いよいよクライマックスへ向け、大きく動きます。
四宮かぐやは非常に目のいい少女である。
目の良さ、視力とは、基本的にその分解能を一つの数値としている。ランドルト環と呼ばれる、一か所欠けた円環を用い、その欠けた部分の向きを判別する。判別できた距離によって、視力を表すのである。
かぐやの視力は、測定上二・〇であるが、実際にはもう少しいい。
それがどれほどのものか。
例えば、かぐやは今、窓越しに「カササギ」号を見ている。
「カササギ」号の操縦席に見える人影は、航空研究会会長の白銀である。目のいいかぐやに限って、その姿を見間違えるなんてことはない。
茶色がかった髪。きりりと引き締まった目元。色素の薄い肌。それらを鮮明に見て取れる。
同時に、彼の口元もまた、はっきりと見えていた。
幼少より、数々の分野にわたって英才教育を受けてきたかぐやは、読唇術にもまた長けていた。例え声は聞こえずとも、唇の動きでその言葉を読み取る。耳では及ばないところを、目で補う技術である。
大抵の人間であれば、かぐやは唇の動きさえ見えれば、会話の内容をある程度把握することが可能であった。
特に、白銀の言葉は、よく読み取れる。
それもそのはずである。彼の口から漏れる、どんな情報も逃さないよう、日々その唇を注視していたのだから。
であるから、かぐやにとって、窓一つ隔てた先の、声すら聞こえない白銀の言葉を聞くなど、朝飯前であった。
♂♂♂
白銀御行は、決して視力がいい方ではない。
疲れ目という言葉がある通り、人間の目もまた、過度の酷使は性能の低下に直結する。そして白銀は、疑いようもなく、目を酷使する人間だ。それは、彼の眼もとにうっすら刻まれた、寝不足由来の隈が示す通りである。
視力は辛うじて一・〇を維持。数値としては平均的と言わざるを得ない。
だが、目の性能に関わるのは、何もその疲労度だけではない。
目の性能は、心理的要因にも左右される。すなわち、見たいものがある時、人の視力は強化されることがある。
普段は見えないような距離でも、女子のスカートの中だけはなぜか鮮明に見える、あれである。
今の白銀は、まさにこの状態であった。
もちろん、彼が女子のスカートを覗こうとしているわけではない。白銀が見たいもの、それはこの場において、四宮かぐや以外には存在しない。
国内最大級の飛行船。その客室の窓は、さながら鯨の目のごとく、小さく見つけづらい。ましてやその中から、一人の少女がいる部屋を見つけ出すなど、並大抵のことではできない。
だが、彼はやってのけたのである。
窓からのぞく、よく見知った顔を、彼の両目は捉えた。距離は百メートル弱離れ、太陽の反射で見にくくなっていたにもかかわらず、白銀は四宮をしかと見つけたのである。
迷いなく、白銀は四宮の近くまで飛行機を寄せる。
両者の距離、実に十数メートル。しかも窓を隔てて、声は聞こえない。
だが一つ、確信があった。
なんとか、手は届いたのである。
石上が居場所を知らせてくれた。
藤原のおかげでここまで飛べた。
であれば、その想いに応えなければ、嘘だ。
白銀は迷いなく叫ぶ。
「四宮!」
♀♀♀
『四宮!』
窓の向こう、白銀が自分の名前を呼んだのがわかった。
その声を
『お前に会いに来た』
白銀の言葉は続く。彼はかぐやに、会いに来たのだという。
疑問は尽きない。会いに来てほしい、無理だとはわかっていても、それはかぐやの中で燻ぶっていた本音に相違ない。けれど誰にも、どこにも漏らさないよう、隠していたはずだ。うっかりと、白銀たちにこぼしてしまったこともない。
だが事実として、今白銀が、目の前に会いに来てくれた。それがかぐやの心を昂らせる。
「どうして、ですか」
自然と口が動いていた。届くはずがない、わかっていても声を出さずにはいられなかった。訊かずにはいられなかった。
抑えていたものが、かちりと、少しばかり外れる。
白銀なら、かぐやの声を聴いてくれる、そんな願望に近い信頼があった。
『四宮の答えを聞きに来た』
