かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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そろそろエンディングのシーンが近づいてきたところ。


白銀御行は連出したい―後編―

格納庫から引き出された「カササギ」号は、白銀たちの手で、滑走路の脇まで移動していた。

 

白銀は操縦席に座り、燃料系統、油圧系統、水圧系統、各種計器などの点検を行っている。全ての計測値が今のところ正常値であり、「カササギ」号の状態が最高であることを示す。

 

「会長、これを」

 

操縦席右脇に顔を出した石上が、以前四宮とテストをした無線機を差し出す。石上たちとの連絡用だ。操縦席内に設けておいた専用ボックスの中にそれを収める。

 

「あと、これ、僕の私物ですけど」

 

そう言って、石上はさらにヘッドフォンを差し出した。口頭マイクがついているタイプだ。

 

「飛行中にマイクを取るの、大変だと思うので。使ってください」

 

「ああ、ありがとう」

 

片手での操縦は危険だ。この気遣いはありがたい。

 

ヘッドフォンを首からかけ、無線機に接続しておく。操縦席内の準備はこれで完了だ。

 

「燃料積み終わりました!メーターを確認してください!」

 

丁度その時、石上と反対側から藤原が顔を出した。燃料の積み込み作業をしていてくれたのだ。言われた通り、白銀は燃料残量のメーターを確認する。針は「FULL」を指していた。

 

「メーターも満タンだ。問題ない」

 

「はいっ。うちの空港で一番いい燃料を積んでおいたので、遠慮なく飛んでください」

 

藤原は親指を立て、ニパッと笑った。それに白銀は頷く。

 

「わかった。―――エンジンを始動する」

 

燃料供給弁が「閉」になっていることを確認し、白銀は石上にオッケーサインを出した。石上はエンジン脇にハンドルを差し、イナーシャを回す。これがエンジン始動時のはずみになるのだ。

 

フライホイールが低い音を立て、徐々に回転数を上げ始めた。始動に必要な回転数になるまで、石上はひたすらハンドルを回し続ける。

 

「回転十分。クラッチ入れ」

 

ハンドルを抜いた石上が、スイッチ操作でクラッチを入れる。歯車が噛み合い、機首の二翅プロペラが回転しだした。始動準備は完了だ。

 

「燃料を投入する」

 

燃料供給弁を切り替え「開」にする。タンクからガソリンの供給が開始され、混合気がシリンダーの中へ飛び込んだ。

 

集合排気管から炎と煙が噴き出る。同時に大きな唸りを上げて、「ANGEL」エンジンが動き始めた。二翅プロペラが力強く回転を始める。

 

エンジン始動は成功だ。

 

「会長!」

 

始動作業を終えた石上が、再び操縦席に顔を出す。エンジンの音に負けないよう、声を張り上げていた。

 

「飛び立ったら、すぐに無線を立ち上げておいてください。三十分は電源がもちます。それまでに、僕たちの方から四宮先輩の場所を報せます」

 

石上と藤原には、四宮家の飛行船がどの飛行コースを取るか、飛行庁で調べてほしいと頼んである。車と違い、空を飛ぶものには必ず申請が必要だ。事故を未然に防ぐためである。それは例え財閥所有の飛行船であろうと変わらない。

 

飛ぶ道筋と時間さえわかれば、四宮に会うことは十分可能だ。

 

石上の後ろから、藤原も顔を出した。

 

「かぐやさんの場所を調べたら、私たちも『千花』で追いかけます。だから会長は、先にかぐやさんに、会ってきてください」

 

藤原も石上も、それ以上何も言わない。覚悟のこもった瞳で、白銀を見ている。

 

この先は、白銀に託されたのだ。

 

「カササギ」号は、白銀一人では飛ばない。白銀一人では、四宮には届かない。

 

石上が目となり耳となり、四宮を見つけなければ届かない。

 

藤原の燃料が血液となり、エンジンを回さなければ届かない。

 

そして、「カササギ」号の心臓たるエンジンは、四宮が託してくれたものだ。

 

石上が、藤原が、そして四宮がいるのなら。

 

白銀はなんだってできる。どこへだって飛べるのだ。

 

「先に行ってる」

 

「「・・・はい」」

 

藤原がチョークを外す。クリアとなっている滑走路へ、「カササギ」号はゆっくりと進入していった。

 

各部の状態を二重チェックし、白銀は操縦桿を握りなおした。

 

ここからはぶっつけ本番である。エンジン始動までは何度もやってきたが、「カササギ」号が実際に滑走路を駆け、大空へとその身を浮かべるのは、今日が初めてのことだ。

 

四の五の言ってはいられない。やるしかないのだ。

 

―――行くぞ・・・っ!

