【S】
会場が暗転し、部屋を真ん中から二分するロードに明かりがともる。カメラマンは撮る準備を、観客は瞬きをして見る準備を整えた。
舞台の奥から一人また一人と人が出てくる。この日のために世界各国から集められたビューティー達である。
俺は最前列の椅子に腰かけ、彼女たちの一挙一動を注意深く見ている。今日に限ってはこの行為はストーカーにならない。なぜなら彼女たちは見られるためにこの場にいるのだから。
明らかにリズム重視で作られたんだろうなあ、と思わせる現代風ミュージックが観客及びカメラマンの耳を塞ぎ、彼らの意識は余すところなく、中央のロードを列をなして優雅に歩くビューティー達に注がれている。それにしても歩くのが速すぎませんか。競歩の選手なの?
その中でも
前原さんっ……その人である……。
身長一七五センチの長身
もともと整っている顔立ちは、その道のプロによる化粧が施され、明らかに別人の様相だ。凛とした表情には他の追従を許さない圧倒的な自信が感じられる。これが本場の美しさなのか。見慣れていないせいか、俺には元の顔のほうが
胸が控え目とかどうとかは言及してはいけない。(俺が後で)死ぬ羽目になる。
前原さんは俺が見たこともないような上品な動作で身を
よしこれで前原さんも気が済んだでしょ、やっと帰れる……と思い俺が立ち上がりかけたところで、俺の視界にさっきも見たような人影が侵入した。中腰状態の俺はその場で硬直する。後ろからの視線が痛い。
また出てきた……!前原さんが、衣装を変えて。
俺はVIP席のど真ん中で頭を抱える。周囲の目とかもうどうでもいいよ……。
なんで俺は、パリコレの会場にいるんだ……。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「あ―――楽しかった!」一連のステージを終え、腹の底から充実感のある声を張り上げる前原さん。元気ですね……。
時刻は午後四時を回ったところ。これから日が沈むまでパリで遊びつくし、帰りはジョニーに搭載しておいた瞬間移動能力で日本の自宅へアイルビーバックという日帰り旅行プランである。
ソレハヨカッタ・・・。体の芯から疲労感たっぷりのため息をつく作者こと俺。喜んでくれて嬉しいのだが流石に疲れた……。俺以外の客(世界とか政界とかにはびこる金持ちさん)が奇異な視線を終始俺に向けてくるからよお……。
「どうしたの?気分悪いの?」
俺の顔を上から覗き込んでくる前原さん。灰色の瞳に目が吸い込まれてしまう。
どうでもいいが彼女は俺より身長が高い。その差はおよそ十センチ。無念。
現在進行形でつやつやの肌を見せつけられている。天ぷらでも食べたんですか?それは唇。
化粧を落としていない顔は至近距離でもきれいですね……。すっぴんを見るのが怖いですね……。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、にこ、と意味もなく微笑みを浮かべる前原さん。やっぱり笑った顔が一番ですな。パリコレモデルはもっと笑ったほうがいいんじゃないの。愛も笑顔も世界を救うよ?
どうでもいいけど百万ドルの微笑って好きな人の笑顔とイコールだと思います。
まあいいとりあえず、ここまでの経緯をまとめよう。
昨晩、何の前触れもなく前原さんに「私をもっと女らしく書け」と詰め寄られる。
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あまりの剣幕に冷や汗たらたらで引き受ける俺。優しすぎる。
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そしたらジョニーが調子に乗って、本場はパリでしょコレクションでしょとか言い出しやがった。
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すっかり意気投合して乗り気になる前原さん。これあかんやつや……。
↓
二方向からまたしても詰め寄られ、俺は折れざるを得なかった。則天去私だよおおっ!
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設定変更からの瞬間移動でパリまで飛んできた。THE・雑。
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で、今ここ。ジョニー&前原さんと三人揃ってパリの文化的景観を堪能している。……ジョニー&前原って芸人みたいだな。
俺は荷物持ちとして立派に機能していた。なんだかなあ……。
今日はクリスマスイヴ。バリバリキリスト教国のフランス、その首都パリでは、町中が赤緑で埋め尽くされている。サンタコスプレの人も見かける。コスプレイヤーは世界中にいるんだな……。
前原さんは自分の肢体をしげしげと眺めては何やら身をよじっている。身もだえと呼ぶべきか。自分の体を評価されたのが嬉しいのは分かるが悲しいかな、ナルシストにしか見えない。お、おじさんはそういうの、嫌いじゃないよ?
