かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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お待たせしました!

いよいよ・・・いよいよサビのシーン・・・思ってたより長かった・・・。




かぐや様は羽搏きたい

吹き抜ける風は決して穏やかとは言えなかった。

 

穏やかなはずがない。その風は、気圧差や地球の自転に由来する自然現象ではなく、万有引力によってかぐやが地球に引っ張られる際にすれ違った空気の塊なのだから。

 

落下する物体の速度は、高等部の物理学で十分求められる。ある時刻における物体の速度は、時刻に重力加速度を定数として掛け算し、初速度を足したものだ。

 

ただし、実際には空気抵抗によって物体は減速される。空気抵抗は様々な要因で複雑に変化するが、大雑把に説明すれば速度が大きくなるにつれ増大する値である。

 

よって、ある速度の時、空気抵抗と重力が釣り合い、物体は等速運動を開始する。この速度を終端速度という。

 

人間の場合、この終端速度はおよそ二百キロメートル毎時。終端速度に至るまでの時間は十秒ほどである。

 

かぐやが飛行船から放り出されて五秒ほど。それでも落下速度は百キロメートル毎時を越えている。

 

だが、不思議とかぐやは、これと言って恐怖を感じていなかった。

 

それどころか、懐かしさすら感じていた。

 

いつか、白銀と空を飛んだ時も、感じていた。

 

違和感はない。空はかぐやにとって、十分に手の届く場所だ。

 

―――「さあ、翼を広げて」

 

かぐやは静かに目を閉じる。

 

ただ願うのは。

 

―――会長の隣で、飛べる翼を。

 

♂♂♂

 

「なんっ、だ!?」

 

突然生じた閃光に、白銀は思わず目を細めた。

 

空中に放り出された四宮を追って急降下に入った白銀。その両目は、しっかりと四宮を捉えていた。風に煽られる髪を、はためく服を見つめていた。

 

その四宮が、突然、白い光に包まれたのだ。

 

とはいっても、強い光ではなかった。どちらかといえば優しく、儚い光。世界を照らし出す太陽とは対になる光。

 

月光。夜空から地上を淡く見守る光によく似た乳白色が、白銀の視界を染め上げていく。()()()()発せられた光に目をすがめ、それでも白銀は目を逸らさない。

 

機体を引き起こしていく。光に包まれた四宮が右翼を掠め、白銀の頭上へと流れていった。それすらも白銀の目は捉え続ける。

 

光が拡散する。空気を掴もうとするその雄大な様は、まさしく翼であった。

 

―――天使には翼があった。自由を愛する、翼があった。

 

子供のころに聞かされた、天使の逸話が頭をよぎる。

 

翼を得た四宮は、その装いさえも様変わりしていた。黒いドレスを脱ぎ去り、今彼女が身に着けるのは、白いワンピース。何ものにも染まっていない、四宮かぐやの色。

 

白銀は確信する。四宮は自らの意志で飛び出したのだ。彼女を縛る檻を、殻を、全て破って、四宮の意志で飛んでいるのだ。

 

であるなら、白銀はどうするのか。

 

―――決まっている。

 

そんなものは、とっくに決まっていた。

 

何のために白銀はここへ来ているのか。考えるまでもないことだ。

 

翼を広げた四宮と、目が合う。機首をわずかに起こし、上昇に転じた白銀は、迷わずにその名前を呼んだ。

 

「四宮」

 

白銀が伸ばした手を、四宮はしかと握り返した。

 

♀♀♀

 

自分の翼が目一杯に広がり、しかと空気を掴んだのを、かぐやは感覚として理解した。

 

かぐやの背中には、今翼がある。人間にはついぞ備わらなかったものだ。

 

けれどその異物に、さして違和感はない。本来異物であるはずのものは、まるで最初からかぐやの一部であったかのように、今まさに大空を羽ばたいている。

 

白銀の操縦する飛行機、その後部座席から見えたもの。感じたもの。それと同じように、この世界を体感していた。

 

すぐ側を、一陣の風が吹き抜ける。

 

空を切り、小気味いいエンジンの音色を奏でてかぐやの隣を下方へと駆け抜けたのは、他ならぬ白銀の飛行機、「カササギ」号であった。陽の光を一杯に浴びる機体が、軽やかに身を翻し、水平飛行に移る。

 

その操縦席に座る白銀と、目が合った。白銀はいつものように、ただ真っ直ぐかぐやを見つめている。

 