 

スロットルを開き、「ANGEL」エンジンの回転数を上げていく。それに伴い、プロペラが強く空気をかき、機体を前へ前へと押し進める。

 

布張りの主翼が風を孕む。速度が上がるにつれ、機体には揚力が生じ始めた。これが重力に勝った時、「カササギ」号は空へと舞い飛ぶのだ。

 

尾部が持ち上がり、徐々に機体が水平になる。計算に間違いはない。「カササギ」号は飛べる。

 

白銀は操縦桿をわずかに引いた。フラップが下がり、機首が上がった。

 

ふわり。ついに「カササギ」号は、大地(人間の世界)を離れ、大空(天使の世界)へと足を踏み入れた。

 

♀♀♀

 

雲一つない空の景色を眺める気には、到底なれなかった。

 

四宮家所有の飛行船「月詠」の一等船室にかぐやは身を収めていた。大きな窓ガラスに囲まれた部屋は無駄に広く、装飾も華やかだ。そのだだっ広い部屋に、ポツリと小柄な少女一人。

 

いつかと同じ光景だ。いいや、むしろこの半年ほどが、かぐやにとっては異常だったのだ。誰かに囲まれ、あまつさえ笑顔など浮かべながら過ごす日々など、夢物語と同義でしかない。

 

夢はいつか覚めるのだ。

 

―――寂しくなんか、ない。

 

そんな感情を抱く資格はない。だから今、ベッドの上で膝を抱えているのは、単にやることがないから。そう思う他はなかった。

 

コツコツ。部屋の扉がノックされる。それが誰であるかは理解できたが、かぐやは答えない。やっと整理がついてきた一人という状況に、今少し慣れさせてほしい。

 

だがノックの主は、かぐやの返事など気にする素振りもなく、部屋へと押しかけて来た。

 

「遅れて申し訳ありません。ただいま戻りました」

 

早坂がかぐやに一礼する。それに答える気にはなれず、頷きとともにさらに膝を抱える。結んでいない髪が、鬱陶しくて仕方がなかった。

 

「航空研究会の皆さんには、ちゃんと事情をご説明しましたよ」

 

ベッド横のソファに腰かけ、早坂が言う。以前から頼んでおいたことだ。かぐやが自分の口から言えなかったとき、せめて白銀たちには説明しておいてほしい、と。

 

「会長たち・・・驚いていた、でしょう。きっと信じてもらえないわよね、私が天使だなんて」

 

そんなこと、信じろという方がどうかしている。確かにこの国は、天使を追いかけ続けてきた。けれどそれは、すでに遠い昔の話で、多くの人にとっては伝承の一つに過ぎない。もはや天使が現実でいられる時代ではないのだ。

 

遥か遠いおとぎ話。もはや人とは交われない、それが天使の定めだ。

 

「ええ、まあ、驚いてましたね」

 

早坂は淡々と肯定する。

 

そうか。やっぱり、信じてはもらえない。それも致し方ない。

 

「でも、それはかぐや様が天使だった、ということよりむしろ、かぐや様がそれを直接説明しなかったことに、驚いている様子でした」

 

思わず顔を上げる。電灯すら灯らない部屋の中。窓ガラスから差し込む太陽の光だけが、淡く部屋の中を照らす。その中で、早坂は微塵も表情を動かすことなく、目だけがかぐやを捉えていた。

 

「皆さん、かぐや様のことは、大変信頼されてると思います。これまでも、そして今も」

 

「・・・そう」

 

それだけ答えるのが精一杯だった。かぐやは再び、膝に顔を埋める。

 

「・・・早坂、」

 

「出ていきませんよ。かぐや様についているよう、言われていますから」

 

一人にして、という言葉は先に封じられてしまう。

 

かぐやは膝を抱く力を、より一層強めた。

 

早坂は何も言わない。無言のままソファに座っている。彼女は決して多くを語らない。

 

