トム・リドルは夢のような心地だった。
ちっぽけな孤児院の中の閉じた世界、それが今までのトムの世界の総てであった。
だがどうだろう、今目の前に広がる光景は。まるで王侯貴族が住まうような荘厳で幻想的な城、今日からそこが自分の居場所なのだ。
なぜならば自分は魔法使いーーー孤児院に居た凡俗共とは違う
(そうだ、あんな場所は僕の居るべき場所ではなかったんだ)
瞬間、トムの脳裏に過ぎるのは『化け物!!』とこちらを罵る孤児院の連中の姿。
それらを振り払うように頭を振る。あんな世界は自分の居るべき場所ではなかったのだと決別を告げるかのように。
トム・リドルは両親を知らない、所謂孤児であった。
そんな孤児院で育った彼であったが、平凡とは言い難い子どもであった。
彼は魔法使いであったーーーそれもその頃の彼はまだ知るよしもなかったが、歴史上の中でも屈指と言えるだけの才を持つ。
彼にとっては魔力を操るというのは呼吸するのと同然の当たり前の事であった。
手を触れずに物を動かす事も、更には蛇と会話する事さえも出来た。
彼はそれを隠そうと思わなかった。何故ならばそれは彼にとって当たり前の事だっただから。
孤児院には歌が上手い子も居る。運動が得意な子も居る。あるいは絵を描くのが得意な子も居る。
彼にとって魔法、その時には自覚がなかったが、を使えるというのはそういうものだと思っていたのだ。
だが彼の周囲はそう捉えなかった。人は自分に理解できない物を恐怖し、排斥する生き物だ。
普通の人間には出来ない事を出来るトムの事をいつしか周囲は「化物」と呼ぶようになった。
人間の人格というのは幼少期の環境に依る部分が大きい。
「化物」と周囲から蔑まれるような環境でも歪む事無く、優しさという強さを持ち続ける事が出来る者、そんな存在は皆無というわけではないが極めて稀である事は間違いがないだろう。
当然のように両親からの愛を受ける事が出来ず、同じ境遇であるはずの仲間からも化物と蔑まれたトム・リドルの性格は歪んだ。
何時からか彼は、皆に褒めてもらいたい認めてもらいたいーーーそんな思いで使っていた魔法を自分を虐げる者達への仕返しに使うようになった。
それ以来、表立ってトムを「化物」と呼ぶ人間は消えた。ーーーだけど同時に彼を庇ってくれる人間も今度こそ誰一人として居なくなった。
寂しかった。「自分はあいつらとは違う特別な存在なのだ」とそう自らに言い聞かせても、どうしようもなく孤独だった。
そんなトム・リドルに転機が訪れた。
アルバス・ダンブルドアと名乗る長身の男性が孤児院を訪れたのだ。
『トム。お主は魔法使いじゃ』
そんな事を告げてきた男性の事をトムは当初自分を精神病院に送り込もうとしている医者かなにかだと思っていた。
ついに自分を手に負えなくなった孤児院の人間が自分を追い出そうとしているのだと、そう思ったのだ。
だが違った。彼はトムの目の前で魔法を使ってみせたーーーそれもトムが使うよりも遥かに洗練されて居る事がわかる芸術的とさえ言えるほどの素晴らしい魔法を。
天才は天才を知るという言葉があるが、トム・リドルとアルバス・ダンブルドアの2人がまさしくそれであっただろう。
トム・リドルはその天性の才能故に、アルバス・ダンブルドアがどれほど素晴らしい魔法使いなのかをそれだけで悟った。
(この人は僕と同じなんだ!)
ダンブルドアの語った言葉が嘘でも何でも無い真実なのだと理解した瞬間、トムの心を歓喜が満たした。
同じ力を持つ仲間達と競い合い、笑い合い、夢を語り合う。ーーーああ、ああそれはなんて素晴らしい日々なんだろう!!!