思わず胸が高鳴る。

 

やっとだ。やっと向き合えた。ようやく白銀御行に会えた。

 

もう会えないと思った。叶うことはないと諦めた。けれどもこうして、今、かぐやは白銀の側にいる。

 

「四宮」

 

風の音。エンジンの音。それなのに、その声ははっきりと、かぐやの耳に届いた。

 

上昇に転じた白銀が、手を伸ばす。かぐやに向け、当たり前のように、手を伸ばす。

 

その手を掴んでもいいのだ。白銀は拒まない。

 

だからかぐやも、当たり前のように、手を伸ばせた。

 

二人の手が繋がる。最初に指が触れ、それを手繰るようにして、手を繋ぐ。相手を確かめるようにして、しっかりと、手を取り合う。

 

「・・・探したぞ、四宮」

 

白銀はそう言って、不敵に笑っていた。

 

かぐやは白銀の肩を掴み、「カササギ」号と飛んでいく。飛行船「月詠」を―――かぐやを閉じ込めた四宮家を振り返ることはしない。

 

「会長、どこへ向かうのですか?」

 

時折かぐやを気にしつつ、操縦桿を操る白銀。わずかに視線をかぐやへ移した白銀が、かぐやの質問に答える。

 

「少し飛べば、公営の小さい飛行場がある。普段あまり人もいない。そこに降りようと思う」

 

「わかりました。それじゃあ、それまではのんびり、遊覧飛行ですね」

 

かぐやが笑えば、白銀も笑う。

 

「ああ、そうだな」

 

そんな何気ないことが、この上なく幸せだ。そう思うようになったのは、いつからだろうか。

 

ただ、白銀の側にいられればいい。藤原や石上と一緒に、四人で何かをできることが、とても好きだ。真面目な話も、くだらない話も、どんな些細なことも、とても好きだ。

 

人生で初めてできた後輩。後ろ向きで、でも誰よりも真っ直ぐな、石上優が好きだ。

 

人生で初めてできた親友。突拍子もなくて、決して自分を偽らない、藤原千花が好きだ。

 

―――そして。

 

人生で初めてできた好きな人。

 

誰にでも優しい人。

 

とびっきり自分に厳しくて、努力家で、負けず嫌いな人。

 

いつだって前を向いて、進み続ける人。

 

人は頑張れば、何にでもなれると思わせてくれる人。

 

四宮かぐやを、連れ出してくれた、白銀御行が好きだ。

 

―――好き。大好き。

 

振り向いた横顔が。

 

目つきが悪いのを気にしているところが。

 

頑張ろうとしている人を、何も言わずに手伝うところが。

 

人一倍努力しているのに、他人の頑張りを認められるところが。

 

全部全部、全てまとめて、ひっくるめて、四宮かぐやは、白銀御行という一人の人間が好きだ。

 

随分と回り道をしたと思う。誰かを好きになるのが怖くて、誰かに嫌われるのが怖くて。だから自分を守り、認めてこなかった。

 

けれどもう、どうだっていい。

 

どうしようもなく。理屈など抜きにして。

 

かぐやは白銀が好きだ。

 

飛行を続ける白銀とかぐやのもとに、もう一機、別の飛行機が近づいてきた。複葉の機体には、二人の人影。かぐやもよく知る二人だ。

 

「かぐやさん!」

 

「カササギ」号と並んだ「千花」から、藤原がぶんぶんと勢いよく手を振っていた。満面に笑みを浮かべ、それはそれは嬉しそうに、手を振っていた。

 

操縦桿を握っている石上は、チラリとこちらを窺っていた。白銀を、そしてかぐやを見た彼は、おもむろに親指を立てた右手を突き出す。

 

白銀と顔を見合わせる。

 

くすり。どちらからともなく、微かな笑いが漏れた。ああ本当に、どうしようもなく可笑しい。笑みが浮かんでしまう。どんなスキルを使ったって、きっとこの頬の緩みは、取り繕えない。

 

かぐやは小さく、手を振り返す。白銀もまた、親指を立てて応える。

 

今この時。夢だろうと、幻想だろうと、構わない。

 

この人たちの輪の中に。暖かいこの空間に、少しでも長く、飛んでいたい。

 

♂♂♂

 

ずっとわからなかったことがある。

 

果たして、自分が空を目指す理由は何なのだろうか。

 

