クローバー王国の平界、その上部にある城下町キッカ。
そこの商店街に一人の少女の姿があった。
紅い瞳をしていて、銀色の長い髪は左右で結んでツインテールにしている。身に纏うはどこか高貴さを感じる服装で、事実彼女は貴族階級の中でも上位の、王族シルヴァ家の出身であった。
彼女の名前はノエル・シルヴァ。
彼女は九つある魔法騎士団の一つ、黒の暴牛に所属する魔法騎士。それを示す牛が描かれた黒いローブを羽織っている。
「全く……何で王族の私がこんなこと」
仏頂面でそんなことを言いながら、彼女は腰に差した
彼女は今、任務である男を追っていた。情報によれば男は、ここ最近何度もこの商店街で盗みを働いているという。
商店街の人たちでは手に負えないとのことで、魔法騎士団に依頼されたのだ。そしてそれが黒の暴牛に回され、その団長から任されたのがノエルだ。
「あっ」
件の商店街をパトロールしているノエルは、ふと視界の端で男が屋台の商品を抱えて走り出すのを捉えた。
その屋台の主が「盗人だーっ!誰か捕まえてくれ!!」と叫ぶ。
「あの男ね」
そう言うとノエルは身を低くして、人々の隙間を縫うようにして走り出す。
しかし盗人の男はノエルが追いつく前に、
(多分、風系統の魔法ね。面倒くさい)
内心でそう悪態を吐いて、ノエルは深く息を吸った。
直後に爆発的な加速。
当たり前のように男を背後から追い越し、その正面に立ちはだかる。
「退けぇ魔法騎士!」
「退くわけがないでしょ」
速度を緩めることなく直進してくる男にノエルは呆れたようにそう言って、鞘から刀を引き抜き静かに構えを取る。
男が刀の間合いに入った瞬間、ノエルは左に構えた刀を右へと一直線に振り抜き、勢いよく男の首を刀の峰で叩きつけた。
“水の呼吸”壱ノ型、水面斬り
男が意識を失う前に聞いたのは、まるで風が逆巻くかのような音だった。
私は男が持っていた商品を屋台の主に渡す。その人は笑顔を浮かべて口を開いた。
「いやぁ、ありがとう。魔法騎士のお嬢さん。ホントに助かったよ」
「……別に、当たり前のことをしただけよ。また何かあったら、すぐに魔法騎士団を頼りなさい」
それだけ言って私は商店街から離れる。近くにはそろそろあの人が来ている筈だ。あんなのでも先輩なので、あまり待たせるわけにはいかない。
と、私はそう思っていたのだが。
「ねぇねぇ、君。今ひょっとして暇してる?良かったら俺の空間魔法で綺麗な花でも見に行こうよ」
見てしまった光景にその気が失せたから、無言でその背中を蹴りつける。
気味の悪い呻き声を上げて倒れる先輩に、私はため息交じりに声を掛けた。
「こんな白昼に魔法騎士がナンパとか止めてくれる?恥ずかしいんだけど、フィンラル」
フィンラル・ルーラケイス。
希少な空間魔法の使い手で、黒の暴牛で主に運び屋のようなことをしている。
黒の暴牛の中では比較的まともな性格なのだが、それを打ち消すほどに女好き。
まぁ別に個人の趣味嗜好に口出しはしないが、任務の時くらいは自重してもらいたい。
「いや別にナンパってわけじゃ……」
「言い訳とかいいから、早くアジトに繋いで」
「あ、はい」
彼が魔導書のページを捲って使った空間魔法、『堕天使の抜け穴』を通り、私とフィンラルは黒の暴牛のアジトに戻った。
アジトの扉を開けて中に入る。そこにいた新聞を広げている大柄な男性が、肩越しに私の方を向いた。
「お、お疲れ。どうだった?」
彼が黒の暴牛の団長を務める、ヤミ・スケヒロ。
この人のお陰で最低辺の黒の暴牛とはいえ魔法騎士団に入ることができたし、それに刀まで用意してくれたのだから………まぁ一応感謝はしている。
あまり言ったことはないけど。
「大したことなかったわ。それじゃ、私ちょっと用事があるから」
「……おう。ほどほどにしとけ」
「分かってるわよ」
入ったばかりのアジトから出て、すぐ近くにある森の奥へと足を運ぶ。そこの少しばかり開けた場所には、私が
大小様々な大きさの丸太を頑丈な紐で木の枝に結び、円を描くように配置しただだけの物だが、これが案外馬鹿にならない。
木々の一つに立てかけていた木刀を手にとって、腰に差していた刀と魔導書を代わりのように地面に置いた。
「……始めるわよ」
自分に向けて静かに呟く。そして私は微かに揺れ動く丸太へと、次々に“技”を繰り出していった。
始めてから数時間が過ぎた。
今私は地面に仰向けに倒れて荒くなった息を整えながら、ぶらぶらと揺れる丸太をただ眺めている。
(き、キツい……)
分かってはいたことだけど、“全集中”をこれだけの時間続けるとかなり辛い。普通に死ねる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ………」
……駄目だ、上手く息も整えられない。
どうにか立ち上がろうと膝に力を込めた瞬間、団長が呆れたような表情で側に立っているのに気づいた。
「あーあ。だからほどほどにしとけって言っただろうが」
「うる、さい……わね。もう、今日は休む」
息も絶え絶えに言って木刀を杖代わりに立ち上がり、刀と魔導書を持って歩き出す。
「飯、食わねーの?」
背中からそう声を掛けられるが、この調子だと何も食べられそうにない。食べたとしても間違いなく吐くだろう。
アジトの裏口を通って中に入る。自分の部屋の少しばかり汚れたベッドに倒れ込み、刀と魔導書を窓際に置く。
その時机の上に置いていた写真立てが視界に入った。それには五歳にもなってなかった私と、二人の兄と一人の姉が写っている。
「ノゼル兄様、ソリド兄様、ネブラ姉様………」
今となってはろくに顔を合わせることすらない、私の家族。
「凄いなぁ」
血を分けていても私とは比べものにならない、本当に凄い人たちなのだ。凄い魔法騎士なのだ。彼らが私の家族であることが誇らしく、同時にその事実がどうしようもなく心に突き刺さる。
私は彼らの、王族シルヴァ家の汚点だから。
私は王族でありながら魔力を自在に操れず、それはどれだけ努力を重ねても、魔導書を授かってからも変わることはなかった。
だからノゼル兄様が魔法騎士団の一つ、銀翼の大鷲の団長であっても、そこでソリド兄様とネブラ姉様がどれだけ活躍しても。
「確かノゼル団長殿の妹は、魔力のコントロールができないのでしたな?」
「そんな簡単なこともできない者が出るとは……いやはや王族シルヴァ家も落ちたものですなぁ」
悔しくて仕方なかった。兄様も姉様も本当に凄い魔法騎士なのに、私のせいで彼らのことまで貶されることが悔しかった。
それが事実だから……私は何も言えなかった。
ーーーせめて家族の恥にならない魔法騎士になる。
それを目標にして生きてきた。この十数年を過ごしてきた。
あぁだけどその前に、とても大事なことが一つ。
私は『ブラッククローバー』の登場キャラクターのノエル・シルヴァに憑依した、所謂前世というものを持っている転生者だというやつだ。
仮にも王族にそんな誹謗中傷が飛ぶのかと思いますが、陰で言われているのをノエルが耳にしたとでも思って下さい。