ここまでお付き合いいただいた皆様に、感謝を。
海に近い町のはずれにある飛行場に着陸した「カササギ」号と「千花」は、燃料の補給に入っていた。
補給作業の間、かぐやは白銀たちに、自分の口で、事の顛末を説明した。天使のこと、四宮家のこと、そして自分の意志まで含めて。
「私はあそこから飛び出したかった。石上君や、藤原さんや、会長と同じ世界にいたかった」
それを、白銀たちは黙って聞いていた。
「ごめんなさい、ちゃんと・・・もっと早く言わなくて。こんな危ないことを、させてしまって」
かぐやは三人に頭を下げる。これだけの無茶をしたのだ。三人には、どんなお咎めがあるのか、わからない。まず間違いなく、航空研究会は活動休止になるはずだ。四宮本家からも、もしかしたら圧力がかかるかもしれない。
だがそれでも、嬉しかったのだ。三人だって、この後のことは予想していただろうし、十二分に理解していたはずだ。それでも無茶をして、かぐやを連れ出してくれた。それがたまらなく嬉しかった。
「か、ぐや、さん」
涙を流し、しゃくりあげながら、藤原がかぐやに抱き着いてくる。その柔らかな胸の中に、力の限り、かぐやを抱き締めてくる。
「私も、ごめんなさいっ。もっと早く、気づいて・・・私、かぐやさんの、親友、なのに」
本格的に泣き出した藤原の言葉に、鼻の奥がツンとする。こんなに、ずるいことをしたのに。それでもこの子は、私を「親友」と言ってくれるのか。
「ありがとう、藤原さん。本当に、ごめんなさい」
かぐやもまた、藤原を抱き留め、その背中に腕を回す。赤子をあやすように背中を撫でると、いくつもの嗚咽が漏れた。他人のために涙を流せる、優しい子なのだ。
「子供みたいっすね、藤原先輩」
石上が半笑いで言う。だがそのセリフも湿っぽい。見れば、唇を噛み、少し俯いて、彼も一筋涙を流していた。
人一倍正義感が強い子だ。そして情に溢れた後輩だ。藤原の涙を、もらってしまったのだろう。
その頭に、かぐやは手を置く。
「泣かないの、石上君。男の子でしょう」
「な、泣いてないっすよ」
袖で目元を拭い、石上はそっぽを向く。その仕草が可愛らしい。
そんな二人を、白銀が優しい目で見守っている。彼は何も言わない。ただ静かに、二人が泣き止むのを待っている。
数分がして、ようやく藤原がかぐやから離れた。泣き腫らした瞼と赤い鼻先で、せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「・・・それで、だ。四宮」
ここからが本題だ。そう言うように、白銀が切り出した。
「この先のことは、考えてあるのか」
白銀の言う通りだ。四宮家から飛び出した時点で、かぐやは否応なく、この先のことを考えなければならなくなった。人生で初めて、自分の将来のことを、自分で決めなければならなくなった。
答えは出ている。かぐやが自らの意志で飛び出した時点で、この先のことも、少なからず考えていた。
いいや、正確には違う。この先のことと言っても、選択肢はほとんどなかった。
「・・・はい。自分で決めた事ですから」
覚悟をもって、かぐやは答える。
「この国を出ます。どこか遠くで、私が暮らせる場所を探します」
藤原と石上が、飛び出んばかりに大きく目を見開いた。ただ一人、白銀だけは、最初からわかっていたように、頷き、そして視線をずらす。
「天使である私には、人間の世界に居場所はありません。ましてこの国の中では、尚更。だからどこか遠くへ、この翼で飛んでいきます」
それしか選択肢はなかった。
「い、いやだっ」
藤原が真っ先に拒絶する。もう一度、瞳一杯に涙を溜め、かぐやに詰め寄る。
「居場所なら、私の家があります。石上君のところでも、会長のところにだって、あります。やっと会えたのに・・・また離れ離れになるなんて・・・いやですよ、かぐやさんっ」
「・・・ありがとう、藤原さん」
けれどそれは、できない相談なのである。
「でもね。私がこの国にいる限り、必ず父は私を探し出す。その時、藤原さんたちの近くにいたら、迷惑をかけてしまう。父は手段を選ばない人だから」
それは看過できない。すでに十分、無茶をさせてきたのだ。これ以上の無茶を友人に求めることはできない。
藤原には藤原の、幸福があるのだ。それをかぐやが奪うことはできなかった。したくなかった。
「じゃあ・・・じゃあ・・・」
藤原が、必死に頭を回しているのがわかる。何とかしてかぐやを引き留めようとしているのがわかる。
―――ありがとう。
大好きな親友に、心の中でもう一度お礼を言う。その思考を断ち切るべく、かぐやは口を開いた。
「もう、決めたことなの」
藤原と石上が、ハッとしてかぐやを見る。それ以上、何も言わない。何かをこらえるような間が、数十秒続いた。
「・・・ね、燃料の様子、見てきます」
