割と原作成分強め?な回になった気がします・・・。
かぐやにとって、父・雁庵と四宮本家の意向に逆らうことは、初めてであった。
四宮本家を、そしてその総帥である雁庵を怒らせるということがどういうことか、かぐやはよくわかっている。かぐやが表面的にでもごく一般的な学生生活を送れていたのは、雁庵がかぐやに無関心だったからに過ぎない。かぐやがある程度自由でいられたのは、四宮本家の意向に逆らわないよう、振舞ってきたからである。
もしもかぐやが、四宮本家の意向に逆らえば、雁庵はその時点で、問答無用でかぐやを本邸へ呼び戻していただろう。
十七年間のかぐやの人生に、雁庵の不興を買うという選択肢はなかった。
だが今、かぐやはその禁忌を侵そうとしている。
彼女の内心は葛藤を続けていた。
やることは決まっている。かぐやは白銀のもとへと行きたいのだ。
だが、そう簡単なことではないのである。かぐやが今からやろうとしていることは、間違いなく雁庵の怒りを買うだろう。
心の中で、冷静な、あるいは冷徹な自分が語りかける。
―――「お父様が黙っているはずない。あの人がどういう人間か、よくわかっているでしょう。ことは私だけの問題じゃない。白銀さんたちも巻き込むことになる」
氷のような声で、いつかの四宮かぐやが指摘する。
―――「もっと現実的な案を考えるべきよ。今飛び出したって、何も解決はしない」
氷のかぐやが、厳しい声で首を振っていた。
しかしその声に、もう一人のかぐや―――今ここにいるかぐやが反論する。
―――「でも、ここにいたって、何も変わらない。だったら、会長の言葉を信じて飛び出すことに、意味はあるはずでしょう?」
―――「・・・少しもわかっていないようね。どこからくるの、その楽観は」
大きな溜め息を、氷のかぐやが吐き出した。出来の悪い生徒を諭すような態度に、自分のことながらムッとする。
―――「そもそも何の根拠があるの?白銀さんからは、何の確証も、確約も得ていない。好きとすら言われていない。それをどう信じると?」
―――「信じる理由なんて、いくらでもあるでしょう。逆に、会長を信じない理由がありません。そこはあなたとも同意見だったと思っていたのですけど」
―――「っ!」
図星だったのか、氷のかぐやの反論が止まる。
そしてかぐやは、決定的な言葉を口にした。
―――「私は、会長のことが、好きだもの」
氷のかぐやが、わずかに顔を歪める。表情に影を落とし、俯き、肩を震わせ、それでも言い返しては来ない。
・・・もうずっと前に、わかりきっていたことだ。どこかで気づいて、それでも認めようとしなかった。そして認められないまま、四宮かぐやは心に二人のかぐやを住まわせ続けた。
多重人格とまではいかない。誰しもが抱えている心の側面、二律背反の理性。かぐやはそれが、少しばかり強かった。ただそれだけだ。
―――「最初は純粋な興味だった。私には見えていないものが、見えている人だと思った」
―――「・・・」
―――「まばゆく夢を語る人だった。自由に嘘をつかない人だった」
―――「っ・・・い・・・」
―――「人並みに憶病で、欠点があって。だけど人一倍、努力をする人だった。前に進み続ける人だった」
―――「・・・さ・・・いっ」
―――「私が目を背けた先を、きっと多くの人が諦めてしまう場所を、最後まで真っ直ぐ見据えている人だった」
―――「・・・ま・・・さいっ・・・」
―――「呆れるくらい実直で、時々負けず嫌いで、不器用でも優しくて、だから私は」
―――「黙りなさいっ、不調法者!」
氷のかぐやが、全身を震わせて叫ぶ。
けれどもそれでは止まらない。かぐやは―――四宮かぐやは止まれない。
止めてはいけない。なぜならこれは、疑いようもなく、かぐや自身の問題だ。
―――「だから私は・・・会長に、
それが事実である。
四宮かぐやという一個人で見れば、これは紛れもなく二度目の恋であった。そして一度目は―――
―――「・・・私の・・・方が・・・」
氷のかぐやが顔を上げる。
・・・いいや違う。そこにいるのは、正確には氷のかぐやではない。いつかの、寒々しい心と、虚しい瞳をした、かぐやではない。
白銀に出会い。優しさに憧れ。己の醜さを恥じ。
そして、
―――「私の方が、先に好きになったのよっ!私の方がずっとずっと、会長のことが好きなのっ!」
それこそが、かぐやの偽らざる本心であった。
けれど、と氷のかぐやが続ける。
―――「白銀御行を好きになればなるほど、私の世界は崩れていった。抑えていたものに、諦めていたことに、執着心が生まれてしまった。―――好きになればなるほど、私は
―――「そうして
実に、実に簡単な、単純な話なのである。
二人の四宮かぐや。氷のかぐやと、今のかぐや。人間としてのかぐやと、天使としてのかぐや。白銀に恋をしたかぐやと、白銀に恋をするかぐや。それが理性の正体である。