かぐやもまた口を開かない。今口を開けば、どんな言葉が出てくるのか、想像もつかない。それが怖い。

 

口を開けば開くだけ、言葉が自分を傷つける。現実が鏡となって四宮かぐやという少女の姿をはっきり見せつけるからだ。

 

四宮かぐやは、他人を見極めることに長けている。そして同じように、自分の本質についても、見極めている。

 

お世辞にも性格がいいとは言えない、自分。

 

打算と損得勘定でしか行動できない、自分。

 

そんな自分が嫌だった。

 

必死に覆い隠そうとすればするほど、どこかでぼろが出る。ポロリポロリと、覆った何かが剥がれ落ちる。自分の中身が零れ落ちる。

 

白銀が、藤原が、石上が、とても眩しいものに見えた。打算なく行動する彼らと、あまりにも対照的な自分が、醜く見えた。

 

側にいたい。それは偽らざるかぐやの本心である。自分には、ついぞ備わらなかった優しさというものを、持ち合わせている彼らの側に。打算なしの生き方ができる彼らの側に。

 

だが同時に、果たしてそれは叶えていい願いだろうかとも思う。

 

こんな自分が、彼らの側にいてもいいのだろうか。四宮かぐやの中身を彼らが知ってしまったとき、それでも側にいることを許してくれるだろうか。

 

―――どうしたらいいかなんて、わからなかったもの。

 

初めてだったのである。

 

誰かといて楽しいと思ったのは初めてである。

 

誰かに会うのが待ち遠しかったのは初めてである。

 

誰かに好かれたいと思ったのも、誰かに嫌われたくないと思ったのも、初めてである。

 

 

 

四宮かぐやにとって、誰かを好きになったのが、初めてだったのである。

 

 

どれほど時間が経ったであろうか。もはやそのあたりの感覚はほとんどない。今のかぐやにとって、一秒も、一時間も、一日も、大差はなかった。

 

「三時のお茶にしましょう、かぐや様」

 

見兼ねた様子の早坂が、ようやく口を開いた。それで時間が午後の三時になろうとしていることを知る。

 

衣ずれの音がして、早坂がソファから立ち上がった。ティーポットとカップを取りに行ったのだろう。

 

その早坂が、ぽつぽつと、話し出す。

 

「今回の敗因は、書記ちゃんですね」

 

何のことを言っているのか、さっぱりわからない。それでも構わないとでも言うように、早坂は続ける。

 

「かぐや様とのお付き合いが長いというのもありますが。彼女には私の素を見せすぎました。だからばれたんでしょうね」

 

「・・・早坂?何を、言って・・・」

 

かぐやは顔を上げる。

 

早坂は、お茶など淹れていなかった。飛行船左舷側の窓際に立ち、そこから何かを見つめている。

 

彼女の視線の先を、かぐやも追った。

 

青い青い空の、ただ一点を見る。

 

心臓が脈打つ。今まで感じたことがないほどの衝動が、湧き上がってくる。

 

体が熱い。全身をめぐる血液が熱い。

 

「次があるなら、変装して会うようにしますか」

 

振り向いた早坂の表情は、うっすらと笑っているようにも見えた。

 

抱えていた足が痛い。もつれながらベッドの端へ行き、足を下ろす。踏みしめた床の感覚が、しっかりと足裏に伝わってきた。

 

早坂の横へ、窓の側へと歩く。自分の足で一歩一歩踏みしめ、歩く。そして、早坂と同じものを、見つめる。

 

木製布張り、単葉複座の飛行機。それは、何度も何度も、見てきた飛行機だった。

 

「会長・・・」

 

かぐやは呟く。

 

あきらめたはずの光景に、自然と手が伸びる。

 

この手は届くというのだろうか。

 

この手はまだ届くというのだろうか。




いよいよかぐやのもとにたどり着いた会長。

ここからどうなるのか、会長はどうするのか。

作者も結末が気になるところです(えっ)

(以下雑談)

九話の無限ループが止まらないですね。特にCパートは何度見ても飽きない。

ていうか古賀さんの演技すごいな・・・ラジオ聞いてるとほんとに思う。

アニメが終わるまでに、こちらも畳みたいところです。一応、あと四話くらいで終わる予定ではいます。
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