まあ今回の件は、きちんと考えていなかった前原さんの細かい設定をし直すのにいい機会だった。曖昧のままじゃ色々と気まずいもんね。はっきりさせたほうがいいよね。
身長は一七五センチ、バストウエストヒップは前原さんに任せたので不明、灰色の瞳、ウエーブのかかった長い黒髪、目元にある小さな泣きぼくろなどなど……。
それにしても設定丸投げした割には、胸の大きさに何の変化もなかったのは驚きだった。見た感じの話ね。女子って胸の大きさを結構気にするもんだと思ってたから……。キモがられること覚悟で聞いてみたら「邪魔だ」ってよ……。
人により蹴り、ってやつなのかね。なんで蹴ったし(誤変換)。
「いっくよーっ、それーーー!」
「うひゃあああああ……」
ここ数か月で最も機嫌がいい前原さんはジョニーを肩車してそのまま振り回している。そんなことされたら俺は即パニックを起こす自信があるが、当のジョニーはひゃっほうひゃっはー楽しんでいるご様子。
イルミネーションの目立ち始めた空間にその光景は必要以上に目立ち人目を引いた。
ほれほれほれーい、と楽し気に回転する前原さんの顔は赤い。酒飲んでんのか……?
不審に思い、前原さんのバッグを開けてみる。前原さんが俺に持たせたんだから少しくらいいいでしょ。
出てきたのはスキットル、酒用の水筒だった。飲んでたのね……。
テンションの上がった前原さんは一層激しく肩上のジョニーを振り回す。うはあゔばがばあとジョニーが声を上げる様子はもはや
いつの間にか二人の周りには人だかりができていた。美しい女性が変な生き物を高速でブンブンしているのがもの珍しかったようだ。ヤメロ!それでは今のアイツを益々加速させるだけだ!
西洋だと目立つ奴は褒めたたえられるものらしい。日本との違いを見せつけられる。こっちはこっちでいいところはあるんだけどね。
シャンゼリゼのストリートにぽっかりと空いた穴、そこはジョニーと前原さんだけのためにフランスの群衆が作り出した、本当に人を引き付けられる奴にのみ与えられる、活気に満ち溢れたステージだった。
目をガシガシこすって見てもやっぱり二人は輝いて見える。まぶしい……カクテル光線かしら。
「………うっ」
「……うぷッ」
不可解な音が鼓膜を揺らし、俺は気付く。ジョニーと前原さんの顔が真っ青だった。
あーっと声を出すより前に、二人はそろって嘔吐した。数十人のギャラリーの目の前で。
すんごいスピードで回転し続けながら。死んだ魚の目を公衆の面前に晒しながら。前原さんはジョニーを肩車したその手を放さないまま。
二人の口元より流れ出る汚物は新体操のリボンのように。
おおっ、と群衆が歓声を上げる。今"beautiful"とか言った奴、後で職員室に来い。
い、今、俺の脳内でカルメン(作:ビゼー)が何度もリピートされている!でもって笑顔の後ろに横線がいっぱい入り、目は薄ーく開かれている、そんな感じ。
嘔吐物の描く軌道が美しすぎてこれも演出の一つなんじゃないかと思いそうになる。
そう思って頂いて構いませんよ!掃除する必要がなければな……。
吐きながらきっちり三回転を決めて、前原さん及び肩の上のジョニーはその場でばったりと倒れる。
周囲が静まり返り、我々はこれまで見落としていたとても重要なことに気付かされた。
とても臭い。主に酒の臭い(作:前原)がむわんと鼻をついて、見ているこっちまで吐きそうになる。嘔吐物を見てさらに嘔吐、なんて負の連鎖が起きそうになっている。
小学生の時の悪夢を思い出してしまう。クラスメイトの口から飛び出たアレは確かに元は食べ物であるはずなのに、見ているこっちは食欲が失せるってどういうことなの?これこそまさに肉を切らせて骨を断つ!ルーズルーズの関係もいいところである。
脳裏に焼き付いたゲロの映像を思い返していると、おもむろに、倒れていた二人がすっくと立ちあがった。きびきびとした動きで背中を合わせる。
その瞬間を逃さずジョニー&前原さんは渾身のどや顔を俺たちに向け、
「「ィェエエエエエエエエエイイイ!!!!!」」
うるさい。
さっきパリコレにも出演してたビューティーがこんなところで変な妖精的生物と何をやっているんだ。これこそ美女と野獣。