石上が立ち上がり、足早にその場を立ち去る。藤原もそれに続いて行ってしまった。
その背中を見つめ、残ったのは白銀とかぐやのみ。
かぐやは白銀に向き合う。ここまで静かに、かぐやたちのやり取りを見守っていた白銀が、ゆっくり口を開いた。
「四宮が決めたことに、異存はない」
♂♂♂
「四宮が決めたことに、異存はない」
嘘である。
いつだって、白銀の願いは一つだ。四宮の側にいることである。四宮に側にいてほしいだけである。
だがそれを、口にすることはできない。
今までと同じだ。四宮に求められて、初めて彼女と対等になれる。遥かな高みにいる彼女の、隣にいることができる。
もしも白銀から求めれば。白銀が乞い願えば。例え四宮が応えても、その時点で対等ではいられなくなる。
四宮の荷物には、天使の足枷にはなりたくなかった。
それに、四宮をここに留め置けば、それは彼女を傷つけることになりかねない。最悪、四宮を再び檻の中に戻してしまうことになる。そうなれば、次はもう連れ出せないだろう。
それだけはできない。白銀のポリシーに関わることだ。利己のために他人を傷つけてはならない。
四宮に側にいてほしいという、白銀の望みのためだけに、四宮を傷つけることはできなかった。
―――もしも。
だが、もしも。四宮が白銀を好きだというのなら。告白し、側にいてほしいというのなら。
例えどんな手段を使おうと、白銀は四宮の側にい続ける。世界の果てへでも、彼女と共にある。
それくらいの覚悟でなければ、四宮に応えることなど許されない。
だから、言えない。白銀は告白できない。
だからといって、伝えたい言葉がないわけではない。伝えたい想いがないわけではない。むしろ言葉にできない分、想いは強く、白銀の中にある。
「四宮」
白銀は四宮を呼ぶ。これが最後になるかもしれない、最愛の人の名前を呼ぶ。
「手紙、書いてくれないか」
「・・・手紙、ですか?」
「ああ。差出人欄は書けないだろうが、それでも俺なら―――俺たちなら、一目で四宮の字がわかる。だから手紙を書いてくれ。どこで何をしてるのか。どんなことがあって、どんなことを思って、どんなことに興味を持ったのか、俺たちに教えてくれ」
それが精一杯である。
「そうすれば、俺も四宮と旅ができる。どんなに遠くだって、想いを馳せられる。どこにいたって、四宮を想える」
四宮が目を見開く。それから優しく―――とてもとても優しく、微笑む。
「・・・手紙と一緒に、レコードを、送ります」
「レコード?」
「私の声を録音して。町の音を、空の音を、川の音を録音して、送ります。だから会長も・・・会長の声を、送ってください」
四宮の提案に、白銀は頷く。
「わかった」
♀♀♀
結局、白銀は何も言ってはくれなかった。
かぐやの願いは変わらない。白銀の側にいることだ。白銀に側にいてもらうことだ。
けれどもそれを口にはしない。
冷徹で、醜悪なかぐやの本性。それをわかっているからこそ、優しい白銀の側にいていいものなのか、わからない。それが許されることなのか、恐怖する。
仮にかぐやから求めれば。側にいさせてくれと頼むことは、この先の白銀の人生を縛ることになる。
誰にでも優しい白銀は、かぐやの求めに応えてくれるかもしれない。けれどそれでは、白銀の幸福はどうなるのだ。かぐやを庇ったことで、彼の未来が奪われてしまう。
それはできない相談だ。
―――もしも。
だが、もしも。白銀がかぐやを好きだというのなら。告白し、側にいてほしいというのなら。
例えどんな手段を使おうと、かぐやは白銀の側にい続ける。どれほどの困難が待っていようと、白銀と共にある。
かぐやを引き留めることができるのは、唯一、白銀だけである。
だから言えない。かぐやは告白できない。
それでも、白銀のことが、好きである。世界中の誰よりも、例えこの身が滅びたとしても、白銀のことが好きである。全てを賭けて、愛することができる。
白銀の想いは伝わった。明確に言葉にしなくても―――いいや、言葉がないからこそ、白銀の気持ちはしかと、かぐやに伝わった。
想い人が、自分を想ってくれる。ただそれだけの事実が、これほどまでに嬉しいのだと、初めて知った。
誰かを好きになることは、素晴らしいことなのだと、誰もが簡単に言う。
実際はそうでないのかもしれない。好きだからこそ苦しいこともある。恋しいからこそ傷つくこともある。
けれども、それ以上に、想われた時の喜びは大きい。天にも昇る気分である。
その勇気に応えなくては。
「会長」
呼び慣れた呼び方。それは白銀の名前ではないが、かぐやが見つけた、彼の呼び方だ。
「?どうし、」
その言葉を言い切る前に、かぐやは白銀の胸に、体を預ける。
白銀の体温を感じる。押し当てた額に、白銀の心音が伝わる。明らかに高まった白銀の心音が、同じく早鐘のように打ち付ける自分の心臓と、シンクロしていく。