空への憧れの、きっかけすら覚えていない。ただある時から、白銀は空に強く惹かれ、飛行機というものに興味を持った。いつか自分で、飛行機を作ってみたいと思うほどに。

 

父親が勝手に決めた事とはいえ、秀知院学園に入学できたことは、好機であると白銀は思った。秀知院学園は、課外活動の予算額が豊富であると知ったからだ。

 

だが、勉学を最重要とする秀知院学園で新たに研究会を創設するには、相応の学業成績が必要になる。だから白銀は、決して勉学をおろそかにはしなかった。学年一位を、四宮から奪うほどに。

 

だが、それだけではなかったはずだ。

 

学年一位でも、顔色一つ変えない。そこに全く感情を感じさせない。まるでこの世全てを、つまらないものであるように振舞う一人の少女が気になった。

 

学業、運動、芸事、全てに秀で、申し分ない成績を収めていながら、それを何とも思っていないような少女が気になった。

 

誰もが躊躇したことを、意に介さず成し遂げるのに、さして価値のないもののように立ち去る少女が気になった。

 

為すべきを為す。そんな彼女は、たとえ泥にまみれようと、綺麗だった。

 

彼女と対等であるために。そんな子供じみた動機が、もしかしたら強かった。

 

なんにせよ、白銀は学年一位の成績を収めた。そして新たな課外活動会、航空研究会の創設も認められた。白銀はようやく、自らの手で飛行機を作れるようになった。

 

だがそれでも、ふとした時に思うことがあった。何のために、空を飛ぶのだろうか、と。

 

―――わかった気がする。

 

自分の肩に手を置く、四宮を見遣る。背中の翼を、望む限りに広げ、空中を飛んでいるかぐやを見る。

 

今ならば、思うのだ。

 

白銀が空を目指したのは、彼女(四宮)のためだ。

 

翼をもつ四宮と、この空を共に飛ぶために。遥かな高みの微笑みに、こうして近くで応えるために。

 

白銀は自らの翼を求めていた。

 

「楽しいですね、会長」

 

四宮が笑う。天使のような微笑みを浮かべる。

 

―――好きだ。大好きだ。

 

柔く笑う横顔が。

 

時折、ほんのたまに見せる素直なところが。

 

困っている他人を、絶対に放っておけないところが。

 

一度決めたことを、頑固なまでにやり抜く強い意志が。

 

人間だろうと、天使だろうと。四宮かぐやという、実に()()な少女のことが、白銀御行は好きだ。

 

翼を広げた四宮は、それはそれは心地よさげに、風の中を行く。紅の瞳を輝かせ、光をまつ毛に反射させて、ただ笑っている。

 

その姿を、白銀は見つめていた。

 

白銀の視線に気づいたのか、四宮がこちらを見る。「どうかしましたか?」そう言うように首を傾げている。

 

「・・・きれいだ」

 

呟いて、ハッとする。自分は今何を言ったんだ。そこに思い至り、白銀は顔面に血液が集まってくるのを感じた。

 

四宮が驚いた様子で目を見開く。耳まで真っ赤になった彼女は、プイッとまた前を見る。

 

「そ、そんなこと言っても、何も出ませんよ」

 

そんなセリフとともに、「ありがとう、ございます」と掠れた声が聞こえてきた。

 

熱い頬をごまかすように、白銀は操縦桿を握りなおす。

 

―――たとえ。

 

たとえこれが幻だとしても。泡沫の夢想だとしても、構わない。

 

今は少しでも長く、四宮と、藤原と、石上と、この空を飛んでいたい。




はい。というわけで、エンディングでは、ここでかぐや様の目が覚めて終わりですが。

もう一話続きます、本編。ちゃんと、然るべき終わり方が必要ですしね。

すでに本文は完成していたりしますが、おそらく投稿は明日以降になるかと。いえ、出せる状態になれば、今夜中に出しますが。

ということで、本編一話+エピローグ一話、合計二話、何卒お付き合いくださいませ。

(以下雑談)

マジで泣きそうなんだが?

なんなの、あの神アニメ?早坂回からの、ラーメン回からの、すれ違い回からの、エンディング流して、そのあとに花火回前編とか。かぐや様のモノローグとか。色々泣きそうなんだが?てか泣いたんだが?

あと、早坂の「くたばれクソ爺」が想像以上にいい感じというか、すごくぐっと来た。原作でもよく覚えてるセリフだけど、花守さんすごすぎ。

あ、Blu-ray&DVD発売ですね、よろしくお願いします。
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