「よっ、と。お邪魔しまーす」
「はいはい。靴は揃えてよ?」
玄関から聞こえる蓮子の声を聞きながらエプロンを着ける。時刻は昼前。普段なら大学で講義を受けている時間帯だが、今日は私も蓮子も、ひいては大学の皆が休講だ。
創立記念日。
今までの私なら1日中本でも読んで過ごしただろうが、今私は蓮子と共に台所に立っている。いつも通り、蓮子の思いつきで。
『せっかくの休みだし、2人でお昼でも食べましょう!』
そんなメールが早朝に届き、寝ぼけながらもその位ならと了承した結果、材料を買っていくとのメールが届いた時点でようやく蓮子の考えに気づいたが、その時には手遅れだった訳で。
「さて、とりあえず作り始めましょうか」
蓮子の買ってきた食材は、卵にネギ、それとエビ。加えてカニの缶詰だった。主食は私が用意しろと言うことか。
「でも何作るの?というか野菜類…」
「いや、野菜類買ってくるのは金額的にも体力的にも無理だったわ。一応チャーハンを作るつもりだから、そんなに野菜入らないしね。とりあえず、メリーはお米を炊いてくれる?」
「なるほどね。あ、お米なら作るのが面倒な時用に冷凍してたのがあるけど」
「ナイスよメリー、それじゃあここは蓮子さんの腕の見せ所ね」
「頼もしいわね。それじゃあ料理は蓮子に任せて、私は本でも読んでるわね」
台所に背を向けてエプロンを取ろうとしたところで手を掴まれた。
「何言ってるの。もちろんメリーにも手伝って貰うわよ?」
言い出したのはそっちだろうに、それに私は切れた調味料とかを買ったりしたかったのだが…。どうあれ勝手に台所を使われて変にされても困る。結局私は蓮子と共に昼食を作り始めた。
◇
「ところで、何でチャーハンにカニ?普通チャーシューとかじゃないかしら」
「普通はね。でもほら、普通のチャーハンより変わったものが良いじゃない?」
「それで失敗しなければね。それじゃあこのエビは?」
「確かチャーハンに入ってなかったっけ?」
「……ピラフと勘違いしてない?」
そうだっけ、と首を傾げながらネギを切る蓮子。チャーハンにも入っていないわけでは無いだろうが、やはりそこはピラフだろう。
「まぁ良いわ。フライパン温めとくから卵溶かしといて」
「はーい」
卵を手にとり、ボウルのふちで軽く叩いてヒビを入れる。はて、私はチャーハンを作った事が無いのだが、いくつ位入れるものなんだろうか。
「……まいっか。入れすぎても不味くはならないでしょ」
私も、多分蓮子も卵は好きだろう。多く余っても使うとは限らないし、4つ位入れてしまえ。
「溶けた?じゃあ先に卵を…って何か多くない?」
「大丈夫よ。人間は多い方が嬉しいものよ」
「そういう話じゃなくて…」
フライパンに卵を注ぎ入れる。入れたら半熟状になるまでかき混ぜて、一旦取り出すのが普通なのだが。
「……これ、半熟になりきる前に固まらない?」
「誰のせいよ!とにかく、多少の固まりは問題ないわ。どうせ混ぜながら炒めるんだし。…よし、こんなとこね。じゃあ一旦取り出して、次はエビとカニね」
一部固まってるが、固まらないよりはマシだろう。油を引きなおしてエビとカニの缶詰をーー
「……あ、缶詰開けてない」
「え」
既にエビを投入していた蓮子の動きが一瞬固まる。卵に夢中ですっかり忘れていた。
「えーっと缶切り缶切り…」
「急いでメリー!エビが焦げる!」
「フライパン上げとけば良いでしょ…」
あった。家に缶切りがあるかも不安だったが、どうやら昔の私は缶詰にお世話になったようだ。封を開けて水を切ったカニをフライパンに投入する。
「カニとは言ってもほぐしてあるのね。もっと豪快な感じのカニかと思ってたけど」
「安物の缶詰だからねぇ。と言うか缶詰にそんなのを求めないでよ」
「分かってるわよ。ええと、次はご飯だったかしら」
冷凍庫からご飯を取り出す。多めに炊いておいたとは言え2人分になるのやら。
「ええ、ほいっと。そしたらエビとかと軽く炒めて、卵も投入と」
順番に具材を入れて炒めていく蓮子。意外と手慣れているようで、手の動きに迷いがない。