そして図らずも、人間であったかぐやから、天使の権能を解き放ったのは、白銀への恋心であった。
ほろり。人間のかぐやが、涙をこぼす。一度として流したことのない、ついぞ縁のないものと思っていた、これが涙。頬を濡らす雫は、信じられないほどの熱を帯びて、顎へと伝っていった。
四宮かぐやは負けたのである。この半年間で、白銀御行に告白させられなかった、四宮かぐやの敗北である。
―――告白なんてできなかった。
天使のかぐやは思う。天使であるこの身は、望んで人間の側にい続けることはできない。それは自らのみならず、かぐやに関わる周りの人間を、不幸にすることに繋がりかねない。
人間のかぐやは思う。優しさに触れて気づいた、自身の醜さ。他者を見定めることしかできない、冷徹な愚かしさ。そんな自分が、白銀の側にいることを願うなど、おこがましかった。
だからこそ、白銀御行に求められなければ、応えることなどできなかった。
きっともう手遅れだ。かぐやの願いは叶わない。
だけど、白銀御行の言葉には、応えたい。
つまるところ、かぐやの一番の願いとは、白銀に告白されることでも、白銀と結ばれることでもなく。
白銀の側にいることである。
―――「行きましょう」
天使のかぐやが、人間のかぐやに手を伸ばす。
―――「
白銀が、「四宮の意志を聞きたい」と言ったのだ。かぐや自身の答えを与えてくれと、自らの翼で、ここまでやって来たのだ。
応えなければならない。白銀の願いには、どんなものだろうと、「はい」と答えるのがかぐやである。
―――「・・・そうね。どっちにしろ、私たちの結論は変わらない」
人間のかぐやは、その手を取ることなく、頷いた。
四宮かぐやの結論は変わらない。
一度だって変わったことがない。
優しい人の側に。眩しい人の側に。
素直じゃない私を、連れ出して。
*
鋼鉄の檻とはよく言ったものだ。
洋上に浮かぶ船。鉄でできたその姿を、何者も逃れられない檻に例えた者がいた。
飛行船も同じだ。空に浮かぶその様は、檻という例えが実に似合っていた。誰もここからは逃れられない。ここから連れ出してくれるくれる手すら、ここには届かない。
まるで、かぐやという少女を閉じ込めた、四宮家を象徴するかのようだ。
かぐや一人では、その檻から抜け出すことはできない。
けれど、白銀がいる。外の世界から手を伸ばし、かぐやを連れ出そうとする白銀がいる。
そしてもう一人。
「行きますよ、かぐや様」
どこかから取り出した銃を携え、早坂が呼びかける。
「ええ。行きましょう、早坂」
答えたかぐやに、早坂は静かに頷いた。
早坂が、メイド服のポケットから、何かを取り出した。綺麗に畳まれたそれを、早坂はかぐやに手渡す。
赤い布地。黒いライン。広げたそれは、かぐや愛用のリボンであった。航空研究会に所属してから、ずっとつけていたものだ。
「これが必要ですよね」
「・・・ええ」
自然と口元が綻ぶ。
ここには早坂がいる。いつだってかぐやの幸せを願ってくれた、家族以上の姉がいる。
かぐやは、毎朝やっていたように、髪を結わえて、リボンで留めた。
「必ず、会長のところまで行くわよ」
「・・・はい」
頷いた早坂は、音を殺して、客室のドアを開け放った。
早坂が考えた作戦は、実にシンプルである。
密閉された空間である飛行船内において、外界に通じている場所は限られる。整備用に設けられたハッチ数か所と、乗降用のドアが両舷に二個ずつだ。
このうち、早坂が目指しているのは、かぐやのいた客室から一番近い船首左舷側の乗降口である。そこから、縄梯子を垂らし、白銀の機体に乗り移る算段だった。
これなら、面倒な行程をいくつも踏まなくていい。迅速かつシンプルに実行できる作戦だ。
問題点は一つ。乗降口には、必ず警備の人間がいるはずだ。
曲がり角ごとに通路の先を窺い、早坂は慎重にかぐやを誘導していた。誰かに見つかればその時点で全てが水泡に帰す。
「あそこです」
最後の曲がり角から、早坂は目標の乗降口を示した。そして案の定、その前には二人の男が立っている。四宮家お抱えの使用人だ。
―――どうするの。
目配せで早坂に尋ねる。彼女は「任せてください」という趣旨の返答をしてきた。
早坂が銃と縄梯子を渡してくる。そのまま彼女は、通路に出て、駆けだした。
「すみません!」
普段の早坂からは信じられない、慌てた様子の声が響いた。驚いた様子で使用人が振り返る。
「かぐや様が見当たらないのです。一緒に探していただけませんか」
肩で息をしながら、早坂は使用人に頼み込む。二人は慌てたように、詳細を早坂から聞き出そうとした。
「お手洗いに行かれてから、姿がなくて。この階は探したのですけど、全く見つからないんです。ですから別の階を探していただけませんか?私はもう一度、この階を回ってみます」