胃の内容物をすっかり吐き出したジョニーと前原さんは、自分たちがまき散らしたことにより出来上がった「ゲロの結界」の中心で爽やかな笑顔を作り、感謝なのか謝罪なのか、ここまで見てくれた観客に頭を下げている。ハハッというどこかで聞いたことのある裏声が聞こえてくるあたり間違いなく前者なのだろう。俺だったら後者だ。いやむしろ俺ならそもそもジョニーを肩車したまま回転などしない。
そしてなぜか二人に万雷の拍手が送られた。嘔吐がパフォーマンスとして認められたのか、それとも時空が歪んでいるのだろうか……。
集まっていた観客はばらばらと散り始めた。
ほっと息をついてほんのり色の残る口元を二人して拭う姿がなんというかグロくて、自然と頬がひきつる。
俺が見ているのに気づいて、ジョニーが手を振ってきた。
地面に飛び散ったヘドロのごとき液体を避けつつ二人のいる結界の最深部へ向かう。
ふと目を向けると、行き交う人々はゲロの結界を見事に避けて進んでいく。シャンゼリゼ通りの歩道のど真ん中に描かれた真円に臭気という名の磁場が発生、人間という光の粒子を受け流しまくっている。ゲロまでもが俺に宇宙を感じさせてくるとはな……。
そうこうしているうちに日はすっかり沈んでいて、木々に光るイルミネーションが得も言われぬロマンチックな雰囲気を醸し出している。
俺は横にいる二人のせいで全然ロマンチックな気分になれないのだが。
ジョニーはなぜか高速で反復横跳びしてるし。……よく見たら細かく瞬間移動していた。能力の無駄使い。
唯一の女要素である前原さんは「飲みなおしだ」とか言って缶ビールをぐびぐび飲んでいる。カーっと吐き出す息が酒臭い。俺に向かって息を吹きかけるんじゃない。
……そろそろ帰ろうぜ。俺は二人に呼びかける。
「ええ……あと五分」
早起きのできない中学生か。
いいから帰るぞ。
「いやだ!まだ帰らねえっ!」
そう言ってジョニーはその場に、具体的にはゲロの結界の中央部で寝っ転がった。通行人が生暖かい目を投げかけてくる。我慢のできない小学生か。
俺が無理矢理起こそうとすると、手足をじたばたして抵抗してくる。幼児……。
ええい、面倒臭い!設定を変更してジョニーは今すでに自宅にいるということに……。
俺はジーンズのポケットから手帳を取り出す。
「やめてえええっ!一人の夜はいやあっ!」
ジョニーは悲痛に叫ぶ。……一言多いぞ。お前をしんのすけに育てた覚えはない。
また来れる機会があるだろ。……ほら、前原さんも何か言ってやってくださいよ。
俺はがっくりと肩を落とすジョニーを横目に前原さんを見やる。
そこにいたのは前原さんは前原さんでも
頬を赤くして微笑んでいる姿は男を誘う風貌だ。現に通りすがりの外国人(フランス住民)が立ち止まってこちらにウインクしてきた。
このままだとあの中の誰それの家までお持ち帰りされて色々とやりかねないのですぐにでも俺が家までお持ちかえることにしよう。
言い忘れていたが俺、ジョニー、前原さんの三人は一つ屋根の下に暮らしている。
さてここで男子諸君はムラムラしてくることだろう。
心配しなくていい。
俺がある時前原さんに対して変な気を起こしたところ、
彼女らはいつの間にかうちに住み着いている、いうなれば厄介者。追い出そうかとも思ったが、いつぞやの俺は彼らを放っておくことにした。家事をやってくれるので楽だったなんて言えない……。
こちらから危害を加えない限りは前原さん、ましてやジョニーにも特に害はない。どうしてこうなったかは知らん。謎だ。
前原さんは明らかに足元がおぼつかないご様子なのでとりあえず肩を貸す。自分よりでかいやつの介抱なんて考えたこともなかったぜ。
少しばかり服が乱れ、潤んだ瞳が道行く男性を誘いまくっている。
さっき立ち止まったフランス青年がさらに色めき立ち、とうとうこちらに近づいてきた。
俺は素早く
―――そこのフランス人、お前にいいもんを見せてやるよ。
ヘイヘイ言って俺たちとの距離を詰めてくる男性に気づかないふりをして、俺は前原さんの肩を抱いて人ごみに紛れた。
ジョニーは先んじて走る。そして向かった先は建物と建物の間、狭ーい路地である。夜も近づくこの時間帯、そこは顔の識別もできないほどに暗い。
人をかき分けかき分け後をついてきた青年が「オオッ」と声を上げる。道行く通行人もなんだかざわざわしている。
……なんだろうね?
