濡れた服から予備の服に着替える。魔導書を腰に取り付けた専用の入れ物に入れて、黒の暴牛のローブは羽織らずに片手に持った。
髪を左右に結びながらアジト一階の共有スペースに行くと、既に全員が好きなように朝食を食べている。
(………疲れたし、あまり量はいらないかも)
ちなみに黒の暴牛における調理は全て、チャーミーという小柄な女性が行っている。彼女の“食”に対する欲求は、端から見ているだけでも凄まじい。
何せ主人公に紹介する魔法騎士のメリットが、『美味しいご飯が一杯食べられる』だ。彼女にとって、それ以外はメリットではないのかもしれない。
「という訳で、アスタには初任務でノエ公はその同行。ソッシ村で、イノシシ狩りだ」
唐突にマグナの口からアスタに与えられた初任務。それは本来ならノエル・シルヴァにとっても、同じく初任務となる筈だったもの。
詳しく聞けば団長とマグナがソッシ村の村長に賭け事で負け、その対価として村を荒らすイノシシを退治することになったらしい。
とばっちりでしかないんだが。
(………まぁ、難易度としては丁度かもね)
王族に見合う魔力を持ちながら、それを扱えない私。前例のない反魔法という特異な力を得た、下民のアスタ。
特にアスタに関しては初めての任務なのだから、これ位が実力を確かめるのにお誂え向きだろう。
完全に私の妄想だけど。
「行くか死ぬか、どっちだ?」
「行きます」
隣でギャーギャーと抗議していたアスタだが、団長の視線一つで抗議を止めた。どうせならお得意の諦めない心で、もう少しは粘って欲しかったものだ。
「………フィンラルは?」
アジトの外で派手な装飾の箒を見せびらかすマグナに尋ねると、フィンラルは別用で今回はいないらしい。
「俺、魔力ないので飛べません!」
「魔力の操作が出来ないのよ?箒で移動なんて、出来る訳ないでしょ」
つまりマグナが彼を含めた三人を運ぶ必要があるのだが………下民なので魔力量が多くないから厳しいと思う。
「私、走るから。先導だけお願いするわ」
そう言ったのだが、マグナもアスタも止めてくる。アスタは「マグナ先輩なら余裕に決まってる!」と根拠のない発言をし、マグナはそれに冷や汗を浮かべながらも否定しない。先輩として意地を張りたいのだろう。馬鹿か。
「………一つ。バカスタ、先輩とはいえマグナは下民よ。下民の魔力量で三人を一本の箒で運べる訳ないわ」
箒に取り付けられたクソダサい装飾が、何らかの魔導具であれば話は別。けど見た限り、これ本当にただの飾りだ。何を考えた装飾なのか、さっぱり分からない。
「二つ。貴方に魔力がないというなら、尚更“箒で空を飛ぶ”ことは経験しておくべきよ。何せ国内外を問わず、箒を移動手段とする者は多いんだから」
マグナの箒を見た瞬間の興奮からして、彼は今まで誰かの箒に乗せて貰ったことすらない。早めに体感した方がいい。
「三つ。道中特に何もなければ、私が置いていかれることはないわ」
それは鍛えた身体と磨いた技術に対する自信。走るだけに専念すれば、問題ないだろう。
「………喧しいッ!グダグダ言ってねーで、お前もさっさと乗りやがれ!!先輩舐めんなよ!!」
しかし、半ば無理矢理に箒に乗せられた。話を聞いていなかったのだろうか、このグラサンヤンキーは。アスタも最後尾に跨がるし、本当に馬鹿しかいないのか。
「ねぇ、無理しない方が………」
無駄だと思いつつ止めようとしたが、やっぱり無駄だった。全員を乗せた箒が勢いよく空に飛び出す。
肩越しに後ろを見れば、そこには目を輝かせているアスタ。彼の叫び声に眉を顰め、ふと考える。
(バッカみたい)
出来損ない集団、黒の暴牛。だから私みたいなのでも、受け入れようとしてくれている。
それは、凄く嬉しいこと。本当だ。決して口に出しはしないが、心の中でそう思っている。
(だけど)
下民・平民で出来損ないの彼ら彼女らと、王族シルヴァ家で出来損ないの私。
どちらがより劣っているかなど火を見るより明らかで、私は皆と同じラインに立つことすら出来ていない。
ーーー本来。私には黒の暴牛のローブを羽織る、その資格もないのだ。