お察しのいい方はお気づきかと思いますが、エンディングにヒントを得たお話です。というか、エンディングの個人的な感想を兼ねたお話です。
できるだけ短く、手早く進めていきたいと思います。
かぐや様は夢を見たい
恋愛頭脳戦。
それは文字通り、お互いの意地とプライドを賭け、少しの私情と羞恥を孕んだ、天才たちの戦い。知力、体力、そして時の運。全ての才能と技能を問われる究極の戦い。
程度の差はあれど、全国津々浦々、ありとあらゆる場所で繰り広げられる、万国共通、老若男女を問わない戦いである。
日本有数のエリート学校、秀知院学園高等部においても、その戦いに変わりはない。否、日本を背負って立つ、将来有望な秀才の集うこの学校において繰り広げられる頭脳戦は、常人には計り知れないほど周到で、深遠で、苛烈なものとなっている。
その最たるところが、秀知院学園現生徒会長・白銀御行と、同副会長・四宮かぐやとの間で繰り広げられている、超ハイレベルな恋愛頭脳戦である。
片や、学園トップの秀才。その学力のみで、外部生でありながら一年生にして生徒会長となった、蛍雪之功の男。
片や、学園隋一のお嬢様。学業のみならず、文武を問わず計り知れないポテンシャルを発揮する、才色兼備の女。
お互いを憎からず思う二人だが、そこは日本トップクラスの学園を率いる生徒会長と副会長、そう簡単に愛の言葉を口にすることはできない。それは自らの築き上げてきたプライドが許さない。恋愛を勝ち負けのある戦いとするならば、告白とはすなわち降伏宣言であり、好きになった方が負けになるのである。
結果、二人の頭脳戦は、「いかにして相手に『好き』と言わせるか」の一点に集約される。
事あるごとに繰り広げられる両者の戦いは、まさに一進一退の攻防。時には押し、時には引き、巧妙な罠を仕掛け、あるいは壮絶な舌戦を交える。明晰な頭脳は常にフル回転しており、休まる暇もない。
加えて、二人には学業もある。生徒会の業務もある。全く関係のない、相談事を持ち込まれることもある。
いかに優秀な二人といえど、その脳には体重の約二パーセントという物理的な制約があり、越えられない能力の壁というものがある。ゆえに両者の脳は、ある種生物的本能として、二つのものを強く求めるようになった。
一つは糖分。大きなエネルギーを消費する脳は、急激に体内の血糖値を下げてしまう。不足したものは外部から補うのが人間の基本だ。よって、白銀もかぐやも甘いものを求める。
そしてもう一つは、睡眠である。言わずもがな、脳に休息を与える行為であり、疲労回復の最も基本的な方法である。白銀とかぐやも例外はなく、主人に酷使された分、二人の脳は休息を求める。
前者はともかく、後者は学校という空間において大問題である。仮にも生徒のツートップが、学校で居眠りなどもっての外。もし万が一にもそんなことになれば、他の生徒から信頼を失うことになる。加えて―――
「お可愛いこと」
「お可愛い奴め」
お互いにそんなことを言われかねない。頭脳戦を繰り広げている相手に、自らの醜態をさらすなど、あってはならないことだ。
それゆえ、両者とも睡眠に対して、殊更に気を張っている。白銀の場合は、定期的なカフェインの摂取。かぐやの場合は、持ち前の強靭な精神力。隙を見せまいと、脳に無理を強いている。
だがしかし。隙とは意図せず見せてしまうからこそ隙なのであり、本人の与り知らぬところで生まれるからこそ隙なのである。
何か一つ、今回の件について落ち度を見つけようとするならば―――それはちょっとした気の緩み。あるいは出来心。生徒会長の机に座ってみたいという、かぐやの欲に他ならない。
純粋な興味。普段、白銀御行という男が座っている、この学園にたった一つの特等席から、いかほどの景色が見えるのかという興味。
あるいは、年頃の乙女相応の、気になる異性の席に座りたいという、素直な欲求。
思えば、かぐやも浮かれていたのである。花火大会からこの方、白銀との距離は以前よりも縮まっている。そこに浮き立つ気持ちがあったことは間違いない。
だからこそ、自分でも気づかないうちに、普段からは考えられないような隙を見せてしまったのである。
だがしかし、彼女は失念していた。いや、知らなかった。知り得なかったのである。
昼下がりの生徒会室には、大窓から燦々と日光が降り注ぐようになっている。大窓は生徒会長の机すぐ背後にあり、結果容赦なく太陽光線が四宮の背中を襲った。
くしくも季節は秋。まだまだ夏の香りが残るとはいえ、間違いなく秋。食欲の秋、読書の秋、勉学の秋、あるいは―――睡眠の秋。
そう、秋の日差しは不思議と人間を眠りへ誘うものである。そこに一人の例外もない。かぐやですらも、その魔力からは逃れられないのだ。
―――少しだけ、ですから。