白銀は、はっきりとそう答えた。かぐやの質問に答えて。
『四宮自身の意志を確かめに来た』
言い直すように、白銀はさらに叫ぶ。
かぐや自身の意志。それは一体、なんだったのだろうか。
かぐやにとって、かぐや自身のことは、すでにそのほとんどが決められていることだった。
四宮家に産まれた女児は、必ず天使となる。そして四宮家は、それをよしとはしていない。だから天使の権能を押さえ、人間として現世に留めるよう仕向ける。
十七歳の誕生日を迎えれば、その時点で社会から隔離される。天使の翼を奪われ、人間として、箱庭の中で生きていく。幼いころから何度も言い聞かせられてきたことだ。
そこに疑問を挟むことなどなかったのである。自分の生きる道とはこういうものなのだと諦め、受け入れる他なかった。昔は抵抗しようと思ったのかもしれないが、少なくとも覚えてはいない。
その日から、かぐやにとって人生は、ただ耐え凌ぐものに変わった。何も求めない。自分は十二分に恵まれている。それ以上を欲すれば、必ず不幸になる。手に入らないのなら、最初から求めなければいい。
・・・だが、出会ったしまったのである。
最初は藤原に。次に白銀に。そして石上にも。
彼らが、彼女の心に閉じ込められようとした何かを、解放した。
初めて、決められたもの以外を求めた。人を、空を、世界を。
それが―――それを意志と言うのなら。
四宮かぐやの意志は、きっととっくに、決まっていたのである。
窓に張り付くようにして、白銀を見る。そこにあるのは、彼が自らで手にした翼だ。
一度訊いてみたことがある。
―――「どうして会長は、空を目指すのですか」
白銀は心底悩んで、焦ったような、困ったような表情で答えたのだ。
―――「わからん。自分でもこれという理由がないんだ」
あの時の言葉が、蘇る。
―――「気づいた時には、空を飛びたいと思った。不思議と、それが自分の、使命のような気がしてな」
求めるだけではない。出会ってしまったものは仕方がない。
出会ってしまったものが、かぐやを変えたというなら。それは紛れもなく、白銀であった。
『四宮が望むなら、俺は・・・必ずそこから連れ出す』
無茶苦茶を言っていても、白銀は本気だ。
だからかぐやは、何も迷わず、微塵も躊躇わず、ただ一言を口にできる。
泣きながら、あるいは微笑みながら、決意を抱き、全てを振り払って、ただ一言を口にできる。
「今、行きます」
それが四宮の意志だ。決められた人生も、用意された幸福も、人間と天使の境界すらも、何もかも振り払って応えたい。
素直じゃない私を、連れ出して。
踵を返したかぐやの前に、想像通りの人物が立ちふさがる。早坂だ。
「かぐや様」
「どいて、早坂。会長を待たせるわけにはいかないわ」
「いいえ、それはできません」
早坂は首を振る。
「何度もご説明してきたはずです。かぐや様がこの世界で幸せになることはできません」
「ええ、聞いてきたわ。早坂のお願いも、ちゃんと理解してる」
「でしたら・・・」
「でも、ごめんなさい」
早坂の言葉を遮って、かぐやはなおも答える。自然に微笑んでいたことには、自分自身気づいていた。
「もう、決めたから」
かぐやの言葉に、早坂は口をつぐむ。ただじっと、かぐやの目を見つめていた。
改めて何かを言う必要なんて、ない。本当の姉妹のように育ってきたメイドだ。誰よりも、早坂はかぐやのことを理解しているし、かぐやも早坂のことを理解している。
「わかりました」
早坂の表情がわずかに悲しげなのは、かぐやにしかわからなかったことだ。
今回は文量抑え目で・・・はい。
会長が読唇術をできる理由とか書きたかったけど、長くなるのでカット。
次回はかぐや様が飛行船を飛び出すまでかな・・・
(以下雑談)
今夜はついに十話!後三十分ほどで放映!
・・・なのですが。私は今、諸事情でテレビの見れない環境にいるため・・・リアタイできない・・・悲しい・・・
家に録画はしてあるので、あとからゆっくり見ます・・・。うっうっ、仲直り回なのに・・・かなり好きな回なのに・・・