「し、四宮っ!?」
うろたえた様子の白銀に、自然と笑みがこぼれる。
―――お可愛いこと。
だが自分も、白銀にはお見せできない顔になっていることを、自覚しているつもりだ。
「しばらく、このままで」
熱くなった息を吐き、掠れながらそう言うのが精一杯だった。
「かぐやっ、さんっ、元気で・・・っ」
しゃくりあげる藤原が、かぐやの身を抱き締める。それにしかと答え、一分ほどの抱擁を交わしたかぐやは、いよいよ飛行場を飛び立とうとしていた。
白銀と石上は、「カササギ」号のところにいる。白銀が、かぐやを途中まで送ってくれるというのだ。石上とはもう、お別れの言葉を交わした。
「藤原さんも、元気で。手紙書きますからね」
藤原は何度も何度も、頷いていた。
再び翼を広げ、羽ばたく。かぐやの体は、難なく空中に浮いた。そのまま徐々に高度を稼ぐ。
滑走路を走り抜ける「カササギ」号が見えた。白銀が操縦する機体は、やがてふわりと空中に躍り出る。かぐやのいるところまで、白銀は少しずつ上昇してきた。
白銀と合流したかぐやは、再び地上に目を向ける。まだ、藤原と石上の顔がよく見えた。並んだ二人は、しきりに手を振っていた。何か叫んでいたが、さすがに聞き取れず、またこの高度では読唇術も使えなかった。
だからかぐやも、精一杯手を振って応える。その姿が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも。
やがて飛行場が視界から消える。洋上に出た「カササギ」号とかぐやは、潮の香りがする風の中を、沈みかけの太陽に向けて優雅に飛び続ける。水平線に触れてこそいないものの、西の空は随分と赤に染まって来ていた。
夕陽に目を細める。白銀とかぐやは顔を見合わせ、きれいだねと言い合った。
他愛もない会話がある。倉庫で飛行機を組み立てた時。学校の廊下で会った時。思い出せないような些細な時。それらと何ら変わらない、いつも通りの会話だ。
それでも、刻々と、「カササギ」号の燃料は減っていく。
「カササギ」号の飛行時間は、巡航で二時間ばかり。復路を考えれば、白銀とかぐやがともに飛べる時間は、一時間に満たない。
長いようで、あっという間の一時間。それでも永遠のような、一時間。
「カササギ」号の燃料メーターが、半分になろうとしていた。
ここまでだ。
「・・・送っていただいて、ありがとうございます、会長」
かぐやの言葉に、白銀は黙って頷いた。ここでお別れだ。
「・・・元気でな」
「ええ。会長も」
答えて、かぐやは白銀の肩から手を離した。ここからは自分で飛んでいかなければならない。
「カササギ」号の前に出る。風を掴み、海の彼方を目指して、飛び出す。
「四宮!」
そのかぐやを、白銀が呼んだ。かぐやは「カササギ」号を振り返る。
白銀がなおも叫ぶ。
「必ず会いに行くから!」
短い言葉に、かぐやの中で何かが弾けた。
名残惜し気に反転する「カササギ」号を追いかける。小さな機体、その操縦席にいる白銀を、ただ一人の好きな人を、追いかける。
「会長」
かぐやの呼びかけに、白銀が振り向いた。
その背中に飛びつく。肩に腕を回し、抱き締める。
そして、キスをする。
振り向いた白銀の頬に、そっと、自分の唇を押し当てる。柔らかな感触が伝わる。白銀の温かさが伝わる。
だからお願い。伝わって。私の想いも、どうか伝わって。この胸の内全て、あなたに伝わって。
短い口づけ。熱い頬を太陽のせいにして、かぐやは笑う。
「はい。いつまでも、待っています」
驚いた顔の白銀から離れ、かぐやは今度こそ、西へと飛び出す。
きっとまた会える。
本編終了です。あとはエピローグ的なものが一話。
というわけで、こういう感じの終わり方になりました。
最初にプロット考えたときはですね?結ばれてハッピーエンドの予定だったのですが・・・。
どうしても、この時の白銀会長には足りないものがありました。
同じように、この時のかぐや様には足りないものがありました。
なのでおそらく、原作の意図を汲むのなら、このお話の中で二人が結ばれることはできないんだと思いました。
いえまあ、私はどちらかというと、原作無視してただっただ幸せな推しを書くのが好きな方なんですけどね?甘々激甘砂糖マシマシの脳内お花畑小説が大好物なんですけどね?
それでもあまり原作改変したくない・・・。ていうか、かぐや様は原作素晴らしすぎて、あんまりオリジナル要素出したくない・・・。
そして書いてて思った。結構原作の話ぶっこんでない・・・?URとかDKがないだけで・・・
(以下雑談)
明日はいよいよ最終回!楽しみですねえ。
この三か月は、本当に、かぐや様三昧のクールでした。心の容量がほとんどかぐや様に全振り状態でしたよ、ええ。
原作もいい感じの話が続いてますし、毎週ドキドキが止まりません。
あー、楽しみだなー。