼きそばを食べ進める。普段はあまり食べないし、食べたとしてもソースばかりだったが、たまにはこういう味も良いと思う。もっとも、そういう時に限って予想外の出来事が起こるのは遠慮したいものだが。
蓮子と同時に食べ終わり、蓮子がとってきたペットボトルのお茶を飲んで一息つく。本来なら人と話す予定は無かったのが、私にしては随分とよく喋ったとふと思う。蓮子のぐいぐい来る性格に押されたのもあるかもしれないが、
「たまには人と話すのも、悪くないかもね」
「うん?何て?」
「何でもないわ」
そう答えて、立ち上がって木陰から出る。ちょうど解散になったのか、鉄板の火はすでに消え、まばらに河川敷を後にする人の姿も見える。
「あら、もう解散?早いものねぇ」
「もっと早くても良いくらいだわ、明日の講義に支障が出たら困るもの」
「真面目ねぇ、メリーは」
「不真面目なら大学なんて来ないわよ」
それもそうね、とぼやいて蓮子も木陰から出てくる。この短時間の付き合いで判断すると蓮子もそこまで真面目には見えないのだが。
「じゃあ、私達も帰るとしましょうか」
「ええ、そうね」
蓮子に促され、河川敷から斜面を登って道まで出てくる。蓮子はそのまま行こうとしたが、あいにくここからでは私の家は反対方向だ。
「じゃあ、私はこっちだからこれで」
「あら、そう」
私の言葉に蓮子は振り向いて、
「じゃあね、メリー。また明日」
そう言って夜道を歩いて行った。それを見て私も踵を返す。
歩き始めたところで、ふと今の言葉を思い返す。
「……また明日?」
いや、きっと聞き間違いだろう。互いに連絡先の交換はしなかったし、そもそも学部も違うのだ、そうそう会えるものではない。
それでも。ふと今日のやり取りを、蓮子を思い返して。彼女なら、また私に会いに来るのでは無いかと、そんな事を思って。
「…ええ、また明日」
そう呟いて、私は1人夜道を歩き出した。
それが、私達の最初の出会い。そしてこの時の私は、蓮子との付き合いがとてつもなく長くなる事を、まだ分かっていなかったのである。
◇
「こうして思い出すと、まさかこんなに長い付き合いになるなんて思わなかったわね」
いつもの大学のカフェテラス。講義終了後に集まった私と蓮子は、雑談ついでに昔話をしていた。
「そうねぇ。でもまぁ、結果的に私があそこに出向かなきゃ、私とメリーは今こうして話すことも無かったわけで」
「そうね、貴女のその行動力を尊敬するわ」
たわいも無い話をしながら、ふとなんでこんな話をしていたのか思い出そうとする。だが思いのほか昔話が長くなったのか、どうにも思い出せない。
「ねぇ蓮子、私達どうしてこんな話してたんだっけ?」
「メリーも意外と忘れっぽいのね。そりゃもちろん、今年ももう少しでそのバーベキューのイベントだからよ」
ああ、そうだった。別に新入生用のイベントなのだから、本来は話題に上がりはしないのだが、それは私だけの理由だった。
「そういう事で、私は今年も焼きそば作る羽目になったのよね」
「その分じゃ毎年焼きそばを作る事になりそうね。いっそ文化祭でお店でも開いたら?」
「えー、嫌よ。軽く作る分には良いけど、お店なんか出したら大量にやる羽目になるじゃ無い。そんなのごめんだわ」
やる気なさそうに机につっぷした蓮子をたしなめながら、頭の中でイベントの日のスケジュールを確認してみる。うん、その日は特に予定は無い。
「ねぇ蓮子。そのイベント、私も行って良いかしら」
「え?珍しいわね、メリーがこの手の奴に行くなんて。また木陰に引きこもるつもり?」
「1年前よりも社交性はありますわ。ただふっと思ったの」
「また蓮子が作った焼きそば、食べてみたいなって。作ってくれるかしら?」
普段なら食い意地が張ってると言われそうなこの言葉に蓮子は少しだけ目を見開いて。それから得意げに笑ってみせた。
「ええ、もちろんよ。蓮子さんにおまかせあれ、ってね!」
「じゃねメリー、また明日!」
そうして、蓮子の家まで歩いて。蓮子はいつものように笑ってこちらに手を振ってきて。
私は、蓮子との約束を胸に、やや上機嫌で返すのだった。
「ええ、蓮子。また明日」
<NEXT>
「…メリー、それ何?」
「中華鍋よ中華鍋。こういうのは形から入るのよ蓮子」
「それを私の家の台所に置かないでって言ってるの!言っとくけど私使わないからね!?」
「えー…。楽しいのに」
【第4話 秘封流炒飯 〜パニック・ホリデイ〜】
お楽しみに〜