俺は無言で前原さんと狭い路地に入っていく。前原さんは「ふにゃ?」と不安定に首をかしげている。そうそう、そのまま。
わずか一メートルほどの空間には所々にごみが落ちている。色と形がヨーロッパ風なだけで、ごみ箱もちゃんとあった。
二人の体がが完全に闇に包まれたところで、先にここに到着してもらっていたジョニーに声をかける。
よーし、それじゃ、頼むぞ。
「お任せあれーい!」
まだ暗闇に目が慣れておらずジョニーが何をしているのかわからないが、きっとにやついているに違いない。
ジョニーは余興なのか小声で何やら呪文を唱える。ほとんど何を言っているか悟られないように唱えているあたり、少しは勉強してきたようだ。何ってもちろんエセ魔術師についてさ。こんなこと言っているあたり、俺って中々にクズいようだ。
俺は腕時計で時刻を確認する。時計は午後八時を示していた。長針と短針の角度が百二十度である。超どうでもいい。
小声でアイルビーバ~ックと呟くと同時に俺、ジョニー、前原さんの体は浮かび上がり、シュンという音とともに自宅の玄関先に着地した。
くふふを笑い声を漏らす俺。その理由はCMの後で。
~CM中~
「!?」
フランス青年は路地を覗き見て、目を丸くした。
なぜだ?確かにカップルがここに入っていったはずなのに……。なぜだ?
かっかっかと殿様笑いを抑えきれない俺。ここは日本、向こうはフランス。
横でジョニーが引いている。
「絶対いいもの見れると思ったのに……。まさか俺は今の今まで幻を見ていたのか?」
そんな彼の姿がありありと想像できてしまった。
そりゃそうだろうよ。酔っていない男性が酔った女性を暗いところに誘導していたら、もうそれは、
―――「あいつら、こんなところでおっぱじめる気だ!!!!!!」
ってなるよね。効果音は「ズギャァァァァァァアアン」で決まりだよね。
それを利用してやりたくなった性格の悪い俺である。ぐ
……何はともあれ、やっと帰ってきた我が家である。
酔いつぶれ、えへらえへら笑っている前原さんを彼女の部屋のベッドに寝かせ、俺は部屋を出る。すまんな、そういう系のシーンはないんだ。あは。
時刻は十二月二十五日の午前四時。日本とフランスでは八時間も時差があるのだ。
……今年も聖夜をどうにか乗り越えたわけだ。よしっ!
「……そんなに聖夜が嫌なんですか」ジョニーが尋ねてくる。
俺はその言葉をダジャレだとでも思わないとやってられんのだよジョニー君。
「ははあ……」
ジョニーは何もかも見透かしたような目でこっちを見てくる。
いや、その……、……深夜テンションということにしておいてくれ。
本編と全く関係ないが、最近のおすすめの漫画は「おじさまと猫」
やべぇ、思い出すだけで目頭が熱くなってきた。ぜひ読んでみてくれ☆