頷いて、二人の使用人はあっさりとドアの前を離れた。肩で息をする早坂はその後姿を見送り、やがて何事もなかったようにドアの前に立って、かぐやを手招きした。
「想像以上にうまくいきました」
まったく上がっていない息で、早坂が呟く。
「驚いた。あなたに演技の才能があったなんて」
「いえ、まあ。ぶっつけ本番ですけど」
言いながら、早坂は縄梯子を準備し、乗降口のドアノブに手をかけた。
だが当然ながら、そこには鍵がかかっていた。
「どいて、早坂」
それを見て、かぐやは迷わず、持たされていた銃の銃口を鍵穴に突き付けた。躊躇いなく引き金を引く。
パンッ。乾いた音とともに、銃弾が鍵を吹き飛ばした。
「・・・かぐや様、最近相当お転婆になりましたよね」
「?そう?」
かぐやは乗降口を開け放つ。
扉が開いた途端、気圧差で風が吹く。船内から空気が抜ける。それがバタバタとかぐやの髪を揺らした。
「四宮!」
だが、風の音に混じったその声を、聞き逃すことはなかった。
ドアの外に白銀の飛行機が待っている。この作戦のことは、読唇術と身振り手振りで白銀に伝えてあった。
早坂が縄梯子を垂らす。白銀も「カササギ」号の機体を滑らせ、縄梯子の下で待ち受ける。
檻はこじ開けられ、中と外の世界が繋がった。この縄梯子は、こじ開けられた隙間から差し込み、かぐやを檻の外へ導く、一筋の光だ。
「早坂」
振り向き、かぐやは自らの専属メイドを見遣る。
「・・・」
早坂は何も言わなかった。ただ黙って、通路に立っている。
「行ってきます」
「・・・行ってらっしゃいませ、かぐや様」
いつもと変わらない挨拶を交わして、かぐやは縄梯子の一段目に足をかけた。
慣性の法則と空気の流れによって、縄梯子は飛行船後方に向け曲がっている。足場だけは木製で意外としっかりしているが、それでも一段ずつ、確かめながら降りなければ、足を踏み外しかねない。
チラリと足元を見る。縄梯子の先には、何とか機体を寄せ続ける白銀と「カササギ」号の姿があった。
一歩、また一歩。確実に梯子を下りる。白銀のもとへと、降りていく。その度に心臓が鳴る。
あと一段だ。あと一段で、白銀のもとへ行ける。かぐやはそのために、左足を梯子から外した。
その時、急に強い風が吹いた。
♂♂♂
飛行船から延びる縄梯子を、一段一段、ゆっくり降りてくる四宮。その姿を、白銀はこれ以上ないほどのハラハラした心地で眺めていた。
吊り橋効果というものがある。吊り橋を渡るドキドキを、恋のドキドキと勘違いするという、有名な話である。もしそれが本当なら、これ以上ないつり橋効果が期待できる状況であった。
―――あと少しだ。
一刻も早く、四宮を後部座席に座らせたい。このあまりにも心臓に悪い状況を、早く終わらせたい。
残りはあと一段。四宮の顔はすでにはっきりと見て取れた。
天使と言われても疑わない。この世でただ一人、白銀の恋焦がれる少女の顔が、そこにある。
その時、急に強い風が吹いた。
至極当然のことであるが、空中にある物体は、常に空気の影響を受けており、特に風の影響を強く受ける。強い風が吹けば、それに煽られて、揺すぶられる。その程度は物体の大きさや質量によって決まっていた。
「カササギ」号は軽い機体である。所々機体の骨格が見えるほど、軽量化に努めた機体である。強い風に吹かれれば、簡単に機体のバランスを崩した。
揺れる「カササギ」号。白銀は咄嗟に反応して、機体が錐揉みになるのを防いだ。揺れも最小限だ。
だが、何も風の影響を受けるのは、飛行機だけではないのである。
視界の端、ひらひらとしたものが宙を舞うのを、白銀は認めた。
黒いドレス。細く華奢な体つき。
四宮が空中へと放り出されていた。
血の気が引いていく。体中の血液という血液が、頭から離れていく。
視力一・〇の目は、こんな時だけ、しっかりと仕事をしていた。
「四宮ああああああああっ!」
無我夢中であった。
落ちていく四宮を追うように、白銀は操縦桿を倒し、「カササギ」号は急降下に入った。
というわけで、かぐや様の脳内会議、拙作ではこんな感じの解釈です。お花畑かぐや様と幼女かぐや様はややこしくなるので大胆カット!
いよいよ飛行船を飛び出したかぐや様ですが・・・はてさてどうなってしまうやら・・・。
(以下雑談)
仲直り回の録画見ました!めちゃくちゃ面白かったです。石上くん好きすぎる・・・。
いよいよアニメも残り二話!次回は夏休み突入ですし、早坂回とラーメン回が入ってる時点で相当楽しみなんですが、またまたリアタイできそうにないのが悔しい・・・
そして!原作十四巻&同人版二巻&語りたい一巻が発売!こちらも朝一で購入して読みました。いやあ、もう、ほんと、やばいわ・・・ネタバレしそうなのでここで口をつぐもう。
どうでもいいですが、原作はアプリで読んでますねー