「蓮子のことだから、てっきりテレビの真似でもしてフライパン振るのかと思ったわ」
「あれだってふざけてやってる訳じゃないでしょ。フライパンだとこぼすからやりたく無いし。メリー今度中華鍋でも買っといてよ」
「嫌よあんな重いもの。手入れも大変だし自分で中華作ろうなんて思わないわよ」
「ごもっとも。さて、後は味付けして軽く炒めれば完成よ」
「はいはい、ええと普通の味付けでいいのよね?」
「そうよ、塩と胡椒ね」
はいはいと、私は塩と胡椒の入った瓶を取ろうとして。
私の手が、止まった。
「……ねぇ、蓮子」
「んー?」
「塩も胡椒も、切らしてる」
「……は?」
一瞬にして台所が凍りつく。そうだ、私は今日そもそも調味料を買うつもりだったでは無いか。よもやピンポイントで無いとは。
私がそんな事を思いながらフリーズしている間に、蓮子はハッと頭を振って、私に木ベラを握らせた。
「とにかく、メリーは焦げないようにしてチャーハン混ぜてて。塩胡椒は私がダッシュで買ってくるから」
「…お願い」
言うが早いか蓮子は台所から出て行った。その音を聞きながら、私は木ベラを持ったまま半ばフリーズした頭でチャーハンを混ぜ始めた。
◇
「……ひどい目にあったわ」
「ええ、まさか今日に限って塩胡椒が無いなんてね…」
あの後、超速で近所のコンビニにダッシュして塩胡椒を買ってきた蓮子のおかげで、今私たちの前にはチャーハンが出来上がっていた。
見た目としてはある程度整っているが、実際は米と卵の比率が釣り合いそうになっていたり、味付けの塩胡椒をぶちまけかける等で味についての保証は出来ない。
「…と、とりあえず食べましょ!作り方自体は違ってないから味も良いはずよ!」
「…ええ、そうね」
恐る恐るチャーハンを口へと運ぶ。いや、これはむしろチャーハンなのか。半分米だが半分卵の炒り卵かもしれない。
「ああ、うん。チャーハンの味ね」
確かに卵は入れすぎてしまったようだが、その分多めに振られた塩胡椒で丁度いいバランスになっている。ネギは若干しょっぱいが、まぁ他の具材より少ないのであまり気にならない。
そのままではすぐ飽きそうなものだが、加えたエビとカニがアクセントになって飽きない味になっている。もし普通のチャーハンの様にチャーシューだったら塩気が強かったかもしれない。
結果的に美味しくなったものの、偶然に助けられた所が大きいと言う訳だ。
「うん、美味しいは美味しいけど、これじゃ半分スクランブルエッグね」
もう半分を食べ終えた蓮子がそうぼやく。私も同じ感想だ。だがその分米がかさましされて丁度良かったのかも知れないが。
「これはリベンジしたいわね…。メリー、今度中華鍋買っといてよ。後調味料もね」
「悪かったわよ…。それでも中華鍋は買わないわよ」
「そうね。というか、フライパンで作ってアレだものね…」
蓮子が苦笑しながら台所に続くドアを見やる。
ドアの先には未だ片付けていない台所が広がっている。具材を切ったまな板やフライパンはもちろん、おそらくぶちまけかけた際に漏れた塩胡椒でも散らばってるかもしれない。
「憂鬱だわ…」
「ま、まあまあ。またいつかリベンジしましょ?私も片付けるからさ」
「…そうね、リベンジよ。このままでは終われないわ」
思わぬ失態を見せてしまったが、次こそは完璧なチャーハンを作ってみせようでは無いか。
「ええ、その意気よ、メリー。さ、そろそろ片付けに行きましょ」
「ええ、そうね。さっさと片付けて紅茶でも飲みたいわ」
「あ、あれ?これ洗ったやつだっけ?」
「違う、それはもう乾かすだけだってば!」
しかし、今度は蓮子の方がヘマを連発してしまい。
私達の休日は、チャーハンとその片付けに大部分を割かれる結果となってしまったのだった。
<NEXT>
「メリーって意外と天然なのね」
「いいえ、あれは急に連絡を入れた蓮子が悪いわ。それより次回予告」
「きまってない」
「」
「冗談よ」
【第5話 学食の生姜焼き】
お楽しみに〜