「ダンブルドア先生、ホグワーツに行けば僕にも出来ますか……友達が」
感激の余りだろう、気がつけばトムの口からはそんな本音がこぼれ落ちていた。
ずっと自分は特別だから、こいつらとは違うから仕方がないのだと自らに言い聞かせていた仮面が剥がれ落ちて。
「ーーーああ、勿論じゃとも。君はきっとそこで多くの友を得る事が出来る。君自身が善き友足らんとすれば、自ずと周囲も応えてくれるものじゃ」
優しい微笑みと共に告げられた言葉にトム・リドルは久方ぶりに心の底から笑った。
それは自分を虐げていた連中に仕返しをした時のような昏い喜びではない、本当に純粋な子どもらしい笑顔であった。
そこからダンブルドアはトムへと魔法界の事情について一通り説明を施した。
終始目を輝かせていたトムであったが、ダンブルドアが魔法界の法律、中でもマグルに対して魔法を使ったり、未成年の魔法使いが許可なく魔法を使うことは禁じられており、魔法に関する情報漏えいはどんな些細なことでも処罰の対象となる事について説明を受けた時だけはしかめっ面を浮かべた。
何故優れた存在である魔法族がマグルに配慮等しなければならないかが彼にはわからなかったからだ。
そのトムの様子はダンブルドアにとって若かりし頃の自分を想起させるものであり、彼の中に存在したトムに対する警戒心を深めたが、少年のような無垢な輝かんばかりの笑顔で魔法界の事を質問するトムの姿がそれを和らげた。
そうして最後にホグワーツで使用する教材はダイアゴン横丁で揃えれば良いこと、ホグワーツには9と4分の3番線を用いて行けば良いことを告げてダンブルドアが立ち去ろうとするとーーー
「あの、ダンブルドア先生!僕、魔法界の事を何も知らないのです。なので、その……」
名残惜しさと不安の同居した表情を浮かべながら自分に伸ばされた手。
それを見た瞬間にアルバス・ダンブルドアの心に激しい羞恥が襲った。
(儂は一体、何をそんなに恐れていたというのだろうか……)
魔法を使って孤児院の仲間を虐げていた?それは一面の事実ではあるのだろう、だがそれは彼を恐れる者達の一方的な意見だ。何故そのような事をしたのかを、自分はこの少年に問い質していない。それだけで彼だけが一方的に悪いなどと決めつける行為は短慮の誹りを免れないだろう。
この少年の中に残酷さと支配への欲求を見て取ったから?そんなものは他ならぬ自分も若い頃抱いていたものではないか。
(ああ、そうじゃ……一人でも多くの若者に儂と同じ過ちを繰り返させぬために……儂は母校の教師となったのではないか……!)
目前の少年は確かに危険だ。類まれな才能を持ち、自身を特別視し、マグルに対する強い隔意を抱いている。ーーー若かりし頃の自分と同じように。
そう、目の前に居るのはかつての自分なのだ。甘美なる野望に溺れ、ささやかだが確かに存在した幸福を蔑ろにして、愛する妹の死と引き換えにようやくその過ちを悟ったどうしようもなく愚かで傲慢だった。
ならば、そんなかつての自分を見て
否、違うはずだ。教師の役目とは若者を導く事。自らの経験から悟った事を年長者として伝える事なのだから。
ーーーこの少年はなにか取り返しのつかない過ちを既にしてしまったわけではないのだから。
この類まれなる才能を持った
トム・リドルが自分は特別だという
初めて出会った自分を認めてくれるかも知れない存在を前にして曝け出された、それはアルバス・ダンブルドアという偉大な、されど自分自身の過去に怯える男の心を確かに揺り動かした。
「勿論、何も知らぬ君を一人で放り出すような事をせんともトム。
これから
「はい!ありがとうございますダンブルドア先生!」
告げた自分の言葉に心の底から嬉しそうな笑顔を受けるトムの姿を見て、ダンブルドアは改めて決意を固めるのだった。
・・・
ダイアゴン横丁での夢のような時間が終わるとトムは再び入学までの時間を孤児院で過ごす事となった。
以前と変わらぬ怯えた目で遠巻きにされる日々はトムにとって苦痛そのものであったが、それでも以前よりははるかにマシであった。
ホグワーツに入学して自分と同じ力を持つ仲間達と競い合い、笑い合い、夢を語り合うーーーそんな希望が出来たから。
今少し、自分が本来自分が居るべき場所に行くまでの辛抱なのだと言い聞かせながら購入した中古の教科書を読み耽り、魔法界への知識を深めた。
そして今、トム・リドルは……
「スリザリン!」
スリザリンに往けば偉大になれる、真の友を得られる。
そんな組分け帽子の言葉に惹かれてスリザリン生へとなった。
スリザリンから歓迎の意を示す、拍手が木霊する。
それだけでトムは自身の選択が誤って無いと思えた。
ただ、一つ懸念があるとすればそれは自分を魔法界へと導いてくれた恩人でもあるダンブルドアの事であった。
アルバス・ダンブルドアはグリフィンドールの出身であり、グリフィンドールとスリザリンは不倶戴天といえる仲である事をトムは読み終えた本から知っていた。
トムに言わせれば余りに馬鹿らしいことだと思う。寮が違う程度で何故いがみ合うのかと。
自分達は同じ力を持った仲間ではないかーーーと。
ただトムの個人的な思惑とは別にそうしたくだらない違いを重視する者もある程度居る事をトムは此処に来るまでの列車の中で悟っていた。
無論、教師であり自身の恩人でもあるアルバス・ダンブルドアがそのような狭量な人ではないとトムは信じている。
信じてはいるがそれでも……
チラリとトムは席に座るダンブルドアの方を窺う。
視線に気づいたのだろう、ダンブルドアは静かに入学を祝うように微笑んでくれた。
唯一の懸念が消えたトムの心にはただ喜びと希望だけが溢れ出した。
此処から自分の本当の人生が始まるのだと、トムは無邪気な笑顔を浮かべるのであった……
このパターンでトムがヴォルデモート卿になるとダンブルドアとの関係がまんまオビワンとアナキンみたいなアレになりますね。