スリザリンには優秀な生徒が多い、何故かといえばそれは寮を構成する生徒の多くが純血ーーーすなわちホグワーツに入学する前から英才教育を受けた者だからだ。
一方マグル生まれの生徒は入学してからしばらくはそれまで培った常識の差異故に溶け込むので精一杯となる事が多い。
だからそう、もしも入学したばかりの新入生であらゆる授業に於いて秀でた才を示すようなスリザリン所属の生徒が居たとするなら、本人が自分から吹聴でもしない限りマグル出身等と思う者は凡そ皆無という事でありーーー
「見事じゃミスタ・リドル。スリザリンに5点与えよう」
トム・リドルという同学年の誰よりも秀でたスリザリン生が周囲から純血なのだとみなされるのはある種の必然とさえ言えただろう。
それは名家出身のある種の矜持が為せるものでもあっただろう、偉大なる先祖の血を受け継ぐ自分達が魔法に於いて負けるとすれば、それは同じ純血でしか有り得ない。ーーーもしも自分よりも遥かに優れた才を見せる彼がよりにもよって
そんな周囲の態度はトムの心を徐々に蝕みだす。
自分は純血なのだとそう信じようとする。何故ならば自分は純血でなければならないのだから。
ーーーそうでなければ、また自分はようやく出来た居場所を失いかねないのだから。
だが、だとするならば何故自分は孤児院に捨てられ等したのか?という疑問へとトムはぶつかる。
そんな疑念が心の中にあったからだろうーーートムは同じスリザリンの生徒程マグル生まれの者に辛辣になれなかった。もしも自分の両親もただのマグルだったら?そんな疑念が彼の態度を謙虚で親切な物にしたのだった。
長いホグワーツの歴史でも屈指と呼べる才。そしてその才に奢る事のない謙虚で親切な態度。
何時しかトム・リドルは「アルバス・ダンブルドアの再来」と讃えられるようになっていた。
「ダンブルドア先生、先生は僕の両親についてご存知ですか?」
ある時トムは最も敬愛し自分を魔法界へと連れてきてくれた恩人へとそう問いかけた。
自分を孤児院から連れ出してくれた目前の人物が、自分の下へと訪れたのは自分の実の両親の知り合いだったからではないかと考えたからだ。
ーーーあるいはこの偉大なる魔法使いこそが自分の本当の父なのではないか、そんな細やかな願望もそこには込められていた。
「残念ながら君の両親については儂も知らぬ。だがトムよ、どうか覚えておいて欲しい。
儂が君をホグワーツへと連れてきたのは君の先祖に偉大なる誰かが居たからではなく、君自身にこの学校で学ぶ資格があったからということ。つまり、君が君自身であったという事それこそが最も重要であったという事じゃ」
ダンブルドアの返答はトムの疑問に応えるものでこそなかったものの彼の心を安心させた。
トム・リドルが最も尊敬して止まぬ人物は、彼の両親が如何なる人物であろうと自らの態度を変化させることはないと、そう保証してくれたからだ。
魔法について学べば学ぶほどトム・リドルのアルバス・ダンブルドアに対する尊敬の念は強まっていった。
アルバス・ダンブルドアがどれほど偉大で優れた魔法使いなのかを否が応でも実感させられた。
魔法界へと自分を連れ出してくれたという恩義、自分を見守り導いてくれる優しさに満ちた眼差し、自分を遥かに上回る素晴らしい魔法の腕ーーートムは何時しかダンブルドアを父親のような存在とみなす様になっていった。
だからだろう、一年目の終わりを前にしてトムはダンブルドアにある我儘を願い出ていた。
「先生、お願いします!僕はもうあんなところには戻りたくないんです!雑用だって何だってやりますから!!!」
「トム、申し訳ないが君の望みは叶える事は出来ない。これは君だけではない、如何なる生徒も例外の無い事じゃ」
無情なる返答にトム・リドルはこの世の終わりのような顔を見せる。
トムにとっての悪夢、それは他でも多くの学生にとっては喜びである行事、夏季休暇であった。
ホグワーツに於いてクリスマス休暇とイースター休暇に関しては望めば寮に残ることが出来る、しかし夏季休暇だけは総ての生徒が帰省する事を義務付けられているのだ。