らしくもない一言が、彼女の決定的な敗因である。上半身を横たえたが最後、かぐやの脳はその欲求に従って、穏やかな休息へ落ちていった―――
♂♂♂
「誰かいるのか」
すでに鍵が開いていた生徒会室に踏み入り、白銀はそんなことを問うた。
普段であれば、こんな問いかけをする必要もない。生徒会室に誰かがいることは珍しくなく、また白銀が一番乗りでないことも珍しくはない。ある時は、副会長の四宮かぐやが。ある時は、書記の藤原千花が。ある時は、会計の石上優が。各々の仕事をしていたリ、あるいは休息を取っていたりもする。
だが今日に限っては、この問いかけをする必要があった。扉は空いているのに、中で人の気配が全くしなかったからだ。
生粋の上流階級出身者が集うこの学校において、不審者の侵入というのはまず考えられないが、わずかな警戒心を抱いたまま、白銀は生徒会室へと入って来たのだ。
もっとも、その心配は杞憂に終わる。生徒会室には確かに先客がおり、しかも白銀のよく知る人物であったからだ。
普段、白銀が書類仕事をこなしている、会長用の執務机に、一人の少女がいる。副会長の四宮だ。
細くしなやかな髪を後頭部でまとめ、リボンで飾っている。白く透き通るような両腕の上には、同じように白い顔が乗っていた。輝く紅玉を嵌め込んだような両目は閉じられているが、代わりに長く整ったまつ毛が強調されている。
百人に訊けば、百人が美人と答える容姿。加えて、学業優秀であり、日本文化への造詣も深く、弓道の名手でもある。欠点のない完璧超人、それが、四宮かぐやという女だ。
そして、白銀の「戦争」の相手でもある。
これまで、隙らしい隙を見せてこなかった四宮。まして、白銀の前で居眠りなど、全くしたこともない。眠い素振りさえ見せてこなかった。
だがどういうわけか。その四宮は今、自らの腕を枕に、机の上で静かな寝息を立てている。有り体に言って眠っているのだ。
どういう成り行きかは全くわからない。だが、考えられる状況は―――
白銀は以前自分が決行した作戦を思い出す。名前を付けるとすれば狸寝入り。あえて無防備な姿を曝すことで、相手のガードを緩くし、その本心を引き出す作戦である。
白銀が実行した際は、あと一歩のところで藤原の介入にあい、失敗に終わっていた。四宮から決定的な言葉は引き出せていない。だが、同じことを四宮が試みている可能性は、十分考えられる。
「四宮、寝てるのか」
ゆえに、白銀は平常運転。極力いつも通りを心がける。うなじに見入ったりだとか、前髪に触れたりだとか、あまつさえ何かを囁くなど、決してない。断じてない。
「四宮、起きろ。体を痛めるぞ」
机に手を突き、先ほどよりも気持ち強めに、声をかける。だが、これと言って反応はない。穏やかな寝息が、秋の日差しの中で柔く響く。
「おい、四宮」
三度目の呼びかけ。今度は少し反応があった。とは言っても、わずかに身をよじった程度だ。さらに、「ぅん・・・」と淡く艶っぽい声が漏れる。顔面に血液が集まるのを感じて、白銀は四宮から目を逸らした。
はっきりした事は一つ。四宮は、どうやら本当に、眠ってしまったらしい。
「参ったな・・・」
呟き、白銀は頭を掻いた。
何も困ったことはない。白銀は仕事をするために生徒会室に来たのであり、そこに四宮が寝ているかいないかは、全く関わりのないことだ。生徒会長用の執務机を占領されてはいるが、それならソファの方でやればいいだけのことである。
だが、そう理屈ばかりではないのだ。
光の中で眠る四宮。淡い輝きが窓から差し込み、眠る四宮を包み込んでいる。その光景はあたかもおとぎ話の一場面のようであり、完成された絵画のような神々しさがあった。それは四宮の、穏やかで愛らしい寝顔のなせる業でもある。
この寝顔を、いつまでも眺めていたい。同時に、他の誰にも見せたくない。そんな、身勝手な願望に気づいて、白銀はかぶりを振った。これでは、俺が四宮を好きなようではないか。
「さすがの四宮も、疲れが出たか・・・?」
その呟きを最後に、白銀は執務机を離れる。今日の分の雑務を、ソファで終わらせるためだ。無論、四宮をこのまま残していくわけにもいかないので、彼女が目覚めるまではここにいるとする。さすがに日も暮れてきたら、何とかして起こすが。
お互いに束の間の休戦である。新たな戦いを仕掛けるのは、四宮が起きてからにするとしよう。
♀♀♀
人は眠ると夢を見るものである。
夢のメカニズムはいまだ解明されていない。いつ、いかなる理由で夢を見るのか、各学問分野から研究されているものの、その実態は不明である。
だが、理屈は抜きにして、人は夢を見るのだ。
かぐやもまた例外ではない。白銀の机で眠る彼女もまた、穏やかに夢を見ていた。
よって、これはかぐやが見た、夢の話である。
というわけでプロローグ的な話をば。
準備ができれば、第二話も今夜中に投稿します。