そしてそれはすなわち、両親の居ないトムは孤児院にーーーあの自分を化物と蔑む連中しか居ない牢獄に居なければならないという事を意味する。
しかも、未成年者である自分がホグワーツの外で魔法を行使すれば退学になるというトムにとっては絶望しか無い法律までも魔法界には存在するのだ。
もしもそれを万が一にでも孤児院の連中が知れば、間違いなく自分に対する報復を行ってくるのは目に見えていた。だからこそトムは必死だった。
友人の家に泊めてもらうという選択肢は残念ながら存在し得なかった。
彼の友人の多くは、彼を純血だと思っている。家族の話題についてはなんとか暈しているが、夏休みの間ずっと滞在する等となれば自分の真実が露見してしまう事は火を見るより明らかだ。
だからこそ、トムにとっては自分の事情を知っているダンブルドアに縋る以外の方法はなかったのだ。
「お願いします先生!お願いします!」
「どれだけ頼まれても、これは規則として定まっている事。君を夏季休暇中、この学校へと置くわけにはいかんのじゃ」
徐々に目前の人物に対する失望がトムの心を満たし始める。
「先生だけは僕の事をわかってくれると思っていた」そんな期待を裏切られたという想いはトムの中にそれまで存在したダンブルドアに対する尊敬の念を一気に反転させかねないものであった。
だから、もしもこのままダンブルドアが、教師としての分を超える事無くトムの懇願を跳ね除けていたら、トム・リドルの開き始めていた心は再び閉ざされていたかも知れない。
しかし、ダンブルドアはそれまでの厳粛な教師としての表情を取り払いどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて
「そう、君を夏季休暇の間ホグワーツに置く事は出来ない。しかし、極めて優秀で熱意のある生徒の指導を教師がしてはならんという法も規則も存在しない。
君にさえその気があるというのならば、儂には極めて優秀なホグワーツ始まって以来の秀才に教師として出来る限りの事をする用意はある。
トム、儂の家があるゴドリックの谷は正直何も無い田舎じゃ。若さに満ち溢れた君にとってはそんなところでこんな男と一緒に居るという事をきっと退屈極まる時間じゃろう。
それでも君が良いというのならばーーー歓迎させてもらおう」
ウインクと共に告げられた言葉を理解した瞬間、トムの心に歓喜が溢れ出す。
夏季休暇中もこの偉大なる魔法使いと一緒に居られる!しかも、一対一で教えを受ける事が出来る!
それはーーーそれはなんと夢のような時間なのだろうか!
「先生……ありがとうございます!お世話になります」
満面の笑みを浮かべる教え子の姿にアルバス・ダンブルドアは自分の判断が間違っていなかったとの確信を抱く。
正直に言えば、ダンブルドアはどうすべきか迷っていた。何せ自分のやっている事は明らかに一教師としての分を超えた行いなのだから。依怙贔屓の誹りを受けたとしても、それに反論する事は出来ないだろう。
だが、それでもダンブルドアは誓ったのだ。このトム・リドルという少年を導く事を。
そして、心を通わせたものが誰一人として存在しない、あの孤児院で再び過ごす事は目前の少年の成長に寄与するどころか、間違いなくマイナスに働く事だろう。
ーーー何せ、かつての自分は血の繋がった妹との日々でさえ足止めされている、時間を浪費しているとしか思えなかったのだから。
少しずつでいい、この少年に教えよう。魔法族とマグルは決して相容れぬ存在ではないという事を、マグルと魔法族が共存する自分の故郷ゴドリックの谷での暮らしで。
夏季休暇の間、トムはダンブルドアに多くの事を教わった。
それは魔法のことだけではない、共に料理を作り、時にハイキングへと出かけたり。
ーーーもしも自分に父親が居たらとかつて夢想した多くの事を経験した。
夏季休暇が終わり2年生となる頃、トム・リドルにとってアルバス・ダンブルドアは実の父も同然の存在へとなっていた。
トムの父親代わりになれる存在が居たとすればそれは多分ダンブルドアだけだったと思うんですよね。